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マスター:離岸
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/03/30


みんなの思い出



オープニング


「この矛は非常に鋭く、どのような硬い盾も貫いてしまうんだ。
 また、この盾は非常に硬く、どのような鋭い矛でも貫く事が出来ないんだ」
「じゃあ、その矛でその盾を突いたらどうなるんですか?」
「アンタが二つとも買って使えばそんなこと気にする必要なくなるよ」


 戦闘が始まって数分。
 二体の敵が人の住む地域へ向かわない様に食い止めるための戦い。その戦況は、あまり芳しくないと言って良い。

 赤黒い皮膚のマネキンが突き出した矛の一撃を、ディバインナイトの少女は盾で受け止める。
 が、重い。
 衝撃だけが盾を突きぬけ己を貫いて行く感覚。刃が自分に届いた訳では無いのに、肩から血が飛び散る。
 後ろから仲間が悲鳴のような声をあげるのを耳にして、倒れ伏してしまいそうな身体と意識を何とか繋ぎとめる。
 マネキンが持つ矛の射程から三歩ほど余計に距離を取り、自分でもやや大げさだと思うほど大きく息を吐き出す。

 おかしいと思う。
 今、自分が従事しているのは南種子町の方から北上してくる敵を迎撃するという任務である。
 余程何か捻った事態が起きていない限り、目の前の敵はサーバントである筈だ。
 ディバインナイトの己とはカオスレートによる威力向上は起こり得ない筈。
 なのに、まるで冥魔を相手にしていると錯覚してしまいそうなほど、その一撃は重い。
 ならば、目の前の敵はディアボロか?

「……違う」

 それは直感でしかなかったが、単純な攻撃力やカオスレートと言った物で片がつく物ではない。
 そんな風に、まだまだ浅いとは言え幾つか戦いを切り抜けてきた自身の感覚が告げている。
 まるで、そう。自分が持つ盾や鎧が、その役目を放棄している様な。
 あるいは、それらが紙にでも変わってしまったかのような、そんな感覚。

 矛を構え直したかと思えば、アスファルトに足跡が残る程の勢いで大地を踏み抜く。
 一息に距離を詰めれば今度こそこの身を貫かんと、突きが繰り出される。
 もう一度盾を構える勇気が沸いてこない。
 突き出された一撃を左へステップ。回避が間に合わず、右の腕から更に血の華が咲く。

「くそっ、いい加減に……!」

 後ろから、ダアトの男子学生が焔の矢を生み、赤いマネキンへ向けて放つ。
 後の先、攻撃の直後を狙い済ませた一撃は精密で、マネキンは回避らしい回避行動を採る事が出来ない。

 戦闘が始まって、何度も見た光景だ。
 そして、これもまた。

 焔の矢が赤いマネキンの目の前で弾け、霧散する。
 マネキンの前には半透明の青い領域が展開されており、それが焔の矢を防いだのだ。

「庇護の翼を使われる敵ってのはこんな気分になるんだなぁ……しかし」

 インフィルトレイターの男がぼやくように口を開きながら、尚も赤いマネキン目がけて引き金を引く。
 これも同じように青い領域に防がれ、赤いマネキンを貫く事が出来ない。
 原因についてはおおよその推測が付く。赤いマネキンの後ろに立つ、青白い皮膚を持つマネキンの仕業だ。
 赤いマネキンが矛を構えているのに対し、青いマネキンは盾と鎧で護りを固めている。
 青い領域が赤いマネキンを護る度に、僅かなりとも青いマネキンに破損が見えている。
 おそらくは青いマネキンが赤いマネキンへの攻撃を肩代わりしているのだろう、という推測が立つ。

「全てを貫く矛と、全てを防ぐ盾……ね。成程、確かにどっちも同じ奴が持ってれば、矛盾なんて起きないか」

 じゃあ矛盾が起きる状況ならどうなのだろう、と思ったがそれはこの状況で確かめるのは難しそうだった。
 相手の手札は大分めくれてきた。しかし、ここまで辿りつくのに、少々時間を使い過ぎた。
 戦闘が始まった時は六人いたメンバーで、まだ戦えるのは自分を含めて三人。
 自分にしても、そう長い間目の前の槍を捌き切れるほど余裕がある訳ではない。

「先生に連絡、頼んだのよね?」
「ああ、後ろに下がった奴がやってくれてる。直に応援が来るはずだ」

 それを聞いて、少し安心。
 絶対を謳う矛も、絶対を謳う盾も、存在するはずが無い。
 かけ合わせるまでも無くそれらは既に矛盾を孕んでいる物だ。
 生じた矛盾の行く末は、崩壊しかないのだと。それを証明するのが自分では無いのは少しだけ悔しいけれど。

 でも。
 倒す者が、自分達でなくても良い。最終的に、人が脅威を打ち払う事が出来るのであれば、それで良いのだ。

「じゃ、もうちょっとだけ踏ん張り所ね。絶対、突破させないわよ」
「おう、お前にだけ前を任せるのも悪いんだが、後ちょっと頑張ってくれよ」

 来い、という意思を含む視線を向けて、目も無いのにマネキンが反応したのが分かる。
 ぐるりと見栄を切るように矛を一回転。再度、大地を蹴って、全てを貫く矛が迫る。


「時間が無い、手短に話だけさせてもらう」

 応援要請を受けて集まった学生達を前に、朝比奈 悠(jz0255)はそうやって一つ前置きを置いてから話し始める。

「本日未明、南種子町の方から中種子町へ北上してくる人型の存在が二体確認された。
 それらをサーバントと判断し、メンバーを集めて迎撃に出したのだが、想像以上に手強い相手らしく応援が必要になった。それがお前さんらだ」

 集まってくれて感謝する、と告げてから、悠はホワイトボードを中指の第二関節で一つ叩いて注目を促す。
 そこには先遣隊が集めた今回の敵に付いてのデータが記されている。

「敵をサーバント『矛』および『盾』と命名する。
 まずは『矛』から説明しよう。基本的にはアタッカーの役割をしているようだな。
 どんな力が働いているのか分からないが、『矛』の攻撃には盾や防具が十全にその機能を発揮してくれないらしい。防御力に自信があっても、今回ばかりはあまりそれを過信しない方が良いかもしれん」

 その他、衝撃波を飛ばして遠距離にいる対象へも攻撃する事、そして前方一直線を纏めて攻撃する手段も有している事を告げて、一呼吸。

「続いて『盾』の方だ。盾を構えており、防御力が非常に高いことが伺える。
 こっちは『矛』の攻撃力を十二分に発揮できるように、『矛』を護るべく動く事を基本的な役割としているようだ。
 ディバインナイトのスキルに『庇護の翼』という物があるが、それに近いことが行えるらしい。
 その他、持っている盾で殴りつけ、こちらを吹き飛ばしてくることもあるようだ。
 下手をすれば『矛』に纏めて貫かれる様な事態も起こるかもしれないな。どう攻め落とすにせよ、立ち位置には十分気をつけてくれ」

 そこまで説明を終えて、悠は指し棒の代わりを務めていたホワイトボード用のマジックをワイシャツの胸ポケットに突っ込んだ。

「こちらからの説明は以上だ。今、二体のサーバントは先遣隊が何とか侵攻を止めている状態だが、彼らもそう長くは持たないだろう。
 慌ただしくて悪いが、出来るだけ早く現場に向かって欲しい」

 頼んだぞ、と。悠は最後に一同へ向け頭を下げた。


リプレイ本文


 リアン(jb8788)が空から見下ろす種子島は、常の通りの危うい平穏が保たれているように見えた。
 たった二体のサーバントのみが人の住む場所目がけて進んでいる。言われてみれば不自然でもあり、他にも敵が潜んでいるのではないかと疑いたくもなる。
 けれど、宙から見る限り、周囲に他の敵がいるようには見えない。
 警戒に越したことは無いが、少なくともしばらくは目に見える二体の対処に集中しても問題なさそうだ。
 通信機でその旨を仲間たちに告げて、これから戦う相手にしばし、思いを馳せる。

「矛と盾…で御座いますか。この敵の矛盾…そして破綻は見えています」

 深呼吸、一つ。意識の振り子が日常から闘争へと切り替わる。


「……くっ!」

 何度目かの薙ぐ軌跡の一撃を逸らすことが、最早出来ない。盾代わりに構えた剣ごと弾かれた身体は地面に伏したまま、起き上がるために力が込められない。
 後衛の仲間たちが逃げるだけの時間を作ろうと懸命に矛へ攻撃を重ねてはいるが、相手は止まらない。
 やられる。思わず目を閉じかけたその瞬間。

「サーバントがポツリと二つだけ、か……まぁ、とりあえず」

 ――ここは一つ暴れてみるか。
 そんな言葉を残し、逸鬼(jb6567)が少女の隣を掠めるように矛へ向けて突き進む。
 彼の身体から火の粉のように赤が散り、進んだ後に残滓を残していく。
 ワイヤーの射程に矛を収めた瞬間振るわれた一閃に、矛は取り立て防御行動を取ろうとしない。
 前情報どおり、矛の眼前に盾の力と思わしき青い空間が展開し、緑色の斬撃を受け止めた。

 防御に意識を割かなくても良いということは、それだけ返しの速度が早くなるということ。返しの刃は逸鬼の予想通り、速く。
 しかし、元より先の一撃は牽制程度の意味合いしか持っていない。
 矛が標的を倒れ伏した少女から己に切り替えたことを気配で感じながら、逸鬼はサイドステップで矛から距離を取ろうと動く。
 それを追おうと矛が足に力を込める。一歩、二歩。

「さぁて、皆張り切っていこうか!」

 本来なら、必殺の勢いを稼ぐべく三歩目が踏み抜かれる筈だった。
 だが、それを阻害するように、突如矛の足元に爆発が生まれる。
 誰もが意識していなかった空間から響く、ジョン・ドゥ(jb9083)の声。爆発は、あらかじめ明鏡止水の心を以って自身の気配を薄めていた彼の符が生み出した物だ。
 衝撃こそ青い空間に防がれてしまっているが、突如の事態に矛の動きが僅かに硬直。

「選手交代だー! ガンガン行くぜ!」

 その硬直を狙いすませ、大狗 のとう(ja3056)が跳ぶ。
 橙色の星屑をその身体に纏わせたまま振るわれる大剣から、黒い力の奔流が一直線に開放される。
 その軌道上には、矛と盾、二体の敵が存在していた。
 逸鬼による矛の誘導とジョンによる足止め。その二つが重なり最高のタイミングで放たれた一撃。
 いくら盾が矛を守れるとて、重い一撃を二連立て続けに受け止めてそうそう無事では居られない筈だ。

「今のうち、だ……立てる、か?」

 初手を最高の形で決めて尚、気を緩めることなく矛へと向かうのとうと逸鬼にアウルで編み上げた魔力の衣を纏わせながら、僅(jb8838)が地に伏せたままの少女へ声をかける。

「あ、はは。助かりました……後、お任せしますね!」

 顔を上げた彼女の眉尻に光る物があったのは、安堵か。あるいは違う何かだったのか。
 ぐ、と足に力を込めて立ち上がり、顔を伏せたまま足早にその場を去ろうと右足を踏み出す。
 その肩が、ぽん、と。力強く、労うように叩かれる。

「よくぞ、持ち堪えてくれた」

 ダニエル・クラプトン(jb8412)が少女へ残した言葉はそれだけ。
 けれど、万感の想いを込めた、一言だった。
 撃退士には若い者が多い。故に、己の手で敵を倒し何かをなし得たい気持ちは大人よりも大きい筈だ。
 そんな若者が、己の感情を理性で留め、次の者へ繋げるために戦い続けた。
 故に。

「此度の戦だけは負けるわけにはいかん。我が矜持のためにも、若人達の誇りのためにもな」
「……っ!」

 背中越しに聞こえた、一際強く吐き出された少女の吐息には明らかに湿り気が混じっていたが、僅は気が付かないふりをした。

 ダニエルは矛を迂回するように移動し、右の手に持つ双銃の銃口を盾へと向ける。
 盾を狙う己をまず第一の目標と定めたか、矛が突き出した武器から放たれる衝撃が唸りを上げて迫り、刺し貫く様な痛みを伴いダニエルを襲う。

 成程、確かに普段よりも身に纏う鎧がその役割を果たしてくれない。
 だが、痛みに躊躇うことなく盾目がけてトリガーを引く。
 銃口から放たれる光条、二対。固体であると錯覚してしまいそうな程凝縮された光は盾と呼ばれた存在を防御の上から押し上げ、強引に盾の立ち位置を変えてしまう。
 
「ダニエル。無理をする、な…」

 僅がすかさず治癒の力を送りダニエルの傷を塞ぐ。
 若干咎めるような色合いも含まれていた声に、癒えた痛みの残滓を息を吐き出すことで追い出しながらもダニエルは小さく笑う。

「何、そう言わず私にも恰好付けさせてくれ。若人が格好良い所を見せてくれたからだろうか。年寄の私まで感化されてしまった様だ」
「はは。そういうの、年寄りの冷や水って言うんだぜ」
「……ジョン殿、もう少し年配者への言葉を考えたまえ」

 口笛一つ、ダニエルの言葉は聞こえなかったことにした。
 矛と盾に距離が出来た。彼らの連携を断つべくその狙いを盾に定め、ジョンは盾目がけて走り出す。

「この世に絶対なんざねェっての、教えてやるよ」


 矛との間に距離が出来てしまったとて、自ら動いて距離を詰めてしまえば問題ない。
 盾の思考が言葉として外に出ていれば、きっとそんな感じの言葉が放たれていたのだろう。
 しかし、撃退士も考えなしに矛と盾、二つの距離を離した訳ではない。

「ご、ごごごごめんなさいっ、そこ、動かないで貰えますか…!」

 戦いの場にはいささか似合わない、緋桜 咲希(jb8685)の怯えきった声。
 身体を縫い止めようと心の奥底から沸いてくる恐怖をおっかなびっくりねじ伏せて、盾との距離を詰めてくる。
 速い。一般的な撃退士の二倍程の速度は出ているのではないだろうか。
 盾はその速度に僅かに狼狽。踏み出しかけていた足を止めてしまう。

 それを機と見た咲希は右手の大鉈に雷を纏わせ、半ば目を閉じた状態で振り下ろす。
 がぎ、と。硬物同士が衝突する鈍い音と、雷がその衝突で爆ぜる音が彼我の間に小さく響く。
 止められない、来る。手応えから相手の挙動を予測し、即座回避へと繋げようとした咲希だったが間に合わない。その小さな身体を、鈍い衝撃が襲う。

「か、はっっ」

 喉の奥から吐き出された血が、右手の大鉈を僅かに染める。
 打ち据えられた身体が軽々と宙を舞う。吹き飛ばされた先に矛からの追撃が訪れる未来が恐ろしく、着地した瞬間には何かに操られたかのように身体を地面に伏せていた。
 それが正解だ。轟、と台風でも襲ってきたかのような大風。頭上を、何か恐ろしい物が一直線に駆けていく。

「──逸鬼!」

 後ろから聞こえる、のとうの声。
 矛による一撃に、危うく巻き込まれる所だったようだ。

「行かせるかよ、リアン!」
「ああ。絶対を謳う滑稽な盾よ。余計なことは、するな」

 咲希を弾いて改めて矛の元へと向かおうとする盾へ、ジョンが足元目がけて符を放つ。
 その瞬間を見計らい、上空からリアンが槍を構え急降下。一息に盾の頭を砕いてしまえと白刃が太陽の光を受けて煌めく。
 足元の爆発に気を取られていた盾だが、意識が地面に行ったおかげでリアンに気づくことが出来たのかもしれない。
 上空という意識していなかった場所からの強襲に、盾は奇跡的に反応した。
 金属同士がぶつかる高い音。盾による殴打を受ける前に、リアンは素早く翼をはためかせ上昇。一定の距離を保ちながら盾を牽制するようにその上空を飛び回る。
 その隙を見計らい、ダニエルがもう一度高密度の光を盾へ叩き込み、更に矛との距離を作っていく。

「緋桜殿、大丈、」

 ダニエルが投げかけた言葉が、途中で止まる。
 伏したままの咲希の全身から、濁った殺意と共に黒い霧が吹き出していた。

「……あハ。細切レと微塵切リと膾斬り、ドレが良いかなッ!?」

 爛々と光る紅色の眼が、獲物を見据える。
 隠そうともしない粘性の悪意が血を求める大鉈に伝搬し、再度雷を纏う。
 先程までの直線的で未熟な動きはどこへやら。自身の持つ機動力を駆使し、盾を持たない左側面へ一息で回りこみ、今渡こそその身体を喰らわんと横薙ぎに鉈を振るう。
 腐っても相手は盾の扱いに長けた個体。体を無理矢理入れ替えて、振るわれた鉈の一撃を盾で防ぐことに成功する。
 けれど、咲希の哄笑は止むことが無い。

「あはハ、ちャンと防がナいと死んジャウよ? 頭の上とか、さァ!!」
「そういうことだ。どれだけその盾が強固であろうと、カバーできない部位を穿ってしまえば盾は最早、意味を為さん」

 盾が気付いた時にはもう遅い。再度急降下からの攻撃を仕掛けるリアンの手にも、雷を纏った武器。
 雷の剣に盾の頭部が穿たれ、ばちり、と空気が爆ぜる。
 直撃を受けてもまだ盾は動こうとあがくが、体中に回った電撃の衝撃を逃しきることが出来ない。
 矛目がけて踏み出そうとする足が、どうしても前に進まない。

 矛と盾。起きそうな矛盾を取り繕い続けていた二つに、ヒビが入り始めていた。


 封砲が放たれた直後、武器を刀に持ち替えた逸鬼が矛目がけて再度の吶喊。突き出された槍をするりとかいくぐり、相手の構えの逆を通る形で背面に回る。
 それへの対処のために矛は身体の向きを変え──られない。

「にひひ、お相手がいっぱいでモテモテだな。ちゃんと俺のことも見てないと、足に穴が開いちゃうぜ!」

 のとうがその動きを止めるべく大剣を構え矛へと駆けてゆく。
 丁度、逸鬼とのとうで矛をはさんだ形になる。大上段から振るわれたのとうの大剣を受け止めた矛は、当然背面から迫る逸鬼の刀を避けることが出来ない。
 矛の目の前に青い領域は、生まれない。盾への対応へと回っているメンバーが盾を徹底的に足止めすることに成功しているからだ。
 流石にこれはまずい。そう判断したのか、受け止めていたのとうの一撃を武器で弾きつつも、矛は盾の方へ向かおうと足を動かす。

「何処へ行くつもり、だ?」

 しかし、僅がその進路を阻む。手に持った盾が、矛が移動できるスペースを極端に制限する。
 突如目前に盾が広がったことに、矛は明らかな動揺を見せた。もしかしたら盾という物体に、相方が敵に回ったような錯角を覚えたのかもしれない。

「そう、ダンスの時間はまだまだ続くんだぜ! 君が途中で下りちゃ、俺ってば詰まらないんだ」

 のとうは笑うと、犬の耳を模したカチューシャの下に収められた赤い髪を急速に伸ばし、矛へとけしかけていく。
 当然、それは幻覚。しかし矛が信じてしまえば幻覚とて真となる。のとうの髪が矛を搦め捕り、足を動かす力を奪う。

「──か、はっっ」

 戦場に響く、咲希のうめき声。
 一瞬、矛への意識が逸れる。その瞬間を矛は逃さなかった。
 髪の幻影を強引に振りほどき、振り返り様に全身全霊の刺突を逸鬼へと繰り出す。
 カオスレートの開きが大きすぎる。音すら抜き去って振るわれた剛槍一刺、矛の挙動全てに注意を払い続けていた逸鬼ですら、避けることができない。

「逸鬼!」
「……、お前は、動く、な…!」

 のとうが無事を請うように叫び、僅が矛を尚盾の元へ進ませない。
 水平に振るわれた盾が矛の体をとらえ、マネキンの胴体へヒビを入れる。
 
「逸鬼、無事、か…?」
「あぁ。大丈夫だ…」

 治癒の力を逸鬼へ向けなが声をかける僅に返る逸鬼の声は、実に楽しげに。
 衝撃が巻き上げた土煙が収まり、血まみれの逸鬼が笑うのが見える。
 彼の周囲に渦巻く膨れ上がったアウルが、かつての自身を取り戻さんと身体の中で暴れだす。
 その頭部には真紅の一本角。金色に光る眼は悪鬼羅切の如く。

「もっと、もっとだ。俺と楽しい愉しいアソビをしようぜ! 天の使い共!」

 斧槍を掲げ、見栄を切るように虚空を一閃。
 続く挙動で振るわれた一撃が、身を守るために構えた槍ごと矛を穿ち、砕く。
 どれだけ鋭い刃であろうと、砕けてしまえばただのナマクラ。

 最早何かを傷つけられぬ絶対は、自身が抱く矛盾にその身を蝕まれ、崩壊した。


 矛が持つ槍が砕け、赤いマネキンが地に伏せる。
 同時に、何とか矛の元へと進もうとあがき続けていた盾も、電池の切れた玩具のように動きを止め地面に倒れこむ。
 それを認めて狂気に振れた心が平静を取り戻したのか、肩で息をしながら咲希は大鉈をヒヒイロカネに仕舞い込む。

「よお」

 そんな咲希に、血を流したままの逸鬼が声をかける。

「背中で感じるしか出来なかったが、中々いい殺気だったな。どうだ、後で俺とちょっとやり合わないか?」
「え? え、えええ!?」

 実にいい笑顔でそう言ってのける逸鬼に咲希は思わず一歩、後ずさり。

「……その前に、まずは自分の怪我の心配をしたらどう、だ…?」

 ため息混じりに釘を刺すような声。僅は特に重い一撃を受けてしまった逸鬼を始め、傷ついた者たちへ可能な限りの治癒を終えると、朝比奈 悠(jz0255)へと連絡を取る。

「……今ほど、決着がつい、た。全員、重篤な事態には至っていな、い」
『そうか、お疲れさんだった。後の処理は別の者を出す。お前さんらは撤収してくれ』

 ああ、と頷いた僅にダニエルは変わってくれと目線で請い、通信機を受け取る。

「朝比奈殿、ダニエルだ。先に敵と戦っていた彼女達の様子はどうだろうか?」
『お前さんらが間に合ったおかげで全員数日休めば回復するだろう。ああ、クラプトン』
「何かね」
『最後まで粘っていた奴が、お前さんにありがとうと伝えてくれと言っていた』

 その声に、ダニエルは小さく口元に笑みを浮かべる。

「じゃあ、帰ろうぜ。皆お疲れ様だったな! 上手く行ってよかったぜ」
「うむ! ……それにしても俺ってば疲れたのにゃ。先生、ココアとか買ってくれねーかな…」

 ジョンの声にのとうは満面の笑みで頷くが、直後隠すこと無く疲れ切った表情を浮かべた。
 その声に答えるリアンの声は、既に常の通りの丁寧な言葉で。

「戻れば、お茶の用意が御座います。先遣隊の皆様と召し上がるとよろしいでしょう」
「相っ変わらず準備いいな、リアンよぉ…」

 同居人の言葉に呆れたような目線を向けたジョンだったが、その隣で眼を輝かせるのとうを見て、小さく苦笑いを浮かべる。

「なあなあリアン、ココアもあるのかにゃ!」
「ええ。最高の物をお出しさせていただきますよ」

 小さく、口元が弧を描く。

「とびきりのお茶ととびきりのお菓子では矛盾は出来ませんので、どうぞご安心を」

(了)


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

絆を紡ぐ手・
大狗 のとう(ja3056)

卒業 女 ルインズブレイド
撃退士・
逸鬼(jb6567)

大学部5年102組 男 鬼道忍軍
noblesse oblige・
ダニエル・クラプトン(jb8412)

大学部7年64組 男 ディバインナイト
紅眼の狂威・
緋桜 咲希(jb8685)

高等部2年18組 女 アカシックレコーダー:タイプB
明けの六芒星・
リアン(jb8788)

大学部7年36組 男 アカシックレコーダー:タイプB
撃退士・
僅(jb8838)

大学部5年303組 男 アストラルヴァンガード
大切な思い出を紡ぐ・
ジョン・ドゥ(jb9083)

卒業 男 陰陽師