●不可視を破れ
太陽は空高く位置し、雲一つその陽光を遮ることが無い晴天。魔物が潜み、隠れる闇などは、どこにもありはしない。
だというのに、そのディアボロは確かに、そこに存在していた。
「見えない魔物とは、厄介だね」
酒々井 時人(
ja0501)は生命探知の結果、この入り組んだ路地のどこかに透明なディアボロが居ると突き止めた。そして、その結果が正しいことを裏付けるように、彼の耳にちゃりちゃりという音が聞こえてくる。
「……っ」
時人は頬にカマイタチのような切り傷を受けつつも、ディアボロの足音を頼りに、囮として振舞う。
ちゃりちゃりちゃりちゃり……ぴちゃ。
ディアボロの足跡に水音が混じる。それこそが、撃退士たちの罠が発動したという印だった。ここは阻霊符により、透過能力が遮断された空間。つまり、予めばら撒かれていたペンキを透過させることもできないということだ。
「えいっ!」
可愛らしい声と共に催涙スプレーを噴射したのは、丁嵐 桜(
ja6549)。予めばら撒いておいたペンキに付いた足跡を目印に、強烈な匂いでディアボロを追い立てる。
ディアボロの足跡はスタンプのようにペンキの付いた路地に印を付けていき、やがて、その足跡は行き止まりの路地へと辿り着く。
透過能力は封じられ、透明なはずのディアボロの体には、ペンキの色が付着していた。
「そりゃっ!」
「完全な透明で無いのなら」
しのぶ(
ja4367)とクロエ・アブリール(
ja3792)は、透明な体に付着した色や、ディアボロが動く音を頼り動く。しのぶはカラーボールを、クロエはペンキをぶちまけて、ディアボロの姿を浮かび上がらせる。
低い唸り声と共に、浮かび上がった姿は、一頭の獣。
「にゃはっ、なるほど。犬っころかい!」
朱鞠内ホリプパ(
ja6000)はペンキによって彩られたディアボロの姿を観察し、その姿を覚え、メモを取る。
これにより、敵ディアボロが優位とする透明という利点は完全に防がれたと言ってもいいだろう。待機していた撃退士たちは、ディアボロを逃がさないよう、むしろ包囲するように姿を現した。
「うぇーい、やっぱりわんこだったかー」
鬼燈 しきみ(
ja3040)は間延びした口調と共に。
「姿さえ見えれば……一気に畳み掛けるぞ」
御影 蓮也(
ja0709)は冷静な光が宿る双眸をディアボロに向けて。
「この痛みの分、取り立てさせてもらうぜ」
紫園路 一輝(
ja3602)は激痛で痛む左目を眼帯越しに押さえながら。
撃退士たちは、透明化を破り、敵ディアボロを包囲することに成功した。そして、やっとディアボロは彼らを『獲物』ではなく、『敵』として認識した。
●もう一つの不可視
不可視。
それを実現するためには、透明になることと、もう一つ方法がある。もったいぶるにはあまりにも単純で、簡単な方法が。
「ぐっ!?」
ひゅん、という風切り音が鳴ったかと思うと、撃退士たちの目の前からディアボロの姿が消失。そして、一輝の全身に鋭い刃物で切られたかのような切り傷ができる。
誰の目にも留まらないほどの速さで動くこと。それが、ディアボロが持つ、二つ目の不可視だった。
「ちっ、速いな」
「うにー」
極彩色に染まったディアボロへ、蓮也はカーマインを奔らせ、しきみがダガーを投擲する。二人の攻撃はまさに高速。しかし、ディアボロはそれすら上回り、風切り音と共に姿を消した。
ぱっ、と赤く舞うのは蓮也としきみの血液。二人とも腕に軽い切り傷ができただけだが、それは二人がとっさに急所である首を庇ったからである。
確かにこのディアボロの攻撃力は低い。しかし、獣とはすべからく自身の牙の使い方を熟知しているもの。たとえ、小さな切り傷しか作れない牙でも、敵の急所に食い込ませればいい。それをディアボロは本能で理解していた。
「こぉんのー!」
しのぶは足跡や、風切り音からディアボロの位置を予想し、全力でパイルバンカーをぶち込む。ぱぁん、という大気が弾ける音と、ちりぃ、という何かが掠る音が路地に響く。
紙一重でしのぶの攻撃は回避され、ディアボロはそのお返しとばかりにしのぶの体を切り刻もうとし、
「あぶないっ!」
「させないよ」
撃ち込まれたホリプパの銃弾と、奔らせた時人のカーマインがその反撃を制した。
「皆、敵は恐ろしく速いけど、攻撃は直線的だよ。予測しきれない攻撃じゃない」
時人はカーマインを操作しつつも、冷静にこの状況を解析し、撃退士たちに伝える。しかし、それでも対処は難しい。
「むぅ、なかなか厳しいな」
クロエは、傷付いた一輝に向かうディアボロの攻撃を刀で受けるが、反撃の突きは虚しく空を切るばかり。攻撃は直線的で、受けることに集中すれば受け切れないほどのものではない。だが、攻撃に転じるには相手の切り替えし早過ぎる。恐らく、攻撃と攻撃の間のタイムラグが極端に少ないのだろう。下手をすれば瞬く間に数度、相手を牙で切り刻むことも可能だ。
ただ、単純に速いだけの敵。
けれど、それこそがこのディアボロが誇る最大の性能。シンプルであるが故に、破ることは叶わない不可視だ。
加えて、状況は撃退士たちを追い詰めていく。
「にゃあ! みんな、ディアボロの姿が!」
ディアボロの間合いから距離を取り、観察するように戦っていたホリプパだから、一番初めにその変化に気づくことができた。ペンキによって、極彩色に染められたはずのディアボロの体が、段々と元の透明な姿へと近づいていっているということに。
「多分だけど、あいつは物の色を薄めていく能力を持っているんだよ! その証拠に、あいつの足跡だけ、他のペンキと比べて薄くなってる!」
ホリプパによる能力看破により、撃退士たちは残された猶予はそう長くないことを悟った。二つの不可視が揃ってしまえば、もうこのディアボロの逃走を妨げる物は無くなってしまうだろう。
●敵を討て
「……もう一つ、ディアボロを追い詰めるための細い路地が近くにある。そこなら捉えられるか?」
「うにー、動きが止まればなんとかねー」
蓮也としきみはディアボロの牙をかわしつつ、言葉を交わす。しきみならば、ディアボロの動きを束縛する手段がある。しかし、高速を超えて駆動するあのディアボロを、それで捉えるのはなかなか難しい。
「動きが止まればいいんですね! ……うん、よぉし!」
桜は催涙スプレーを片手に、突出する。ディアボロが嫌がる匂いを振り撒き、敵意を集めながら、蓮也が示した細い路地へとディアボロを誘導していく。
「っつ、いててて」
不可視の牙は、浅く、何度も桜の肌を切り裂いた。けれど、その痛みは彼女の瞳から、強い意志を奪うには足りない。
そして、桜の誘導が成功するように、撃退士たちもまた行動していた。
「舐めんなよ、男の三倍返しは喧嘩とホワイトデーって相場決まってんだ!」
「彼女だけに痛みを負わせるわけにはいかないのでね」
「だから、大人しくあっちに行ってよねっ!」
一輝とクロエの斬撃がディアボロの動きを阻害し、大気を切り裂く、しのぶのパイルバンカーがディアボロの危機感を煽り、誘導しやすくしている。
敵の動きがいくら素早くとも、人には獣には無い知恵がある。太古から、自分よりも数段力の強い者、体の大きな者、素早い者、それらを全て知恵という武器で下してきたのだ。撃退士たちの知恵を用いた連携は、確実に劣勢を覆していく。
そしてついに、細い路地へと誘導されたディアボロは、自身が追い詰められていることを知り、勝負を焦った。今まで、浅く肌を切り裂く程度に留めておいた攻撃ではなく、渾身の力を持って桜の首筋を噛み砕こうとしたのだ。
「えへへ、かかりましたね?」
首筋へ噛み付くだったはずの牙は、それを予測していたかのように間に差し出された桜の腕に喰らいついた。これによって生じる、次の動きまでの僅かなタイムラグ。それを桜は見逃さない。
「ええい!」
全身から暖かな桜色の光が零れ、力強くアスファルトが踏み抜かれる。大地を踏みしめたことより生まれる力が、桜の体に行き渡り、次の瞬間、ディアボロはアスファルトがひび割れるほどの強さで叩きつけられた。
「今だよーっと」
ダメージを受けたことにより、ディアボロは動きを止める。そこを、しきみの操る影が、ディアボロの動きを縫い止めた。
自身を束縛する影を振り払わんと、ディアボロは力を溜め、全力で駆動しようとするが、
「やっと、その動きにも慣れてきた」
ディアボロよりも早く、神速で駆動した蓮也のカーマインがディアボロの体を絡め取る。
「さて、それじゃ、ダメ押しといこうか」
それに加え、時人のカーマインが更にディアボロの動きを拘束した。
三重の拘束により、ディアボロの動きは完全に封じられた。
つまり、ディアボロは彼女の一撃を回避することができない。掠っただけで、本能が恐怖したしのぶの一撃を。
「いっくよー……全力っ全壊っ!!」
炎のように揺らめくそれが、しのぶの動きに合わせて、紅く、血しぶきのように飛び散る。放たれるのは、山すら砕かんばかりの紅の一撃。その一撃から逃れられる術は、もうディアボロには存在していなかった。
こうして、透明は紅に染まり、牙は砕かれ、獣は眠る。
●さぁ、後片付けだ!
「周囲に生命体の反応は無し。どうやら、敵はあれ一体限りだったみたいだね」
時人の言葉が戦闘の終了を告げ、撃退士たちはやっと胸を撫で下ろした。
「こんなのが沢山でてきたらと思うと、ぞっとしますね」
「えへへ、そうですね。でも……」
しのぶは先ほどの激戦を思い出しながら笑い、桜も微笑んで同意し、一息吐く。しかし、その笑顔には若干の疲労の色が見られた。
「これが一番大変かも」
それもそうだろう。なぜなら、撃退士たちの目の前には、色とりどりのペンキによって染められた路地があるのだから。
「もういないのなら、後片付けをしなければな。……はぁ、これは戦闘よりも大変そうだ」
蓮也は嘆息しながらも、てきぱきと掃除道具の準備を始める。
「なんだよー、もっと群れて来いよー。ったく、取立てができないじゃねーか……」
ぶつぶつ呟く一輝だったが、彼の手元はしっかりと動き、淡々と路地に付着したペンキを落としていく。
「水性にしてよかった。油性だったら、今頃目も当てられないな」
「にゃははは! 想像したくないね!」
「うぇーい、がんばろー」
クロエは目の前の凄惨たる様にため息を吐きながら、ホリプパは陽気に笑いながら、しきみは眠そうな目で、それぞれ掃除を行っている。
二つの不可視を持つ獣は、撃退士たちの知恵と勇気によって破られた。いや、それともう一つ、ディアボロたちでは決して見ることは叶わない、『絆』という武器が敵を討ったのかもしれない。