●
「リベンジマッチかあ。男の子だねぇ……」
ロウワンたちが動くに応じて数歩退くように足を動かし、戦場を見渡せる位置に陣取った狩野 峰雪(
ja0345)の呟きには、年を取った人間相応の何か眩しい物を見るような色が含まれていた。
「彼なりに色々、思う所はあるんだろうね」
峰雪と同じく戦場全体を見渡せる位置を確保した樒 和紗(
jb6970)も彼の言葉に同意するように頷く。
素直な少年だ、と。最初に会った時から思っていた。だからそれまで敵だった彼我の新たな関係に悩みもするだろうし、複雑な想いを抱くこともあるだろう。
とはいえそれは彼に限った話ではない。戸惑おうが悩もうが、誰だって何かしらの落し所を定め、新たな関係を受け入れていく必要がある。
ロウワンにとってそのきっかけがこの戦いの場であるというのならば――
「決して手抜きなどしません」
「そうだね。彼がこれで踏ん切りをつけられるよう、全力で僕らも相対しないとね」
「ええ……陽波、頼みましたよ。どこにでも攻撃を飛ばす射撃手は面倒ですから」
和紗の言葉に陽波 透次(
ja0280)は頷き返すと、胸の前で何やら印を切り――直後、彼の姿が二つに増える。
どんどんと近づいてくるロウワンがその現象に小さく目を見開いた。
それが何かしらの術だということはすぐにわかるが、エンハンブレに乗り込まれた時に見たような、平面だけの虚像ではない。実は双子か何かだったと言われても信じてしまいそうな術。
ロウワンの驚いたような表情に透次は小さく笑みを向ける。その笑みの色は、少しだけ獰猛なもの。
それを見て、ロウワンも察する。全力で刃を振うと、そう伝えていることを。
「ありがてえ話っすね」
そんな声を耳に残しながら、透次とその分身は突っ込んでくるロウワンたちを迂回するように移動を始める。
進路は右翼、銃を構える後衛のガンナーだ。
まずは後衛を潰しに来るか。ロウワンがそう判断したのは透次の動きだけではない。後ろに陣取っている峰雪と和紗が三体のガンナーへと武器を向けている。
はじめから出し惜しみなど誰も考えていなかった。
結弦を小さく軋ませ矢を番える峰雪の背後、ヒヒイロカネから拳銃が、機械弓が、大弓が、狙撃銃が。次々と現れる武器たちは本人が構える弓も含めて計六。
限界まで引き絞られた矢が峰雪の意思で解き放たれると同時、彼の背後にそびえる五つの武器も同時に力を解き放つ。
弾丸のパレードが左翼と中央で銃を構えるガンナーへと降り注ぐ。数多の矢が、弾丸が、ガンナーたちを射抜いていく様子を見ながら、自分も負けじと和紗も弓を引き絞る。
自身の中のレートを天界のそれに強く傾け、既に透次とその分身が切りかかっている右翼のガンナーへと一矢、意志と共に戦場を奔る。
とは言え、ガンナーも数の暴力にもレートの暴力にもまだ動ける余地があるとばかり、構えられた銃口は動かない。
距離の離れた峰雪達だけならともかく、接近を許した透次にすら反応しない様子を見るに、どうやらロウワンとぶつかる者を狙うようだ。
ならば無視できないようにするまでだと透次が刀を振るおうとするも、右翼のサムライがガンナーを護るべく透次へ向けて太刀を振るう。
突きから派生する三連撃を難なく回避すると、透次は一度サムライから距離を取った。
「結構、タフだね。攻撃バラけさせないで集めた方が良かったかな」
「結果論でしょう。集めて倒しきれたかと言われればそれも難しかったかもしれませんし、次に一つでも数を減らせればいい話です」
言葉と共に、和紗の背後に四種の銃や弓。先の峰雪と同様の一斉砲撃の構えを見せる。
それもその通りだ、と峰雪も片手に三矢を保持し連射で一気に落としきるべく意識を集中させた。
二人の力が再度ガンナーたちを襲う一瞬前、和紗はちらとロウワンたちとぶつかる者たちへ視線を向けて。
(……あの金髪も、珍しく本気のようですしね)
だから、その気持ちを手伝ってやるためにも。
一瞬の瞑目。直後強く見開かれた鋭い視線が敵を射抜くと同時、弾丸の嵐がガンナーたちへと放たれた。
●
背中に和紗の視線を感じ、砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)はいつものような軽い調子でひらりと右手を後ろに振った。
次の瞬間には、気安げな掌に明確な戦意を込めた魔力の槍が生まれる。手元で小さく持ち手を調整し、眼鏡の奥の緑眼が鋭さを増した。
「っち!」
無造作に放られた魔力の槍がロウワン、そしてその前を駆けるサムライを諸共貫かんと一直線に走る。
サムライの鎧、その肩部分を貫いても槍は勢いを衰えさせず、ロウワンを捉えた。
避けきれないと判断したロウワンは、右の巨大な機械腕を盾に槍の破壊を殺す。ロウワンが身に纏う電気が激しい音を発し槍の勢いを減じると同時、彼の舌打ちじみた声と共にアウルの槍は上空へ弾きあげられた。
「ジェンさん、露払いは任せてください」
「お願いするね」
槍の対処にロウワンの前進速度が緩んだことを察したか、サムライも減速に入るが不知火あけび(
jc1857)がそれを遮った。
風のような踏み込みよりなお速い、光すら抜き去るような居合が一閃。咄嗟にそれを受け止めたサムライが防御態勢に入る前に舞うように二閃。
手足に纏う紫の花弁が散るように流れ、竜胆が放った槍によって開けられた鎧の穴が悲鳴のように軋む音を立てる。
ロウワンのフォローへ戻ろうとするサムライへを留める動きはまだ止まらない。
左側面からは紅香 忍(
jb7811)の構えたライフルからばら撒かれる弾丸が、右側面からは夜姫(
jb2550)が、それぞれサムライに迫る。
どちらが先に来るか、あるいはどちらがより痛い一撃か。ディアボロが判断するに一瞬は短すぎる。
選んだのは夜姫よりも一瞬早く訪れた忍の弾丸への対処。太刀を横薙ぎに一振るいすることで迫る弾丸を切って捨てたが、その間に夜姫はすでに懐へ飛び込んでいる。
太刀はまだ鞘へ納めたまま、握りこんだ拳が纏う紫電が鋭く鳴いた。彼女の拳が敵に届くよりも早く紫電が獲物を見つけて食らいつけば、電撃が鎧を内部から破壊していく痛みにサムライは痙攣したように体を震わせた。
それを横目で見ながら竜胆はサムライを迂回、ロウワンめがけて走る足取りを緩めない。
最初のやり取りは撃退士が優勢に事を運んでいるように見えたが、これが最後の一戦だという大将の執念のようなものを感じているのか、ディアボロたちも奮闘する。
「夜姫さん、狙われてるよ」
峰雪の警告の声が耳に届くと同時、夜姫の身体を強い衝撃が襲った。ガンナーからの弾丸だ、と気付いたのは撃たれてからの事だ。
発せられた言葉の意味を解す前に彼女の身体は動いており、攻撃を受けた場所は急所からは遠い。即座に致命傷とはいかないが、それでも大きく体力を持っていかれた形だ。
和紗の射撃で多少なり勢いは減少していただろうが、それでも放たれた弾丸には相当の威力が込められている。
「夜姫さん!」
あけびが不安げな声を発した直後、彼女にも敵が迫る。
先の意趣返しだとばかりに今度は相手が複数だ。鎧に穴をあけたサムライと、ロウワンに並走するように走っていたもう一体のサムライが左右から同時に彼女へ太刀を振る。
振るわれる複数の太刀に逃げ場を失い、彼女は即座に二つの魔装を身代わりにすることで距離と猶予を確保した。
ガンナーたちはまだ一体も倒れていない。残った二体が傷ついた夜姫へ追撃をかけようと各々トリガーを引いた。
一体の銃口はサムライの妨害を掻い潜った透次の分身が攻撃を仕掛けたことによって逸れていったが、もう一体の弾丸は狙い過たず彼女を捉えている。
取った――、ガンナーが言葉を発することが出来るならばそんなことを口にしていただろう、次の瞬間。夜姫を穿つはずであった弾丸は、重厚なアウルの障壁によって遮られた。
「悪い、少し遅れちまったな。まだいけるか?」
「助かりました……ええ、不覚は取りましたがまだ引くことなど出来ませんよ」
夜姫を護ったアウルの持ち主こと向坂 玲治(
ja6214)は夜姫の言葉に小さく頷くと、手にしている槍の穂先で地面を数回ノックする。
その衝撃に応えるように、玲治の足元から幻影の騎士が顕現する。現れた七人は玲治とその周辺に居る竜胆、あけび、夜姫を護るように展開する。
「夜姫さんも玲治さんも行ってください。全員に後悔の無いように!」
幻影の騎士たちの助けを受ければしのげると判断したか、あけびがサムライの一体に切りかかりながらそう促した。
ぶつかり合う刃が拮抗し、鍔迫り合いを演じるほんの一瞬、サムライが塞ぐロウワンへの道が開く。玲治も、夜姫も、迷うことなく鍔迫り合いの現場をすり抜けてロウワンへと駆けていく。
二人がサムライを躱したことを確認すると、あけびは弾かれるように距離を取り、逆に二体のサムライがロウワンの応援へ向かえないように身構えた。
「サムライガールとしては負けられないからね…! さあ、おいで!」
●
視線を敵方後方、ガンナーのいる地点へ向ける。
ガンナーたちが第一射を放った直後、和紗と峰雪の放つ強烈な攻撃が再度ガンナーを襲った。だが、まだ一体も倒れない。
二人とも後衛の早期排除を目指しスキルの出し惜しみなどしていないのだが、予想以上にガンナーがタフだ。
決して効いていない訳ではないし、もう一度二度攻めれば倒すことは可能だろう。しかし、こちらが次の一手を打つまでに相手ももう一回は攻撃が出来る。
自身のダメージなど厭わずに一発でも多くの攻撃を放つことのみを考える動きは、それを止めるために相手を排除するしかない点で厄介だ。
(これ以上相手を動かすのは拙いですね)
相手が攻撃した直後を狙っていたが、そんな悠長なことも言っていられない。透次はもう一人の自分に最も弱っている右翼のガンナーの処理を命じると同時、自身の瞳を漆黒に染めあげる。
それは自身のレートを天界側へと傾けるスイッチ。膨れ上がる天の力を赤銅色の光と為して武器に纏うと、そのまま一気に中央のガンナー目がけて刃を振るう。
赤銅色が宙を切る音が絶望の叫びのように響く。それはもしかしたら、物言わぬ機械の銃士があげた断末魔だったのかもしれない。
人間ならば脳がある部位に刃が音もなく突き刺さると、中央のガンナーは持っていた銃を取り落としてしまった。同時、透次の分身が振るった刃も右翼のガンナーの首を刎ね、その動きを完全に止めることに成功する。
透次がガンナーを倒した直後、サムライがそのレートの揺らぎを好機と見て三連撃を放ってくる。
今のレート差では当たる可能性がある。そしてレートの隔たりが生む攻撃の威力は、透次にとっては一太刀でも当たってしまえば意識を失いかねない攻撃であることは容易に想像できる。
故に、体に更なる無理を命じる。
全身に巡らせているアウルを限界以上に循環させ、一気に爆発させる。
身体中を焼き尽くすような衝動が更なる速さを生み、サムライが振るう刃の切っ先が届く前に完全に太刀の射程外まで距離を取る事に成功する。
驚愕がサムライの切っ先に映ったのを認め、漆黒に染まった瞳が徐々に戻っていくのを感じながら、彼は自身の影分身と共にサムライを挟むように位置取り。
「天魔との共存、その一歩のため。出し惜しみ無し、全力で斬ります」
●
透次がガンナーを撃破すると同時刻、視線を再度ロウワンの側へと戻す。
玲治と夜姫がロウワンの元へたどり着いた時、治癒を求める祈りを終えた竜胆が静かに槍を構えていた。
「これで三人、っすか。数で勝ってるからって手ぇ抜いたら承知しねえっすよ」
「安心するといいよ」
言葉と共に、竜胆の表情から微笑が消える。過去の邂逅で見たことのない真剣な表情に、ロウワンは獰猛な笑みを返した。
「間違ったりなんかしないから――僕も、今だけは負けたくない」
「その通りです。貴方相手に手を抜くなどあり得ませんね。前言を撤回するようですが、前回の戦いで勝負が決した、では納得が出来ていませんでしたから」
二人に向けられた言葉に感情の高ぶりが抑えられないのか、ロウワンの身体を奔る電流が一つ小さく爆ぜる。
「上等っす。そうまで言ってくれたなら喧嘩売った甲斐があったってもんっす。泣いても笑ってもこれでラスト……勝つのは俺っすよ!」
叫ぶような宣誓の声と共に距離を詰めてくるロウワンを、まずは竜胆の槍が迎え撃つ。
眉間目がけて過たず放たれた突きを、ロウワンは小さく身体を捻って回避。
突進の勢いを殺さぬまま放たれた円弧を描くような蹴りをアウルで編み上げた盾で受け止める。玲治が呼び出していた騎士達の加護も加わってか、身体への負担は小さい。
ロウワンと竜胆、二人がぶつかり合ったことで生じた硬直を逃さず、続けざまに夜姫が太刀にアウルで生み出した電撃を纏わせると、居合のように刃を抜き放つ。
その動作で裂かれた空気にアウルと電撃が混ざり、内部から敵を焼き尽くす雷が一直線にロウワンへと放たれるが、これも彼は機械腕で受け止める。
「ロウワン…遊ぶ……」
その瞬間、あけびを援護するようにサムライへ射撃を続けていた忍が動いた。
ライフルを素早く刀に持ち替えると、驚異的なスピードでロウワンへ一直線に突っ込んでいく。
「満足するまで遊んでやるっすよ、ちみっこ!」
竜胆の槍を腕で弾いて一度後ろに退くと、ロウワンは忍を迎撃すべく彼を見据えて身構える。
その様子に、能面のような忍の表情に笑みのような色が混じったように見えたのは、果たしてロウワンの気のせいだったのだろうか。
切りかかる瞬間を見極めてカウンターを見舞ってやろう。そんなことをロウワンは考えていたのだが、忍の次の行動はロウワンの予想の外にあった。
アウルを纏った刀が振るわれる――と、思った次の瞬間。逆手に刀を保持した姿勢はそのままに、忍はロウワンの傍をすり抜け、素通りしていってしまったのだ。
「は……?」
間抜けな声を漏らしたロウワンの視線は思わず忍を追って後ろへ。
ロウワンの視線に映ったのは、忍が最後のガンナー目がけて斬りかかっていく姿であった。
つまる所、忍の狙いはロウワンの裏をかくことにあった。
基本的に向かってくるものには律儀に反応してしまうタイプの悪魔であることもあり、自身が突っ込んでくればそれを迎撃すべく動くだろうと忍は読んでいたし、事実その通りに悪魔は動いた。
だからこそ、迎撃の構えを無視して別の脅威に向かっていけばロウワンの思惑は確実に外れる。
背後に感じる動揺したような気配を感じ、忍の口角は明らかに上がっていた。してやったり、という奴だろうか。
忍にとっては場所がどこだろうと、背景がどうであろうと、関係ない話なのだ。
ただ、また遊びたいと――殺し合いたいと思った。そんな相手が目の前にいる。それだけで、力を揮う理由は十分だ。
今後ろを振り向いたら遊び相手はどんな間抜けな表情をしているだろう――振り向いて確かめてみたい誘惑に駆られつつも、忍の刃はガンナーの身体へと今度こそ吸い込まれていく。
風すら切り裂く一閃が、幾度もの攻撃でボロボロになっていた最後のガンナーを完全に停止させていく。
●
「余所見とは余裕だな」
ロウワンの視線が忍を追いかけたのはほんの一瞬の事だが、それは明確に隙であった。
ロウワンに当たっていた三人がすかさず彼を包囲すると、まず玲治がロウワンの頭部目がけて白銀の槍を鈍器のように振り下ろした。
「お前、俺らに勝ちたいって言ったな。奇遇だな、砂原もそうらしいが、俺もお前にゃ負けたくない」
ロウワンに流れる電撃によって受けるダメージを英雄の加護で抑えながら、玲治もまた、身体を蝕む痛みなど存在しないとばかりに楽しそうに笑った。
「来いよ。恨みっこなしの削り合いだ。先に沈んだ方が負けだぜ」
「その勝負乗った、と言いたいトコ、っすけど!」
殴られた頭部を抑えつつ、キッと視線を宙へ向ける。そこには追撃を見舞おうと右足に雷を纏わせた夜姫の姿。
「さて、おしおきの時間ですよロウワン」
「どうしてっすか!?」
「理由は分かりませんが、何故だかあなたにおしおきしなければいけない気がしまして」
理不尽さを感じる言葉と共に振り下ろされた足斧はさながら落雷の如く。これもロウワンは機械腕で受けるのだが、重なっていくダメージに悲鳴を上げ始めたのか、その腕にヒビが入り始めた。
それを確認しつつ機械腕を蹴って一度距離を取る。着地までの一瞬は大きな隙であり、ロウワンとてそれを見逃す真似はしたくない。
だが、夜姫を狙うべく足を踏み出した瞬間、竜胆の槍が横合いから突き出される。
彼が狙ったのは夜姫の一撃によってヒビの入った箇所だ。魔力で形成された穂先が音もなく機械腕に潜り込み、ヒビをさらに大きくしていく。
「僕を前で殴り合いさせるのは…貴重な存在なんだと覚えときな」
「へえ。じゃあ兄さんの眼鏡に適ったってのは間違いじゃないって証明してやるっすよ…!」
銃を撃つ前にポンプアクションを挟むように、ロウワンの機械腕が鈍い音を一つ立てた。その挙動の直後、彼の右腕に瞬く間に魔力を収束されていく。
恐らくこれが鈍重そうな機械腕を引っ提げてきた最大の理由だと確信できる現象。
一撃の威力を重視した準備には、防御力に優れた撃退士に中々攻撃を徹せなかったことへの悔しさがにじんでいるようにすら見える。
とは言え、喧嘩の場でわざわざ相手の土俵に乗ってやる必要などない。
身構えもせず静かに自身を見据える竜胆を捉えた、とロウワンが思ったその直後、玲治が横合いから盾で殴りつけ、その一撃を中断させた。
素早く体勢を立て直したロウワンは、同じような介入を警戒したのか今度は玲治に拳を向けた。
竜胆に向けられた時と同様に、機械腕が鈍い音を立てると共に魔力を収束させ、叩きつけるような勢いで玲治へ拳を振りかぶる。
しかし、足を止めての防御に限って言えば、玲治の方が一枚上手だ。
構えた盾に過剰なまでのアウルを注ぎ込む。盾を媒介に十字を象った無尽の光が、叩きつけられた魔力の衝撃を端から吸収していく。
「マジっすか……」
放出されるアウルに盾が音を立てて崩れていくが、それを構えていた玲治には大きなダメージは見受けられない。
勿論騎士の加護による防御効果が強く働いているのも大きいのだが、それでも強烈な一撃を受けきられたという事実にはロウワンも呆れたような声を漏らすしかない。
●
その後もロウワンは幾度となく拳を向けるのだが、玲治によるカバーリングを中心にその攻勢は撃退士に凌がれ続けていた。
そうしている間に自身を狙い続けていたサムライを倒した透次があけびの応援に戻ってきた。
あけび自身もサムライ二体からの攻撃を凌ぎ続けた結果、相手の太刀筋に順応した所もある。担当を透次と分けてしまえば最早負ける要素はない。
気づけば取り巻きのディアボロは和紗や峰雪、忍らが銃撃を重ねていったことにより全滅しており、後はロウワン一人を残すのみとなった。
「そろそろ終わりが近いかな」
峰雪と言葉と共に、和紗がレートを高めた弾丸をロウワンへと放ち、残っていた電気の鎧を消滅させる。
「今度こそ決着です、ロウワン!」
夜姫が鋭く咆えると同時、彼女が流す血とアウルが溶け合い、真紅の雷を生み出す。
構えた太刀にそれを纏わせると同時、神速とも言える突きがロウワンを襲った。
ボロボロの機械腕を盾に受け止めはしたが、衝突と電撃、二つの衝撃によってロウワンの動きが止まる。
「沈め、僕の敵」
竜胆の声に意識を強引に復帰させるが、そこで目に入ったのは迫り来る魔力の槍。
天界の力を強く孕むその槍は、本来ならば回避しなければならない物だ。だが、夜姫の一撃で動きを止めてしまったため、回避が間に合わない。
狙い過たず槍に打ち抜かれた機械腕が、とうとう爆発と共に破壊される。
そして、その一瞬で忍はロウワンの背面に回り込んでいた。爆発の煙を苛立たし気に振り払うロウワンへ、音もなく走り寄る。
刃が届く一瞬前にロウワンは忍の存在に気付いたが、これも時すでに遅し。風ごと断ち切る鋭さを宿す一撃がロウワンの背を裂き、切り伏せた衝撃が彼を地に転がす。
「まだ、まだ、っす……!」
それでも、ロウワンは動く。四肢を動かし這うように、見定めた敵の方へと進んでいく。
だが、それはもう悪あがき以外の何物でもない。
「終わりだ」
勝負は決したと玲治がロウワンの元へと歩み寄り、その首筋に槍を突きつけた。
紛うことなきチェックメイトだ。この瞬間の生死与奪の権利は全て、撃退士の側にある。
それを察して、ロウワンは体中から力を抜いた。
「……俺の負けっす」
その言葉は、彼のわがままが終わりを告げたことを意味している。
もう、敵であることは出来ない。それを理解したロウワンは、突っ伏すようにしてその場の者たちから顔を隠し。
「……っ、…」
勝てなかった。その悔しさの余り、声を殺して泣いた。
●
「落ち着きましたか?」
「そっすね。みっともねえとこお見せしたっす……は、良いんすけど。俺なんで膝枕されてるんすか…?」
和紗に膝枕されて寝転がっていたロウワンは戸惑うような声を漏らした。
男の子としては嬉しいのだが周囲の若干冷ややかな視線がどうにもやりにくい。もう大丈夫、と和紗を制して起き上がる。
「さて。まず船での認識修正を。俺は献身的ではなく『合理的』なだけです」
「あ、え? ……あ、はい。すんませんっす」
船での、という言葉に今思い出したと言わんばかりの表情。
戸惑いながらもロウワンが頷くと、和紗はそっと彼を優しく抱きしめる。
「……色々考えてくれて、ありがとうございました」
突然の事態に狼狽していたロウワンだったが、その言葉にぴたりと動きを止めた。
「別に嫌々、って訳じゃねえんすよ。撃退士の人たちと組むのも多分楽しいとは思ってたっすし」
「ですが、きちんと自分の中で納得しようとしてくれたでしょう?」
だから、ありがとうございました。そう囁いて、和紗はロウワンから離れた。
「敵として満足してもらえたかい?」
和紗と入れ替わるように、竜胆がしゃがみ込んでロウワンと目を合わせる。
「おかげ様で、って感じっすね」
「ならよかった。満足したら、次は『僕』の仲間になってよ。あ、撃退士のじゃなくていいんで」
けろりとそんなことを言ってのける竜胆に、ロウワンは不思議そうな表情。
「大宮でベリアルちゃんに会ったんだ。目測で上から79・58・83だと思う」
「詳しく頼むっす」
「……ロウワン?」
夜姫の冷ややかな声に何度か咳払い。竜胆も本筋はそこじゃないんだと外していた伊達眼鏡をかけなおす間を挟む。
「ケッツァーに入れてよってお願いしたんだ。覚えとくとは言って貰えた。だからロウワンは僕の仲間…友達として応援してくれないかな」
「本気で言ってるんすか?」
仮にケッツァーの一員になったとして。いずれあの蒼穹の船は、別の世界へ向けて帆を張ることになる。
そして、人の身の時間で、またここに戻ってくる保障などない。
「分かってるよ」
ロウワンのそんな考えを見透かしたような声。
「でもさ、人の時間は短いから、生きるなら好きな子たちと共に楽しい方が良い。僕、ロウワンやアルちゃん達好きなんだよねー」
わしゃわしゃとロウワンの髪を撫で繰り回し、竜胆は何時ものようなにこやかな表情を浮かべる。
じゃれ合う様子に和紗は溜息一つ。けれど、ロウワンの方へと改めて視線を合わせて。
「この人が初めて見つけた、進みたい道なので……味方になってあげてください」
「……最終的にはお頭次第っすけど、言うだけは言っておくっす」
ただ、と。ロウワンはそこで二人から視線をそらした。
「俺の外面が変わらねえまま兄さんが爺さんになってくのを見るのは、複雑っすね。多分兄さんが死んだら、また泣くと思うっす」
ぽつりとつぶやいた言葉と視線の先にはあけびがいた。
視線が合ったことに気づくと、彼女も竜胆のようにしゃがみ込んで。
「私、葉守さんと最後に戦った一人です」
「そう、っすか。アンタの目から見て、葉守の兄さんはどんな人っしたか?」
「兄貴分って言うんですかね。そういう関係になって欲しかったと今でも思います。あの人が罪を犯す前に会いたかった」
こっちが一方的に絡んでいただけで、ロウワンには葉守がどんな人物なのか、という所は実の所よく分からない。
けれど、彼の最後を見届けた少女がそう言うのならば、きっとその評価は正しい物なのだろうとロウワンは思う。
「そう思って貰えたなら、葉守の兄さんもきっと喜ぶと思うっすよ」
「そうだと良いですね。私、悪魔の皆さんと仲良くできることが嬉しいんです。これからよろしくお願いします」
言葉と共に差し出された手を、ロウワンは握り返す。
その助けを借りて立ち上がると改めて力強く握手し、互いに笑みを見せた。
「ロウワン君は僕らの事を、家畜ではなく強敵と思ってくれていたんだね」
続いて、峰雪が歩み寄ってきた。かけられた言葉にロウワンは小さく肩をすくめて。
「当たり前じゃねえすっか。強敵っつーか、結局勝てない相手だったっすもんね」
「ロウワン君、次に会う時僕たちと君は、共闘する仲間…になるんだよね」
ロウワンは無言で小さく頷いた。
その回答に満足したのか、峰雪は穏やかに微笑んだ。
「とても心強いよ。どんな連携を取って戦えるか…楽しみだね」
その言葉は、ロウワンが撃退士の敵として在ったおまけの一日を、正しく終わらせる言葉だった。
その様子を見ながら、透次の心には天魔共存の言葉が強く浮かぶ。
過酷とも言えるだろう、未来のヴィジョン。そのための一歩は今、確実に進められている。
長き道もいつかは終わる。ケッツァーの一人と交流を持てたことは、その道中において、きっと大きな助けになる筈だ。
「しっかし、あー……結局負けちまった訳っすか。しばらくメシの心配しねえとなんすよねぇ」
「食事?」
腹をさすりながらのぼやき声に、夜姫が首を傾げた。
「今回の場ってお頭に頼んで用意してもらった所あって、負けたら飯抜きなんすよね」
「どうされるつもりですか?」
「海潜って魚取るとか、近くの草っ原で食えそうな草探す予定っす」
「……団子くらいならいつでも奢りますよ」
「……俺も多少は助けてやる」
「マジっすか!?」
この悪魔、放っておいたら自身の生命力に物を言わせて毒キノコだろうがトカゲや虫だろうが口に放り込みそうな気がする。
夜姫と玲治、呆れたような二人の助け舟に、ロウワンの目が輝いた。
犬か何かを餌付しているような錯覚を覚えつつも、夜姫は「それと」、と視線をロウワンに向けた。
「もう一度だけ、とは寂しいことを言いますね。挑戦ならいつでも受けますし、私からも挑みます」
「いや、でもそれをやってる場合じゃねえって……」
「終わらせればいい話です。私たちと、あなたたちで」
天界が暴れているから喧嘩などしている場合ではない。ならば、天界を大人しくさせてから改めて喧嘩をすればいい。
言われてみればもっともな話の流れに今気づいたと言わんばかり、彼は思わず手を打った。
「嫌といっても付き合って貰いますよ。簡単に逃げられると思わないことです、ロウワン」
「っへへ。それはこっちのセリフっすよ。勝ち逃げなんてさせてやらねえっすからね」
そこまで口に出してから、ロウワンは視線を他所へ向ける。
「俺、ちょっと行ってくるっす」
「どちらへ?」
「ちみっこのとこっす!」
●
また、とロウワンに告げて、忍は早々にその場を去っていった。
本当ならばあの場にとどまって、ロウワンにかけられる言葉もあったのかもしれない。
けれど、何を話せばいいのか、あるいは何を話せるのか。鬱屈とした人生を過ごしてきた忍にとって、金銭や利害以外の目的でかけられる言葉が見つからない。
「ああいたいた! そこのちみっこ、ちょっと待つっす!」
そんなこともあってか、ロウワンが自身を追いかけてきたという事態に、瞬きの回数が増えた。
先ほどまで地面に転がっていたとは思えない勢いで忍の方まで突っ走ってくる。忍もそれを無視することはせず、足を止めてロウワンが追いつくのを待った。
「……何?」
「や、さっき団子の姉さんに言われたんすけどね。俺今回が最後だって言ってたっすけど、天界の奴らぶっ飛ばして落ち着いたらまた喧嘩できるんすよ!」
「……気づいて…なかった…?」
「あれ、もしかして分かってたっすか?」
こくりと頷く。だから「また」と告げたつもりだったのだが、彼はそこまで思い至らなかったらしい。
ロウワンは気まずげに視線を宙に逃がしていたが、やがて先の失態を誤魔化すように咳払い一つ。
「と、とにかく。次会う時は俺が勝つ番っすからね。それだけ言っときたかったっす。
あ、それと、向こう戻らねえっすか? あの眼鏡かけてる兄さんがなんかくれるみたいなんすけど」
戻らないか、と聞いてきた割にその手は忍の服の裾を掴んで引っ張っている。
拒んでも時間の無駄かと判断。忍は袖を引く手を払い、ロウワンの隣に並んで来た道を戻り始めた。
道すがらの会話はロウワンが一方的に喋るだけで、おおよそ会話としては成立していないやり取りだった。
けれど、遊び相手とのそんな時間は忍にとって決して悪いだけのものではなく。
次に会う時は、もう少しだけかける言葉を考えても良いかもしれない。そんなことを忍は思う。
この後竜胆から差し出された炭酸飲料は念入りに振られており、それを開封したロウワンが炭酸まみれになるのだが、それはまた別の話。
(了)