●恋する乙女の進撃
人は恋と革命のために生きているらしい。
誰の言葉かは覚えていないが、とにかく偉人の言葉だったことぐらいは、三雲勇吾は覚えている。だからかもしれない。例え偽りの感情だとしても、彼女たちが此処まで狂乱し、撃退士である自分が追い詰められているのは。
「そういうわけで、情けない事だが精神的に限界に達したから、君たちに依頼した。どうか三日間、俺を匿って欲しい」
勇吾はよほど参っているのか、目の下にクマを作り、やや色白とした顔で撃退士たちに頼み込んだ。
現在は一日目の早朝。
勇吾が通っている学校には既に撃退士たちから手が回され、インフルエンザにかかって公欠ということになっている。そして、勇吾は撃退士たちと自宅に集まり、これからどのように行動するか、作戦会議を開いていた。
「……まあ、それが今回の依頼ならなしとげるだけだ」
勇吾の言葉に、静かな口調で応じたのは山本 詠美(
ja3571)だ。どんなにふざけた内容だったとしても、詠美はしっかりと日常と区別して依頼に当たっている。
「うむ、これも仕事ゆえ致し方なし」
「ま、本人が驕って良い気にならないだけましと」
虎綱・ガーフィールド(
ja3547)と高虎 寧(
ja0416)は、内心、色々と思うところはあるにせよ、撃退士である以上、依頼を請け負ったのならそれをこなすのみだ、と頷く。
実際、この依頼の内容は傍から見れば、「はぁ? 自慢? モテてる自分辛いっすわーっていうアピール?」と取られても仕方ないのだが、ディアボロからの呪いであるに加え、本気で依頼人である勇吾が参っているようなので、辛うじて成り立っているようなものだ。
「まるで、ジャパニーズラブコメという物ですね〜。不憫です」
「実際にハーレムを見るのは初めてだね。三雲くんには災難だけど、中々面白そうだ」
カーディス=キャットフィールド(
ja7927)はそんな勇吾の立場を察したのか、不憫そうに眺め、反対に、アリーセ・ファウスト(
ja8008)は自分の興味の未知を観察する機会だとばかりに、薄い笑みを浮かべていた。
「変な呪いなのです。私の力も効きが弱いですし」
そして、Rehni Nam(
ja5283)は勇吾に掛けられた呪いを解除しようと、勇吾のアウルの動きを補助し、抗力を高めたのだが、あまり効果は見られない。
「ああ、どうにも呪い自体は人体に無害である所為か、あまりアウルが働いてくれない。前の依頼で討伐した化け猫が、人を惑わすことに特化していたからな。認めたくないが、あちらに一日の長もあるのだろう」
逆に言うのならば、ディアボロの攻撃を受けてそれだけで済み、僥倖だろう。しかし、無害な分、嫌がらせ的な意味合いが強くなっているのだが。
「ですが、出来る限り呪いの効果を把握した方がいいでしょう。効果範囲、などもあるかもしれませんし」
「呪われた結果、どういうメカニズムで人を魅了しているかを理解できれば、かく乱するときに利用できますから」
カーディスとRehniは勇吾に、今までの経験から理解できた呪いの仕組みについて尋ねる。呪いの効果や、範囲、法則などが分かれば、勇吾を匿う時に大分有利に事を運ぶことが出来るからだ。
「ん、そうだな。俺が把握できた範囲では、呪いの効果は『ある程度親しい仲の異性』に限られるみたいだ。俺が街を歩いていても、いきなり通りすがりの女性が襲ってくるということは無い。呪いは一度掛かってしまうと、距離は関係なく、呪いが解除されるまで、そのまま。そして、恐らく俺の体からはフェロモンのような物が分泌されていて、それが原因でおかしくなったのかもしれない」
勇吾は一瞬、初めて呪いがその効果を発揮した阿鼻叫喚を思い出しながらも、出来る限り客観的に分析して、質問に答える。
「なら、うちみたいに変化できる奴がかく乱することもできそうかな」
そして、寧の提案と撃退士たちとの話し合いにより、三日間、勇吾を匿いきるだけの作戦を立てていく。どんなにふざけた内容だったとしても、撃退士たちが依頼に対して手を抜くことは無い。むしろ、一般人を相手にしなければいけない分、天魔相手とは違う手加減を迫られるので、万が一にも怪我をさせないように注意をしているようだ。
と、そろそろ作戦もまとまってきた頃、
「ただいまーっと。学校の様子は見てきたけど、ちょっと予想外」
作戦を練る撃退士たちとは別に、勇吾が通う学校へ偵察に行っていた碓氷 千隼(
jb2108)が帰ってきた。
「学校抜け出して、こっちに来ようとしている子、結構多いみたい。善意の第三者として忠告してあげたけど、まるで耳に入ってない感じ」
千隼は勇吾のクラスの様子を見てきたのだが、どうにも、インフルエンザという名目すら何ら抑止にならず、むしろ『出来ることなら移してもらいたい』という願望すら持った少女たちが居るらしい。しかも、その少女たちは真っ直ぐこの自宅を目指しているとか。
「なら、私が困ったちゃんたちを足止めしておくわ。その隙に移動して」
黒スーツにサングラスを身に付け、完全にSPのような服装のweiβ Hexe(
jb1460)は発煙手榴弾を片手に玄関へ向かっていく。続いて、姿を変えられる術を持つ撃退士たちは、囮役のローテーションを決め、勇吾から私服を借りる。
「勇吾くーん、大丈夫!?」
「お見舞いに来ましたわよーっ!」
「インフルエンザって本当、ですか? その、私の仕掛けた盗聴器が全部反応しなくなってるから、その……」
外から聞こえるのは、呪いによって分別を失った、恋する乙女たち。
あまり、猶予は無い。なので、weiβは窓から発煙手榴弾を投げ込み、乙女達をかく乱。もうもうと煙が立ち込める中、わざと勇吾に変化した寧が乙女たちの前を通り過ぎ、囮となる。
「今のはもしかして?」
「追えっ! 追うんだ!」
「逃がすなー! 捕まえろ!」
ぎゃあぎゃあと叫びながら乙女たちが囮を追おうとすると、立ちふさがる影が一つ。
「本気でやると骨が折れる可能性あるし、手加減はしてあげるわ。触れたら逃亡場所ぐらいは教えてあげるかもしれないわよ〜」
weiβは乙女たちに向かっていやみったらしく笑みを浮かべると、これ見よがしにロープを見せて挑発する。そして当然、乙女たちは目の色を変えてweiβを襲い始まるのだが、
「あはは、あれがハーレムか。どんな視点で君を見ているのか、興味があるね」
「此処までのリア充となると生態系のバランスを崩すということで〆ても良いと思うんだ」
「この状況は果たしてリア充なのか――って、微笑みながら涙をっ!? そこまでか!?」
ターゲットである勇吾はとっくに、アリーセや虎綱らに連れられて自宅をとっくに出ていたのである。
●命短し、暴れよ乙女
結果から言えば、撃退士たちの誘導は上手く行った。
囮によるかく乱と、幾つにも分けた潜伏場所。乙女たちが互いに争いながら、競うように探していた所為もあるが、二日間は依頼人である勇吾の下になだれ込まれるという事態は無かった。
しかし、三日目の黄昏時。撃退士たちが街中にある、とある空き部屋を借り切って、勇吾と共に潜伏していた時に、それは起きた。
「くんくん……ここから、勇吾君の匂いが」
乙女の執念が少女の嗅覚を異常発達させたのか、勇吾と撃退士たちが潜伏している部屋をダイレクトで探し当てた者が一人、居たのである。ここで再び囮を使ってもいいが、それでは、この潜伏場所もばれてしまう可能性があった。
「許せ」
「かふっ」
なので、素早く少女の背後に忍び寄った詠美が、とん、と軽く手刀で首筋に衝撃を与えて、手短に気絶させる。
「すまない。すこしだけ眠っていてくれ」
詠美は気絶した少女をお姫様抱っこすると、部屋の中に引き入れ、優しくソファーに寝かせた。それは例え、同性であっても惚れ惚れするほどに紳士的な動作だった。
「すみません、でも、これも依頼なのです」
Rehniは、呪いの元である勇吾が解呪されない限りいたちごっこであると知りつつ、少女に掛けられた呪いの効果を一時的に解く。そして、少女の鞄の中から生徒手帳を取り出し、親御さんに電話。迎えに来てもらいつつ、お説教をしてもらうことに。
「アリーセさん、念のためにお願いします」
「ん、わかったよ」
そして、アリーセが少女の額に手を乗せて、その記憶と経験を読み取る。警戒し過ぎかもしれないが、警戒を怠らなかったからこそ、三日目まで勇吾を守り通すことができたのだ。
「……へぇ、なるほど」
と、二日目時点でこの状況に対する興味が尽きてしまっていたアリーセだったが、少女の記憶を読み取ると、なぜか再び興味深げに薄い笑みを浮かべる。
「他の魅了された子は強い酩酊感だったけど、この子の場合はむしろ……ああ、だからか」
そしてなにやら一人で頷くと、一言。
「それはそれとして、この場所ばれてるね」
「――もしかして」
アリーセの言葉を受けて、寧が少女の服装を注意深く見ると、襟の裏側に小さな機械が。
「やられた、盗聴器だ」
寧は素早くの盗聴器を潰したが、どうやら、手遅れだったらしい。
「あー、あー」
「ここかぁあああああ」
「サーチアンドデストロイ! サーチアンドデストロイ!」
「ふふふ、どうして逃げるの? ねぇ、どうして? ねぇねぇねぇねぇ!?」
部屋の外から、もはや亡者と成り果てた乙女たちの声が聞こえ、次の瞬間、
『あぁあああああああ!』
亡者の群れが部屋になだれ込む。
それにいち早く反応したのは、虎綱だった。亡者の群れに単身特攻し、決して怪我をさせない絶妙なタイミングでなぎ払う。
「呪いだからとはいえ好きな人間すら選べんのか貴様らはァ!」
こんな馬鹿げた呪いとはいえ、それによって、人の心が歪められる痛々しさが、虎綱を突き動かしたのかもしれない。だから、虎綱は真っ先に乙女たちの前に出て――
「散れ散れィ!イケメンばかり持て囃されるから我らのようなものが生まれるんじゃ!」
やっぱり、色々違ったかもしれない。
「ここが一線だねー。できるなら依頼人を窓から逃がしたいけど?」
千隼は襲い掛かる乙女たちを軽くいなしながら、隣で同じく乙女たちをあしらっているカーディスに呼びかけた。
「なら、私が三雲さんを抱えて行きましょう。三雲さんは女の子の暗黒面に触れて、若干放心しているようですし」
カーディスは視界の端で、虚ろな目をしながら呆然と立ち尽くす勇吾に視線を向ける。彼の心が闇堕ちしないことを祈りつつ、カーディスは勇吾を背負い、離脱しようとするのだが、そこに、身体能力を生かした運動部の乙女たちの突撃が。
「させないよ」
「残念無念って奴ね〜」
それを食い止めたのは、寧が操る影と、悠々と乙女たちの突進を受け止めたweiβ。
「逃げるなら今の内だよー」
さらに千隼が窓付近に近寄ろうとした乙女たちをなぎ払い、完全なタイミングを作る。カーディスはそのタイミングを見逃さず、そのまま窓から飛び降り、壁を走って逃亡。
虚ろな目で背負われながら、逃亡する勇吾の横顔を、ご苦労様とばかりに夕焼けの光が赤く照らしていた。
●夢が醒めて
魔法が解ける瞬間というのは、あっけない。
あれほど執念深く勇吾を追っていた乙女たちは、12時の鐘でも鳴ったのかと言うほどにその様相を変え、撃退士の前で呆けていた。もっとも、呆けた後は大概、自分のやったことを思い出し、羞恥と自己嫌悪でそのまま床に膝を着くのだが。
「相手も気にしていないとのことだ。今までと同じように接してあげてくれ。あまり自分を責めないようにな」
「人知の及ばないことですから、仕方なかったのですよ……」
詠美とRehniがフォローに入り、やっと乙女たちは挫けた心を立て直し、後日、勇吾に謝罪するということで状況は落ち着いた。
これが、撃退士たちも巻き込んだハーレム騒動の顛末である。
「……ふぅ、やっと落ち着くことができるな」
ハーレム騒動から数日後、多少、教室内にぎこちない空気は残るものの、勇吾はいつも通りの日常を過ごせていた。撃退士たちから、あまり気にせず堂々としているように、とアドバイスされたのが良かったのかもしれない。変に気を使うことが無かったおかげで、何とか段々と元通りの日常に戻すことができたのである。
「しかし、あの人の言葉が気になるが」
とはいえ、少しだけ気に掛かることもある。勇吾はアリーセから一つだけ忠告を受けていたのだ。
「君は気付いていないようだけど、今回のことで気付く人はいるかもしれない。覚悟だけはしておきなよ」
と、薄い笑みを浮かべて。
勇吾はそれが何についての覚悟なのかは分からなかったが、戦士としては、いつも覚悟を心に秘めている。例え何が起きようとも、心を平静に保って挑むつもりだった。
「あ、あの……ちょっといいかな?」
「ん? ああ、明智さん。俺に何か?」
しかし、勇吾は気付いていない。今、勇吾に必要なのは戦士としての覚悟ではなくて、
「――私、勇吾君のことが好きですっ! 付き合ってください!」
「……へ?」
普通の男子高校生としての覚悟だということを。
勇吾が今だかつて無い事態にどうやって対処するのかは、また別の話である。ただ、その影で知り合いの撃退士たちが笑っていたり、涙を流していたりするかもしれないが。