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燃え上がる火のように朱い夕陽に照らされて、校内に異物を抱いた校舎は静かに佇んでいた。阻霊符によって規制線が作られた校門の側で不安げに時計を眺めるのは、依頼主である校長と先に駆け付けた地元の撃退士二名だ。
「久遠ヶ原学園の生徒は、まだ来ないのですかな……?」
「そうですね、少し遅いようで……あぁ、噂をすれば」
時計から視線を移せば。丁度角を曲がってこちらに歩いて来る生徒達の姿が見えたところだった。数は六人。撃退士達の目礼に、それぞれが軽く会釈を送る。
「少し遅かったようですが、どうされたのですか?」
「ちっと調べ物があったんで」
生徒達の先頭に立つ柳川 果(
jb9955)が、手にしていた本を掲げた。題名は『学校の怪談』。
「役に立つでしょうかな?」
「さぁ。なぁんにもしねぇよりはマシでしょう」
肩を竦めて生徒達はそれぞれの装備を確認する。が、ふと九十九折 七夜(
jb8703)の手が止まった。つい、と校舎を見上げ、小さく首を傾げる。
「あの子は、先遣隊なのですか?」
指さす先は、校舎三階。六年生教室の窓。皆が反応して確認したころには、窓には既に何も映っていない。
「七ちゃん、どうかしたのー?」
末摘 篝(
jb9951)の問いに、九十九折は小さく頭を振る。
「気のせいかも知れないのですが、今あの窓に人影が」
校内への進入は、久遠ヶ原学園生徒に一任されている。当然、地元撃退士の中から校内に入った人間はいない。
「……わかんないなら、とりあえずあいにいけばいいの!」
末摘が、楽しげに歩を進める。その様子に苦笑しながら、事前の打ち合わせ道理に六人は別れていく。
「おまいさんが、一等に働くンだよ」
「勿論、お任せを」
本を仕舞って通信機をつついていた柳に、徳重 八雲(
jb9580)が声を掛けて。二人は、それぞれが別の班へと別れて行った。
かくして、学校の玄関が開かれる。
きっと一時間も待てば、中にある異物は排除されている事だろう。何せ、彼らは優秀な狩人なのだから。
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「あいては、どんなやつなのー?」
末摘の問いに、先頭を行く草薙 タマモ(
jb4234)と柳は歩を緩めた。油断なく周囲に気を配りつつ、草薙が口を開く。
「この世界の伝承を参考にしたディアボロやサーバントを作る天魔もちょくちょくいるってきくし」
そこで一旦口を閉じて。右袖から、鋼の糸を垂らす。左の手を軽く振り、仲間に注意を促す。二人はすぐに意図を理解し、それぞれの得物を取り出した。
廊下を、こちらに向かって突っ込んで来る者が居る。ハァハァと耳障りな吐息を漏らし、走り寄ってくる者が居る。
「たぶん酔狂な天使が都市伝説をモデルにしたサーバントを遊び半分で作ったんじゃないのかな?」
『ガァアアアアアア!!!』
まっすぐに、それが三人へと飛び掛かってくる。中年の男の顔を持ち、狗の体で疾走する妖怪。或いは都市伝説。
「おぉ、もう出て来なすったか、人面犬!」
末摘の前に、するりと柳が躍り出る。
先程、自分たちの後ろに消火栓があったことは覚えている。故に、飛びかかった人面犬の胸に肩を当てて押し返し。肩を出す動きに合わせて、忍刀・蛇紋を抜く。
「っと!」
が。斬られまいと、人面犬もまた柳の肘を蹴って動きを牽制する。動きの起点を抑えられた柳は、人面犬への攻撃を諦めてわずかに後退。
「かわいくないわねぇ」
そこを、草薙が見逃すはずがない。右手が振られ、連動するように宙を鋼線が切り裂いていく。
『ギャンッ!』
人面犬の足が一本、血を引いて宙を舞う。草薙の繰るフラーウムは、並みの剣に劣らぬ切れ味を持つのだ。
慌てて逃げ出そうとする人面犬の行く手を、光の槍が塞ぐ。
「もー、にげちゃだめなの!」
まだ紋章を輝かせる煌光霊符を手に、末摘がむくれる。そうしてできた隙をつき、柳が前に出た。
「出来るだけ痛くないようにしてやるけぇ、大人しくしんさいよ」
廊下に、犬の悲鳴が響き、直ぐに止んだ。
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「いいですか、口裂け女に出会ったら、それなりに綺麗ですよと言うんです」
手提げ袋からべっこう飴を取り出しながら、宵真(
jb8674)が力説する。柳とおなじく、彼もまた都市伝説については詳しく調べていたのだ。
「どうやら、べっこう飴が大好物みたいです。挨拶の菓子折りはこれで良いですね」
「最近の若ぇ連中は舶来物の方が口に合うんじゃねぇのかい?」
徳重が首を傾げると、宵真は口元に手を当てて考え込んでしまう。その様子を見てクスクス笑っていた九十九折は、ふと視線を右の廊下へと向ける。
廊下の先にあるのは、『保健室』の文字。そのドアが、カラカラと音を立てて開き。
『………………』
出てきたのは、赤いコートに死神のような大鎌を手にした女。風邪でもひいているのか顔の半分を覆う大きなマスクを付けていて。
「あ。それなりに綺麗だと思います」
その正体に気付いた宵真が、備品の無い場所へとゆっくり下がる。その声に反応したのかどうかは不明だが。
『…………!!』
無言で、口裂け女が駆け寄ってくる。鎌を大きく振りかざし、廊下をまっすぐと駆け抜けてくる。
「学校に出る妖怪さんですか……お会いするのは初めてなので、どきどきします……!」
九十九折が頬を染めてぐっとポーズをとるのと、口裂け女の前に徳重が出るのはほぼ同時。
「うちの可愛い孫に手ぇ上げるなんざぁどういう了見だい、ええ?」
老人とは思えない矍鑠とした動きで、彼もまた草薙と同じく鋼糸を引き出す。
セレッサが口裂け女の腕を締め上げ、同時に濛々と毒煙を噴きだした。
スキル・ポイズンミスト。その猛毒に口裂け女が声にならない悲鳴を上げる。
「そして、これでお終いです!」
九十九折と宵真が、それぞれ雷撃のルーン、竜巻のルーンを起動して。
廊下もまた、直ぐに静かになった。
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「向こうじゃあ口裂け女を倒したようで」
通信機を仕舞い、柳は同行者を見やる。三人の前にあるのは、男子トイレと女子トイレ。
ただし、入り口にドアがある為中を見る事は出来ない構造だ。
「コンコン。入ってますかー?」
何時までも悩んでいても仕方がない、とばかりに草薙が女子トイレのドアをノックする。が、中からの反応は無い。
「いないのかなー?」
末摘が首を傾げ、草薙が中の確認の為ドアを開けた、その瞬間。
『アァアァアアアアア!』
おかっぱ頭の女の子が。口を大きく開いて。草薙目がけて飛び出した。
「わっ!?」
咄嗟に後ずさる草薙の体を、振り回された腕が掠める。が、そこまでだ。すぐさま末摘と柳がフォローに入り、花子さんを無力化する。
「返事をしないっていうのはズルいんじゃないかなぁ!」
草薙が息を吐き、男子トイレを見やる。不気味に沈黙しているが、今の例から見ても間違いなく開けた瞬間襲い掛かってくるだろう。
「とはいえ、種が割れりゃあ倒すのは簡単でねぇ」
臆することなく、柳がトイレのドアに手を掛けた。
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階段前で。末摘が徳重と宵真を止める。
「ここは、私が一人で登って調べてみます!」
「気ぃ付けるンだよ、篝さん」
一度は付いて行こうとした徳重だったが、彼が階段に足を乗せた瞬間、目で分かるほど階段が伸びた。
あくまでも、一人ずつしか昇らせないという事なのだろう。故に、九十九折は一人で前進せざるを得ず。
「……ん?」
踊場から、ボールが弾むような音がする。それに気づいた時には、既にそれは降って来ていた。
生首だ。人の生首が、弾みながら九十九折へと体当たりを仕掛ける。
「長様、八雲おじいちゃま、気を付けてくださいです!」
九十九折は決して回避が得意な方ではない。手を交叉させ、生首の一撃を受ける。
階段という足場の悪い場所ではあったが何とか防御に成功。たたらを踏む彼女へ再度生首が攻撃を掛けるより早く、宵真の一撃が生首を踊場へと叩き戻した。
「大丈夫ですか、九十九折さん!」
「大丈夫です!」
軽く首を振り、九十九折もまた雷撃を生首へと叩きつける。二度の攻撃には耐えられないのか、生首は煙を上げて溶ける様に消えて行った。
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「やれやれ、やっと音楽室か」
「ちょっと疲れたのー」
全員が無事三階へと辿り着き、音楽室の前に集合する。防音が成されている筈の音楽室からは、それでもピアノの音が漏れ響いていた。
「おーっ、ホントに鳴ってるよ。おとなしそうな曲だけどねぇ」
草薙がドアに手を掛け、同行者たちを確認する。そして、全員の頷きを確認してドアを開け放ち……
『…………!!』
「わぁ、これは中々に」
飛び出してきたのは、血まみれの女。その手には刃物のように鋭い爪が生えていて、とてもピアノを弾けそうには見えない。
両手を振り回しての一撃を、まずは宵真が受け止める。緊急障壁に叩きつけられた手が逆に弾かれ、ピアノ女が後ろにのけぞる。
「っと……!?」
のけぞったのは、衝撃に負けたからではない。噛みつくための予備動作だ。咄嗟に躱したが、万が一噛みつかれていれば被害は免れなかっただろう。
「最近の若ぇ連中は、全く。礼儀のレの字も知りゃあしねぇンだから……」
後から続くように徳重が音楽室へと踏み込み、ピアノ女に一撃を叩きつける。同時に発動したスタンエッジの効果で、ピアノ女はがくりと膝をついた。
「いまなのー!」
即座に駆けこんだ末摘が、近くにある大型の楽器を部屋の隅へと逃がしていく。もっとも、その必要も無さそうではあるが。
「最初の一撃さえ耐えりゃあ、そう厄介な相手でもないですからねぇ」
柳が、まだ、スタンの影響で動けないピアノ女に、八岐大蛇を振り抜いた。
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「七夜のノートが厚くなる展開でした!」
全ての妖怪の撃破を確認する為学校を散策する中で。九十九折がノートを抱きしめる。また、学園に戻ってから今日の事を書き残すのだろう。
そんな彼女に声を掛けようとしたところで。徳重が、ピタリと動きを止めた。
「……泣き声が聞こえねぇかい?」
徳重の言葉に、他の撃退士達もピタリと動きを止める。確かに、つい先程まで聞こえなかったはずの泣き声が、かすかに聞こえる。
「生徒は全員避難したってきいてるよ?」
聞こえるのは、すぐ側の教室の中から。草薙が怪訝そうに中を覗きこめば、教室の隅でシクシクと泣く女の子が見える。
「まだ生き残りが居たようですね」
全員が、改めて武器を構え直す。またドアを開けた瞬間攻撃してくるかも知れないのだから。
「あけるなの!」
すっかり慣れた末摘が、ドアを開く。同時に撃退士達が中へと雪崩れこんだが……
「……あれ?」
見回しても、教室の中には誰も居ない。念のために柳が掃除用ロッカーを開けたが、中には掃除用具が入っているだけだ。
「逃げられましたかねぇ?」
「うーん。けむりみたいにきえちゃったの」
ドアから中を覗いていた末摘も、困ったように首を傾げる。さらに隣の教室や階下の教室、校舎全体も捜索が行われたが、結局謎の生徒が出てくることは無かった。
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「謎の生徒ですかな?」
撃退士達の質問に、校長は困ったように額の汗を拭く。そして、辺りをチラチラと見回した後に。撃退士達に、耳打ちするように告げた。
「生徒達の噂話なのですが……六年生の教室で、泣いている女の子の幽霊が出るー、なんて噂が流れておりまして……」
「……ねぇ、確か到着したとき九十九折さんが何か見たのって……」
草薙の発言に、全員が校舎の三階に視線を送る。が、既に日も落ちたせいで、中を伺う事は出来ない。たが、真っ黒な窓がこちらを見返してくるばかりだ。
「六年生の教室は、そう、三階ですな……」
嘘か真かは分かりませんが、あまり良い話でもないのでご内密に。そう言って、校長はあせあせと頭を下げるのだった。
Fin