●農園の惨状
農業は理不尽の連続だ。どれだけ丹精に作物を育てていようと、たった一度の理不尽で全てを失うこともある。今回の場合は、農園に君臨した二メートルほどの巨大ウサギがそれに当てはまるだろう。
巨大なウサギ型のディアボロによって、農園は散々食い荒らされ、農家の人たちが丹精こめて作った野菜が無残に散らばっていた。
「農家の人が苦労して育てた野菜をこんなにするなんて…、さすがに許しておくわけにはいかないね」
グラルス・ガリアクルーズ(
ja0505)はその惨状を見て、静かに呟いた。柔和な口調の中には、ディアボロに対する敵意が滲み出ている。
「2メートルのデブ兎…実際に見ると気持ち悪いわね…」
No3−drei(
ja7925)は巨大ウサギに半眼を向け、ぽつりと呟く。そして、その呟きに同意するように、常木 黎(
ja0718)が肩を竦めた。
「何考えているか解らない感じがねぇ…それと、顔の造形が好みじゃないし」
確かに、可愛いと思う動物ほど、よく見れば気持ち悪かったりするものだ。
一方、巨大なもふもふの魅力に耐える者もいる。
「大きいウサギ……あの無防備さにモフモフ感。触って埋もれてみたい……あれはディアボロ……危なかった。かなりの精神攻撃だな」
御影 蓮也(
ja0709)は白いあくまの誘惑を断ち切るように頭を振り、仁良井 叶伊(
ja0618)は巨大なウサギを恨めしげに一瞥してから戦闘配置へ着く。
ウサギ型のディアボロ、それをどう思うかは人それぞれだ。しかし、ディアボロが可愛かろうが、どうだろうが、結局のところ、彼らには関係ない。
「さて、俺は動物に好まれないのであるが、な」
既に戦闘配置を済ませ、冷静な視線で獲物を観察するヴィンセント・マイヤー(
ja0055)の姿がそれを証明していた。
ディアボロがどんな姿形だろうが、撃退士であるなら倒す。ただ、それだけなのだ。
●悪魔狩り
撃退士たちが仕掛けた餌に夢中になっているディアボロは気づけなかった。いや、気づいたとしても、果たして鈍重な体でその一撃を避けることができたのだろうか?
「さすがに押しつぶされるわけにはいかないからね…貫け、電気石の矢よ、トルマリン・アロー!」
その一撃はディアボロの攻撃圏外から放たれていた。グラルスが呪文を紡ぎ、放った雷の矢は、反応すら許さずにディザボロへ突き刺さる。雷の矢がディアボロの体を焼き、その正体をあらわにした。
白くもふもふした姿は、黒く刺々しい物へ、顔つきは醜悪かつ、醜い物へと変貌する。変貌した姿はまさに、悪魔と呼ばれるに相応しい醜悪さを持っていた。しかし、その変貌はヴィンセントにとって何の意味も持たない。
「食い意地の張りすぎである。これでも食らってみたまえ」
重々しい銃声と共に、ディアボロの視界が半分削られた。呼吸すら乱すことなく放たれた狙撃。ヴィンセントの経験に裏づけされた精密な狙撃が、ディアブロの右目を潰したのである。
怒声を上げ、喚くように体を動かすディアボロ。
「隙あり、です」
叶伊は一瞬のうちにディアボロへと肉薄、醜く超え太った肉体へ、トンファーを振るう。
「ふっ――」
大気を裂く鋭い吐息。足元から腰、そして指先まで、力が滞ることなく正確に駆動させていき、叶伊のトンファーはディアボロの首へ叩き込まれた。
「……」
よろめくディアボロへ、無言で追撃する小さな影がある。
蝶のように舞い、蜂のように刺す、とはこのことだろうか? No3−dreiは軽やかで鋭い動きでディアボロを翻弄し、六花護符を投げつけた。
視界も削られ、冷静ささえ失ったディアボロは、力任せに暴れ、あらぬ方向へ突進して行く。
「ああも変わってくれると戸惑いどころか遠慮すらしなくていいな」
しかし、その先には蓮也が打刀を構えて待ち受けていた。ディアボロは己の怒りのまま、蓮也へを巨体で押しつぶさんと飛びかかる。
「飛び跳ねるものここまでだ。削らせてもらう」
ディアボロの動きに合わせ、すれ違い様に打刀を横に置くように突き出し、ディアボロ自身の動きを利用したカウンターを叩き込む。
カウンターにより、その巨体に大きな傷を受けたディアボロ。けれど、その巨体ゆえにしぶとく、まだ倒れない。それどころか、より一層怒りを振るわせて、自らを傷つけた撃退士へ牙をむく。
ディアボロは怒りによって底上げされた力を全て脚に注ぎこみ、全力の突進を開始した。もはやディアボロにとっては視界など存在せず、目を瞑ったまま全力疾走するほどの愚考だったのだが、突進の先には運悪くヴィンセントが。
「……まだ食らい足りないようだな?」
迫り来る巨体を前にしても、ヴィンセントは冷静に銃を構え、狙うだけ。呼吸すら乱れる余地も無い。
しかし、ヴィンセントがリボルバーのトリガーを引く前に、銃声が鳴った。
「おやおや、随分解りやすい顔になったじゃないか。ま、でも私の趣味じゃないけどね」
中距離から冷静な観察を持って放たれた黎の銃撃は、正確にディアボロの脚を打ち抜いた。それも、ちょうど脚の機能を完全に破壊できる箇所を狙って。
「……」
追随するように放たれたNo3−dreiの六花護符が、ディアボロのバランスを完全に崩し、巨大なボウリングのように、無様に巨体を転がせる。
「お帰りはあちらですよ?」
「行かせるかよ」
叶伊と蓮也は転がるディアボロの巨大を受け止め、それを弾き返す。例え、脚を壊していたとしても、このディアボロは巨体自体が武器に近い。加えて、どれだけ鈍重なディアボロだろうが、前衛として後衛に手出しはさせるわけにはいかないのだ。
そして、この時点で撃退士たちはディアボロに対してチェックメイトをかけていたのである。
「そろそろとどめだ。弾けろ、柘榴の炎よ。ガーネット・フレアボム!」
グラルスから放たれるのは、紅色の炎を纏った深紅の結晶。それはディアボロの黒い巨体に当たると、小さく弾けて飛び散り、さながら小爆発の如くディアボロの体を燃やし尽くす。
本能のままに暴食を続けた愚かな獣と、理性によって統率の取れた狩人。前者と後者の戦闘を『戦い』と呼ぶのすら失礼だ。なぜならこれは、撃退士たちによる、正真正銘の悪魔『狩り』だったのだから。
●戦いの後始末
白い悪魔は無事に撃退士たちによって倒された。けれど、その被害まで無くなるわけではない。ディアボロが食い荒らした農園の被害は、農家の人たちによって、それなりの痛手となっているだろう。
しかし、案ずること無かれ。農家の人たちはこういう理不尽には慣れっこであり、これよりひどい天災に見舞われたときだってあった。だから、ディアボロを倒した撃退士たちを歓迎するぐらいの余裕はあるのだ。
「僕たちで何か手伝える事があれば言ってください。専門的な事は無理ですが、力仕事くらいならできます」
グラルスは農家の人たちに率先して手伝いを申し出て、荒らされた野菜の片付けを任されている。基本的に農家の人たちは若い労働力が大好きなので、グラルスは帰り際にでも新鮮な野菜がたくさん入ったビニール袋でも持たされてしまうだろう。
「食べ物は粗末に扱うわけにはいかないしね。とりあえず野菜レシピを考えるか」
蓮也は仕掛けに使った野菜の残りをどう処理しようか考えていると、その様子を眺めていた農家の奥さんから秘伝のレシピを授けられた。割とお手軽なレシピなので、自炊することがあったら試してみると良いかもしれない。
「ん……私は傭兵だからさ。戦うのは当然、むしろ戦わない傭兵なんて死んでいるのと同じさ」
農家の子供たちから純粋な感謝の眼差しを向けられ、困ったような微笑と共に黎は言葉を返した。さりげなく、隣で羞恥にうずくまる、農園に埋まっていた撃退士に対する皮肉も忘れないあたりがさすがである。どうやら、彼はもう土の味はこりごりらしい。
「ええと、どうしたものでしょう?」
叶伊は後片付けを手伝っているうちに、後継者に飢えている農家の人たちに囲まれていた。農家の人たちに「うちの婿に来てくれ!」と熱烈アピールを受け、とりあえず笑って誤魔化している叶伊だが……半分くらいは本気なので注意した方が良い。常に農家は若い労働力に飢えているのである。
「……?」
No3−dreiは農家のお年寄りたちにお菓子やら、なんやらをプレゼントされていた。押し寄せるお菓子の数々に、どう反応すべきか迷っているようだ。
「ふむ、問題ないな」
ヴィンセントは集団から一歩離れた位置で、戦闘後の処理を行っていた。敵を圧倒したとしても相手はディアボロ。戦闘が終わった後も、何かしらの異変が起きないか気を巡らせていたのだろう。周囲に何も問題無いと判断すると、ヴィンセントは農園の片付けに混じり、淡々と農家の人に指示された内容をこなしていく。
こうして、撃退士たちの活躍によって、農園から悪魔は消え去った。今は荒れ果てた農園だろうと、きっと次の年にはまた、畑一面に新鮮な野菜が広がっていることだろう。