良い物を作れば売れる。戦争とも形容される激しい競争が繰り広げられる外食業界において、それは幻想だ。
美味いのは当たり前なのだ。だから価格によるお得感か、特別なプレミア感が無ければ、お客は来ないし、それがあったとしても、効果的に告知するには、莫大な広告費が掛かるという蟻地獄のような現実がある。
そんな荒海の如き業界の中で藻掻くカレー屋を繁盛させる。そんな難しいミッションに、集まった撃退士たちは挑む。期間は一週間だけ、お金も殆ど無い。
だが、ここ『カレーショップ極楽』集まった撃退士たちには、そんな恐れは全く無い。
若さ故の無鉄砲や柔軟な発想、お店の運営者が学園の主役たる撃退士であるという特性は、この仁義なき戦いが続く業界に、新たな風を起こす可能性があった。
「調理は、出来る方だと思います」
「任せてよね。サクサクっと、やってみせるわよ」
長い時間、立った姿勢のままで居られないオーナーに代わって、調理を申し出たのは、イアン・J・アルビス(
ja0084)と雀原 麦子(
ja1553)、絵菜・アッシュ(
ja5503)であった。
三人はオーナーの話を聞きながら、まずトロピカルシチューのベースを作った。その手つきは慣れたもので、オーナーは良い人に来て貰えたと喜んだ。そして仕上げにオーナーの教え通りに調合したスパイスを、加えると、極楽カレーが出来上がる。
「ん、美味くできている」
軽く味見した、アッシュが満足げに微笑んで、オーナーも大丈夫だと頷きを見せる。
こうして、出来上がった極楽カレーを、皆に配って、試食を兼ねた作戦会議が始まる。
「にひひ、可愛い子もたくさん集まったし、この戦力なら勝ったも同然ね〜♪」
「カレーは結構美味しいから、私たちがあれこれ言うことはないわね。ただ、コーヒーはいただけないわね」
カレーを自画自賛しながら、軽い調子で言い放つ麦子に、堅忍不抜・猪狩 みなと(
ja0595)が、すかさず問題点を指摘した。
コーヒーが残念だった理由は明快で、オーナーが全くコーヒーに拘っていないからであった。
美味しいカレーに不味いコーヒーの不幸な組み合わせ。それによって、お互いをダメにし合っていた。とはいえ、この仕事を紹介した赤毛のお姉さんも、そんなこと気づきもしていなかったし、これまでのお客の中に、そんなことを指摘してくれた人は居ない。
「アンケートを取ると、良いかもしれませんね」
お客の声が聞く窓口があれば、親切な人が感想や改善のヒントを寄せてくれるかもしれない。イアンは、コーヒーが、悲惨であった事実を踏まえて提案する。アンケートは滅多に書いて貰えるものでは無いが、やってみる価値はあるだろう。
「なるほどのぉ。びっくりやで。カレーに合うコーヒーの種類ってのも、あるんやなあ」
銀 彪伍(
ja0238)はカレーに後に飲むコーヒーの美味しさが、その種類によって、相当に異なることを思い知らされて、驚きの声を上げる。
みなと自身は飲み物のラインナップを、増やすことを考えて居たが、カレーがメイン、コーヒーがサブのように考えて別々のメニューとして考えるのではなく、ベストの組み合わせによって、ひとつの『食事』として考えた方がより魅力的であることに気づいた。
その意味で当初みなとの提示したコーヒーの種類は多すぎて、費用的にも全部の採用は無理であった。またコーヒー単品としては美味しくても、カレーと合わせてベストであるものばかりではなかった。
試飲を繰り返すうちに、モカやマンデリン、トラジャ、マイソールへと絞り込まれて行く、奇しくもそれはカレーに使われる香辛料と産地を同じくするコーヒーでもあった。
(店の盛り立てか‥‥責任重大だな?)
メニューのアイデアが、詰められて行く様子を、ラズベリー・シャーウッド(
ja2022)は、青い瞳を穏やかに細めて聞いている。一週間の真似事とは言っても、他人の店を預かるわけだ。食材や光熱費、自分たちの報酬に充てる以上に稼がなければ、他人のお金を使って遊んだだけの事になる。それは10歳の少女でも容易に理解できることだ。
そんな費用的な意味で、新鮮な野菜を常に必要とするサラダや、仕込みの工程が多くなるスープや揚げ物といったサイドメニューやトッピングのバリエーションを無秩序に増やしてしまうことは、リスクが高かった。
売れなかった場合に大量の廃棄物を発生させるばかりか、食材の品質保持期限の管理の観点からも、お店に重い負担を与える。
「すみませんね。折角工夫していただいたのに」
「こんなトッピングでは、当たり前すぎたか‥‥」
オーナーのおじさんが、鳳 静矢(
ja3856)の方を見て、申し訳なさそうに口を開いた。コーンやチーズ、ウィンナーなど、他のカレー店にもあるようなトッピングを一通り試した結果、トロピカルなカレーには全く合わないことが判明した。
「折角作ったのに。残念、思ったより難しいよね」
用意したトッピングの食材の数々を見つめ、雪室 チルル(
ja0220)が、少しションボリした様子で言う。
「とは言っても、幾らカレーが美味しいって言っても、変わり映えしないよね。そうだ地獄カレー作ろらない?」
雀原理論に曰く、真に極楽を語るなら、対極にある地獄も知るべきであるそうだ。
香辛料のトッピングで辛さを変えることが出来ないかと、麦子がオーナーに働きかければ、ブレンドした香辛料なら日持ちもするし、色んな辛さで、お客さんに楽しんで貰えるなら、やってみようと言うことになる。
「そんな、めちゃ辛がありなら、ライスもぎょうさんたのめるようにしたら、学生には良い感じやないの?」
「よさそうだね。300、500グラム‥‥1キロみたいな感じで、チラシに載せようね!」
彪伍の提案に、橘 和美(
ja2868)が、それは良いと、元気いっぱいに続け、オーナーも腹いっぱい食べるのは良いことだろうとあっさり同意する。
「ここのお店、ランチは、やってないですよね」
お昼ならランチ、夜ならディナー、お客さんは時間によって気分が変わる。作る側にとっては同じ料理だとしても、食べにくるお客さんに取っては気分が違うのだから、気持ちを盛り上げてあげようと、ラズベリーが丁寧な指摘をいれた。
こんな感じで、メニューやお店のサービスについての、修正や調理の分担も決まり、リニューアルに相応しいネタは揃い、話題はお客を呼ぶ方法へと進んで行く。
宣伝については、店をもり立ててあげたいと思った、赤毛のお姉さんが言い出したことである。オーナー自身は宣伝には拘って居ないため、お金や手間が掛からないことに限られる。
お金も掛からず、効果も期待できる、チラシ配りは、ほぼ全員の意見の一致をみた。
「私はネットで、知り合いに、お店やるよ―って、誘ってみるわ?」
「ほなら、折角学園近くにあるんやし、学生さんにあたってみよか」
麦子が簡単に利用できるSNSの機能をうまく使おうと言い出せば、彪伍は自宅から持ってきた虎の着ぐるみを、見せながら、これを着て生徒会や非公認新聞なんかに当たれば、インパクト満点と続けて、そのまま店を飛び出してゆく。
「ならあたいも、着ぐるみ使おうかな、もちろんテーマはロボットよ! すごいのにするんだから!!」
さらに店内のオブジェを見渡して、チルルが余っている段ボールで、作るのだと主張する
そんな話し合いの様子にオーナーのおじさんも目を細める。店を出したばかりの頃は、手作りのチラシを持って配って回った。そのチラシをもって、お客さんが来店してくれたことが、たまらなく嬉しかったとなんかを思い出していた。
「みんなで分担して、おじさんのためにも繁盛させましょうねっ!」
和美が言って、気合いを入れる。かくして、撃退士たちが主体になった宣伝の方向性も決まり、翌日からのオープンに向けて準備が始まる。
「内装で壊れている所は無いみたいね。よく見ると、この昭和って感じも不思議な暖かみがあるよね。でも外の看板だけは、もっとお店って、分かるようにしたいわねっ!」
見た目の印象は、とても重要だと言い切って、和美は看板の改修に取りかかる。同じく店の外のチェックをしていたみなとが、そのサポートに入る。時間や資材には恵まれていないが、日曜大工の技能で乗り切るつもりだ。
一方、どこか楽しげな気配でオブジェを片付けながら、店の中の掃除に掛かっているのはラズベリー。意外に日々の掃除が行き届いているようで、目に見えて埃が溜まっている場所は無い。だが、窓の水垢による曇りや、時間をかけて蓄積された油煙によるくすみまでは掃除し切れていないようだ。
大掃除の結果、ガラスはピカピカになり、もやのように店内を覆っていたくすみが消えて、スッキリとした。
チルルの張りぼての着ぐるみやチラシも完成して、あとは明日を待つばかり。
麦子のSNSでの呼びかけも功を奏しているようで、カレーオフ会しようとか、盛り上がっているようだ。
「おお〜、なんやピッカピカになったなあ。ああ、チラシは貼っといたで」
そこに着ぐるみ姿の彪伍が、元気に帰ってくる。非公認新聞の一部は、覆面で食べに行って、美味ければ記事にさせてもらいたいとのこと。店を任されている期間内に記事になりそうもないが、後日お店の宣伝の助けになりそうと言う意味で期待が持てそうだ。
「お疲れ様です。僕も、あとでクラスメイトに紹介してもらうように頼んでみます」
「絶対、成功させてーしな」
ラズベリーが丁寧に言うと、ならばと、アッシュが力強い頷きと共に続く。
遠くのお客より身近な知り合い。地味だけれども、小さなお店にとっては、口コミの宣伝は、生命線なのかもしれない。
翌日、お店の近くの通り。
「ちょっとちょっと、ソコ行くイケメンさん。どうですカレー?」
着ぐるみ姿の彪伍が、おどけたような声と共に残念なダジャレを披露して、道行く人にチラシを差し出す。人目を引く効果は抜群のようで、高確率でチラシを受け取ってもらえている。それは淡々と配る靜矢の脇を素通りして行く者が多いことと比べても明らかであった。
「それじゃあ。もう少し賑やかな所に行こう! みんなで声だして行こう!!」
「カレーショップ極楽! リニューアルオープン!!」
ロボロボしい段ボールを被ったチルルが、要領が分かってきたと言うと、サンドイッチマン姿の和美が大声を張り上げる。予備のチラシは胸の前に表に向けて持って、渡す前に内容が見えるようにする。声で身分を明らかにする。些細な修正をするだけでも、チラシを受け取って貰える率は向上した。
一方でお昼時の店内。
取組の結果、お客は普段よりも増えていた。とはいえ混んでいると言えるほどではなかった。
「オレたちのカレー‥‥美味いって言ってくれている」
「ですね。しかし、思ったより、客足が伸びません」
喜ぶアッシュにアルビス懸念を含めて返す。忙しいと言える程の仕事が舞い込むこともなく、時間は着々と過ぎる。
「きゃーっ、かわいい。お嬢ちゃん、歳、いくつなの?」
黒のヴィクトリアンメイド服に白のエプロン姿。カレーよりも容姿に喜ぶお客相手にも、ラズベリーは丁寧&無難にこなして行く。たまにいるユニークなお殿方に対しては、奥から出てきたアルビスが適切な対応をした。
さらに姉妹のように振る舞う、ウエイトレスの麦子とみなとが加わって、店内は華やかな雰囲気で満ちる。
かくして初日は、余力を残したまま閉店時間を迎える。
閉店後、チラシの配布方法やカレーの仕込みの量、接客に掛ける時間、静矢が問題点を纏めつつ、皆で対策を話し合う。
「アンケート、書いてくれる人もいませんでした」
帰り際、アルビスはサービス向上の為に皆で頑張っている。至らぬ点があれば教えて欲しいと、そうお願いの一筆を店内の掲示に加えて、帰路に着く皆の背中を追った。
「え? 何なのよ、これ」
「商売って、思ったより、大変なのね〜」
翌朝、店の外の掃除を始めた、みなとがハッと気づいたように声をあげ、チルルが落ちていたチラシを拾い上げる。道の隅や溝のそこかしこに、落っこちているのは紛れもなく、前の日に配ったチラシだ。
「これで少しは捨てにくくなるよね!」
「こんな可愛い子が作った、チラシを捨てるなんて、まったくけしからんよねえ〜」
和美はカラッとした調子で言うと、ラズベリーの発案で、急遽つくりあげた、ドリンクの無料券と、コーヒー割引券を、チラシの全てにホッチキスで留めてゆく。
「なるほど、持って置きたくなるし、使われた券の数で、広告の効果も分かるわけだな」
問題への対策を素早く打ち出す仲間たちに、静矢も表情を明るくすると、遅れて彪伍がやって来る。勿論、今日も虎の着ぐるみである。
「ほな、今日もがんばってゆこうか」
彪伍が遅れて来たのは、学園の掲示板へのチラシの張り直しの為。掲示板が利用は簡単にできるが、利用者も多いため、効果的に告知するには、こまめにチェックして張り直しておく必要がある。
二日目以降は、麦子のネットの知り合いやラズベリーのクラスメイトたちが五月雨に訪れ始め、またチラシに添付した割引券も少しずつ利用数も日を追うごとに利用数が増えて行く。
またラズベリーのメイド姿のファンになってしまった数人のお客は、休むことなく熱心に通って来ているようだ。
そして特にお客の心を掴んだのは、『地獄と極楽を見せてあげるわ♪』のコピーで打ち出された、辛さ調整のスパイスのトッピングであった。これは全ての辛さを制覇するのだと、すっかりファンになって通ってくる者や、劇辛が大好きなマニアの口コミも加わって、着実に売り上げを伸ばした。
辛さ調節のアイデア自体は珍しくは無いが、オーナーが持つスパイスについての深い造詣を、商売に活かせたことが出来た点で極めて優れた策であった。
かくして最終日には、手伝いを始める前の3.5倍程度の売り上げを記録して、イベントとしては、まずまずの成功を収めることができた。
「一週間‥‥お疲れ様でした」
最終日、麦子の企画した打ち上げの席で、腰も落ち着いてきたオーナーが、感謝の気持ちを語る。
粗利の殆どは、頑張ってくれたみんなの報酬として支払われたため店に利益は残っていない。
だが目先の利益より、新しいアイデアや新しいお客をもたらしたことが、とても大きな貢献であった。そしてオーナー自身は、創業当時の熱い気持ちを思い出せたことが、なによりも嬉しかったという。
「それじゃ、かんぱーい!」
「お疲れ様ーっス!」
麦子が音頭をとってグラスを掲げ、アッシュが続く。そして次々と元気な声が上がった。
撃退士たちは、激しい戦いの続く外食業界に一陣の風を吹き込んで、ミッションを終えた。
彼ら、彼女らが、再びこの店を訪れるときも、きっと変わらずに美味しいカレーが食べられることだろう。