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開始のピストルが鳴った瞬間、浪風 悠人(
ja3452)とSpica=Virgia=Azlight(
ja8786)は大根畑目指して駆け出した。
(農家の息子として、一人の戦士として、負けられません!)
畑を跨ぐ度に変化する土質の違いに走りにくさを感じつつ、ちらと横目でSpicaを見る。
悠人には目もくれない様子に、目標の大根のみに意識を集中させているのが分かる。
(すごく、縮地使いたい…)
一方のSpica。普段ならば使える術が使えない状況に内心で悔し気に唸る。
大根はその得点故に競争相手も強烈だ。馬鹿正直に挑めば悠人には勝つことなど出来ないだろう。事実、こちらの様子を見る余裕がある分か、わずかに彼の方が速い。
採った、悠人が大根の葉を掴みかけたその刹那、「わずか」を覆すべくSpicaが強く地を蹴った。
ヘッドスライディングに近い形で身体ごと飛び込むようにして悠人との差を強引に埋めると、彼よりも早く大根の葉を掴む。この時点でまずの収穫権はSpicaに発生する。
立ち上がる勢いも加えた全身の力で巨大な大根を引き抜くと、スタート地点へ目がけて戻っていく。
「無茶しますね……」
それだけ相手も本気ということだろうが、この無茶がどこまでも続くとは思えない。全力移動やエンドラン、積もる負担はどこかで綻びを生むだろう。
故に焦る必要はない。軽く息を整えながら、悠人は次に示された大根を引き抜きにかかる。
他方。残った四名は芋畑や葱畑にまず狙いを定めた。
「やぁーってやるです!」
気合と共に芋を掘るのはRehni Nam(
ja5283)。大根狙いを視野に入れていたが、先行する悠人やSpicaにこの場は追いつけないと見るや即座に狙いを次点に定めたのだ。
元より大根を収穫できたとしても一足ではスタートに戻り切れない調整で試合に臨んでいる。
チャンスさえあれば大物は狙っていくが、収穫チャンスを使い切る考えならば芋で手堅く点を稼ぐのも間違いではない。
掘り起こした芋を抱えてスタートへと戻っていく彼女を追いかけるように芋を運ぶのは逢見仙也(
jc1616)。彼も基本方針は芋を採り続けることによる堅実な点の積み上げのようだ。
(……流石に収穫を何度も行うのは逆に時間のロスかね)
その辺りの考え方は天魔と戦う時と同じだ。身体は一つしかない以上、単位時間辺りの収穫は誰が行っても一度しかできない。
「やるからには勝つつもりだが……一筋縄にはいかない面子だな」
丁寧に芋を掘り起こしつつ、向坂 玲治(
ja6214)は小さくボヤいた。
Rehniにせよ仙也にせよ横目で見た限りでは体力の消耗や収穫難易度を抑えるように作業に工夫があった。収穫についての手際はほぼ横並びだと言っていいだろう。
そんなことを思っていると、ネギを抱えた樒 和紗(
jb6970)が芋畑へと走ってきた。芋ジャージという年頃の少女は遠慮しそうな恰好だが、不思議と様になっている。
「気合入ってるな」
「何故か農家アイドル系女子と呼ばれるので、後れを取ってはならない気がしまして」
誰だそんなこと言った奴。ツッコミたい気もしたがそれはとりあえず後回しにすることにした。
丁度大根を抱えて帰還中のSpicaが和紗の言葉を耳に入れたのか、ライバルを見るような目線を向けたがさておく。
葱畑に向かう玲治と入れ替わって芋畑に入る和紗は収穫しつつ周囲の様子を見やる。
まず目に入ったのは戻ってきたSpica。芋畑まで来たが、収穫はせず体力回復に務めている。既に悠人が大根を引き抜いているのもあるが、全力移動の連発は辛いのだろう。
「PPS(Point Per Secdond)、考えるの…難しい……」
その通りだな、と頷いているとRehniと仙也が再度芋を掘りに戻ってきた。
芋を掘り終えて立ち上がった隣を大根を抱えた悠人が走っていくのに視線を向ける。葱畑を通過しようとした所で玲治にちょっかいを出され、それを躱しているのが遠目で見える。
同じ大根狙いでもSpicaと異なり体力的にも安定している悠人は今後も狙われていくだろう。
大物を奪取できれば相手の妨害以上に自身の勝利へ大きく近づくこともあり、あまりやりたくないとは思いつつも仕掛けは用意し、スタートへと戻っていく。
Spica以外の者が一度スタートに集う。得点はほぼ横並び。玲治・和紗がやや遅れを取っているが序盤では誤差の範囲だ。
悠人は再度大根畑へと向かうが今回はSpicaが速い。瞬発力云々以前に、最初から芋畑にいた彼女を追い抜くことは流石に不可能だ。
幸いにして自分以外に大根を狙う者はおらず、次の大根は確保できるだろう。息を整えつつ次の大根を待つ。
大根程ではないが地味に芋畑も競争率は高い。3つという制限を拾い上げたのは玲治・和紗・Rehniの三人。わずかに遅れた仙也はネギ畑にて何事か細工を施すとネギを回収して戻る。
その細工が効果を現したのは意外にもその直後の事だった。
芋を抱えてネギ畑にたどり着いた和紗と玲治の内、細工の洗礼を浴びたのは和紗。
ネギを丁寧に抜いたまでは良かったのだが、芋を抱えていた関係かたたらを踏むように数歩後退し――、突如急にバランスを崩した。
足元に視線をやればその原因は一目瞭然。気付きにくい地点、かつ先ほどの和紗のようによろけて後退したら足をつくであろう場所に穴が掘ってあったのだ。
芋はしっかりと保持しながらも尻餅をついてしまった和紗は少しばかり顔をしかめて。
「っ、なぜ穴が…?」
「昨日あたり雨でも降って地面が緩かったんじゃないの?」
してやったり、とでも言わんばかりの声の方を向くと、すぐ近くに仙也が佇んでいる。
その右手にはネギ――先ほど和紗が収穫したものだ。転んだ拍子に取り落としてしまったか。
「……覚えていることです」
小さく呟くと和紗は立ち上がり、尻の土を手で払ってスタートへ戻っていった。
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エンドランによって収穫とスタート地点に戻る行為とを繰り返してきたRehniは、芋畑で一度小休止を挟むことを選んだ。
息を整えるついでに周囲の状況を見渡す。玲治が芋を掘り起こし、仙也が芋をスタートへ持っていく。和紗からの反撃を避けるためだろうか、ネギを掘る彼女から迂回するようなコースを選ぶ辺り警戒心は強そうだ。
「おっと! 今度は渡しませんよ!」
大根畑で声が上がったのに釣られるように視線をそちらへ。Spicaに先んじて悠人が大根を確保しているのが見えた。
「ううー…折角用意したシャベルが使えないのが残念です…」
昔別件で鍛えたこともあり自分に誂えたような競技だと思っていたが、いざ蓋を開けてみれば存外に皆強い。
特にこうやって体力で相手に譲るRehniにとっては、このまま芋を採り続けていてもじり貧の気配がある。
やはり競争相手は多いが大根を狙うしかないか。だが、悠人とSpicaが独占している場にどうやって切り込むかが問題だ。
Spicaが指し示された大根に手を付ける様子を見ながらそこまで考え、不意に気付く。あれは抜けない。
直感めいたその感覚に弾かれたように大根畑に走る。玲治も気づいたようで同時に大根畑へ駆け出すが、それでも自分の方が速い。
そしてその直感は、事実的中していた。
Spicaの目算では九割がた引き抜けると見ていたが、何が悪かったのか押しても引いても大根が抜けないのだ。
「交代なのです!」
そうしている内にRehniが大根畑へ辿り着いた。審判が交代を告げると、彼女は無念の表情でRehniに場を譲る。
だがこの大根、信じられない程に頑固だ。Rehniが大地を蹴る勢いで引き抜こうとするのだが微動だにしない。
「信じられないのです、Spicaさんがやったから多少は抜けやすくなってる筈なのに…!」
これも八割九割の確率で引き抜けるもののはずだ。自分にせよSpicaにせよ収穫の方法を間違っているとは思えない。
審判すらも不思議そうな表情をしている事から、抜くのが面倒な植わり方をしている大根を指示してしまったのかもしれない。
「まるで、大きな蕪……」
「じゃあネズミの到着だな。次は俺だ」
Rehniにも引き抜けなかったという事実に驚いたようなSpicaの声に、追いついた玲治が声を挙げる。
これで抜けなかったら全員で引き抜くしかないかもしれない、などと思いつつ全身の筋肉全てで野菜を引き抜くことをイメージし、一気に引き上げて、
「先が二股に分かれていたのですか……おかげで真っ直ぐになっている大根よりも抵抗が強かったのですね」
「お前らの成果を掻っ攫う形になっちまったが、これも勝負だ。悪く思うなよ」
軽く土を落とす動作と共に玲治はスタート地点へと全力で走っていく。元来のプランから外れた全力移動だ。そのリスクに見合うリターンは返ってきたが、体力の消耗もやはり大きい。
(この疲労が後で響いてこないといいが…)
玲治が内心で呟くのと同時、芋畑では仙也が突然足元に生じた違和感に足を取られて転倒した。
よくよく見てみれば芋の蔓で編まれた紐が仕掛けられており、それに足を取られてしまったようだ。芋の収穫が進んだ結果蔓が周辺に散乱していることもあり、気付く事が出来なかったのだろう。
「昨日あたり雨でも降って蔓が急成長したのかもしれませんね」
仙也が取り落とした芋を回収し、和紗が涼しい声で告げる。
逆襲を警戒し和紗を避けてはいたが、そもそも彼女は仙也が罠を仕掛ける前からこの仕込みを行っていた。
故に、仙也が彼女を避けることを見越して収穫地点の位置取りをし、仙也を誘導したのだろう。
「……してやられたな」
「先程の礼です」
ネギと芋との交換では仙也が損だが、彼も転んでもタダで起きない。
この手段は使えると判断すると、皆が芋畑から背を向けているタイミングで和紗がしたような罠を仕掛けるのだった。
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「頑張って、Rehniさん! 諦めたら試合終了だよって偉い先生が言ってた!!」
「う〜…もう少しだけ頑張るのです!」
次の大根をSpicaに奪われたRehniは、これ以上のロスはもう出来ないと芋の回収に切り替えた。
エンドランで毎回芋の点を重ねられると考えれば悪くない手ではあるのだが、如何せん上位との差が中々埋まらない。
芋を受け取ったなつなに励ましの声をかけられ、まだ終わりではないと気を入れ直す。最後まで食らいつけば何かが変わる。天魔との戦いも同様だ。
頑張って、となつなが重ねて応援の言葉をかける隣、Spicaの籠に突如大根と芋とが降ってきたことにその場の視線が集まる。
「これこそ、空中速達便…!」
勿論そんなことをするのは籠の持ち主であるSpica本人である。
大根を収穫した後スタート地点に戻らず芋畑へ向かった彼女は、芋を収穫すると同時に、芋畑から収穫した大根と野菜を放り投げるという奇策に出たのだ。
普段の戦闘で培った彼女の目と腕力さえあれば、籠に野菜を投げ入れることは造作もない。
とは言え、一度放り投げられた野菜は完全に無防備だ。次に同じことをやれば誰かしらに投げた野菜が奪われてしまうだろう。
一方で悠人が大根を引き抜いたこのタイミングで仕掛けたということは、次に誰よりも早く大根畑にたどり着けるということを意味している。この一瞬の得点量は勝負を混戦に持ち込んでいく。
「……負けないのです!」
Rehniが自身に活を入れるように頬を叩いて芋畑へ走り、皆がラストスパートをかけていく。
体力の消耗によってか玲治が仙也の仕掛けた芋蔓トラップに引っかかり芋を奪われ、それを横目に和紗が着々と野菜を掘り集めていく。
その視線は大根畑にも向けられており、最終的には大根へのアタックを考えていることが伺える。
既に皆全身土まみれの汗まみれといった状態の中、攻防が二つ勃発した。
一つは男性三人による大根の争奪戦だ。
悠人が確保した大根をスタートへ運んでいく最中、各々収穫した野菜を抱えた玲治と仙也が同時に仕掛けた。
「まあ、野郎が相手だとこういうの仕掛けやすくていいよな」
「なんか凄い理由聞いた気がするんですけれど!?」
軽口と共に玲治が蹴り上げるようにして足元の土を悠人目がけて放る。
眼鏡だから土が目に入ることはないが、反射的に一瞬目を閉じてしまう。その隙間を見逃さず二人とも仕掛けてくるだろう、と小脇に抱える大根を抱く力を強める。
「そうじゃなくてもお前、手堅く点取れてるからなー。ご相伴にあずかりたい訳だ」
続いて仙也が悠人の抱える大根の尻を「押した」。引き抜く、叩き落とす、奪うためのそんな行為を予想していた悠人は予想外の挙動に保持が遅れる。
これまでいくつかの妨害に耐えてきた悠人だったが、疲労からかついにその牙城が崩れてしまった。
大根がすっぽ抜けるように宙を飛び、地面に落ちる。
この大根が分水嶺だ――そう確信する三人は地を蹴ると同時、一斉に大根へと手を伸ばす。
「……悪いが、ここは譲れないぜ」
栄光の大根を掴んだのは、玲治だ。芋も葱も服の中に突っ込み手を開けた彼は他の二人よりもほんの一瞬早く大根を掴むと懐に引き寄せ、それも服の中に突っ込んでゴールへと駆けていく。
もう一つの勝負は最後の最後に発生した。最後の収穫チャンスに大根畑に居たのはSpicaと和紗だ。
「どっちが農業系アイドルになるか、勝負……」
「受けて立ちましょう」
なるの? という疑問はこの場においては無粋だろう。
示された距離はどちらからもほぼ等距離。
弾かれたように和紗が手を伸ばし、Spicaが飛び込むようにヘッドスライディングで採りにかかる。
そして、大根を得たのは和紗の方だった。最後の力で和紗が大根を引き抜いたことを認めたSpicaは即座に芋畑へ走る。
最後まで食らいつくその様子は敵ながら天晴だ――そんなことを思いながら、和紗は慎重に野菜を運んでいった。
こうして皆が最後の野菜を籠に収め、終了の笛が周囲に響いた。
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集計が終わり、主審の悠はどうしたものかと腕を組む。
得点は悠人と玲治が同着で22PT。続いて仙也が21PT、Spicaが20PT、和紗が18PT、Rehniが16PTとなる。同着の二人の順位付けを行わなければならないのだ。
「……、向坂だな」
悩んだ末、悠はそう結論付けた。
悠人は高い能力で始終状況を有利に進めていた。高い能力に裏打ちされた正々堂々としたプレイは評価されるべきだ。
一方で玲治はかなり泥臭いと言えばいいのだろうか。基本は着実に刻みつつ、機さえあれば妨害による野菜の奪取も辞さなかった。
その結果が同着。ルールとして定められている事項をフルに利用してたどり着いた結果ならば、悠はそちらに軍配を上げる。裁定理由としてはそんな所だ。
暖かな拍手が響き渡るのは、悠が結果を一堂に告げたすぐの事だった。
用は済んだと芋を失敬して帰る者、力及ばずと肩を落とす者、それを慰める者。各々がそれぞれの反応を示しつつ試合は閉幕。
終われば後はノーサイド。今日の日の戦いは、いつかの日の団結に繋がるだろう。
主審、朝比奈悠はそう信じている。
(了)