●陽炎を探して
子供の頃に作った秘密基地を覚えているだろうか?
大人に見つからないように、誰にも見つからないような世界の隙間を探して、ほんのささやかな領土を占領。こそこそ勝手にガラクタを集めて、仲間を集めて作った秘密基地は、見た目はボロボロだったけど、子供たちはきっと、それが輝いて見えていたんだ。
「ということでー、我々教職員一同はー、あの日の思い出を取り戻すためー、ここにー、『ドキドキ♪ 突貫作業で秘密基地を作っちゃおうぜ! BQもあるよ!』を開催します!」
『イエー!!』
久遠ヶ原学園のいい年した大人たちが、山の麓のキャンプ場で叫ぶ。それも、童心に返ったかのような、曇りなき眼で、だ。
「教師陣は随分とテンションたけぇな」
アラン・カートライト(
ja8773)は、尋常じゃないテンションではしゃぎまわる教師たちを眺めながら、苦笑する。
「秘密基地とは心躍る響きですからね。教師の皆さんのテンションが高くなるのも判る気がします」
淡々と語る舞草 鉞子(
ja3804)だったが、その横顔はどこか微笑んでいるようにも見えた。
「ちっちゃい頃を思い出すねー、わくわくだねぇ」
【わくわくが止まらないね!】
星杜 焔(
ja5378)はにこにこと微笑み、その隣では更科 雪(
ja0636)が、でかでかと文字の書かれたホワイトボードを元気よく頭上に掲げている。
鈴木悠司(
ja0226)も、彼らに負けず劣らず元気にはしゃいでいた。
どうやら、教師陣のテンションの高さに負けず劣らず、撃退士たちも秘密基地に心を躍らせているらしい。その証拠に、
「ふ、我らが基地に相応しき場所を見つけたりぃ!」
「近くに小川もある、良い感じのところだじぇー!」
既にフライング気味に現地探索を始めていた七種 戒(
ja1267)と南條 真水(
ja2199)が、目を輝かせてキャンプ場へと戻ってきたのだから。
そして、同じく目を輝かせている教師陣と無言で熱い握手。
普段は教師と生徒という区切りで隔てられているが、今、この時だけは同じ『子供』として秘密基地というロマンに夢中になっていた。
「皆さん、とても楽しそうですね。秘密基地ですか……基地、要塞、難攻不落……よし、外周は私に任せてください」
「なにかとてつもない物を作ろうとしてないか?」
秘密基地を通り越して、要塞を作る気満々のヴィーヴィル V アイゼンブルク(
ja1097)に、アランは多少驚きながらも、自身の苦い思い出を記憶から蘇らせた。
子供の頃に作った秘密基地は、やはり子供が作ったからか、すぐに壊れてしまった。それは、誰しも経験したことがあるような、共通の苦い思い出。
だが、今ならどうだろう? あの頃から成長し、大人と呼べるようになってしまった者や、子供の頃に知らなかった物を知り、できなかったことができるようになった者。彼らが少しばかり本気を出したなら、なかなかの代物ができるのはないだろうか?
それはきっと、幼い夏の日の陽炎を探すような、大人気なく、虚しい行為かも知れないが――――それ以上に、楽しめればそれでいいのだ。
少なくとも、ここに居る教師と撃退士たちはそう思っているだろう。
●秘密基地
戒が見つけた場所は、程よい大きさの樹木と、ある程度開けたスペースがある場所だった。これならば、なかなか広めの秘密基地が作れるだろう。
「よし、それじゃ皆、まずは土台になる物を作ってから、後は各自、自由にそれを改造していくってことで! わかんない所があったら、星杜に聞くんだじぇー」
『おー』
まず、真水が全体的な制作方針を示し、撃退士たちは竹やベニヤ板などの材料、そしてさまざまな工具を持って迅速に行動を開始した。
「んー、そこに釘打つ時は気をつけてねー。あ、そこはちょっと難しいから俺がやるよー」
趣味で日曜大工をしている焔が、撃退士たちの質問に答えながら、てきぱきと動いて秘密基地の枠組みを作っていく。人見知り気味の焔であったが、秘密基地制作のお祭りテンションに底上げされて、他の撃退士や教師たちにしっかりと意見を述べる姿が勇ましく見える――――もっとも、猫耳と尻尾を着用しているので、どちらかと言うと可愛さの方が引き立っているのだが。
「ふふ……ほむほむ、やはりきみは良い……」
そして、その元凶である戒は至福の笑みを浮かべながら、焔の姿をカメラで激写していく。作業開始前に、焔を頼み倒した甲斐があったというものだろう。
【七種さん、見張り台までの縄梯子、お願いね!】
「うむ、任せておけ!」
カメラで激写しながらも、戒は手際よく作業をこなしていく。
そんな中で、ちょっと雪は困っていた。雪は秘密基地の見張り台担当なのだが、どうにも体格的にベニヤ板や材木などは運びづらいのだ。このままでは、基地組に遅れを取ってしまう。
「高い位置から見張るってのは、いつの時代も男のロマンだよな」
雪が少し困った表情を見せていると、アランがしれっと呟きながら、ベニヤ板や材木など、重たい材料を樹木の上へと運んでいく。
【アランさん、ありがとー!】
見張り台の原型が完成し、一息つくと、雪が満面の笑みでアランにホワイトボードに書かれた文章を見せる。
「……まぁ、木材で指を切ったらいけねえからな。戦闘でもないのに、怪我する必要もねえだろう」
特に自分の行動を誇るでもなく、煙草を一服しながらアランは答えた。胸の内に秘めた懐かしさと苦さを紫煙と共に吐き出しながら、アランは眼下ではしゃぐ撃退士と教師陣のコンビを眺める。
「なぎ払います」
鉞子がグルカナイフで邪魔な茂みを切り裂くと、教師たちは素早くそれを回収。
「っしゃー、やったるじぇー!」
真水の一撃が材木を綺麗に加工し、教師陣はそれを日曜大工担当である焔へ手渡し、あるいは『ちょっと日曜大工を齧っているお父さん組』が、焔に負けじと制作している。
そのおかげか、秘密基地の土台は既に完成し、後は個人で改造を加えていく段階へと移行した。
「中央ができてきたので、私は外周を担当しますね。資材はなくとも、出来ることはあります。塹壕でぐるりと周囲を囲み、要所に強化地点として土を盛り上げて作った小規模な保塁を。偽装として保塁にはシートを被せ、周囲の草木等を植樹します。死角をなくすため、全体の形状は星形の多角形を採用し、連絡用の通路を設けることで前線と後方の有機的な結合を図り、また、一部が食い破られた場合でもただちにリカバリーが効くように、敵軍の侵攻が予期されるポイントには予備の塹壕線を……ですが、どうしましょうか、これでは時間が――」
ヴィーヴィルは思案を膨らませながらノリノリと作業を開始しようとするのだが、制作時間内に完成させられるのかと、一抹の不安を覚える。だが、そんな時こそ教師の出番だ。
「心配しないでくれ、生徒がやりたいことをさせるのが、教師なのだから」
「おうさ! 三日後の筋肉痛なんざ怖くはねぇ!」
秘密基地の要塞化に乗り気だったのは、ヴィーヴィルだけではない。多くの教師陣も目を輝かせながら、それを手伝い始めた。
「さぁて、次はアレだ! ターザン的なアレを作るぞ! さらに滑り台も作ろう。脱出経路の確保は非常に大切だからな! できるのかだと? 熱いぱとす的になんでも出来る気がするので問題ない!」
戒は烈火の如きテンションで教師たちを率い、さまざまなアトラクションを完成させていく。
「んじゃ、焔ちゃん。なんじょーさんたちは小粋な家具やステキな秘密グッズでも作ろうぜー」
「そうだねー、プラネタリウムとか、秘密の地図の入った宝箱とかいいよねー」
真水と焔は基地内に設置する家具や、秘密グッズを製作していく。
「では私は安全点検をします。子供が扱う物ですから、点検と確認はやりすぎて困ることは無いでしょう」
楽しみながらも、安全確認は忘れない鉞子。子供たちが楽しく遊んでいるときに、怪我をしてしまったら、きっと興ざめだろうから、それはとても大切な作業なのである。
【軍用迷彩ネットで、こう、前線基地っぽくするの!】
「やれやれ、随分本格的だな。だが、悪くねえ感じだ」
基地だけでなく、見張り台も着実に改造が加えられていく。
こうして、秘密基地制作は順調に進んでいった。
●夏の日の思い出
「それでは! 秘密基地完成を祝してぇ……かんぱいー!」
『いえー!』
陽が沈みかけ、空の色が変わりつつある頃、秘密基地は無事に完成した。その出来栄えは決して悪くないのだが、もはや混沌すぎて何がなんだかわからなくなっているのだが、それも秘密基地らしくて良いだろう。
「この肉が欲しくば……私の屍を越えて行け!」
【がおー!】
戒と雪が、最高級肉をかけて、無駄に高度な戦闘を繰り広げている。
秘密基地完成祝いのバーベキューは、教師たちが大人気なく最高級食材と取り揃え、とても豪華な代物となっており、こういう肉をかけた争いも少なくない。
「とてもおいしいですね」
「あー、五臓六腑に染み渡るじぇー」
鉞子はもぐもぐと無言で野菜と肉を食べ続け、真水はそのお美味しさに感動している。体を動かした後のご飯は美味しい。肉体労働には向かないと称している真水が精一杯頑張ったのなら、その美味しさも一際だ。
「基地には要塞主砲ですよね! イゼルローンにだってあります!」
そして、見事に秘密基地を要塞化したヴィーヴィルは満面の笑みで、要塞化を手伝った教師たちに語りかけている。
「あははー、いやぁ楽しかったですよね」
「……まぁな」
そんな狂乱騒ぎを傍から眺めながら、焔は楽しげに微笑む。その微笑みの裏には、色んな物が隠れているのかもしれないが、この時は純粋にこの馬鹿騒ぎを楽しんでいると思っても良いだろう。
ぶっきらぼうに返事をするアランも、出来上がった秘密基地を肴に上等な酒を飲んでいる。口元に薄く浮かぶ笑みは、きっと楽しげなもののはずだ。
教師たちと撃退士たちが、能力をフル活用して作った秘密基地。それは、過去に戻ることが出来ない大人たちの、ささやかな夢だったのかもしれない。
久遠ヶ原学園から少し離れた山の麓に、やけに気合の入った秘密基地がある。
見張り台はツリーハウスのように丈夫で、さらに迷彩で隠されている。外敵は巨大な大砲が迎え撃ち、要塞の如き防衛力も持つ。
秘密基地の中には、プラネタリウムや作戦会議室、お宝の地図が入った秘密の宝箱だって設置されてあった。
そして、安心確実設計がされている秘密位置だが、時々、保守点検と称して、製作者の一人がハンモックで昼寝しているという伝説もある。
近所の子供たちには大人気で、この秘密基地を争って、たくさんの子供たちが頭を捻って戦いに挑むこともあるそうだ。しかし、そんな時、大人たちは決まってその看板を指差しながらこう言うのだ。
「ほら、ここに書いてあるでしょう? ちゃんと仲良くしなさい」
誰かが作った、無駄に完成度の高い、混沌とした秘密基地の前には看板が一つ。大人気なく作られた割には、子供っぽく、それでいて『らしい』看板。
【みんなのひみつきち】
これが、彼らが作った大人気ない秘密基地の名前だ。