●
「ひつじ喫茶っていうのを手伝いに来たわ!」
執事喫茶を目の前にして胸を張り、高々と告げたのは雪室 チルル(
ja0220)。
「ひつ……? え、いや、執事……喫茶なんだけど」
一番に店の名前を間違えられ、少年少女らを迎えたオーナーの頬に一筋の汗が伝う。
オーナーとチルルがコントのようなやりとりをしている傍ら、神凪 宗(
ja0435)が建物を見上げる。
「執事になって、女性客を喜ばせる……か。さて、どうなるか」
「客として来たことはあれど執事になるとはまたとないチャンス!」
少々の不安を感じている宗とは裏腹に、嵯峨野 楓(
ja8257)は嬉々としていた。
しばらくして六人の撃退士がオーナーに呼ばれ、着替えるために事務室へと案内される。
列の一番後ろにつきながら、エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)はこう考えていた。
(撃退士としては畑違いも甚だしい依頼だけど、マジシャンとしては興味深い依頼ですね)
暇な両手でトランプを器用にシャッフルしながら、ぽつりとつぶやく。
「精々、お嬢様方には楽しんでいただけるように努めましょう」
●
準備万端。
団体女性客が訪れる十分前。すべてのチェックを済ませ、入り口の両脇に三人ずつ並んで立つ。
そしてとうとう――執事喫茶の扉が開き、ベルの音を鳴らしながら女性客たちが姿を現した。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
全員が頭を下げ、定番のせりふを口にする。
すぐに先頭にいた女性客の手を取り、エイルズレトラは恭しく一礼した。
「エイルズレトラ・マステリオです。どうぞ、エイルズとお呼びください」
瞬間、手を取られた女性客の頬がほんのり赤くなる。
次に自己紹介をしたのは、チルルだった。
「あた……僕は雪室チルルと申します。どうぞよろしくね……じゃなかった、お願いします」
多少のぎこちなさはあるものの、立派な執事らしい口調で告げる。
すっと足を前に出し、完璧な角度でお辞儀をするのは礼野 智美(
ja3600)だ。
「礼野智美と申します。未熟者ではありますが何なりとお申し付け下さいませ」
「嵯峨野楓です! お嬢様に喜んで貰えるように頑張りますので、何なりとお申し付けくださいっ!」
楓は自分よりやや身長が高めのお姉さまに、上目使いで元気な執事をアピール。
「神凪宗と申します。以後、お見知りおきを」
すかさず宗も自己紹介を済ませる。
最後に女性客の前に出て、右手を胸に添え、軽く頭を垂れて自己紹介をしたのは蘇芳 更紗(
ja8374)だった。
「カウンターにてお嬢様方の給仕を勤めさせて頂きます周防と申します。不慣れな点が目に付く事になるかと存じますが、ご容赦の程を」
六人の撃退士――いや、今は執事となった少年少女らは、女性客たちを席へと案内し始めた。
執事喫茶の内装は執事たちの手によって変えられており、パフォーマンスのために中央のテーブルが下げられている。
女性客たちはなぜこのような内装なのか不思議な様子だ。
しかし、それも最初だけ。
想像していたよりもレベルの高い執事を目の前に、そんな疑問は吹っ飛んでしまったらしい。
どの女性たちの目も、今は好みの執事を探して店内の様子をきょろきょろと見渡している。
●
十二時ちょっとを過ぎた頃。女性客は全員、席に着いていた。
執事たちは決められた配置につき、給仕を行っている。
「私の好みで恐縮ですが、お近づきの印にどうぞ」
カウンターでは更紗が足下に台を置き、身長の低さをカバーしながらウヴァのミルクティーを振る舞っている。
「ウヴァの? へえ……あたし、飲むのは初めてです」
そう言い、女性客は差し出されたミルクティーをそっと口につけた。
入口から向かって右側のテーブルではチルルが会話を盛り上げていた。
「あた……僕は、とてもすごい撃退士になるのが夢なんです!」
「へえ〜。雪室くんの言うすごい撃退士って、どんな感じ?」
女性客の質問に対して、チルルはううんと唸る。どう説明するか考えあぐねているようだ。
すると、また別の女性客がチルルの名を呼んだ。
「あの、雪室さん。おすすめのメニューってありますか?」
それにチルルが答えようとしたところ、宗がすっと現れた。
「失礼します、お嬢様。宜しければ、お飲み物の方淹れなおしますが、如何致しましょうか?」
見てみると、コップの中身がすでに底をつきそうになっている。
宗の姿を見上げて、頬を朱色に染めながら女性客が頷いた。
●
「嵯峨野くんってかわいいですね」
時刻は一時過ぎ。一人の女性客の言葉に、楓は嬉しそうな笑顔を浮かべる。
もしも尻尾があったとしたら、嬉しさのあまりぶんぶんと大きく振っていることだろう。
「そんなことないですっ! お嬢様の方がきれいですし、かわいいですよ!」
言いながら楓は一生懸命、練習した通りに紅茶を注ぐ。
元気わんこ系執事設定、大成功。お姉さまたちのハートはキャッチできたようだ。
「すみませーん」
どこからか執事を呼ぶ声が聞こえる。
その声に素早く応対したのは智美だ。目にもとまらぬ速さで女性客のもとへ行き、注文をとる。
イヤーモニターを使って更紗に連絡を取り、厨房との橋渡しをしてもらう。
完成した料理を運んだのは、まるでマジシャンのような格好をしたエイルズレトラ。
料理をテーブルに置き、その際に軽く手品を披露してみせる。
女性客に選んでもらったカードを言い当てるというシンプルな手品。
シンプルではあるが、想像もしていなかったサービスに女性客は大喜びだ。
「お嬢様にそのカードを差し上げましょう」
選んでもらったカードを記念に渡すと、またも女性客は声を上げて喜ぶ。
その姿を見て、エイルズレトラはにっこりと微笑んだ。
●
昼食の時間が終わり、二時になった。
オーナーから頼まれたパフォーマンスを行う時刻である。
執事たちは素早く食器を下げて女性客たちに飲み物を配ったのち、パフォーマンスを始めることにした。
一番手を務めるのはチルル。テーブルを撤去した店内の中央に立ち、片手を上げて楽しそうに告げる。
「それじゃあ、あた……僕は皆様に歌を披露いたします!」
「僭越なら僕も歌わせていただきましょう」
チルルの隣に、静かに並んだのはエイルズレトラだ。
二人揃って軽くお辞儀をし、あらかじめ選曲しておいた童謡を歌う。
今の季節に合う、それでいてしっとりとしたものを選曲した。
チルルの声、そしてエイルズレトラのボーイソプラノが店内に響く。
その美しい声色のおかげか、耳に馴染んだはずの童謡がまったく新しいものに聞こえる。
一歩下がったところでは、宗が目を閉じてハーモニカの演奏に集中していた。
チルルとエイルズレトラの歌声、そして宗のハーモニカ。
それぞれの音が交じり合って一つになり、観客の耳に届いていく――……。
三つの音が終わり、そのまま余韻に浸るかと思った、次の瞬間。
軽快なBGMが店内に鳴り響き、静かに目を閉じて聴き入っていた女性客たちはなにごとかと顔を上げた。
「まだまだ終わりじゃありませんよーっ!」
アップテンポなリズムと共に躍り出てきたのは楓だ。
「お嬢様、たっぷり楽しんで下さいね!」
BGMとなっているのは、今流行りのアイドルグループの曲だ。
リズムにのって踊りながら、楓は女性客たちに向かってウィンクや投げキッスを飛ばしていく。
すると店内の奥から智美がやって来て、後ろの方にいる女性客の手を取った。
「ここからではよく見えないでしょう。わたくしと一緒に踊りませんか?」
「あっ……は、はい。ぜひ」
流れてくる音楽に合わせ、智美は目の前にいる可憐な女性をリードする。
やがて音楽が終わると、どちらからともなく静かに動きが止まった。
まるでアイドルがコンサートでそうするかのように、楓は笑顔で手を振ったあと、頭を下げた。
「どうも、ありがとうございました!」
●
「それでは、次のパフォーマンスが始まる前に、一曲披露させていただきます……」
次に姿を現したのは、ヴァイオリンを携えた更紗だ。
今まで楓が歌って踊っていた場所に立ち、静かにヴァイオリンを構える。
そしてすぐに演奏が始まった。
ヴァイオインが鳴き、歌い、音楽が店内にふわりと広がっていく。
更紗が選んだのは誰でも知っているクラシック曲だ。
編曲された曲は二分ほどで終わり、更紗は滴る汗もそのままにして頭を下げる。
「ご清聴、ありがとうございました」
●
更紗の演奏が終わったあと、最後のパフォーマンスの準備が始まった。
最後のパフォーマンス――王様じゃんけん。
まずは執事二人が王様となり、執事一人に対し女性客たちが十人の列を作る。
順番にじゃんけんをしていき、二連勝すれば女性客の勝ち。王様となり賞品を得られる。
制限時間は十分。ちなみに商品とは、執事への命令権、それからツーショットだ。
「これより王様じゃんけんを始めます! 最初はこの二人でーす!」
進行補佐役を務めるチルルの明るい声が店内に響く。
「ばばん!」と効果音を口にし、椅子に座った二人の執事を手で示した。
「よろしくお願いします。お嬢様」
宗が静かにお辞儀をし、その横では楓が笑顔を浮かべながらピースをしてみせた。
「負けませんよーっ!」
「はーい、みなさん列を作ってくださーい!」
チルルが女性客たちを誘導し、二人の前に十人ずつの列を作らせた。
「では……開始ー!」
その声と共にじゃんけんが始まる。
最初は控えめだった女性客たちも、次第にじゃんけんに対して熱が入っていった。
「本当に命令していいんですか……?」
楓に勝った女性客が、ツーショット終了後におずおずしながら言った。
「はい。なんでもご命令を」
「えと……それじゃあ、手にキスしてもらっていいですか?」
「手にキス、ですか?」
楓がきょとんとした表情で首を傾げる。
手にキス。いったいこの女性客はどんな少女漫画を読んでいるのだろうか。
しかし命令は命令だ。逆らうわけにはいかない。
楓は「承知しました」と言い、そっと女性客の手にキスを落とす――……。
一方、宗に勝った女性客は……。
「そ、そんな……命令なんてできないです」
「いけません、お嬢様。それがルールなのですから」
「で、でも……」
「もしや……、自分では不服でしょうか?」
「い、いえっ。そんなことは」
「それならば、ご命令を」
にっこりと笑んで命令を促すと、女性客はようやくおずおずと命令を告げた。
「……じゃあ……あの、もう一枚、ツーショットを……」
「……はい。承知いたしました、お嬢様」
「はーい! 次は、僕と智美です!」
「お手柔らかに……」
次に王様となるのは、チルルと智美だ。
チルルが王様となるので今回は宗が進行補佐を務めることになった。
「では、開始して下さい」
宗が合図を出すと、すぐにじゃんけんが始まる。
先ほどの“命令”を見て刺激を受けたらしく、どの女性客も勝とうと必死になっているのが見て窺えた。
賞品を獲得した女性客は次のじゃんけんに参加できないルールのため、前回より人数が若干減っている。
「じゃんけんぽん」「あいこでしょ」の掛け声が店内を埋め尽くし、そして数分後――……。
カシャ、というデジタルカメラのシャッター音が鳴った。
楓や宗の時と同じようにツーショットを撮影したあとは命令タイムとなる。
「あの、私とも、踊って下さい」
智美にそっと手を出してそうお願いしたのは、控えめそうな女性客だった。
彼女は智美の踊りをずっと羨ましく思いながら見ていたのだと言う。
断る理由は、もちろんない。智美は彼女の手を取り、再び優雅に踊り出す――……。
その横で、チルルは女性客を姫様抱っこしていた。
「こんなの楽勝です! 軽い軽い!」
命令されたお姫様抱っこを軽々とこなすチルル。撃退士としては、これくらいなんてことない。
軽いと言われて気をよくしたのか、お姫様抱っこされた女性が嬉しそうにはにかむ。
「……そろそろ、次が始まりますね」
宗のつぶやきに反応し、エイルズレトラと更紗が前に出る。
最後の王様はこの二人だ。
「おやおや……お強いですね、お嬢様」
チルルの「終了〜!」という声が響いたと同時に、今まさにじゃんけんで負けたエイルズレトラが肩をすくめた。
「わたくしが王様、ですか」
こちらでは更紗が王様のまま終わってしまったようだ。
少し困惑したように、自分が出したチョキを見つめる。
「あっ、更紗が王様なの? えーと、こういう時は……」
チルルが「どうするんだっけ?」と、隣にいた楓に尋ねる。
「こういう時は、お嬢様たちに配っておいたくじの番号で決めるんですよ」
「そうそう、そうだったわね……いや、そうでしたね! それじゃあ、更紗」
「はい。では……」
更紗がくじを読み上げる。
「私、だ……」
あらかじめ配られていたくじに記された番号を見つめ、ぽつりとつぶやいたのは……。
初めにカウンターで更紗がウヴァのミルクティーを振る舞った女性客だった。
「ふふ。これもなにかのご縁かもしれませんね、お嬢様」
「そう、ですね……」
女性客は控えめに笑い、しばらく逡巡したあと更紗に命令を下した。
「私のためにもう一度、ミルクティーを作ってくれませんか……?」
「マジック、ですか」
エイルズレトラへの命令は「マジックを披露して下さい」というものだった。
給仕していた時に披露したマジックが思いのほか好評で、また見たいという声がたくさんあったのだとか。
「お安い御用ですよ、お嬢様。では」
エイルズレトラはどこからかコインを取り出し、手慣れた手つきで扱っていく。
ほどなくして彼の手の中にあったコインは跡形もなく姿を消した。
わあっと女性客たちがざわめく。
「すごい……!」
マジックを披露してほしいという命令をした女性客が、目をきらきらと輝かせている。
エイルズレトラは自分の左胸辺りを人差し指でトントンと叩き、
「ポケットの中、見て下さい」……そう言った。
女性客が不思議そうに自分の左胸にあるポケットの中に手を入れると、そこから出てきたのは――。
「コイン? なんで、ここに……」
「せっかくですし、そのコインも差し上げますよ」
●
パフォーマンスはあっという間に終わり、十六時になった。お別れの時間である。
女性客たちが帰る前に、オーナーに頼んで集合写真をデジタルカメラで撮影してもらった。
楓はすぐにその写真をプリントアウトし、女性客に配る。
そして、来店時と同じように執事たちは三人ずつに分かれて入口へ並び……。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
頭を下げ、名残惜しそうにしている女性客たちを送り出した。
微笑を浮かべて見送るその姿は、もう立派な執事だと言えるだろう。
だが、気のせいだろうか。
最初から最後まで笑顔を浮かべていたエイルズレトラの顔が残念そうに曇ったように見えたのは……。