●事前準備
がたいの良い体に、真っ赤な頭髪、両耳には銀のピアス。そして、極め付きには泣く子も黙るような強面。傍から見たら、不良以外の何者でもない。それが客観的な視線から見た、佐藤修吾の容姿だ。
けれど、久遠ヶ原学園では、そんな容姿などただのパーツに過ぎない。
「そりゃあこのカッコで来たらグレたと思われるよね」
「親しき仲にも礼儀って大事ですよ?事前に『自分を変えたくてイメチェンしたんだ』ぐらい言ってれば、避けられたかもしれない事体ですよ?」
それは、修吾の外見にまったく臆することなく、鴉乃宮 歌音(
ja0427)と黒瓜 ソラ(
ja4311)がツッコミを入れていることから明らかだ。
「ボクだって、親しい人がいきなりこんな風な変化見せ付けられたら、傷付きますもん」
「うぅ、すみません。まさしくその通りですぅー」
そして、修吾が外見に似合わずヘタレだということは、ソラの追撃により、すっかりへこたれていることで証明してくれるだろう。
「……まぁ、不良といえば、客観的に見れば……」
風紀委員長であるイアン・J・アルビスの一言に、修吾は慌てて弁解を始めた。
「あぅ……不良っぽい格好になろうとしたのは事実ですけど……これでも、僕、学園では影が薄いほうですよね? もっと濃い人とかたくさんいますよね?」
「だからと言って、久遠ヶ原学園の常識が外に通用するとは思っていけませんよ」
「基本的に学園の中と外じゃ、常識が違うから」
「……ですよねー」
久遠ヶ原学園の緩さを知っているイアンはため息混じりに、歌音は着慣れない男子学生姿で淡々と答える。久遠ヶ原学園は、服装に関してかなりの自由が認められているので、今回のようなケースも珍しくないのかもしれない。
「でも、僕はしゅーくんがええー人だって知ってるでー。しゅーくんのお姉さんもきっとそうやって。だから、はよ仲直りできるよう、がんばろー!」
「友真くん……あ、ありがとー」
落ち込む修吾を、小野友真(
ja6901)は明るい笑顔でフォローする。本来なら、人見知りの修吾だが、友真とはすぐに仲良くなれたみたいだ。それは、友真と修吾が、どこか似た部分があるかもしれない。外見ではなく、内面で。
「家族から理解されないのは辛い。だから、頑張れ」
月詠 神削(
ja5265)もぶっきらぼうに修吾を励ます。しかし、どこか神削の表情には張り詰めたものがある。
「あ、ありがと……」
どこか引っかかる物があるものの、修吾は笑顔で励ましに答える。しかし、その笑顔もまた、凶悪。
その笑顔を見た歌音は、とりあえず修吾の格好を見れる程度に改善することにした。
●作戦名『天岩戸』発動!
「はい、終わり」
歌音の手によって、修吾は完全な不良から、顔が怖い男子学生程度にまで落ち着いた。
「買出しも大丈夫ですよ」
「弁当も一応作ってきた」
ルーネ(
ja3012)と長成 槍樹(
ja0524)により、食料調達も既に完了済み。加えて、槍樹とイアンの丁寧な対応により、修吾の家族から不信感は取り除いている。
準備は全て整った。後はドア一枚隔てた先に居る、修吾の姉を説得するのだけ。
これより、撃退士たちは修吾の姉を説得して仲直りしつつ、学園の偏見を是正する作戦、『天岩戸』(命名:ソラ)が発動する。
「こんにちは、修吾君のお姉さん、風紀委員会のイアン・J・アルビスです」
「初めまして、久遠ヶ原学園1年29組に在籍しているルーネと言います」
たった一枚のドアなんて、撃退士たちによっては何の意味も持たない障害だ。けれど、今開けなければいけないのは、目の前のドアではなく、修吾の姉が閉じこもっている心のドアである。だから、イアンとルーネはまず、丁寧な言葉で修吾の姉へ語りかけた。
「……帰ってください」
しかし、戻ってくる言葉は有無を言わさぬ拒絶。このままでは、いくら言葉をかけても意味を為さないだろう。
だから、まずは先んじて槍樹が修吾の姉を刺激する。
「キミが俺たちのことをどう思おうがかまわないが、一つだけ。キミは、キミの弟を見かけでイジメてきた者達と、同じ者になるつもりかい?」
「――な!?」
ドアの向こう側で、思わず修吾の姉が言葉を詰まらせた。なぜなら、槍樹の言葉は、余りにも修吾の姉自身が自覚している痛い部分へ、突き刺さったのだから。
「そ、そんなこと! しゅーくんを不良にした貴方たちに言われる理由がありません!」
修吾の姉の叫び声を聞きながら、飄々と肩を竦めて槍樹は静観に努めることにした。これから言葉を尽くすなら、刺激する言葉を言った自分より、他の者が適していると判断したのだろう。
「お姉さん。修吾さんを不良になられたと誤解しているようですけど、修吾さんは特に問題は起こしていなかったはずですよ?」
「え?」
その判断が正しいと証明するかのように、イアンの言葉がカウンターとなって、修吾の姉の頭に冷水をかけた。
「で、でも、あの学園には不良がたくさん……」
「不良というか、変人はいます。しかも多いです。でもみんな優しい人ですよ」
若干被害妄想気味になっていた修吾の姉へ、冷静な意見を丁寧に伝えるルーネ。修吾の姉は、自分の予想とまるで違う撃退士たちの反応に、ドアの向こう側で戸惑う。
そして、今だ、畳み掛けろとソラや歌音に背中を押されて修吾が姉に語りかけた。
「姉さん、皆が言ってることは本当だよ。ほら、ちゃんと友達だってできたんだ」
「しゅーくんの友達の小野友真でっす! 学校でも仲良うしてもらってますー」
「え……」
柔らかで明るい友真の言葉を、疑うほど、修吾の姉は疑心暗鬼に陥ってはいなかった。
「見た目不良なのに、普通の友達が出来るって凄いと思いませんか? 佐藤さんの見た目じゃなく、性格を知って友達になってくれたって事ですよね」
ルーネの言葉を、修吾の姉は否定することができなかった。なぜなら、修吾の優しい性格は、一番、修吾の姉自身が理解していたのだから……だが、
「う、うるさい! うるさい! みんな、私を騙そうとしているんだ!」
理解しているからこそ、修吾の姉は子供みたいに喚きたてる。帰ってきた弟が、まるで、自分の知らない存在になっているような、そんな寂しさが、弟離れできない姉心がそうさせる。
こうなってしまってはもう、話の聞ける状態ではない。事態を静観していた槍樹は、撃退士たちに一時撤退の合図を出す。とりあえず、修吾の姉の頭が冷えるまで、時間を置くことに。
だが、最後に状況を見守っていた神削は、ドアの前で淡々と呟く。
「俺たちの言っていることを信じたくないなら、それでいい。けど、あなたの弟の言葉だけは、信じてやってください」
その呟きは、確かに修吾の姉へ届いていた。
●言葉は心を繋ぐためにある
修吾の姉が冷静になるまで、撃退士たちはとりあえず、居間で休憩がてらに腹ごしらえをすることになった。
「すみません、皆さん。折角説得してもらったのに……」
待機中、修吾は撃退士たちへ頭を下げた。その言葉には、自分の無力さや、後悔など、後ろ向きな感情が篭っている。
そんな修吾を嗜め、励ますようにソラが口を開く。
「ボク等がどれだけ言葉を尽くしても、最終的に一番大事なのは、修吾さんの言葉ですよ」
「……そう、ですね」
「そうそう、お姉さん好きなんやったら絶対わかってもらって、仲直りしよ。好きな人と仲良くするんは幸せですからねー」
友真も、怖気づきそうになる修吾へ、笑いかける。
そんな二人の言葉に、修吾は初めて学園で友達ができたときの事を思い出す。その時も、こうやって折れそうになっていた修吾の心を、学園の皆が助けてくれたのだった。
「さて、少年本人の決心がついたなら行こうか。これは本来、キミ自身が解決しなければいけない問題だ。キミがへこたれている状態では、何をしても意味がないからな」
飄々とした口調だが、槍樹の言葉にはしっかりとした芯がある。その言葉が、最後の後押しとなり、修吾は覚悟を決めた。
「そうですね。これは本来、私たち家族の問題です。部外者は口出ししないでください」
そして、その覚悟を試すかのように修吾の姉が現れる。撃退士たちは足音で修吾の姉が来るのを察知していたが、修吾はただ、目を見開いて驚く。
「皆さん、修吾のためにご足労ありがとうございました。ですが、これ以上は家族の問題。こちらで解決しますので、どうぞお引取りを」
ドアから出てきた修吾の姉は、口調こそ冷静になっていたが、今度は逆に冷め切っていた。まだ撃退士たちを信じ切れていないのと、急な弟の姉離れが、姉の心を凍りつかせていたのである。
しかし、その程度の意地を撃退士たちは認めない。まだ現実から逃げている相手に、臆することも、遠慮することも、必要ない。
「そうはいきませんよ。誤解を受けてるんですから、仲間が」
修吾の姉の言葉を、イアンはきっぱりと断った。あまりの直球に、修吾の姉は虚を突かれ、冷静な仮面にヒビが入る。
「お姉さん! 修吾さんの言葉、聞いてあげてください。修吾さんの言葉に、嘘偽りがないか、お姉さんなら、分かるでしょう!?」
「そうだな。目蓋が赤くなるほど泣きはらしたキミなら、分かるはずだ」
ソラと槍樹の言葉で、完全に冷静な仮面は崩れ落ちた。仮面が崩れ落ちた後の本当の顔は、ひどく不安げな、どこにでも居るような、弟想いの姉のものだった。
「お姉さん、例えどれだけ見た目を変えても、性格の根っこの部分、優しさとかそういうのって、簡単には変えられませんよ」
そして、ルーネの言葉で修吾の姉は俯く。今までずっと、意地を張ってきたものが崩れてしまったから。
「姉さん……」
「修吾、君の言葉でちゃんと伝えるんだ。別に君が容姿を戻したところで、誰も君を見捨てない。だから、飾った葉ではなく、格好つけない言葉で伝えるんだ」
淡々と、けれど、しっかり意味と想いが込められた歌音の言葉を受け、修吾は自分の想いを姉へ告げる。
「姉さん、ごめん。いきなりで戸惑ったよね? でも大丈夫、どんなに外見が変わっても、僕は僕だよ。姉さんの弟だ」
「しゅーくん……でも、どうしてあんな格好を……」
戸惑う修吾の姉の前に、神削は躊躇うことなく歩いていき、
「お願いだ、佐藤の話を聞いてやってくれ」
迷い無く頭を下げた。
そして、小細工なしの、真剣でまっすぐな言葉を紡いでいく。
「あなたから見れば、イヤーカフとかをつけている俺は、不良のように見えるかもしれません。けど、くだらない格好付けのために俺はイヤーカフを付けたりしてるんじゃない。大切な、とても大切な理由があります。だからきっと、佐藤の奴も、あの格好にはちゃんとした理由があるはずなんです。だから、あいつの話を聞いて、向かい合ってください」
人とわかりあうのは難しい。
それも、頑なにこちらを拒絶してくる相手なら、なおさらだ。けれど、人には言葉がある。心を伝える手段がある。
「…………ふふっ、しゅーくん。良い友達ができたね」
想いを乗せた言葉は、きっと相手に伝わるのだ。
修吾に向けられた姉の笑顔が、それをちゃんと証明していた。
●最後はみんな笑顔で
人と人がわかりあうのは難しいが、一度、わかりあえてしまえば、案外、事はさくさくと進むらしい。
「しゅーくんどれ食べる?最初に選んでええよー☆ んで、お姉さんのも選んで持ってったってなー」
「紅茶の準備もできたよ」
友真のお土産であるケーキの争奪戦からの、紅茶談義。
「弟さんが心配なら、この後散歩でもどうだい? 久遠ヶ原学園の学生たちの青春について、色々語ってあげようか?」
そして、自然と修吾の姉を槍樹が口説いたり、
「もっと弟さんはワイルド押しで行ったらいいんじゃないですか?」
歌音と修吾の姉による、修吾のコーディネートが始まり、場の雰囲気がにぎやかになっていく。
どうやら、修吾の姉も事情さえ理解してしまえば、お堅い人間ではなく、むしろノリが良い方の人間だったらしい。
「ええと、ありがとね、神削くん」
「……別に俺は何もしていない。お前が頑張った結果だ」
そんな中で、どこか神削の表情は暗い。修吾がお礼を言っても、どこか複雑そうに言葉を返すだけ。
「俺ができることなんて、所詮はたかが知れて――」
「でも、僕は嬉しかったよ! あの、その、うまく言えないけど! あんな不良な格好でもですね、僕はそれなりに気に入っていたというか! 不良になりたかったわけじゃないけど、その……」
修吾はあわあわと焦ったり、慌てたり、恥ずかしがったりながら、神削に言葉を伝えた。
「認めてくれてありがとう。神削くんや、皆のおかげで僕は助かったよ!」
その言葉は思いのほか、大きく、居間に響いて、周りの人間は一瞬、きょとんと目を丸くした後、朗らかに笑い始める。
「……そうか、それはよかった」
周りの笑いに釣られたのか、それとも修吾の言葉に対してか、神削の表情は柔らかく変わり、微笑を作る。
新しい自分になることは悪いことじゃない。けど、その結果、全部がうまく行くほど現実は都合よく出来てはいない。
それでも、仲間が隣に居るのなら、意外と何とかなったりするのも、現実だったりするのだ。