●不死身の幻影
それは朝霧と共に現れる。
いつもの如く、人通りの少ない路地を選び、影法師の如き身体を揺らめかせながら、霧でしっとりと刀身をぬらした刀を携えて。さながらそれは殺戮機械。ただ、殺すためだけに稼動する装置。鬼面を被りしディアボロは、驚くほど機械染みた動きで朝霧が満ちた路地をさ迷う。
それは今日も、自らの獲物に血を与えるまで動くことを止めない。そのはずだった。
「不死身の怪物、か……間違いなく何かあるんだろうが、ゾッとしないな」
朝の静寂を破る呟きと共に、志堂 龍実(
ja9408)が比翼連理の双剣を振るう。白銀の髪をなびかせ、朝霧を切り裂く鋭い剣閃が二つ。舞の如き軽やかさを持って振るわれたのだ。
「――」
きぃん、という金属音が鳴り響く。そして、それが合図だったかの如く、撃退士たちが一斉に行動を開始した。
「不死身ですか…何事も有限だからこそ、美しいと思いますよ。偽りには消えて頂きましょう」
八重咲堂 夕刻(
jb1033)が不死身を否定しながら阻霊符を使用。ディアボロの動きを制限する。美しさを汚す偽りを、決して逃がさないと夕刻が纏う光が朝霧を裂くようにこの場に満ちる。
「ふん、不死身? バカバカしい。そんなの居るわけないでしょ?」
「攻撃を逸らすサーバント、ダメージを受けないサーバント……なんでボクの相手ってこんなのばっかなのだー……?」
次いで、一人は刺突と共に。もう一人は鉤爪の一閃を伴ってディアボロが振るう刀と激突していく。ブリギッタ・アルブランシェ(
jb1393)は薙刀の刺突を胴体へ脚部を中心として繰り出し、フラッペ・ブルーハワイ(
ja0022)は持ち前の機動力でディアボロをかく乱しながら、うまく注意を拡散させていた。
ブリギッタが己の身の丈以上の薙刀を、軽々と扱い、空さえ貫く刺突を繰り出す。軽々と扱っているのは、何も撃退士の身体能力だけではない。薙刀の静謐な気を乱さず、連続した攻撃を繰り返せるのは、ひとえに彼女の修練の賜物だろう。ブリギッタが薙刀を振るうそばで、フラッペは青き稲妻の如くディアボロの身体を穿ち、ブリギッタへに対しての攻撃をキャンセルしている。直線に、曲線に、自在に動くフラッペの最速に、ディアボロの無粋な刀は触れることすらできない。
しかし、撃退士たちの攻撃は霧の如く身体をすり抜け、あるいはディアボロが振るう剣に阻まれたりなど、あまり効果を成しているようには見えない。それもそのはず。これまではフェイク。あえて効果を成さないように攻撃をしていたのだから。
「例え相手に攻撃が効かなくても、倒せなくては撃退士の名折れ。そこに居るのなら、倒せないはずはない。打ち破りましょう」
戸次 隆道(
ja0550)は宣告と共に、霊符から紅蓮の火炎を生み出し、ディアボロへと奔らせる。己の黒髪すら炙り、目の前を紅蓮に染めるほどの熱量の火炎は、猛々しく赤い舌をちらつかせながら獲物へと飛んでいく。だが、ディアボロは撃退士たちとの剣戟の衝撃を使い、自ら飛ぶように衝撃に乗った。機械の如く、無駄が存在しない回避。
それに惜しむことがあるとすれば、
「よう、初めまして。そして……食らえ!火遁!!」
撃退士たちの方が更に上手だったということだろうか。
遊佐 篤(
ja0628)は剣戟の最中、壁を垂直に走り、瞬く間の移動を済ませていたのである。その動きはまさに蜘蛛の如く。平衡感覚すら揺らぎ、重力に逆らう所行を鼻歌混じりに篤は実現させてみたのである。そして、篤が生み出した炎は大蛇を象り、もはや逃げようが無いディアボロの身体へ喰らいつく。
「――」
それは苦悶の声だっただろうか?
それとも、怨嗟の呪い?
あるいはただ、ディアボロを構成する何かが蒸発した音だったのかもしれない。
ディアボロは己の消耗を隠そうともせず、枯れ木色のローブを激しく揺らし、この場から立ち去ろうとするのだが、
「逃がさないよ」
「逃がさんわ!」
藤白 朔耶(
jb0612)が撃ち出した弾丸と、桐生 水面(
jb1590)が放った光弾が牽制の如く、ディアボロの身体へ。羽の生えた光弾の軌道は予測不可能。妖精の如き気まぐれさを持って、ディアボロの動きを封殺、枯れ木色のローブへ吸い込まれるように着弾した。本来なら、そのまますり抜けるはずの攻撃が、炎によって大分中身を減らされた所為か、衝撃のままにディアボロの身体に大穴を空ける。もっとも、次の瞬間には元の姿に戻っているのだが……撃退士たちは、ディアボロの姿が元に戻る瞬間、霧によって包まれたのを確かに見えていた。
●幻影は砕ける
撃退士たちは事前の報告から、一つの仮説を立てていた。まず、一つはこのディアボロが水や霧を操っているのではないか? ということ。先ほどの攻撃の結果から、これは間違いないと撃退士たちは判断。そこから、挟撃の形を取り、ディアボロが逃走を図れないようにした後、本体と予想される部位への攻撃を開始した。
「そこを左!そっちはぐるりと囲んでっ……うむ!攻撃の手だけは止めちゃ駄目なのだ!」
フラッペは高速で弧を描きながら、フレンドリィ・ファイアを避けるために仲間たちへ指示を続ける。その指示は的確にして迅速。フラッペは高速移動を繰り返しながらも、広い視点を失わずに戦闘を俯瞰する。フラッペの指示により、撃退士たちは包囲線にも関わらず、お互いの攻撃を掠らせもせずに攻撃を続けていった。
「砕け散れ!」
「刀は速さを特化すれば、それはそれは恐ろしい切れ味になりますが……刃の真横からの攻撃には、とても脆いんですよ……!」
篤はレガースの連撃をディアボロが持つ刀へ叩き込んだ。加えて、夕刻のツヴァイハンダーが渾身の力を込められて、金属音を打ち鳴らす。
篤によるレガースの連撃は、演舞すら連想させるほど動きに無駄が無い。数ミリ単位の誤差も無く、同じ箇所へと蹴撃が決まっていく。
夕刻の細身の身体で振るわれる大剣は、外見への先入観を根こそぎ砕くほどに雄々しい。何度も振るわれる大剣は、朝霧を巻き込み、大気を唸らせるほどの威圧を持ってディアボロの持つ刀へ叩き込まれていくのだ。
本来ならば、これはただの武器破壊にしか過ぎないはずの戦略。けれど、このディアボロに対しては、別の意味も与えられる。刀が軋む音と共に、ディアボロが造った幻影が、まるで解像度の悪い映像でも見せられているかのごとく、揺らぎ、ノイズが走った。
「今や!」
もちろん、その隙を撃退士たちが見逃すはずが無い。
今まで遠距離攻撃に徹していた水面が一気に距離を詰め、不可視の弾丸をディアボロの刀へ撃ち込む。水面の青き双眸は凛々しささえ携えて、まっすぐディアボロの姿を見据えていた。見据える先にあるのは、つまらない幻影ではなく、紛れもない実体。放たれた弾丸は不可視なれど、その弾丸がもたらす結果は、幻影を打ち破り、真実を可視とするものだ。
「――」
軋む音。
もはやこれまでか、とディアボロは偽装の姿を解除し、本体――刀を中核として動く水の塊の姿を曝け出した。そして、ディアボロは水の温度を急激に低下させ、刀を守るように氷の華を展開する。
「つまらない不死身の正体でしたね」
「そのペテンごと砕けなさい!」
隆道が操る火炎が、氷の華を飲み込み、瞬時に蒸発させる。その炎は刀さえも焦げ付かせるほどに灼熱。けれど、その灼熱の中にブリギッタは躊躇うことなく踏み入れ、純白の光を纏わせた薙刀が強かに刀を弾き飛ばした。躊躇う事の無い踏み込みは、ブリギッタ自身が一つの斬撃となって火炎ごと刀を一閃の元に奔ったのである。
「その刀さえなければっ!」
龍実は弾き飛ばされた刀を、更に蹴り落とし、包囲からの脱出を許さない。朔耶の銃口も、逃さずディアボロの本体を捕らえている。完全な包囲だった。
●朝霧は陽の光に
追い詰められたディアボロが選択した行動は、逃亡だった。もちろん、撃退士たちに包囲されている現状では、素直に逃げ切れるわけが無いことは理解できる。だからこそ、最後までとっておいた逃走手段を用いる。刀の周囲に集まる朝霧が急激に濃さを増し、それと同時に何体もの、枯れ木色のローブを纏った鬼面のディアボロの姿が現れていく。己の能力を曝し、アドバンテージである不死身のタネを根こそぎばらしででも、ディアボロは逃走しようとしているのだ。
しかし、その程度の小細工、今更撃退士たちには通用しない。
「甘いですね」
「アジュール……あまり好きな武器じゃないけど、仕方ないのだ……!」
夕刻のワイヤーとフラッペのアジュールが幾つもの幻影を切り裂いていき、瞬時に本体の刀を拘束した。四方八方へと糸が奔り、唯一つの真実を絡み取ったのである。もはや、撃退士たちにはディアボロのつまらない幻影など意味を成さない。
「――――」
ディアボロは本体である刀身を高速振動させ、拘束を解除。自ら刀身にダメージを与えつつも、何とか水を操り、この場から離脱しようとする。
「逃がすか! 影縛り!」
けれど、篤が操る影の束縛がそれを許さない。ディアボロは刀身に纏わり付く影の鎖を同様に拘束の解除を試みるが、その寸前に篤の蹴りが刀身に直撃し、振動を押さえ込む。
「コイツを抑えておけば、逃げられねぇよな?」
ディアボロはなんとか周囲の霧や水を操って篤の踏みつけから逃れようとするが、篤は意外にもあっさりとバックステップで身を引いた。余りにも簡単に引いたことに、ディアボロは不可解を感じたが、次の瞬間、その理由を理解した。
ディアボロが認識したのは、既に二人の撃退士によって放たれた攻撃。隆道が操りし紅蓮の火炎が刀身ごと水を飲み込み、水面が放つ不可視の弾丸が刀身にヒビを入れた。さらに、隆道は自ら敷いた紅蓮の中へ身を躍らせ、紅蓮ごと刀を切り裂かんばかりの蹴りを放つ。
「鬼も仏も敵にするなら、打ち破りましょう。そうあるべしと、自分で決めたのですから」
自らの信念を乗せた隆道の一撃は、不可視の弾丸によって入った刀身のヒビを更に深くしていく。
「これで、つまらないマジックショーも終わりよ」
次いで、ブリギッタの扱う薙刀の刺突が、今まで積み重ねられてきた撃退士たちの攻撃によって脆くなっていた刀身を二つに割る。
「手品は同じ事を何度もやるものじゃない……それを護らなかったアンタの負けだ」
最後に龍実の双剣が割れた刀を粉々に砕き、完全なる止めの一撃とした。二つの剣閃は刀の破片すらアスファルトに落とすことを許さない。無数の軌跡を描き、周囲を覆う朝霧すら切り開くように振るわれた。
砕け散った破片は朝の陽に反射しながらきらめき、ただの塵となって、濡れた路面に落ちてく。気付けば、もう朝霧は完全に晴れていて、晴天の空が撃退士たちを祝福していた。
どれほど深い霧に阻まれようと、陽の光が途絶えることが無いように。撃退士たちは確かな意志を持って不死身の幻影を討ったのである。