●予行練習!
「え、えー。それではっ! これより、TRPGの予行練習を始めようと思います! な、なおっ、この様子はリプレイにする予定なので、皆さん、ほどほどにネタに走りましょう」
時刻は放課後。
笹原良輔と数人の撃退士たちは、空き教室の一つを使い、TRPGの予行練習を開始しようとしていた。これは、来るべきTRPG見学会を開く前に、良輔が少しでもTRPGに慣れておくことに加えて、この様子をリプレイとして発表することで、見学会に来てもらう人を増やすためでもある。
「み、皆さん。初心者のGMですが、よろしくお願いします!」
「……俺も素人みたいなものだし、いろいろとアドバイスしてくれると助かる」
がちがちに緊張した笹原が頭を下げると、榊 十朗太(
ja0984)はぶっきらぼうにフォローを入れる。
「だいじょーぶ! 私も初心者だし、一緒にがんばろっ♪」
「笹原にーちゃん! これ、かっこいいモンスターとか出るかな? ファンタジーとか好きだから、すっげー楽しみなんだ!」
それに続いて、武田 美月(
ja4394)と相馬 カズヤ(
jb0924)も笑顔で良輔に声を掛ける。
「皆さん……」
撃退士たちの心遣いに心を動かされたのか、良輔の表情が柔らかくなった。
「てーぶるとーくあーるぴーじー……!」
「うん。ゲーマー人口増加のために頑張る」
そして、TRPGが出来ることで目を輝かせている蒼井 御子(
jb0655)と、個人的理由も含めて密かにやる気を出しているフィール・シャンブロウ(
ja5883)の姿を見て、完全に落ち着いたようだった。どうやら、この場に集まってくれた撃退士たちも、良輔と同じくゲームを楽しみに来たのだと理解できたから。
「みんな、イラストはまかせてねー」
なお、予行練習に参加する撃退士以外にも、艾原 小夜(
ja8944)がリプレイの際にPCのイラストを描くため、見学として参加している。実際にセッションの雰囲気を感じ取り、PCのイメージを掴みとろうとしているのだ。
「…………よし、それでは! 今回のセッションの説明に入ります!」
自分は今、一人じゃない。
撃退士たちに背中を押してもらった分、自分も勇気を出さなければ、と良輔は自分を奮い立たせて、セッションのシナリオ説明に入る。
シナリオの内容はいたってシンプル。
ファンタジー世界の冒険者になったPCたちが、依頼人からダンジョンの奥に生えているという万病に効く薬草を取ってくるという物。
「よし! それじゃ、ボクの剣がゴブリンをばったばったとかっこよくなぎ倒すぞ!」
TRPGの醍醐味とは、言葉通り、自分が造ったPCを演じて楽しむことだ。だから、カズヤが意気揚々とアーサーと名づけた戦士を動かしたり、
「……罠なんぞ、掛かってから踏みつぶせば良いんじゃろ?」
「わわっ、変な罠はっけーん! ほいっと、解除っ♪」
十朗太のドワーフ戦士が持ち前の防御力で罠を体当たりで壊したり、御子の好奇心旺盛なシーフが落ち着き無く罠を解除しまくったりしてもいいのだ。
「このリドルの答えはこうね」
「はいはいっと、回復するよー」
あるいは、フィールのように、仲間たちの行動をフォローするようにダンジョンの謎を解明する知的な魔術師を演じてもいいし、美月のように仲間を癒す獣人の神官を演じてもいいのだ。
なぜなら、TRPGとはPCを操るPLと、GMが掛け合いをしながら、無限にさえ広がっていく物語を楽しむ物なのだから。
「あ、ごめん、皆さん。クリティカルです」
もっとも、ダイスの神様は気まぐれなので、ダイスの出目にPCたちが振り回されることもある。例えば、GMのダイス目が異常に良かったり、など。
まぁ、こういうハプニングもTRPGならではの楽しみなのである。
●準備!
「リプレイを作りましょう」
予行練習も無事(?)に終わり、各自、TRPGの楽しみを充分に味わった後は、見学会に向けての準備に入る。特に、神林 智(
ja0459)などは、楽しくて仕方ないといったように目を輝かせていた。
「色んな人に見てもらうために動画などにも出来るといいですよね」
「それならボクが編集とかを担当するぜ」
「イラストは私に任せてくださーい。予行練習に参加した人は、私にキャラクターの特徴を教えてねー」
プログラミングなどを得意とするカズヤが率先して手を挙げ、小夜がPCたちの容姿の聞き込みを始める。
「なら、私は録音した生ログのテキストを起こすわ。なに、鬼畜教授の高速板書を書き写し続けて数年。慣れたものよ」
「では僕は、学園にパソコン室の使用許可を取ってきましょう。リプレイを載せる無料ホームページも用意しておきますね」
フィールはセッションの様子を録音していたMPプレイヤーを持って、作業を開始し、楯清十郎(
ja2990)は作業スペースや機材など、もろもろの確保に回る。
「それでは、次は告知ですね。ルールブックの要点を纏めたレジュメや、TRPGの簡単な説明、見学会の場所や日時が書かれたポスターやビラが欲しいです。ビラは最低、20部は欲しいところですね」
「んー、そっちのイラストも私に任せてー」
智の提案に、小夜はキャラクターのイラストを描きながら応じる。小夜の手元では自前の水彩紙に色鮮やかなキャラクターが描かれていき、それだけで、リプレイがどんどん作られていくのだと、作業をしている全員の士気が上がっていった。
「……TRPGについて知って貰う為のものなんだから、こういう遊びの部分を入れておいた方が敷居が高くならなくて良いと思うんだが」
「この部分は注釈を付けておきましょう。ここは詳しい書いた方が面白いですね」
文章のリプレイは十朗太と、場所や小道具の手配をしながら清十郎などが、フィールと共に書き上げていく。
「こんなのどうー?」
「うん、すげーかっこいい!」
イラストや動画の作成は小夜とカズヤが、相談しながら作り上げられていく。
そんな、てきぱきと動く撃退士たちの動きを見ていた良輔だったが、自分はどう動けばいいのかわからず、いや、正確にはどう動けば邪魔にならないのか考えていた。今までほとんど、団体行動をとってこなかった良輔だからこそ、自分が間違いなく足を引っ張ることを知っている。だから、いっそのこと、自分なんて手伝わない方がいいのでは? という思考さえ浮かび始めた。
「ほらほら、良輔君も手伝って!」
「ひゃ、ひゃい!」
けれど、元気溢れる美月の声が、そんな良輔の思考を吹き飛ばす。良輔の手を引っ張り、ポスターの手伝いに巻き込んだり、人手が足りないところへ背中を押して参加させる。
「あ、笹原さんはこちらをお願いします」
「笹原のにーちゃん! ここのところなんだけど、こういう音源にした方がいいよな!」
智が良輔にTRPGの簡単な説明のところの文章作成を頼んだり、カズヤが動画の編集について相談したり、良輔の想像とはまるで違い、撃退士たちは彼が足を引っ張るなんて考えずに、どんどん作業を頼み、頼っている。
不思議な気分だった。
良輔はなんだか、妙にふわふわと落ち着かないような、けれどしっくりくるような、そんなあやふやな感覚に襲われながらも、なんとか動いていく。
そして、全ての準備が終わる頃、
「こういうのが仲間っていうのかな?」
彼の顔には、柔らかな笑みが浮かんでいた。
●見学会!
「まずはやるよ、ってことを告知しないと、だねっ」
御子はその言葉通り、依頼相談所や掲示板など、人通りの多い場所でビラを配っている。ある程度TRPGについて詳しい御子は、興味をそそられて集まった人たちに、簡単な説明をしていく。
【○月○日、TRPGの見学・体験会を開催致します。つきましては、経験の有無問わず参加・見学者を募集しております。下記URLのリプレイもご参考に、興味を持たれましたらお気軽にお越しください】
ビラやポスターには、撃退士たちが作ったリプレイの動画のURLが載ってあり、美麗なイラストと編集技術が高い動画であったこともあり、久遠ヶ原学園の中でなかなかの人気を博しているようだ。
加えて、
「……ころりんちょ」
「……システムはなんだい?」
フィールが有望そうな人の前でダイスを振り、同志を募ったこともあり、見学会のことはささやかな噂になる程度には学園内に知れ渡っていた。
そして、見学会当日。
「あばばばばばば、む、無理! 人がっ! 人が多いよっ!」
予想以上の集客により、見事に良輔はヘタレた。
場所は学園から、ちょっと広めの会議室を借り切ったが、それでちょうど全員が満遍なく入りきる程度だったのである。撃退士たちも含めれば、20人以上は居るかもしれない。生徒たちが来やすい時間帯を指定したおかげでもあるが、やはり、良輔が撃退士たちと一緒に行った集客活動が功を奏したのだろう。本来だったら喜ばしいことだろうが、いや、良輔も喜んでいるのだが、思わぬ自体にコミュ能力に難がある良輔は混乱しているようだ。
「笹原さん、大丈夫ですよ」
そんな良輔に、智は静かに声を掛ける。
「笹原さんは、どうしてTRPGが好きになったんですか?」
「え、そ、それはっ。前に一度、小説と間違えて買ったリプレイが面白くて。それで、僕もこんな風にみんなと遊べたらいいなって……」
何かを思い出すように呟く良輔に、今まで参加者にレジュメなどを配っていた美月が明るく応えた。
「なら、大丈夫じゃないかなっ? ここにいる皆は、きっと良輔君と同じ気持ちで集まった仲間だからねっ♪」
「……仲間」
良輔の胸の中に、再び、撃退士たちと見学会の準備をしていた時に感じた温かい気持ちが浮かび上がる。
「そうですよ、笹原さん。だから、そんな及び腰になっていないで、仲間たちの顔をみて、楽しくセッションしましょう」
「……うん!」
再び湧き上がった勇気と、撃退士たちの言葉に背を押され、良輔の覚悟が決まった。
「み、皆さん! それではっ、これからTRPGの体験・見学会を始めます! 用意しました席にお座りくださいっ!」
予想以上に参加者が集まったので、撃退士の中で経験がある者、もしくは参加者のなかでTRPGを経験したことがある者がGMをすることになった。
「では、こちらのゴブリンが『あいつは来月結婚するはずだったゴブ……よくもゴブー!』と襲ってきます。あ、データの無いエキストラなので宣言するだけで死にますよ」
「倒しづらいわっ!」
清十郎がえぐい演出をしたり、肝心な場面でピンゾロを振ったり、色々とおいしいサブマスターとして活躍したり、良輔が逆にクリティカルを出しまくったりなど、ロールプレイだけでなく、参加者たちはダイスの理不尽さも楽しめたようだ。
そして、見学会終了のとき。
「またやりたい!」と笑顔で言ってくれるカズヤや、「次はプレイヤーとして参加しますね」と清十郎にお礼を言いつつ、良輔は意を決したように、参加者たちに尋ねる。
「あ、あのっ! 今回の見学会でTRPGに興味を持った方はそのっ! 今度も一緒に遊びませんか!?」
撃退士も含め、参加者たちの答えなんて決まっている。
『仲間なんだから、当たり前だろ?』
友達は非売品だ、どこにも売っていない。
けど、一生懸命顔を赤くしながら作るものでもない。
きっと、気付いたら、もうなっている物なのだ。