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小学校を目の前に立っているのは七人の撃退士たち。
今回の依頼の目的はカマキリ型ディアボロの討伐だ。
真宮寺 神楽(
ja0036)は校門の外から小学校の中を見渡し、鋭い目つきで校庭の中央を徘徊しているディアボロを見据える。
(職員室に人が残っているのが厄介ね。北にある林も、場合によっては不利になるわ)
神楽の横に並び、同じようにディアボロに視線を向けながら水川 沙魚(
ja6546)が言う。
「学校は未来ある子供たちを育てる場だ。それを乱すなら容赦しない」
未来を壊すなど、そんな破壊行為を見過ごせるはずがない。
「……えっと、誘導、するんですね?」
長成 燐音(
ja7948)が二人の背後ですっと手を上げ、作戦をおずおずと確認する。
それに対して、全員がゆっくりと頷いた。
「わかり、ました」
ぽっと頬を赤く染め、燐音も静かに頷いた。
南側にディアボロを引き寄せ、遊具を盾にして戦う――。
それが作戦の大筋だ。
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校門から入り、ディアボロに気づかれないよう、それぞれが自分の配置へと向かった。
「……第二校舎と第一校舎。この二箇所にディアボロが行かないようにしなきゃね」
そう言い、まずは神楽が光纏を発動させる。瞬間、一族特有の鳳凰と鶴のような刻印が浮かび上がった。
すぐに神楽は移動を開始する。向かうのは北にある第一校舎だ。
万が一ディアボロが北に向かった際、迎撃するのが彼女の役目。
息を潜めて気配を殺し、第一校舎の昇降口前に設置してある銅像の陰に身を隠す。
見た目は少々不恰好ではあるが、ここが一番ディアボロからの死角になる。
その頃、南側では天空寺 闘牙(
ja7475)がすでに配置についていた。
「お前の相手は、こちらだ!」
闘牙が依頼を受けるのは今回が初めだった。だからこそ不安を感じていた。
自分にどれだけのことができるのか。 力をすべて引き出すことができるのか。
だが怖気づいてはいられない。静かに闘志を燃やし、ディアボロの注意を引くために光纏を発動する。
そのすぐ隣にいた神埼 まゆ(
ja8130)も光纏と同時に阻霊符を発動。彼女の顔には不敵な笑みが浮かべられている。
「カマキリ風情がこのスーパー☆アイドル神崎まゆちゃんよりも目立つとは良い度胸じゃねぇか! 上等だ、そのカマへし折ってオカマちゃんにしてやるよ!」
そのやや後ろで控えめにショートソードを持ちながら待機していた燐音が二人の光纏を確認する。
「……おっきな、かまきりさんです……。がんばって……倒すのですよー」
母親が学生時代に練習用として使っていた、ショートソード。
「天秤の元、剣をもちて」
燐音も光纏を発動。白と黒がランダムに交じり合った、シックなドレス状のオーラを彼女は纏う。
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その頃、西にある第二校舎でも北条 秀一(
ja4438)が光纏し、阻霊符を発動させていた。
ディアボロが第二校舎に来た時の保険だ。
(これで児童がいたら大惨事だったな)
心の中でふうとため息をつき、背後にある第二校舎を振り返る。
すると、視線の先にあるガラス窓で人影が動くのが見えた。
(? ……校舎内に残っているという教職員か)
窓から姿は見えるのは非常に危険である。
秀一はディアボロがこちらを見ていないことを確認したあと、そっと職員室の窓から告げた。
窓から影が見えぬよう、戦闘が終わるまで身を隠していてほしい――と。
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「よし、みんなスタンバイオッケーですねっ!」
今度は丁嵐 桜(
ja6549)の出番だ。
全員の様子を離れたところから見守っていた桜も光纏し、その手にウォーハンマーをしっかりと持つ。
ディアボロは桜の様子に気づいていない。闘牙をじっと見たまま動きを止めている。
闘牙の声でディアボロが南側へ向かえばそれでよしだが、そううまくはいかないらしい。
桜の役目はディアボロに一撃を加え、さらなる注意を引くこと。
そろりそろりと遠回りでディアボロに近づき――……。
「どすこーいっ!」
その掛け声と共に、ディアボロにウォーハンマーを向かって振り下ろす。
ディアボロは瞬時に避けたが、その目は間違いなく桜を捉えている。
注意を引くことはできた。あとは南側へ誘導するだけだ。
「なんともでっかいカマキリですよ! さーて、勝負勝負―!」
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ディアボロが南への移動を開始した。
北には、向かって来なかった。神楽は胸を撫で下ろし、次の行動を始める。
西にある第二校舎。そこにいる秀一の方へ、気配を殺したまま移動する。
「……こっちはどんな感じ?」
まるで静かに影が伸びるかのように、音もたてずに神楽が現れる。
それを予測していたのか。まったく驚きもせず、秀一が微笑みながら言う。
「問題ない。教職員たちにも隠れてもらった」
「そう」
――よかったわ。神楽がそう続けようとした、瞬間のこと。
南に移動していたディアボロがぴたりと足を止め、秀一と神楽を振り返った。
「!」
そのことにいち早く気づいた神楽はすぐにでも戦闘に入れるよう、構える。
慌てて秀一も戦闘準備を整え、ツヴァイハンダーFEを両手に持つ。
来るか――! 二人が覚悟を決めた瞬間、不快な音が耳をつんざいた。
その音にディアボロは再び南へ視線を移す。
視線の先にいる、音の正体は沙魚だ。
万が一のためにディアボロの注意を引けるよう、笛を用意しておいたのだ。
再び南へと移動を開始するディアボロ。もはや第二校舎には目もくれない。
笛は、相当ディアボロにとって不快な音だったのだろう。
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ディアボロが第一に狙うのは沙魚か。
誰もがそう考えたが、その予想は外れた。
狙われたのは、阻霊符を発動していて未だ武器を構えていないまゆだ。
「神埼さんっ」
思わず燐音が声を上げる。誰もがまゆを守ろうとするがディアボロの攻撃が一瞬、早かった。
キィィィッという鳴き声を上げ、ディアボロがカマを振り回す。
「っ!」
一歩退き、まゆは阻霊符を持っていない左腕でカマを防いだが、傷を負ってしまう。
「……っこの、カマキリめ……! いてぇじゃねーか!」
怒鳴りつけるまゆの前に、素早く闘牙が躍り出る。
腰を落として腕を引き、力をこめてディアボロに向かって拳を打ち出す!
誰もが当たると思った闘牙の拳だが、ディアボロは四本の脚で素早く後方に下がる。攻撃は、外れた。
「くそ!」
闘牙が悔しげに眉を潜める。仕返しだ、とばかりにディアボロが大きくカマを構えた。
すると突然、横合いからひらりと小さな体が飛び出してきた。燐音だ。
「させませんっ」
カマに怯むことなく懐に飛び込み、ショートソードをディアボロの腹に容赦なく突き刺す!
攻撃を優先しようとしていたディアボロは回避ができない。攻撃は命中。
そのままショートソードを引き抜くとディアボロの体液が散ったが、燐音は顔色一つ変えない。
ディアボロの動きが鈍った。燐音は次に来るかもしれない攻撃に当たらぬよう、後ろに飛び退く。
「待たせたな!」
その時、第二校舎から神楽と秀一が到着した。
人の気配に気づいたディアボロが大きな目玉を神楽と秀一に向ける。
敵が増えたことに危険を感じたのか、ディアボロは両のカマを天高く振り上げた。
ディアボロが定めた狙いは――秀一だ。
強烈な一撃が来る。秀一は即座に回避しようとしたが、間に合わない。ディアボロの方が早い!
だが、ディアボロのカマは右の二の腕をかすっただけで、致命傷には至らなかった。
「ほらほら、こっちだぜ!」
神楽が瞬時にして間合いを詰め、飛燕翔扇でディアボロの脚を狙ったおかげだ。
脚への痛みにディアボロが鳴く。キィキィと声を上げながら、がむしゃらにカマを振り回した。
そのカマが沙魚を切り裂こうと動く。だが所詮、やけくその攻撃だ。沙魚は体を横に逸らしてそれを避ける。
そのまま沙魚は後ろに動き間合いを取り、弓を構える。
神経を集中させて力を弓に送り込む。薄紫色の光が集まって弓の形となり、きらきらと光り――!
「最初から全力というのは性に合わないが、被害を抑えるためだ。仕方ない!」
素早く射る! 薄紫色の矢が、ディアボロめがけて飛んでいく!
その矢は見事ディアボロの胴体に命中した。ディアボロが大きく仰け反り、悲痛な鳴き声を上げる。
慌てて撃退士たちから離れようとするディアボロだが、遊具が邪魔して思うように動けない。
その姿を見た桜は一瞬、悲しそうな顔をした。
(痛いんだね……)
だが、だからといって攻撃の手を止めるわけにはいかない。
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たった数秒の桜の油断を読み取ったのか、即座に体勢を立て直した桜にディアボロのカマがきらりと光る。
「おい!」
痛みに腕を抑えていたまゆが、桜に向かって叫ぶ。それから視線で合図をした。
(すべり台!)
まゆの視線の先にあるのは、すべり台。桜のすぐ隣に無言で佇んでいる。
そうだ。まゆが阻霊符を発動させている今なら、これを盾にできる!
桜はすぐにすべり台の裏側へと身を滑り込ませる。
間一髪、間に合った。ディアボロのカマは標的を失って宙を切り、そのまますべり台に突き刺さる。
すべり台は破損してしまったが攻撃は免れた。
だが、安心している暇はない。ディアボロはギロリとまゆを睨むように見下ろした。
よくも余計なことを――とでも言いたげな様子だ。
まゆは反撃を試みようとするが、右手には阻霊符。一瞬、まゆの中に迷いが生じた。
その迷いがまゆの動きを鈍らせる。再び彼女にカマが襲い掛かるか……!
「うおおおおっ!」
突然、まゆの背後から闘牙が現れた。
体を大きく捻り、拳に渾身の力をこめる!
「このライトニングレオの力、お前で試させてもらう!」
彼が叫んでいるのは、身につけている装備の名前か。
両手にはめられたナックルダスターに祈りをこめ、勢いよく拳を上げる!
とうとう、ディアボロの顔に拳が命中した!
衝撃に頭がくらつくのか、細長い脚がたたらを踏む。
そして追い打ちをかけるようにして、桜がウォーハンマーをディアボロの腹に叩き込んだ!
闘牙と桜の攻撃をまともに食らい、ディアボロはひとたまりもなかったのだろう。
羽をバタバタと忙しなく動かし、その場から逃げようとする。
「待て!」
すぐに神楽が飛燕翔扇を投げるが、脚の先をかすっただけで止められない!
「逃がしませんっ!」
小さな体の燐音がショートソードを振り上げ、もう一度、腹を突き上げようとするが、ギリギリのところで届かない。
「土俵から逃げるなんて卑怯です!」
ウォーハンマーから和弓に持ち替えた桜が、弓を射る! 牽制だ。
弓はディアボロの顔の前を通り過ぎてしまったが、行く手を阻むことができた。
前方から来た攻撃にディアボロが戸惑う。
その瞬間を狙い、秀一も飛び上がる! その背中に見えるのは、神々しい天使の翼。
両手にクロスファイアを持ち、ディアボロに向かって撃つ。
ディアボロは体を左右に動かして銃撃を避けるが、近距離を得意とするカマキリに反撃の手はない。
逃げようとするディアボロを追いかけ、秀一は撃ち続ける!
繰り返される銃撃音のあと、その中の一発がディアボロの羽に穴を開けた。
飛ぶ力を失ったディアボロは地に落ち、倒れる。だが、まだ息はある。
「さっきはよくも、このまゆちゃんを傷つけてくれたな!」
そこへ一番に駆けつけたのはまゆだった。
相手はもう虫の息だ。阻霊符を発動し続ける必要はないだろう。
手から阻霊符を離し、両手で大太刀を持つ。
そしてそれを振り上げとどめを刺そうとした瞬間、ズキン、と左腕の傷が痛んだ。
「いっ!」
一瞬だけ攻撃が遅れる。まゆに隙が生まれた。
しまった! ――そう思ったその時、後ろから現れた飛燕翔扇が宙を切ってディアボロの動きを封じた。
「今のうちに体勢を立て直せ!」
神楽だ。
「っへ、サンキューな!」
まゆは礼を述べ、とどめの一撃をディアボロに振り下ろした!
「お望み通りのオカマちゃんだぜ!」
●
「任務、完了」
闘牙が胸に手をあて、静かに言う。
「……無事に終わったわね。みんな、お疲れさま」
これは神楽。戦闘が終わって緊張が解けたのか、その顔には優しげな微笑みが浮かべられている。
「おい、まゆ。大丈夫か? 結構な深手に見えたが……」
沙魚がまゆに声をかける。
するとまゆはにっと笑い「どってことないぜ!」と胸を張った。
「それより! この依頼を出した男はどこにいったんだ?」
「この依頼を出した人? それはちょっとわかりませんね」
桜が首を傾げる。
「あたしはな、決めてたんだ! 無事にディアボロを倒したら、その男の唇をゲッチューするって!」
「……なぜ?」
いかにも不思議だ、といった様子で沙魚が問いかける。
「普通のやつならビビる状況でも慌てず依頼を出したなんて、惚れるじゃねーか!」
まゆが大きな声で宣言をしている傍ら、秀一はディアボロに傷つけられたすべり台の点検をしていた。
「壊されたのはここだけか。……あとで教職員に報告しておかなければ」
「……なに、してるんですか?」
念入りにチェックをしていると、燐音が声をかけてきた。
「ああ。ディアボロに破壊された部分を調べてるんだ。あまりひどい破損ではないようだな」
「ディアボロ……」
ぽつり、と燐音がつぶやく。それからディアボロが地に伏した場を振り返り、
「なんじのたましいに、安息がありますように」
……そう、祈った。
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「あ……」
依頼を無事に終え、小学校をあとにしようとした時のこと。
校庭の片隅に震えて縮こまっている猫の姿を燐音が見つけた。
すぐに燐音は駆け寄り、優しく猫を抱き上げる。
「教職員だけではなく、猫もいたのか」
その様子を見た闘牙が言う。
「そうみたいね。……でも」
「でも?」
神楽の言葉に闘牙が問い返す。
「無事に守れてよかったわ。守ったものが一つ、増えたわね」
神楽の言葉に答える者はいなかったが、みな思っていることは同じなのだろう。
全員の視線の先にあるのは、猫を優しく撫でる燐音の姿。
「ふふっ。無事に討伐できて、よかったですっ!」
その姿を見て、桜がにっこりと笑顔を浮かべた。
後日、七人の撃退士のもとには子供たちからのお礼のメッセージが届いたという。
「ぼくたちの、わたしたちの、学校をまもってくれて、ありがとう」