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マスター:離岸
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:6人
リプレイ完成日時:2014/06/12


みんなの思い出



オープニング



 寒い。
 熱が、熱が、熱が失われていく。
 凍えてしまう。寒くて、寒くて、寒くて仕方がない。
 着なければ。もっともっと、着こまなければ。


「集まったか。早速説明を始める。席についてくれ」

 そろそろ夏も近いその日、召集に応じて種子島まで訪れた撃退士達を朝比奈 悠(jz0255)はそんな声で出迎えた。
 席に座るように促してから、用意された資料を配布する。

「一言で言えば、猟奇事件とでも言うのだろうかな。
 ここ数日、ある町で犬や猫と言った動物たちが殺されているのが相次いで発見されている。
 今回お前さん達に頼みたいのは、その町で起きている事件の調査、可能ならば解決と言ったところだな」

 まずは大枠だけを伝え、一度学生たちの様子を見る。
 資料に目を落とすもの、悠の声を聞きながらメモをとる者、ぼんやりと考え込んでいる者、様々。
 共通しているのは、若干暑そうにしていることくらいだろうか。
 撃退士だろうが何だろうが、夏が近くなれば暑いと思うのは当然のことだ。
 半開きになっていた窓を開け放し、ブラインドを操作して部屋に入る光量を絞る。

「殺された動物たちは刃物のような物で動きを奪われた後、生きながらにしてその皮を剥ぎ取られているらしい。
 殺された動物の写真はそちらの資料には添付していないが、見たい奴は後で言ってくれ」

 言って、悠は少しばかり顔をしかめた。
 普段、溢れんばかりの血を体内に抑えこむ役割を果たしている皮膚。それが剥ぎ取られている動物の躯。
 いくら撃退士であるとは言え、あまり積極的に見たいものでもない。

「話を戻そう。最初は地元の警察が調査するという話もあったんだが、時勢が時勢だ。
 何かあってからでは遅いという判断がされて、調査の段階からお前さん達が駆り出される事になった」

 そこまでを話してから、悠は胸ポケットに入っていた煙草を一本取り出した。
 火は着けず、口にも咥えず。指先で保持した状態。

「町は島の北方。まだ人が住んでいる地域だが、時折チラホラとディアボロが現れる。
 だから、何かあるとすれば恐らく冥魔側の仕業だと考えられる。
 人の愉快犯なら後は警察に。天魔の仕業ならばそのまま解決に、と言った所だろうかな。説明は以上だ」

 そこで、一人の学生から手が挙がる。剥ぎ取られたその皮は発見されているのか、という問い。

「見つかっていない。目的は一切不明だが、何かしらの意図を持って剥いだ皮を持ち去っているのだと推測している」

 そこで、悠は考えこむように視線を窓の外へ逃し、指で挟んでいた煙草を口に咥えた。
 火も着けていないそれを吸うように一度、息を吸って、吐き出す。

「もう夏にもなるというのにな。毛皮なんて何に使うつもりなのだか…」



 寒い。
 どれだけ纏うものを足していっても、最初はそこにあったはずの熱は、時間と共に失せていってしまう。
 寒い、寒い、寒い。寒くて仕方がない。
 足りない。その辺りの獣だけじゃどうしても足りない。
 もっと着こまなければ。
 もっと。もっともっと多くの皮を。
 もっともっともっともっと、多くの熱を。


 日本の南に位置する種子島ということもあり、気温は高い。
 ニュースの予報を聞く限りだと、今日は雲ひとつ無い快晴予報、しかも真夏日になるそうだ。

 外を出歩く人は、予想通り少なかった。
 住民も天魔の脅威が近いという環境に慣れてきたのだろう。
 天魔の仕業という可能性があるような事件が起きると極力外へ出ないことを選ぶようだ。
 同様の理由で無闇に夜間外を出歩く人間が少ないこともあり、聞きこみで得られる情報はあまり無い。

 炎天の下、それでも外に出なければならない理由がある人を捕まえて聞きこみを続けることしばし。
 何とか有用そうだと思える情報は僅かであった。

 曰く、事件の発生した数日前に、夏だというのにとんでもなく厚着をした人物を見た。
 フード付きの黒いジャンパーに風を通さなそうだと分かる素材のズボン、そしてマフラーという完全防備。
 フードを目深にかぶっていたためにその顔は伺えなかったらしい。
 しかし、複数の目撃条件が一致している以上、「そいつがいた」ことは間違いなさそうだった。
 どうするべきか。
 真新しい情報は「怪しい人物がいた」それだけだ。
 もう少し聞きこみを続けるか、あるいは夜まで待って周辺を捜索してみるか。

「――――ッッ!!!」

 事件は、時に突然事態が走り始める事がある。
 今が丁度いい例だ。突如周辺に響き渡る女性の悲鳴に、弾かれたように撃退士達は走りだす。
 建物の角を曲がり、大きな十字路に出る。

 居た。目撃情報の通りの厚着姿が十字路の中心に佇んでいる。
 見ているだけで暑くなりそうなそいつの足元には、先ほどの悲鳴の主だろうか、女性が血を流して倒れている。
 更にその周辺には、たまたま居合わせてしまった一般人が三人。逃げ出すことも出来ず腰を抜かしている。

 見遣る。女性の右腕に肌色が、無い。代わりにあるのは赤だけだ。
 無くなってしまった腕の肌色は何処にあるのか。答えはすぐそこ、厚着姿の人物の右手――!
 皮膚を、剥いだのだ。犬でも猫でもなく、人の皮膚を。

 その場にいた誰かが魔具を活性化させ、アウルを放つ。
 厚着姿はその一撃にかろうじて反応。無理矢理身体を捻り、放たれた一撃を掠めるようにして回避。
 その拍子、目深にかぶっていた黒いフードが放たれた一撃の衝撃で弾かれる。
 それには構わず、撃退士から離れるようにして、倒れている女性から距離を取る厚着姿。

 見えたフードの下に、誰かが息を呑む。

 恐らく、厚着姿は天魔だろう。
 炎天の下に晒されたその顔は、真っ黒のマネキン人形のように目も鼻も見られない。
 唯一、口だけが人と同じようにあるべき場所に存在し、何事かを呟くように小さく動き続けている。
 そこまでは、いい。その程度ならまだこれまでにも似たような天魔は大量にいた。

 だが、フードを剥いだ黒い皮膚。
 それを隠すように犬や猫の毛皮が貼り付けられているなんて、誰が想像するだろうか。
 恐らく、剥いだ皮には肉や血が処理されないままこびり付いているに違いない。風に吹いて、僅かな腐臭が鼻に届く。

「…………い」

 マネキン人形の呟く声が、徐々に大きくなっていく。
 呟きが意味を作って撃退士の耳に届いた時、頭の中で絡まっていた糸が解けるように、マネキンの動機が理解できた。

「……寒い。寒い、寒い、寒い、サムイサムイサムイサムイサムイ――」

 寒いと言っているのだ、あのマネキンは。
 だから、犬や猫から毛皮を奪った。それを身に纏うことで、寒さを凌ぐために。
 そして今。マネキンは暖を取るために、人の皮を奪おうとしてる。

 それを、許すわけにはいかない。

「皮、が。こんなに、一杯」

 目もないくせに周囲を見渡し、マネキンの口だけが喜びに歪み、弧を描く。
 この場に居る人へ狙いを定めたのだろう。

 戦わなければならない。
 これ以上、このマネキンが誰かから熱を奪う事のないように。
 これ以上、誰かが皮膚を奪われるなんて痛みを、覚えないように。

 撃退士達の身体から、無尽の光が噴き出した。


リプレイ本文


 例えば、指に出来たささくれを、指で摘んで引張ったとする。
 根元の方へ向けて少しずつ剥がれていく糸のような皮。それが身体から離れた時に走る激痛。
 ささくれという、一般生活でも生じる物でも忌避したい痛みが生じてしまうのだ。
 ならば、目の前で声も上げることが出来ずに地面に伏す女性が感じた痛みは、その何倍と表現すれば足りるのだろうか。

「生きながらに皮を剥ぐなんて、何て惨い…」

 程度の差こそあれ、蓮城 真緋呂(jb6120)の言葉は一般的な感性を持つ者ならば誰もが抱くはずの想いのはずだ。
 故に、それ以上の被害は許したくない。 

 自分達から見て十字路の中央に、獲物を見定めているのか周囲を何度も見渡している皮剥。
 そして、守らなければならない者は手前に一人、奥に二人、そして右手側に一人。
 まずは敵を左手側に押し込んで、一般人を危険から遠ざけなければならない。
 現場に駆けつけ周辺状況を把握し、臨戦態勢に入るまでの僅かな間。
 けれど、撃退士達は即座にそこまで判断を下すことが出来ていた。

「に、してもけったいな趣味してるなぁ…」

 戦端を切ったのはゼロ=シュバイツァー(jb7501)。その場に居る誰よりも早く地面を蹴り、一息で皮剥との距離を縮めていく。

「うち、手当ができるわけやないからな。草摩くん、蓮城くん、よろしく頼むわ」

 続くように、黒神 未来(jb9907)が一声残してアウルの闇にその身を溶けこませれば、皮剥目掛けて走りだした。
 同様に糸魚 小舟(ja4477)も自身の気配を薄めることで急速にその場での存在感を手放し、奥で腰を抜かしている二人目掛けて駆けて行く。

 二人が走り出すのと同じタイミングで、ゼロと皮剥の距離が完全に詰まる。
 流石に皮剥もゼロが敵意を持って近づいてきたのは分かるのだろう。
 獲物を求めるようにあちらこちらへ散らしていた視線をゼロへと向けた、瞬間。
 ゼロが動いた。右手に漆黒のアウルを集めれば、皮剥の左側面から相手を突き飛ばすべく掌底を放つ。
 速い。表情を浮かべるためのパーツが顔に存在すれば、皮剥は驚きに目を見開いていただろう。
 身体を捻り腕を盾にすることで衝撃を殺すことが精一杯。突き飛ばされた衝撃を踏ん張る足が止めることが出来ない。
 地面に二本の線を引き続ける足が、摩擦によってようやく停止。

 その隙に、倒れている女性に真緋呂と草摩 京(jb9670)が駆け寄る。
 更に青戸誠士郎(ja0994)の巨体が女性と皮剥との間に壁を作り、その身を以って女性を護る盾となる。
 
「私達撃退士が来たからには、もう安心ですよ」

 そう声をかけながら真緋呂が女性の脇の下、止血点を強く圧迫することで、女性の腕から流れ続ける血を応急的に止める。
 彼女の脳裏に浮かぶのは、かつて救えなかった誰かのこと。
 今度こそ、本当に助けたい。そう願う心がアウルを介して女性に伝わったのか、青ざめ震える女性の表情が、少しだけ和らいだように見える。

「一先ずは大丈夫そうでしょうか…青戸さん、お願いします。他の方が相手を押し込み次第、移動しましょう」
「了解しました……おいで、癸」

 敵の様子を観察しながら声を発した京に応じて、誠士郎が三首のストレイシオンをこの場に呼び出しその巨体で皮剥の目から女性を隠す。
 そして本人は真緋呂と京に手伝ってもらいながら、そっと負担をかけないように女性を背負う。
 
 至急の対応が必要である怪我人への接触に成功し、多少なり一般人とディアボロとの距離を取ることは出来た。
 まず第一段階は成功か。
 一瞬の攻防に手応えを感じたゼロが更に皮剥を押し出そうと足を踏み出しかけ、

 同時に、皮剥も動く。
 ゼロを迂回するように、撃退士から最も遠い場所で腰を抜かしている二人の男女の下へと。

「あ! おいコラ! こっちは無視かいな!」

 元より、皮を剥ぐ事を目的に動くが故に、皮剥。撃退士の攻撃で弾かれたからと言ってそのままその場所に留まる訳も無し。
 連撃で一気に押し込む事を想定していても、一度弾き再度距離を詰めるまでの間に出来ることはいくらでもある。
 一般人から距離を取らせる、そして相手の動きを封じ込める。一般人の安全を確保するためにはどうしてもその二つの行為が必要となる。
 前者は、十分に備えがあった。だが、後者は?

「罪を償う為…ふふ」

 マルドナ ナイド(jb7854)が皮剥の動きを止めようと、自らの舌に犬歯を突き立てる。
 白い歯が、ずぶりと肉に埋まる。
 甘美な痛みと共に咲き誇る緋色の彼岸花が、皮剥の脳裏から痛みを引っ張り出し現実の物と誤認させる。
 想起する痛みは、何かに刺し穿たれたような、そんな痛み。
 走りだした皮剥の足が、突如生じた痛みに確かに緩んだのをマルドナは見た。

 けれど、痛みよりも優先することがあるのか、足の力が緩んだのは一瞬のこと。
 近場にいたゼロが進路を塞ぐよりも早く身体をトップスピードまで持って行き、迷うことなく一般人へ。
 皮剥の足を止めるための手立てが足りていない。一般人へ向かうその足を止めることが、出来ない。

「速い……!」

 狙われた男女の護衛を担当していた小舟が皮剥の挙動に気付き、更に足を早める。
 しかし、多少押し退けられた状態であってもまだ皮剥の方に距離の利があった。
 守るか剥ぐかの競争は皮剥に軍配が上がる。

「ひっ」
「逃げろ!」

 恋人同士か何かだろうか。皮剥に詰め寄られる中、それでも何とか男が女を突き飛ばすようにして逃す。
 その結果、皮剥に向けられた男の無防備な背中目掛け。

「――サム、イ」

 皮剥の爪が、振り下ろされる。


(意識在るままに皮を剥ぐ…ですか)

 まるで布を引きちぎるような乱雑さで、皮剥が強引に男の皮膚と肉とを引き剥がしていく。
 筋繊維がたまらず悲鳴を上げ、更にそれを塗りつぶさんばかりに男が痛みに絶叫を上げた。
 地獄のような光景。筋が外気に晒される刺激など生きている内に体験するはずもない。
 だというのに、現場を見つめるマルドナの視線は何処か、蕩けたような熱を帯びていた。

「全く。足が速いのう。追いつけなんだ、腹立たしい」
「――テス、貴方の大切な家畜が啼いているようですよ。行ってあげないのですか?」

 予想以上に皮剥の出足が速かった。間に合わなかった初動を忌々しく思う色を込めた呟きに、マルドナは誰もいない右の空間へ声を。
 声をかけられた空間に、薄ぼんやりと黒い獣のような何かが浮かび上がる。テス=エイキャトスル(jb4109)が身に纏う、敵意からの認識を曖昧にするアウルの衣だ。
 
「皮剥ぎは拷問に使われるくらい痛いからのう。
 とはいえ、最終的に目指さねばならん所はもっと先じゃ。被害が出た今、皆が大挙して一箇所に押し寄せても得られるものは少ないじゃろう」

 これ以上の被害を許さぬためにも、一刻も速く一般人から皮剥を引き離す必要がある。
 迅速に叶えるためには、皆で皮剥へ押し寄せるよりも、仲間に合わせて動きを繋いでいくことが必要だ。
 それは承知しているのか、機を待っているのはマルドナも同様のようだ。

 しかし、テスが口にした『拷問』という単語に、マルドナの口から甘く熱い吐息が一つ漏れた。
 まるで次は己にそれを課して欲しいとでも言うように。贖罪という建前の元、痛みに甘みを見出す雌は、ぞくりと背筋を震わせる。

「それは、とても痛いのでしょうね、辛いのでしょうね、あぁなんて可愛そうに…」
「……主は未だ欲界じゃのう、まあ嫌いではないが」

 交わす言葉の先、皮剥は今剥いだばかりの皮を右手に持ったまま、今度は突き飛ばされたまま動くことの出来ない女の方へと歩みを進め、手を振り上げる。

「サムイ……」
「……それは、寒さとは違う、衝動でしょう…」

 だが、皮剥の爪が女に食い込むよりも早く、追いついた小舟が割って入ることで女を庇う。
 細い体躯に食い込んだ爪の先から何かが小舟の体中を巡り、身体の自由を奪っていく。
 事前説明で動きを奪う術が示唆されていたが、成程、この爪か。
 思い出す。被害にあった人々や獣達のこと。
 震え続ける歪んだ熱への渇望者。
 彼が生み出す恐怖への被害をこれ以上出さないために、今倒れてしまう訳には行かない。

 崩れ落ちそうになる身体に無茶を命じ、手に持つ苦無を横に薙ぐように一閃。皮剥を傷つけることは叶わないまでも、回避行動を取らせることで一般人との距離を作る。

「これ以上のおいたはアカンで!」

 そうすれば、ほら。後は仲間達に任せることが出来る。
 ゼロが漆黒の大鎌、その持ち手部分を棍のように突き出し穿ち、皮剥の身体を押し出すことで一般人との距離を更に大きくする。

「オーライ、ゼロくん!」

 一度弾き再度距離を詰めるまでの間に皮剥が出来ることはいくらでもある。
 ならば、皮剥が動く前に二人目、三人目が追撃をかけることで、皮剥の動きを潰してしまえばいい。
 突き飛ばされた皮剥の首下目掛けて伸びる未来の腕。
 ゼロのように相手を綺麗に突き飛ばす術を未来は知らない。けれど、投げ飛ばすことで相手を動かしてしまうことは出来る。
 皮剥の首に巻き付いた腕に力が込められ、そのまま首投げに移行。

 制動の最中投げられた形ともなればまともに受け身を取ることが出来ないのか、先の皮を剥ぎ取る音とは違う方向で痛そうな音が周囲に響く。
 それでも皮剥が何とか起き上がろうとする瞬間を見極め、テスが駆けた。

「何故寒いか? 主に足らぬは皮に非ず。熱とは命の放つエネルギー」

 伸ばした手に、皮剥は反応出来ない。
 宝物のように抱えていた皮が、最初からテスが持っていたかのように彼女の手元に収まる。
 寒いとは、奪われるということだ。
 テスが皮を奪ったように。皮剥が誰かの皮を奪うように。
 皮剥は何を奪われ寒いと口にするのだろうか。その答えがテスには分かったような気がする。
 だから。

「主には命が足りぬ、故無意味なり」
「アアア……!!」

 無造作に、皮が放り捨てられる。
 一般人から更に遠ざかる位置に放られた皮を、皮剥が奇声を上げながら回収に走る。
 最早皮以外は眼中にないのか。先程までは多少なり存在していた筈の、撃退士への警戒がその姿から一切見られることが出来ない。
 当然、その隙を撃退士達が逃す筈もない。

「あなたは寒いと言いますが…私は熱くなってしまいました」

 頬を朱に染めながら、マルドナが魔導書から剣を生む。
 この火照りをどう冷ませばよいのか。
 いっそ剥いでもらえば少しは――…そこまで考え、僅かに首を横に振る。
 そんなことをされたら、きっと更なる熱を産むことになるだろうから。

 生み出された剣が、彼女の腕に突き刺さる。脳を焼き尽くす痛みの奔流が、マルドナの魔力を介して皮剥に伝わっていく。
 更に、未来の暴力的な視線と誠士郎のストレイシオンが放つ雷のような呼気が皮剥を蹂躙すれば、最早その命が風前の灯であることは瞭然だった。

「サ、ム、ぃぃいいッッ!!」

 身体全てを使って守りぬいた、たった一枚の人の皮を抱えて皮剥は逃走を図る。

「震えるか? 顔無き者よ」
「逃さへんで。速さには自信あんねん」

 けれど、テスとゼロが、既に退路を断つべくその進路上に回りこんでいた。
 二人を押し退け何とか逃げようと速度を緩めぬ皮剥の周囲、気温が急激に落ちる。
 空気が凍り弾ける音。凍てつく空気が周囲を侵食し、皮剥に存在していた僅かな熱さえも奪い尽くしていく。
 皮剥の足から力が抜ける。
 それが寒さへの防衛本能として眠りに落ちたためなのか、最早動くことが出来ないのかは分からないが――
 
 ひゅん、とゼロが無造作に鎌を振るう。
 首と胴が離れてしまった皮剥の命が、寒さで凍りきったことだけは確かなようだ。
 

 怪我人は二人。出血は恐らく致命にはならない。
 感染症の可能性は否定できないが、それはここで判断するよりも本職に任せてしまったほうがいいか。
 考えを進めながらてきぱきと応急処置を進める京に、真緋呂がフルートとタオルを差し出した。

「草摩さん。緊縛が必要なら、これ使って」
「助かります」

 迷うことなく受け取ると、それを利用して止血店の圧迫を強める。
 緊縛は圧が足りなければ意味がない。布だけでは緩んでしまう為、何かしら棒のような物で圧えてやる必要があるのだ。
 応急処置の知識が深い者が二人も居ると、処置の精度も跳ね上がる。
 危害を受けた二人の顔色は、素人の未来から見ても落ち着いたように見える。
 彼女は二人の迷いのない手立てを感心したような目でしばし見ていた。
 そして、自分に出来ることもあるはずだと二人に近寄り声をかける。

「はー…二人共凄いなぁ。うちもなにか出来ること、ある?」
「朝比奈さんに連絡をお願いできますか? 救急隊の待機要請をしてあります。戦闘は終わりましたし、至急来てもらうようにと」
「おっけ、任しとき!」

 その周囲では、残った撃退士達が襲われなかった一般人の保護と周辺の警戒を行っている。

「……恐ろしかったでしょう…、頑張りましたね…。協力して下さって、ありがとうございます…」

 肩口から滲む血を手で隠しながら、皮を剥がれた男がかばった女へ小舟はそう語りかける。
 戦闘後、まずは小舟を治療した方がいいのではないか、という声も上がりはしたのだが、彼女自身がまずは一般人を、と言って聞かなかったのだ。
 存外芯が強い、と誠士郎は感嘆の念を小舟へ向けながら、皮剥の亡骸へと歩み寄る。
 皮剥は、最後に一枚残った皮を抱くような格好で、事切れていた。

 寒いとは、奪われるということだ。
 そして、奪われていたものが、皮剥の命だったとしたら。

 戦闘中のテスの声を思い出し、不意に誠士郎の脳裏にとある考えが浮かぶ。
 もしかしたら、皮剥はすでに寿命が近かったのではないだろうか、と。
 サーバントにしろディアボロにしろ使い捨ての兵隊であることが多く、その寿命はそれほど長くない。
 寿命が近づき己の命が消えていく感覚を、皮剥は「寒い」と認識した。
 例えば寒さを埋めるために、生きた熱を保持する皮を剥いで、それを纏うことで命が永らえる錯覚に自分を満たしていたのではないだろうか。

「せめて今度こそは安らかに眠ってください」

 呟く誠士郎の傍らに、京が並び立つ。
 その手には、ゼロが使えるかもしれないと持ち込んでいた毛皮のコート。

 京は静かに皮剥の亡骸へ歩み寄ると、手に持っているコートをかけてやる。
 欠落と虚無のみを植え付けられた空虚な人形が、哀れだと思う。
 ディアボロの核は人間だ。どうして、彼はディアボロになってまで無意味に苦しまねばならなかったのか。

 目を閉じて、祈る。
 いつか悪魔を倒し、その魂を解放してみせる。
 だから、今はその眠りが暖かなものであるように。亡くなったもの全てが寒さに震えることが無いように。

 小さな祈りが、初夏の空に溶けていった。

(了)


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 熱願冷諦の狼・テス=エイキャトルス(jb4109)
重体: −
面白かった!:3人

ルーネの花婿・
青戸誠士郎(ja0994)

大学部4年47組 男 バハムートテイマー
常磐の実りに包まれて・
糸魚 小舟(ja4477)

大学部8年36組 女 鬼道忍軍
熱願冷諦の狼・
テス=エイキャトルス(jb4109)

大学部2年199組 女 ナイトウォーカー
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
縛られない風へ・
ゼロ=シュバイツァー(jb7501)

卒業 男 阿修羅
撃退士・
マルドナ ナイド(jb7854)

大学部6年288組 女 ナイトウォーカー
『楽園』華茶会・
草摩 京(jb9670)

大学部5年144組 女 阿修羅
とくと御覧よDカップ・
黒神 未来(jb9907)

大学部4年234組 女 ナイトウォーカー