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「救助対象を発見。周辺の匂いと救助対象の動きから魅了状態と判断」
「あのウツボカズラは以前出てきた奴と同じ…か?」
麻生 白夜(
jc1134)が現在の状況を確かめるように口にした言葉に、ロード・グングニル(
jb5282)が答え合わせをするように周囲へ言葉を。
皆、ロードと同じ認識だ。代表して、白夜がロードにコクリと頷いてみせた。
「シマイ殿は、中々その面影を忘れさせてくれぬようですな…」
「全くだ。随分と悪趣味な置土産を残してくれたもんだぜ」
ヘルマン・S・ウォルター(
jb5517)とケイ・フレイザー(
jb6707)はディアボロそのものよりも、かつてそれらを扱っていた悪魔へ思いを馳せてしまう。
「相手が何であれ、やることは同じよ。手筈通り…いいわね?」
「了解っ! さぁ、スレイプニル君、行くよ!」
鷹代 由稀(
jb1456)の声に承知を返し、蒼井 御子(
jb0655)が彼女を乗せるスレイプニルの背を一つ撫でる。
それを合図にスレイプニルが一気に速度を上げ、撃退士から見て最奥に控えるウツボカズラ目掛けて吶喊。
(ボクは器用じゃないんだ。敵を倒しつつ人を救うなんて出来ない。だから、)
救うことは、誰かに任せる。
追加移動も込みで一息で最長距離を詰めてくるスレイプニルに、ウツボカズラが驚いたような気配を見せた。
スレイプニルが空を駆けるようにウツボカズラの頭上を飛び越えるタイミングに合わせてスレイプニルから飛び降りれば、前門の御子、後門のスレイプニル。まずは挟撃体勢は成った。
同時に、未だ熱に浮かされたように歩く子供に最も近い位置にいたウツボカズラが彼目掛けて蔦を伸ばしかけ――
「そちらの子供はお任せいたしますぞ」
「了解。サポートはきっちりやるから、思う存分暴れていいわよ」
直後、由稀が子どもと蔦との射線割り込むと同時に放った弾丸に怯んだ様子を見せた。
生まれた隙を逃すまいとヘルマンが驚異的な機動力でウツボカズラを間合に収め、神速の踏み込みと共に大鎌を振るう。
残った一体へロードが光陰二種の刃を放ち牽制する中、尚もディアボロ目掛けて進もうとする子供目掛けて、ケイが風を生む。
夏の熱気を吹き払う春一番の突風。だが、風が止んでも子供が正気に戻った様子は見られない。
既に体内に香りを取り込んでしまっているため、周辺の香りを吹き飛ばしても魅了が解けるということはないのだろう。
「麻生、悪いが頼んだぜ」
「ん。大人しく、待ってなさい」
由稀から子供への対応を引き継いだ白夜はケイの言葉に頷くと、子供の目の前まで右手を伸ばし。
ぱちん、小さく指を弾く音。
その音をトリガーに発動する魂を縛る古代の退魔技術。それに付随する眠気に一般人は抗えない。
瞬く間に眠りに落ちた彼を白夜は抱きとめると、攻撃が届かない場所まで彼を移送する。
その時、ロードが狙っていた個体が動いた。
まだロード以外に狙うものがいない状態であったため、多少周囲を見る余裕もあったのだろう。
挟撃体勢にある御子とスレイプニルに仲間の危機を感じたのか、御子の足元目掛けて蔦を伸ばす。
ロードが警告の声を発するが、間に合わない。足を絡めとられた御子はスレイプニルと引き離されてしまう。
主を救おうとスレイプニルが動こうとするが、目の前の個体が振るう蔦の鞭に打ち据えられ、救助に向かえない。
「なんか思い出すと思ってたんだけどこいつら、デロなんとかボットに似てるんだ…!
デロい目に! デロい目に遭う!!」
美少女のデロい事態を期待した者が居たとしたら大変申し訳無いのだが今回のディアボロにそんな機能はついてない。
そして、それは御子もきちんと把握している。
別所から響くヘルマンを強く打ち据えた音。それに自身を掴んでいたウツボカズラの意識が一瞬そちらへ向いた瞬間、薙ぐような手刀で蔦を打ち、すかさず戒めから脱出を果たす。
他方、音源となったヘルマン。振るわれた攻撃への対処を捨て、更なる攻撃に意識を研ぎ澄ます。
武闘は舞踏。戦いはリズム。人を惑わす香りも己を打ち据える蔦の動きも何もかもを愛しいものの挙動のように受け止めて。
振るわれた鞭が身体を打ち据え、高い音が響く。けれど、ヘルマンは引かない。
戦場という舞台、踊るべき己の役割はその痛みに退くことではないと言わんばかりに、尚も一歩、前へ!
「さァ。滅ぼしましょう。いつかあの方が還る世界のために」
黄金の死がウツボカズラを下から上へなぞると同時、ウツボカズラの胴体が左右に両断される。
視線を再度御子を捕らえていたウツボカズラへ戻す。
一瞬他に気を取られていた隙に獲物を逃したことが腹立たしいのか、再度彼女へその蔦を向けようとするのだが、それに双剣を構えるケイが割り込んだ。
「悪いな、蒼井。ちょっと道草食っちまってた」
「大丈夫。ボクはまたスレイプニル君と向こうの押さえに入るからここは任せたよ」
おどけた仕草をケイに残し、御子はまた、最初に標的と定めていたウツボカズラへ走る。
ウツボカズラは今度はケイを狙うが、攻撃に注意が向いた結果無防備となった側面目掛けてロードが攻撃を加え、その瞬間を見逃さずケイの双剣が閃いた。
「さっさとご主人様の元へ逝きな」
ケイがそう言葉を投げた直後、後方から放たれた衝撃波がケイの与えた傷口へ潜り込み、内部からウツボカズラを破壊していく。
攻撃の主は白夜。白い指が宙で弾く鍵盤から放たれたものだ。
少年を眠らせたことで白夜の手が空いたことは非常に大きい。3対1、勝負は決まったようなものだ。
残ったウツボカズラは自身の盾になる存在を求めて御子へとまた蔦を伸ばす。
しかし、今度は由稀のサポートが間に合った。
地を薙ぐように放たれるアサルトライフルの弾丸の雨が蔦の速度を鈍らせ、御子の足を取らんと振るわれた蔦は虚しく宙を切る。
「その蔦、ちょっと躾がなって無いようね」
後方から聞こえてきた由稀の声に、全くだ、と御子は冷淡な表情で頷いた。
周囲に味方が居らず、後方からの援護射撃のみが友軍であるこの一瞬ならば、道化の仮面は必要ない。
アウルを収束させた由稀の弾丸が胴の右から生えた蔦を破壊する。
その蔦はまたすぐに生えてくるけれど、御子が接近するには充分だ。
攻撃が来る、とウツボカズラが御子を警戒し身構えたが、彼女の視線はウツボカズラではなく、その背後。
「業火一閃、灰塵と為せ――なんてね?」
スレイプニルが、いつの間にかウツボカズラへ肉薄していた。
御子の命令で爆発的に力を増幅された獣が縦横無尽に暴れ狂う中、合流してきたヘルマンに冷淡な表情を覆い隠し、笑顔を返す。
まだ完全に倒しきれてはいないようだが、ヘルマンが合流出来た時点で詰みだろう。
ケイ達が当たる個体も、すぐにケリが着くはずだ。
――その予想に違わず、程なくして三体のディアボロは撃破されたのだった。
●
教師に連絡を入れて事態を説明すると、子供を連れて撤収するように要請された。
ロードが子供を背負いながら帰りの道中を進む内に、ロードの背中で子供が小さく身じろぎ。
「お、目が覚めたか?」
「あれ。ここ…?」
状況を完全に飲み込めていない様子の彼に、ヘルマンが状況を説明すると共に名を問うてみる。
彼は、山下匠と名乗った。
「匠殿は、どうしてあんな所へ?」
「住んでた家におばあちゃんが大事にしてたおじいちゃんの写真があって。おばあちゃん、写真を取りに行ってあげれば喜ぶかなって…」
「あの町へは、まだ戻れない事になっておりましたが」
「その…撃退士の人が残った悪魔の手下も今やっつけてるって言うから…ぼくが行っても大丈夫なんじゃないかって……」
少なくとも表面上は撃退士達に咎めるような色はあまり無いようだが、それでも自身の行動で撃退士に迷惑をかけたという自覚はあるのか、言葉は段々と尻すぼみ。
「…ま、今回はたまたま私達がいたから運が良かったわね。でも、今後は子供が一人で危ない所に行かないこと。分かった?」
由稀の言葉に返す言葉がないのか、頷きはしたもののロードの背に顔をうずめてしばらくの間、無言。
だが、やがて彼は顔を上げて。
「ねえ…お兄ちゃんとかお姉ちゃんには、大事なものって、ある?」
「…大事な、もの?」
白夜がかくりと首を傾げる様子に匠はこくりと頷く。
「おばあちゃんはね、死んじゃったおじいちゃんと近い所に住んでいたいって言ってるんだ。
おばあちゃんだって悪魔は怖いと筈なのに、おじいちゃんの近くにいたいって気持ちは怖いって気持ちより大事なのかなって思って。
じゃあぼくにとって大事な物って何だろうって考えたんだけれど、良く分からないんだ…」
そんな問いに最初に口を開いたのは、御子だった。
「ボクの大事なものは物じゃないんだ」
「?」
分かりにくいかな、とクエスチョンマークだらけの匠の様子に少しだけ笑みを深めた。
けれど、言うだけは言ってしまおうと、彼のクエスチョンには構わず更に言葉を重ねる。
「ボクがボクであること。それが、ボクの大事なもの。誰に言われても。どんな事にあってもね。
物が無くなっても、その人との関わりは変わらない。その人が死んじゃってもね。だから、気持ちが大事だとボクは思ってるんだよ」
御子の言葉を必死に理解しようと考えを巡らせる匠に、今度はケイが口を開く。
「オレが大事にしているのはただ一つ、『自由である事』のみだ。
どんなに大変な事があっても決して誰かや何かのせいにしない事。それが自分自身の道を切り開く力になるんだぜ」
告げるのは、ケイが自身の信条としてきた言葉。自分の人生に振りかかる困難や理不尽に屈しないための道標。
誰にも、誰かの人生の代わりを務めることなど不可能だ。自分で乗り切るしか無いのならば、どんな困難であろうと楽しんで生きていたい――ケイは、そんな風に思うのだ。
「俺の大事なもの、か…」
匠を一度背中から降ろし、ロードは考えこむ。
そして、傍らの匠は答えを待つようにロードを見上げたまま答えを待つ。
「何気ない日常、かもしれないな」
「日常」
反芻するように繰り返された言葉に、ロードは匠と目線を合わせて頷いて。
「特に何も感じていなくても、それが当たり前の様に感じて。
突然、その均衡が崩れて失う――いつもの生活が変わってしまって……、空虚感――何かが無くなって寂しくなる気持ちが生まれるだろ?」
匠には少しだけ、ロードの言っていることが分かる気がする。
悪魔が来た、とそれまで住んでいた家を放り投げるように避難してきた。
それまでの生活が「当たり前」の物だったのならば、確かに、避難する前までの『何気ない日々』はきっと、大切なものだったはずだ。
「何にせよ、これから手に入るものがあったり、その代わりで失うものもあったりする。
……何が起きるかなんて読めたものじゃねぇ」
一先ず悪魔から襲われない住処を手に入れた代わりに、祖母は祖父の写真を手元に置けなくなった――そう考えるならば、ロードの言葉は匠にとって腑に落ちるもので。
言葉として理解することは出来ないまでも何かを感じたか、ロードの言葉に小さく頷いた。
「…お姉ちゃんは?」
「家族以外にあるの?」
続いての白夜の答えは、実にシンプルだった。
これ以外に無い、と断定するような言葉は祖母が祖父という家族の写真を大事にしていたことを考えれば、匠の中でも理解しやすい答えの一つであっただろう。
「無くなったら怖いものが、大事なものよ。貴方の家族は、大事なものじゃないの?」
「……大事、だと思う」
首を傾げて逆に問われ、匠はしばし考えた後に、白夜の問いかけに肯定を返していた。
父も、母も、そして祖母も。きっと居なくなったら、怖い。
回答に満足したのか、白夜は何度か頷いた後に、もう一度匠を見て。
「きっと、貴方の家族にとっても、貴方は大事なものだと思うの」
そうなのだろうか。考えこむようにあちらこちらへ視線を彷徨わせ、由稀への問いかけにヒントを見つけようと彼女へ歩み寄って。
「お姉さんは、何かある?」
「さーねぇ…あったんだけど、割とどうでもいいかなって思うようになってきたかも」
紫煙をくゆらせながらの回答に、匠の眉がへにょりと下がる。
目に見えて残念そうな気配に、由稀は匠の頭を撫でるように小さく叩いて。
「ま、君が大事にされているのはきっと本当のことよ。帰ってみれば分かるんじゃないかしら」
その言葉に納得したような、煙に撒かれたような。考えこむような表情を隠すこと無く自分から離れていく匠を由稀はぼんやりと見遣り。
「……ま、あの学園で正しいことなんてあるかすら怪しくなってきたけどさ」
煙草を咥えたままの小さな言葉は、誰の耳にも届くことがなかった。
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既に教師から連絡を受けていたのだろう。匠の家では彼の家族がその帰りを今か今かと待ちわびていた。
匠が無事に戻ってきたことを確認すると、彼の祖母が無事を全身で確かめるように匠を強く抱きしめる。
家族の安堵の声に、由稀の言葉が間違っていなかったことを匠は悟ったようだった。
父母が何度も頭を下げて来たことに礼を返し、ヘルマンは匠の方へと歩み寄って。
「匠殿。貴方を喪えば、おばあ様達はどれ程悲しまれましょうかな? 今の匠殿ならば、お分かりになりますな?」
「…うん」
「結構。ならば、生き延びるための臆病さを、生き続けるための慎重さを学ばれませ」
それらはきっと、見かけだけの強さなど及びもつかない程、誰かのための力になるのだから。
こくり、と頷く匠に、今度はケイが声をかける。
「ばーちゃんの為に何かしたい気持ちは分かるけどな。お前がじーちゃんみたいに格好よく生きてけば、ばーちゃん喜ぶんじゃないか?
お前自身だってじーちゃんの形見なんだぜ」
違うか? と匠の祖母を見る。
写真の中の伴侶を追いかけるのではなく、今生きている少年の中にその面影を見出すことが出来れば、それはきっと、彼女の生きる活力に繋がる筈だ。
ケイの言葉に衝撃を受けたのは、むしろ匠の祖母の方だったかもしれない。彼女は目を見開けば、ケイへ深々と頭を下げた。
「ねえ、おじいちゃん。聞いてなかったけれど、おじいちゃんの大事なものって、何?」
そろそろ引き上げようか、と周囲の空気がまとまりかけた時、匠がヘルマンに声をかけた。
ヘルマンはその問に、匠と目線を合わせるようにしゃがみこんで。
「内緒、でございます」
「何それー」
拗ねたように頬をふくらませる匠に、ヘルマンの笑みが深くなる。
「申し訳ありませぬが、それは語るようなものではございませぬ故」
秘して語らぬ。そんな大切なものも、確かに存在するものだ。
今は分からずとも、その意味を理解できた時、少年はまた一つ強くなれるのだろう。
ヘルマンには、その時が楽しみで仕方がない。
(了)