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マスター:離岸
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:7人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/01/10


みんなの思い出



オープニング

 寝付けない。
 そんな日は家の近くにある砂浜へ赴いて海を眺めるに限る。
 これまでがそうであったように、今日もまた少女は家を出ることにした。

「……外、出るならカイロ持って行きなさい…」

 玄関までの道中にある両親の部屋から、呻くような母親の声。時間も時間だ、眠いのだろう。
 了承の意を表す為に、部屋の扉を一つ叩く。
 この時期になると玄関の靴箱の上に積まれる大量の使い捨てカイロは専ら、自分が夜中に外出するときのみ消費されるものである。用意の良い親に感謝しつつ、今日は豪勢に二枚使ってしまうことにした。
 適当な手つきで封を切り、片手に一つずつ収めて外に出る。
 温暖な種子島であろうと、冬と呼ばれる季節の夜ともなればやはり寒い。次第に熱を発して行くカイロが何とも頼もしい。

「ま、そんな寒いならサンダル履き止めろって話なんだろうけど」

 ぺたぺたと音を立てながら地面を歩く己の足を見つめ、小さく苦笑いする。
 季節も時勢も舐め切った格好だ、と思う。
 今目の前に天魔が現れたりしたら、こんな走るには向かないサンダルで逃げ切れるとは思えない。
 熱湯は喉元を過ぎれば熱さを忘れる物だが、それ以上に喉を通さなければ熱さなど分からない。
 住居が幸いにも島の中央、人の生活圏内にあったことが自分の喉が熱さを知らぬ理由なのだ、と少女はもっともらしく頷く。
 そんな事をしている内に、何時もの浜辺へ辿りつく。

 ぺたぺた、が、さくさく、に変わる。整備された道路と海の丁度中間地点位の位置まで歩みを進め、足を止める。
 月が雲に隠れて、薄ぼんやりとしか光が届かない。それもあってか、今日の風は心なしか何時もより冷たい。ぎゅ、とカイロを握る手の力が、知らずに強くなる。

 何を考えていたのだったか――そうそう。私の喉は熱湯の熱さを知らない、ということだったか。
 恵まれた環境だとは思う。中央まで避難してきている皆の姿を見れば、そう思わずにはいられない。
 けれど、恵まれ過ぎた環境は今目の前にある危機を危機として認識できなくしてしまう。
 夜中に眠れないというだけで外に出る自分がそうだし、それを止めない両親だってそうだ。今自分達が生きているこの場所で起きている事態が、まるでテレビ越しに起きている事象のように思えてしまう。

 天魔に襲われたいと言う訳ではない。
 でも、何処か物足りない。本当に困っている誰かと一緒に困った顔をする事が、今の自分には出来ない。それが何だか、色々な物に置いて行かれたように感じてしまって。

「明日、避難してる人の手伝い行ってみようかな」

 きっと、それがいい。そうすれば少しでも取り残された気分から抜け出る事が出来る筈だ。
 そうと決まれば話は早い。今日はもう帰って寝よう。
 くるり、と回れ右――、しかけて。

 いつの間にか、自分の見知らぬ何かがそこにいたのが目に入った。
 ミミズに牙をつけてとんでもなく巨大にした、と言えば一番簡単に姿を説明出来るだろうか。体長は3m位あるのかもしれない。ゲームで道中の敵として良く出てきそうな感じだ。ゲームではワーム、と言ったか。
 
 そんな存在が、自分から10m程の距離に居る。
 どころか、身体をうねらせて少しずつ、少しずつ近づいてくる。
 こちらがその存在に気付いた事が分かったか、威嚇するようにそれはぽっかりと空いた口から覗く牙をかしん、と一つ鳴らし。

「っ、きゃぁぁあああああああっっ!!!!」

 弾かれたように身体が道路の方へ向けて動き始めたのと、ワームがそれまで自分の居た場所目がけて飛びかかったのは、ほぼ同じタイミングだった。
 偶然にも身体が既に走り出していた為、最初の一撃は避ける事が出来た。
 右手に握っていたカイロがその拍子に滑り落ちた事など気にも留めずに、がむしゃらに道路へ向けて走っていく。
 走って、走って、走って。
 道路まであと数mの距離まで辿りつけた時、それでも後ろを振り向く気になれた。
 思えば、最初の一回目以降、自分を襲う為に何かが後ろから迫ってくるような音が聞こえなかった。だから、最初の一回で諦めてくれたのかもしれない。そんな期待があってのことだ。
 荒い呼吸を繰り返しながら走る速度を少しずつ緩め、歩くような速度にまで戻ってからようやく後ろを向く。

 振り向いた先には、何も無かった。
 何時もの夜のように、波の音と、砂浜と、月明かりがあるだけだ。巨大なミミズのような化物なんて、影も形も見当たらない。
 そこまで来て、大分落ち着いてくる。
 自分の足跡を目線で辿ると、履いていたサンダルやら、カイロやらが落ちているのが見える。同時に、左手に握っていたもう一つのカイロも落としていたし、自分がどうやら裸足であることにも気付くことができた。

「……夢?」

 そう、信じたくなるほど。何も無い。
 本当に夢だったのではないだろうか。天魔に襲われないという事に想いを馳せた寝ぼけ眼が生んだ、仮想の熱湯。
 まんまと飲み干してしまった自分は寝ぼけたピエロか。
 途端に馬鹿馬鹿しくなる。何にせよ早く帰って寝た方が良い。
 サンダルとカイロを回収すべく、もう一度砂浜に足を伸ばしかけ。一瞬だけ迷って。でもやはり砂浜へ足を踏み入れ。

 直後。

「―――!!」

 足を一歩踏み出した直後、巨大なミミズのような化物が砂浜から生えてきた。しかも、複数。
 現れたのは二つのカイロが落ちていた地点だろうか。暗闇に慣れた目が、カイロがその行為で呑まれたのを認める。

 残ったサンダルを回収する余裕はない。踏み出した足は、それを認めた瞬間後ろに下がっていた。
 自分が昨日まで居た世界がどれだけ幸せだったのか思い知る。
 夢なんかじゃない。これが夢であってたまるか。

 本物の熱湯に喉を焼かれた少女に出来る事は、助けを求める事だけだった。


「すまんな、真夜中に。年末だろうが夜明け前だろうが天魔はお構いなしだ、困った物だ」

 深夜の召集に撃退士達が種子島の拠点の一室へ集まると、既に召集を行った本人である教師の朝比奈 悠(jz0255)が立っていた。火の灯らぬ咥え煙草が、彼の唇の動きに合わせて小さく上下に揺れる。
 悠は手元にある何枚かの紙面に目を落とし、席に付けと一同に目線で告げてから説明を始めた。

「深夜、一人の少女が砂浜を散歩していた所、巨大なミミズのような化物に襲われた。少女は無事だった。
 出没地点は中種子町よりも若干北にある位置だ。各陣営の位置からしておそらくはディアボロだと推測される」

 ホワイトボードに概要を書き込みながら、説明が続く。

「すぐに動ける者が現地にて監視を行っている。報告によると敵の数は三体。今の所すぐに町の方へ行く様子は見られない。どうやら奴らのテリトリーは砂場らしいな」

 とはいえ、何時町の方へ向かうかも分からない。まだ人の少ない場所に居る段階で敵を発見する事が出来たのは僥倖以上の何物でもなかった。

「お前さん達にはこの敵の討伐を頼みたい。襲われた少女の話からするに、砂の中に潜み奇襲を行う術があるのだろうな。
 また、サイズの大きい敵が良く取る手段だが、巨大な体を振り回して前方を纏めて攻撃してくることも考えられる」

 悠は最後に一同をぐるりと見渡して、告げる。

「夜歩きは感心しないとはいえ、襲われた少女は今、化物に襲われた恐怖で震えている筈だ。お前さんらの手でその恐怖を取り払ってやってくれ。以上だ」


リプレイ本文


 夜の砂浜は、随分と静かだった。
 寄せては返す波の音だけが世界の全て。恋人同士が肩を寄せ合い言葉を囁き合うのにこれほど適した場所もそうはあるまい。
 ――その中に、異物が無ければの話ではあるが。
 知らねば判らぬ事とは言え、静かなこの場所に恐ろしい化物が居ただなんて、一般人は特に信じたくないに違いない。

「いつ何時、何が起こるか等、判らないモノですよねえ…」

 ディアン(jb8095)としては、上等なのかもしれないが。呟く言葉には、今から始まる戦いへの歓喜の色が強いようにも見られた。

「そう思いませんか? 堕天使」
「……かもね。けれど、人に危険を及ぼすなら、排除しないとね。そうして安心感を与える事が、ヒーローの役目でしょう?」

 ディアンの声に覇気無い声で返すアデル・リーヴィス(jb2538)の瞳に、しかし決意の色は灯らない。
 やる気が無い訳ではない。『ヒーロー』たれ。そう在るために手段を選ぶつもりはない。

「ふふっ、夜の海も素敵だね。水着でも着てくればよかったかな。勿論ビキニだよ?」
「えっ」

 一方で、白桃 佐賀野(jb6761)にウィンクと共にそんな言葉を投げかけられた宮路 鈴也(jb7784)は思わず『彼』を見つめ返してしまう。
 格好こそ女物の服装であるが、確か佐賀野は男性だった筈だ。普通に女の子と言っても通りそうなほど可愛らしい外見ではあるのだけれど、それでも男性だった筈だ。それが、ビキニ?
 しばしの間戸惑うように佐賀野を見つめる鈴也。やがてその視線に笑いをこらえられなくなったのか、佐賀野の笑い声が小さく周囲に響いた。

「ごめんね〜、期待した?」
「……その、あまりからかわないで欲しいんですけれど…」
「ふふ、悪かったって。まあ、よろしく頼むよ〜」

 ばしばしと背中を叩かれて何とも微妙な表情を浮かべながら、鈴也は事前の作戦を思い返しながら意識を切り替えていく。
 その隣で、前髪に隠れた瞳の奥、顔無 喪普子(jb8389)の目が砂浜の上を動き回る三つの巨体を見据える。
 先行していた撃退士が照らすライトの向こう、今はどの個体も地上に居るのが確認できた。
 その表情が見えない以上、何を考えているのかを正確に読み取る事は非常に難しいのであろうが、今は本人がその心情を吐露してくれる。

「う〜む、被害者が出てしまってますかぁ…私とは直接の関係はありませんが〜、やはりいい気分はしないものですねぇ……」

 勿論、被害者と言ってもまだ死者が出た訳ではない。けれど、人が襲われたことは事実である。故に、この先本当に誰かが殺められてしまう前に、危険の芽を摘み取らねばならない。
 きゅ、と。拳を小さく握り締める。普段のゆるさはそこには無い。
 撃退士として誰もがそう在るように、喪普子もそう在る。自身を偽る術に長けた一族であろうと、その気持ちは偽りでは無い筈だ。

 阻霊符にアウルを込め、各々が光を纏う。
 七組の足が砂浜を踏みしめ、害意を狩らんと一斉に駆け出していく。



「ワーム型かぁ……可愛くないよね」

 撃退士達の接近を察知したか、臨戦態勢に移るワーム達を眺めながらそう呟いた草薙 タマモ(jb4234)の身体が光の翼によって宙を舞う。砂浜は相手の土俵。向こうが有利だと分かっている場所でわざわざ戦ってやる道理など無い。
 タマモに追従するように喪普子も陰影の翼をその背に生むと、ある程度の高さを保ちながら戦場全体を把握出来る位置を取ろうと空を駆ける。

「それにしてもぉ〜……ワーム達、最初から地上に出てましたねぇ〜…」

 呟くような喪普子の声に焦りは無いが、誤算と言えば誤算であった。
 ワームは地中からどうやって狙いを定めていたのか、という疑問に対して、撃退士達は熱源を頼りにしているのではないか、という推測を立てていた。故に自分たちよりも熱を持つカイロを多量に用意していたし、それによって敵の強襲位置を誘導する準備も出来ていた。
 しかし、どれだけ入念に地中の敵を誘導する策を準備しようと、敵が地中に居なければそもそも策を用いる必要が無い。

 試しに、と。距離が詰まっていく中で佐賀野がカイロを放ってみる。
 先行してるワームは放られたカイロに一瞬反応したように見えたが、狙いをそちらに移す事は無くそのまま撃退士達の方へと突進を続けている。

「熱に反応するみたいだけれど、それだけじゃないのかもね〜。俺達が目だけじゃなくて、耳とか皮膚とかで物事を感じられるみたいに、さ」
「でも、それなら尚更地中に潜れば熱頼りになるかもしれませんね。砂に潜れば目も耳も塞がりますし」

 佐賀野とタマモの声に鈴屋は頷き一つ。
 ならば準備も無駄にはならないか。そう思い直した時、金をなびかせ一つの影がワーム目がけて躍り出る。

「醜いディアボロめ! ドロシーの剣の錆びにして差し上げますわ! いざっ!」

 金色のオーラを身に纏いながら颯爽とワームへ突き進んで行くのはドロシー・ブルー・ジャスティス(jb7892)。
 正義の名の下にただ敵を打ち倒す。愚直なまでに最短距離をひた走る様は何とも雄々しく映る。

「ドロシーさん!」

 背後から、鈴也の声。思考は常に攻撃一辺倒に染まっているドロシーではあるが、その声の意味を理解できない程愚かでは無い。
 ワームが手に持つ巨大な大剣の射程圏内に収まるや否や、跳躍。直後、鈴也の放った光の矢が先程までドロシーが居た場所を貫くようにワームへ突き進んで行く。
 ドロシーの挙動に気を取られたワームは、光の矢に反応できない。地に潜む暇も無く腹部を抉る痛みに身体を硬直させたかと思えば、次の瞬間には跳躍したドロシーが放つフルスイングによって身体が大きく真横へ泳ぐ。

「――!!」

 斬撃、というよりは殴打に近い一撃に打ちすえられワームの呼気が周囲に鋭く響く。
 が、相手も巨体相応にタフだ。横に流れた体勢を強引に立て直せば、そのまま身体を一閃、ドロシーの小さな身体を薙ごうと迫る。

「させませんよぉ〜……!」
「か弱い女の子を傷付けちゃ駄目だよ〜」

 割り込むように、喪普子と佐賀野がワイヤーをロープのようにワーム目がけて巻き付け、その動きを阻害しようと動く。
 しかし、斬ることに特化した武器を縛る用途に用いて十全以上の効果を望む事は難しい。
 それ以上に、3mを越す巨体ともなれば、その力も相応にある。いくら撃退士の膂力といえど、勢いの付いたワームの身体を二人で抑えることは出来ない。
 更に言えば、喪普子は宙に居る。地面と違い踏ん張りの効かせようがない空中で力勝負を挑むのは、無謀であった。

 拮抗、すら生まれない。二人は咄嗟にワイヤーの活性化を解除する事で降り抜かれるワームの動きに身体が持って行かれる事態を回避する。
 緩まぬ速度は相当な物で、ドロシーが大剣を盾に凌ごうと動くよりも早く、その身体が強く打ちすえられた。
 トラックに跳ねられた子犬のように弾き飛ばされるドロシーの身体を鈴也が慌てて受け止め、ライトヒールを施す。

「……っ、そんなものでは、このドロシーに土をつける事など出来はしませんわ!」
「無理はしないでください。しかし、これで一体ですか……キツイですね…」

 吐き出された鈴也の声には、今度こそ焦りがあった。
 地中からの攻撃を意識しすぎた。それが無くてもワームの攻撃力は侮れる物では無い。
 可能ならばもう少し、地上で動くワーム達のことへ意識を割くべきだったのだろう。

 畳みかけるように、更に後ろから一体がこちら目がけて迫ってくる。
 これは一度後退も考えるべきか。 誰もが一瞬そう思った時。

 突如、ワームの動きが縛られたように制止した。


 ワームの動きを止めた物の正体はディアンが放った髪の幻影だった。
 彼は多対一の状況を作るための足止めを成さんと、味方から離れ回り込む様なコースを取っていたのだ。

 元より、遠距離攻撃の類は持ち合わせていないのだろう。もう少し前に出ればそのままディアンの身体を叩き潰せるような位置であると言うのに、ワームには幻影から抜け出そうともがく事しか出来ていない。

「さあ、どうぞ此方へ――」

 ディアンの瞳は、深緋光を纏った瞬間から同色に染まっている。闇夜の中で爛々と輝くそれは不気味ですらあり、その目で射ぬかれたワームが怯えたように身じろぎをしたようにも見えた。

「敵、ディアンさんの後ろです!!」

 宙から飛ぶ、タマモの声。
 味方の間に飛び込むように現れたディアンを狙おうと、最後の一体が彼の背後から迫り来る。
 ちら、と後ろを見るディアン。もう既にワームは目の前に来ている。今から回避行動を取ろうとしても間に合わないかもしれない。

 けれど、彼の口元に刻まれる弧は深くなるばかり。
 闘争がもたらす愉悦故か、それとも。

「きみの相手はわたしだよ。直ぐに眠らせてあげる」

 ワームの背後から更に迫る、アデルの存在を知りえていたからか。
 アデルもディアン同様、足止めのために迂回路を取り、宙から狙い定めた相手を捉えるタイミングを狙っていた。
 そして、ワームの意識から獲物以外の何もかもが消え失せたその時を精確に見切り、急降下。

 アデルが目一杯広げた五指から迸る紫電がワームの無防備な背中を貫き、夜闇を一瞬鮮烈に彩る。
 ディアン目がけて振り下ろされようとしていたその巨体は紫電が奔った直後から急激に勢いを失い、重力に従い地に落ちてゆく。
 どすん、と重い物が砂に沈む鈍い音。
 体勢を整え直し、宙から戦場を見据えていた喪普子はそれを見逃さない。

「もらいましたよぉ〜…!」

 振り子を描くように、上空から降下することで稼いだ速度を引き連れて交錯。そして、一瞬遅れて大剣の軌跡がワームに刻まれ、その身体が二つに断ち切られる。

「これで、残りは二体…!」

 ディアンが留めた一体は未だに束縛を抜ける事が出来ていない。ならば、今は佐賀野が注意を惹くよう立ち回り動きを止めている一体を先に片付けるべきか。
 タマモは手に持つ符にアウルを込め、腕を振るう勢いでその一枚を投擲。雷帝の名を冠する符は雷の刃を生みだし、ワームの脳天を穿とうと空から降り注ぐ。
 その威力が見ただけで脅威だと判断できたのだろう。まるで水に潜っていくような自然な動きで見る見る間にワームの身体が地中へと消えていく。タマモの一撃はその尾を僅かに掠めただけに留まった。

 だが、地中に潜る行為への対策は十分すぎるほどに織り込まれている。
 地上からの攻撃への想定が不足していたということは、その分地中からの攻撃への想定は十全以上に成されているとも言い替えることも出来る。
 地中にワームが潜った直後、撃退士達が一斉に、一箇所にカイロを投げ集め偽の標的を作り上げる。
 その箇所から皆が距離を取り、更に鈴也が生命探知で地中の動向を探る。
 生命探知の効果時間はワームの動向を一から十まで追い切れるほど長くないが、潜った地点と現在地点が分かれば進行方向を割り出す事など造作も無い。

「動いています。進路はカイロの方向……バッチリです!」

 人の体温よりも高温を発する幻想の熱に惑わさたワームは、熱を喰らい尽くそうと地中からその牙を剥き、躍り出る。
 けれど、その牙に手応えは微塵も存在しない。

「ふふ〜、俺を見てみて〜! 」
「丸こげにしちゃうんだから!」

 ワームが攻撃の不発を悟った瞬間、タマモと佐賀野が放つ劫火が二つ、ワームへ着弾。その身体を熱が見る間に蹂躙して行く。
 そして。身体のあちこちが爛れたワームが最後に感じた物は。

「終わりですわ! 覚悟なさい!!」

 ドロシーの声と、彼女が振るう剣が己を絶ち切っていく感触のみだった。
 これで残りは一体。

「害虫駆除の時間もそろそろ終わりだね〜、最後まできっちり踊っていくよ〜」
「そうですね。最後迄、愉しんで踊りましょうか」

 佐賀野とディアンの声に、一同は改めて武器を構え直す。
 七対一の状況など、いくら強力な個体であれどワームに覆せるはずもなかった。


「来た時よりも美しくです」

 剣を仕舞ったドロシーはそう呟いて、戦闘中に放り投げられたカイロやその他目に映るゴミを拾い集めた。
 戦闘中は前へ前へと進む姿勢が強いが、戦う必要のない場では案外マメなのかもしれない。

「あ、手伝いますよぉ〜…」

 喪普子がサクサクと足音を立ててドロシーの方へ歩いて行き、それに倣うようにタマモと佐賀野も砂浜を歩き回り、ゴミを拾い集めている。
 一同を追い掛けるように、鈴也が怪我の残る者達へライトヒールを施していく。

 ぼんやりとその光景を眺めていたアデルだが、不意に背後から視線を感じて振り返る。
 一人の少女が立っていた。
 アデルの動きに合わせて、一人、また一人と撃退士が少女の存在を認識する。

「私、ミミズみたいなのに襲われて……交番で撃退士の人がやっつけに行ったって聞いて……それで、その…」

 どうやら、この娘があのディアボロの第一発見者のようだ。
 話を聞くに、居てもたってもいられなくなったか。存外肝が据わっている、と鈴也の治癒を受けて戻ってきたディアンは思う。
 何を言おうか言葉に詰まったように見える少女に、自称・弱者の味方は小さく鼻を鳴らすと一歩少女へ歩み寄り、言葉を引き継いだ。

「貴女を襲う恐怖は、掃いましたよ。唯、どうかお忘れなきように。いつ何処が戦場と化し、愉しい宴の幕開けとなるか――誰にも判らない」

 天使も悪魔も、蔓延る世界なのですから。そう〆る言葉に少女は小さく俯いてしまった。
 丁寧な言葉だからこそ、その言葉の重さがより肩にのしかかってしまっているのかもしれない。
 
 アデルは一歩前に出た。俯く少女にここで何か言えないなら、ヒーローでは無い。
 少女の肩にそっと手を置き、僅かに顔を上げた少女と、目を合わせる。

「でも、もう大丈夫。きみの大切な日常は護られたし、この先もずっと、護り続けて行くから」

 その言葉は、真なのだろうか。少女が見詰めるアデルの瞳には、言葉に込められたような熱が見られないように思える。

「何かあったら、また駆け付けるよ。わたしは、ヒーローだから」
「……はい。本当に、ありがとうございました」

 冷たさを感じる瞳。熱のこもらぬ冷めた声。
 それでも。
 少女はアデルに、撃退士たちに深々と頭を下げる。

 放たれた言葉がどれだけ虚ろに響く、虚像の言葉であろうとも、その言葉を受け取る者はアデル本人ではない。
 だから。少女にとってアデル・リーヴィスは。そして今この場にいる撃退士たちは。きっと、少女にとってのヒーローなのだ。

 在ろうと誇る対偶の英雄は、今この瞬間、確かに真であった。

 喉元過ぎれば熱さを忘れる。少女を襲った恐怖はすでに、その熱を失った。
 いま彼女の中に存在するのは、恐怖の熱を塗り替える、それよりも苛烈で暖かな、新たな熱。

 この熱はどれだけ月日が経とうと、失せることはないのだろう。

(了)


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 対偶の英雄・アデル・リーヴィス(jb2538)
 弱者の味方・ディアン(jb8095)
重体: −
面白かった!:7人

対偶の英雄・
アデル・リーヴィス(jb2538)

大学部6年81組 女 ダアト
タマモン・
草薙 タマモ(jb4234)

大学部3年6組 女 陰陽師
看板娘(男)・
白桃 佐賀野(jb6761)

大学部3年123組 男 阿修羅
涙を払う救命士・
宮路 鈴也(jb7784)

高等部3年28組 男 アストラルヴァンガード
正義の名の下に!・
ドロシー・ブルー・ジャスティス(jb7892)

中等部3年10組 女 ディバインナイト
弱者の味方・
ディアン(jb8095)

大学部6年58組 男 阿修羅
撃退士・
顔無 喪普子(jb8389)

高等部2年23組 女 ディバインナイト