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マスター:離岸
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:7人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2014/10/04


みんなの思い出



オープニング


 西之表市にある民家、その一つ。
 シマイ=マナフ(jz0306)の寝床となっているその家で、シマイと八塚楓(jz0229)が向い合って座っている。

「でね、楓。天界と撃退士が手を組んだこの状況、結構不利だよね。
 このままだと、その内にこっちが押し切られちゃうと思うんだ」
「……それで、どうする気だ」
「このままだとジリ貧っぽいから、帰っちゃおうか」
「……!?」

 この島でのそれまでを全てご破算にしかねない一言に、楓は知らず、大きく目を見開く。

「冗談だよ。宇宙センターだっけ? あそこはもう少し頑張ってでも取る価値が在る。
 それができれば、これまでの損害が全てペイ出来る程ね。
 それに、君はまだここに居たいみたいだし、ね」

 からかうような声。身体を走る激情を何とか抑える。
 そうだろうとは思っていたが、確信する。
 シマイは、花火の日のやり取りを、知っている。

 だが、何故目の前の悪魔は、それを知らないように振舞うのか。
 楓と明確に対立することを避けたいのか、知らぬ存ぜずで通していけば楓が従うと思っているのか。

「で、今後だけれど、ちょっと南下した所に集落があるんだけれど、そこを抑えよう。
 強めのディアボロを集めて壁を作れば一気にここまで攻め込まれることも防げると思う。
 天界側はそんなに手駒も無いだろうし、粘ればまた撃退士だけを相手しているのと変わらない状況に戻せる」

 ――違う。
 余裕、なのだ。楓が何を思おうが、何を望もうが、全てを掌の上で踊らせる自信があるのだろう。

「でね、楓。その集落を取ってきてもらえるかな。住人を皆殺しにしても構わない。
 君なら向こうに感付かれる前に動けば大した邪魔も無く抑えられるよね」

 行ってくれるかい? という言葉と共に向けられた眼差しに、楓は沈黙を返す。
 見えない血に塗れた、朱い朱い手。今更許されるとは思っていない。

 けれど。

 ――お前達の手にかかりたい。
 あの日、そう口にした自分の声を思い出す。
 彼らなら、その願いも聞き届けてくれるのではないかと思ってしまう自分が居る。

 だから。

 そう遠くないその日に背負う十字架が、これ以上重くならないことを願ってしまう。
 己を蝕む後悔を、これ以上増やしたくないと望んでしまう。

 それは――我儘なのだろうか。

 少しの間、シマイは楓が何かを言い出すのを待っていた。
 だが、待つことに飽きたのか、小さくかぶりを振って立ち上がる。

「……疲れてるみたいだね。分かった、ちょっと遅いけれど夏休みをあげよう。今回は俺が出るよ」
「お前が?」

 芝居抜きで、予想外の言葉だった。

「はは、悪魔を見くびっちゃだめだよ。もらった報酬のテストもしたいしね」

 笑いながら人差し指で宙に円を描く。
 描いた小さな円が黒く彩られ、闇の中から赤い靴、一足。

「この間結界術を学びに来てた子たち、覚えてる?
 あの時の教師代の一つがこれなんだけれど、結構面白いんだ。
 眠っているような状態でこの靴を履いた人間はずっと踊り続けてしまうんだ。
 その踊りも結構苛烈でね。ヤワな足なんて踏み抜いちゃうようなステップさ。
 撃退士相手にはだいぶ効くと思わない?」

 楽しみだよね、なんて声を伴って、シマイが玄関へと向かい――その姿を消す。
 その姿が消えて数分。

 今更ニンゲンノミカタであるなんて謳うことはできない。
 悪党はどこまでも悪党で在ることしか出来ない。
 だから、この行為はどうしようもなく自己満足。
 悪意を止められない己が唯一出来る、悪魔への悪あがき。

 楓はポケットから携帯電話を取り出す。
 震える指先が、ゆっくりとダイヤルボタンを押し込んでいく。


「よろしいのですか。八塚楓にあそこまで情報を与えて」

 りいん。
 ねぐらを出て歩くこと数分。小さな鈴の音と共にシマイへ向けて声が放たれた。
 声の主は、金髪をツインテールに結った一人の少女。
 表情の抑揚に乏しい顔立ちこそ整っているものの、ボロボロの外套がその見た目を台無しにしている。
 両手首の鈴がついたブレスレットだけが妙に綺麗に輝いており、外見とのミスマッチを誘う。

「あいつは俺の従者だよ? 今後の動きの説明するのは当然さ」
「ですが、話を伺うに彼は人間に傾いているようです。喋ったことが人間に流れるのでは?」
「流れるだろうね」

 平然と答えるシマイに、少女は不思議そうに首を傾げた。

「あいつにも言ったけど、貰い物のテストしたいんだよね。
 見た限り、この靴を履かせた人間、負荷が大きすぎてすぐ死んじゃうんだ。
 同じ使い捨てるでも多少は長持ちさせたいからさ。今後調整するんだけれど、そのテスト相手が欲しいんだよ」
 
 シマイの言葉に一応の納得はしたのか、少女はこくりと一つ頷く。

「ま、お喋りは歩きながらでも出来るし、行こうか。
 しかし、聞いていた通り君と居ると眠くなるね。制圧に便利ってのは本当みたいだ、頼りにしてるよ」
「はい。不詳私リーン=リイン、ご期待に答えられるよう微力を尽くします」
「期待してるよ。これが一段落したらあいつに贈り物もしたいからさ、何とか上手く事を運びたいんだよね」
「贈り物、ですか」
「そう、贈り物。あいつの驚く顔が目に浮かぶようだよ、楽しみだなぁ」

 シマイが浮かべる笑みは、今日が彼と初顔合わせの少女の目にも碌でもない事を企んでいるように見えた。

 楽しそうに月を見上げながら、悪魔が進む。
 少女はしばらくその背中を見つめ、次いでまだ楓がそこに居る、一件の家屋をしばし見つめて。

 りいん。
 ブレスレットの鈴を小さく鳴らし、シマイを追って歩き始めた。


 八塚楓から連絡があった。
 夜半、召集を受けて集まった学生を前に、教師はそう告げた。
 
 西之表市から南下した位置にある集落を、シマイ=マナフが狙っていること。
 赤い靴で一般人を操り、撃退士にぶつけようと企んでいること。

 伝えられたそれらの情報が、罠という可能性もあり得る。
 けれど、それを無視することも出来ない。

 現地へ向けて走りだす。
 今日は雲も出ていないため夜でも明るく、過ごしやすい。
 これが任務でなければ良い月見日和だっただろう、と誰かがそんなことを思いかけ――不意に、足を止める。

 突如、違和感のような眠気を感じたからだ。
 眠気と言っても行動に支障が出るようなものではない。
 しかし、任務中の緊張を無視して眠気が表に出るようなことがあるものだろうか。

 他の仲間も同様の感覚に陥ったらしい。
 何かあると確信じみた勘を頼りに魔具を活性化、周辺へ意識を配る。

「成程。シマイ様は確かに八塚楓を理解していますね。ここまで予想通りのタイミングで現れるとは」

 りいん。
 小さな鈴の音を伴い、少女の声が前方から響く。
 視線を声の方へ。

 月明かりの下、数体のリザードマンと赤い靴を履いた人々を引き連れて、一人の少女が静かに歩み寄ってくる。
 リザードマンと赤い靴の人々は少女の周囲に展開し、既に臨戦態勢。

「こんばんは、撃退士。この先は取り込み中故、しばし私がお相手させていただきます。
 ご存知かもしれませんが、赤い靴を履いた者達は力を持たぬ一般人です。
 貴方達が戦わずに先へ向かうならば彼らを殺めるようにとの指示でした」

 淡々と、表情を変えぬまま少女はそこまで言葉を発してから、肩の高さまで手をかざし。
 りいん。
 身に付けているブレスレットの鈴を小さく鳴らす。
 開戦の、合図だった。


リプレイ本文


 悪魔の従者から人の営みが侵されるという通報があった。
 その事実について何を想うかは、受取手の心が決めることだ。
 そこに、正解も不正解も存在しない。

「あの楓ちゃんが主人の命令に反抗するなんてな」

 ケイ・フレイザー(jb6707)は、その通報を面白いと感じた。
 八塚楓には何かに囚われず、「自らの由」のみで動き続けて行って欲しい。
 今回の通報は、その第一歩だったのではないだろうか。
 歩み始めた楓が何処へ向かうのか。是非とも歩んだ先を見てみたいものだ。

「――ってなわけで、ここは勝ちにいかねえとな」
「何が『ってなわけで』なのかはよく分からないっすが…」

 声を受けた平賀 クロム(jb6178)は、その通報に戸惑いを覚えた。
 八塚楓は人類の裏切り者だ。
 多くの人々を理由もなくただ殺めた、敵。いつか倒すべき相手であるという認識は今も変わらない。
 けれど。
 何故こうも、己はあいつを助けたいと思うのか。
 知とは毒だ。倒すべき相手と断じて何度も刃を、言葉を重ねていった結果――人類の敵たる彼を、何処か憎み切れなくなっている己が居ることも確かで。

 赤い靴を履いた人々が、愚直なまでに一直線に迫ってくる。
 バンダナを抑え、意識を切り替える。
 赤い靴を履く足が、撃退士達に届く数歩先まで近づいた所で、クロムが動いた。
 自ら一息で赤い靴たちと距離を詰め、圧縮された風を開放、赤い靴達を左右へ押しのける。

 作り出された隙間に今度はケイが割って入り、彼が解き放つ風の暴威がもう一度赤い靴達を襲った。
 二度の暴風で海を割ったように中央に作られた道。
 赤い靴は右に一体、左に二体。まずは分断できたか。

「…通報してきたって事は『止めてくれ』って事っすよね、楓」

 クロムのその呟きは、吹き荒ぶ風に乗ってケイの耳にのみ届いた。

「――ってなわけだよ」

 今はまず、その思いを叶えよう。


 アンジェラ・アップルトン(ja9940)は、その通報を信頼した。
 赤い靴が人を操るための条件。この場に居座り続ける不可解な睡魔。
 二つから導かれるのは、『靴を履いた人々が目を覚ませば、靴の支配から開放される』という推測。
 久遠ヶ原の毒りんごを自称する己が誰かを目覚めさせるとは、中々洒落が効いている。

「ヘルマン殿、左は私が!」
「承知いたしました、それでは私が右の一人を」

 アンジェラと同じ結論に至ったヘルマン・S・ウォルター(jb5517)は、右側に押しやられた一人へ向けて猛然と走りだす。
 ヘルマンは、受けた通報よりもまずシマイ=マナフへ思いを馳せる。
 相変わらず操ることが好きだと冷ややかに笑う心底で、怒りと異なる感情が同居していることは、知らぬふりをした。

 ヘルマンとアンジェラがほぼ同時に赤い靴との距離を詰め、加減を込めた体当たり。
 直後に控えるリザード達との戦いに巻き込まれぬよう、突き飛ばす先を国道脇の畑へ向けることも忘れない。
 赤い靴は二人を避けることが出来ぬまま、目論見通りに畑へと突き飛ばされ、

 りいん。

 不意に、鈴の音。
 二足の靴が操る人々は目覚めること無く受け身を取って立ち上がり、そのまま手近の二人へと襲いかかる。
 アンジェラの側は二足同時に相手をしなければならない上、無闇に反撃が出来ない状況は何とも動きにくい。

「目覚めないか…!」
「アンジェラさん、もう一発風が来るっすよ!」

 フォローのためにクロムが再度風を解き放ち、左側に寄せられた二足を完全に畑へ押し込む。
 生み出された風に乗ってアンジェラも畑へ。用意していた水を二足の顔へ撒き散らし、注意を他所へ向けぬようにすることも忘れない。

「貴方がこの睡魔の元凶ですかな。その鈴かご自身か、しかと判断は出来かねますが」

 ヘルマンの頬を赤い靴が掠めていく。
 頬に生まれた僅かな熱を感じながら、彼は奥の少女へ水を向ける。

「今目の前で起きていることが事実です。
 強いて言うならば、多少の衝撃で目覚めてしまうならば、元より兵として用いることに無理があるのではないでしょうか。
 それよりも、それを気にする余地は無いのでは?」

 淡々と答える声に付随するように、槍を構えたリザードが背後からヘルマンを貫かんと駆け抜ける。


 銃声。
 次の瞬間にはヘルマンを貫いていただろう槍は、早々に右側の畑に位置取っていた紅香 忍(jb7811)が放つ銃弾によって阻止される。
 同時に、ヴォルガ(jb3968)とケイが拓けた道を駆け抜け、残った二体へ向けて攻撃を仕掛けていく。

 ヴォルガにとって、楓からの通報はどう映ったのだろう。気が付けばそこに居る髑髏は何も語らない。
 只々首を刎ね飛ばさんと放たれた一撃をかろうじて受け止めたランサーは、その斬撃の重さに思わず膝を着いてしまう。
 振るわれる一撃は、彼の外見相応に命を刈り取るにふさわしい。

「ゥウ……!」

 ランサーの喉の奥から、警戒するような唸り声。
 余所見などしている余裕はないと、意識しているのが傍目で分かる。

 その隣で風色のアウルを纏ったケイは、次々に繰り出される刺突を払い、流し、時に受け。
 攻撃の軌道をコンマ一秒毎に計算しながら致命傷を受けぬよう立ち回る。
 唯一予想外だったのは、矢の射程には居るだろうに未だ射手が動かないこと。
 ランサーが避けることを期待してまで攻撃を加える気はない、ということだろうか。

(シマイのおっさんなら「みんな仲良く」なんて思考は刷り込まねえと思ったんだがな…)

 ケイが避けたらランサーに矢が当たるような位置取りならば話は違ったかもしれないが、少なくともこの状況下で己に矢は飛んでこない。

 一方、攻撃の邪魔をした忍目掛けて畑に向かいかけたランサーを、ジーナ・アンドレーエフ(ja7885)が放つ火の玉のようなアウルが止める。
 ジーナは、受けた通報を楓が変わり始めた証だと思う。
 人とは、自身の過ちに気づいたその時に変われるものだと彼女は考える。
 けれど、楓の後ろにはシマイが居る。
 シマイが楓を操ろうとする限り、不要な災厄は撒き散らされ続けるのだろう。

「悪いけれど、潰させてもらうよ」

 今の所赤い靴達は左右の畑でアンジェラとヘルマンが抑えてくれている。
 手加減した攻撃で目覚めさせて靴を脱がす、という当初のプランこそ上手くいかなかったが、このまま戦い続ければ矢や火炎に巻き込まれることはないだろう。
 後は、一般人が巻き込まれぬ位置取りを意識し続ければいい。

「ヴォルガさん、もう少し右に寄ってもらえるかしらぁ。そう、そんな感じだわぁ」

 カオスレートの隔たりが生む強烈な刺突をを物ともせずに捌きながら、よく出来ましたとばかりに満面の笑顔。
 
(……物好き)

 操られた一般人を救おうと試行を重ねる同行者達を、忍はそう断じる。
 敵は殺す。それだけだ。
 今だってほら、ヘルマンへ攻撃を続ける赤い靴の寄生主、その心臓へ一発撃てばそれで敵が一つ減るというのに。
 彼にとって、ヴァニタスからの通報などどうでもいい。
 そこに依頼があり、報酬があればそれは立派に己がここに立つ理由足りうる。
 側面からの射撃を続ける忍の存在を厄介と感じたか、ランサーが咆哮一つ。
 それに応じて、少女の側で待機していた射手が動いた。
 三体が一斉に弓を引き絞り、忍目掛けて斉射。
 いくら機動力のある忍軍と言えど三体からの攻撃を全ていなすことは難しく、一発が左手を貫き畑に血をまき散らす。

「……っ! 後で殺す…!」

 忌々しげに声を押し殺し、一度矢の射程から逃れる。
 その隙に射手目掛けて走りかけたクロムだったが、忍が矢の射程外へ逃れたことで向けられた目に思わずブレーキ。

(あれを抜けて射手を一人でどうこうするのは難しそうっすね)

 一般人の避難が叶わぬ状況下、多くの者がランサーへ当たる中では一人で弓矢を捌き切れないと判断する。
 ならば先にランサーを片付けた方が早いとジーナが相手をしているランサーへ。

「ジーナさん、アンジェラさんの手伝いしてあげて欲しいっす。コイツは俺が」

 二足からの攻撃を浴び続けるアンジェラには、どうしても攻撃を避けきる事が出来ない瞬間がある。
 既に何発かダメージを受けている彼女のフォローには回復スキルを持つジーナが適任だろう。

「悪いわね、こっちは頼んだわぁ」

 ジーナも同意見だったようだ。頷き一つ、走りだす。
 視界の端に移るヴォルガと戦うランサーが深く息を吸い、口の端から炎が覗いたのが見えた。
 アンジェラの元へ辿り着くにはどうしても一瞬、ヴォルガと同一直線上に立つ必要がある。
 それを狙い、二人共焼いてしまおうという腹づもりだろうか。

「……死ね…」

 けれど、それは忍が許さない。
 ヴォルガとケイ、二人が相手取っていたランサー二体を同一直線上に置いていたのは撃退士達も同じだ。
 
 轟!
 
 忍が放つ焔色の蛇が生む熱はランサーの攻撃を一瞬止めるには十分すぎた。
 得られた空白をジーナが駆け、アンジェラの元へ辿り着く。
 よくも邪魔をしたな、と言わんばかりにランサーは忍を睨みつけるが、交戦中にその行為は自殺行為でしか無い。

「余所見とは、余裕だな?」

 月の光を受けて、ヴォルガの大剣に飾られたルビーが輝きを放つ。
 その煌めきが、首が銅から離れる前にランサーが見た最後の光だった。



 一体数が減れば、後は雪崩のように戦況は撃退士の側へと傾いていくばかり。
 一体目のランサーを倒したヴォルガと忍はそのままケイが対応していたランサーへ。それが片付けば、今度はクロムが抑えていたランサーへ。
 ヴォルガの一撃の重さを脅威と見た射手は何度も彼へ矢を浴びせたが、髑髏は何度射られても倒れようとしない。

「頃合いでしょうか」

 りいん。
 ランサーが全て倒れたことを見届けると同時、少女の呟きと共に鈴の音が周囲に響き渡る。
 次の瞬間、あれほど暴れ回っていた赤い靴達が急に動きを止めた。

「……あ、あれ?」
「何処だ、ここ」

 先の鈴の音が眠りを操作するためのスイッチだったのかもしれない。
 赤い靴が動きを止めると、それを履く人々が目を見開き、困惑したような声を上げる。
 またいつ目の前の人々が眠らせられるかも分からない。話は後だと言わんばかりにアンジェラとヘルマンが赤い靴を脱がせにかかる。

 それを尻目に、忍は少女へと銃を向けて。

「貴様……ヴァニタスか? 悪魔か?
 ……シマイの手下か? ……シマイはどこに居る?」
「順にお答えします。ヴァニタスか、悪魔か。ヴァニタスです。
 シマイの手下か。一応、YESでしょうか。彼の手伝いという名目でここにおります。
 最後のご質問に関しましては、貴方がたが何処へ向かっていたのか、という所が答えになるかと」

 銃声。放たれた銃弾は弓兵の持つ盾に受け止められる。

「そう急かずとも今日はもう何も行いませんのでご安心を。
 今ほど、シマイ様から伝言を預かりました。
『集落は抑えた。取り戻したければかかっておいで』――だ、そうです」
「左様ですか。時に、シマイ殿にお伝えを。自分の体を動かさないと、いざという時にギックリ腰になりますよ、と」
「…お伝えしておきましょう」

 用事は済んだとばかりに少女はそのまま回れ右。集落の方向へと一歩、足を進めて。
 それを止めるように、クロムが声を上げる。
 これは聞いておかなければならない。きっと、この少女とは浅からぬ付き合いとなるのだろうから。

「俺は平賀クロムっす。あんた、名前は?」
「…そうですね。名乗っておきましょうか」

 かけられた声に再度撃退士達の方を向くと、少女はドレスでも纏っているかのようにボロボロの外套の端をつまんで。
 それを少しだけ持ち上げて、一礼。

「リーン=リイン。それが悪魔の玩具である私の名です」



 リーンと名乗る少女がこの場から立ち去った後、ヴォルガは念入りにリザードの死体を解体し始め、忍もそれに習って死体の処理を始める。
 首から尾、部位毎に切断を徹底する様は異様ですらあったが、死んだふりという可能性がちらつく程の生命力を持つのがリザードマンという種族だ。
 そうでもしなければ落ち着かぬという彼の言は、臆病というよりも戦場の恐ろしさを熟知しているが故の言葉のようにも見えた。
 
「……死んだかね?」

 語りかけられた首は、答えない。

「赤い靴の物語は死ぬまで踊り続ける呪い…胸騒ぎがするな」

 ここまでの状況から、楓の通報は本物であり、悪魔が集落を抑えた事は事実なのだろう。
 ケイが本部に現状を伝えた所、一度対策を練る必要があるため引き上げて欲しいとの事だった。
 しかし、それよりも脳裏に居座る違和感がアンジェラの足を止める。
 目覚めた一般人への状況説明を行うジーナやクロムを見やりながら、彼女の思考は止まらない。
 ヘルマンも何か引っかかるものがあるらしい。顎に手を当て視線をあちらこちらへと漂わせている。

 考える。
 眠っている等、意識がない状態の人間を赤い靴は操ることが出来る。
 意識のない、人間。

「梓の意識は今も…?」

 不意に口に出た言葉に、ハッと顔を上げる。
 ヘルマンも同じ結論に達したらしい。
 楓への戒めのために赤い靴で梓を奪うことなど、シマイなら平然とやってのける。

「彼女の保護は出来ないのか!?」
「それも含めて、対策を練る必要があるんだろうな」

 話を聞いていたケイにも頷ける所はあったのだろう。
 再度電話を取り出し、この推測を本部へ伝えるようだ。

(……シマイのおっさんは、何が見たいんだ?)
「ヘルマン殿、何処へ?」

 何処かへ向けて歩き出すヘルマンへ、アンジェラが声をかける。

「いえ…何とか楓殿に言葉を届けたいと思いまして。打てる手は全て打っておこうかと」
 

 その集落には、夜相応の静けさが存在していた。
 問題は、集落に漂う静けさが、悪魔の手によって作り出された物であるということだろう。
 誰も彼もが眠っている――赤い靴を履いたまま。

「あぁ?…気付かれちゃったか」

 集落のとある一軒家。シマイ・マナフ(jz0306)は自分でも久しぶりだと思う渋面を作っていた。
 撃退士とリーン達の一戦は監視用のディアボロ経由で観察していた。
 今回の結果は、散々計画を邪魔され続けてきたこれまでから予測できていた事。

 しかし、まさか一度の邂逅で己の企みを見抜かれるとは。

 楓とて馬鹿ではない。そう遠くない内に赤い靴の意味に気付く。
 それまでに梓を確保できる見積もりではあったが、撃退士に勘付かれた以上楓が己の目論見を知るのもすぐの話だ。
 老いた悪魔が楓と出会った場所へ残したメッセージも、隠蔽は出来るが焼け石に水だろう。

「んー…まあ、少し頑張るかなぁ。急に動いてギックリ腰になっても困るし、ね」

 ともあれ、直に戻ってくるリーンを出迎えよう。
 こきりと首を鳴らして玄関へ。家の扉を開き、思う。
 檻の外から獣達を眺めているつもりでいたが、現状は火遊びに近い。
 火傷には、ゆめゆめ気をつけねばなるまい。

 扉が、閉じる。
 作り出された静寂が、再度場を支配する。

(了)


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 華麗に参上!・アンジェラ・アップルトン(ja9940)
 遥かな高みを目指す者・ヴォルガ(jb3968)
 永遠を貴方に・ヘルマン・S・ウォルター(jb5517)
重体: −
面白かった!:5人

おまえだけは絶対許さない・
ジーナ・アンドレーエフ(ja7885)

大学部8年40組 女 アストラルヴァンガード
華麗に参上!・
アンジェラ・アップルトン(ja9940)

卒業 女 ルインズブレイド
遥かな高みを目指す者・
ヴォルガ(jb3968)

大学部8年1組 男 ルインズブレイド
永遠を貴方に・
ヘルマン・S・ウォルター(jb5517)

大学部8年29組 男 ルインズブレイド
種に灯る送り火・
平賀 クロム(jb6178)

大学部3年5組 男 アカシックレコーダー:タイプB
久遠の風を指し示す者・
ケイ・フレイザー(jb6707)

大学部3年202組 男 アカシックレコーダー:タイプB
Lightning Eater・
紅香 忍(jb7811)

中等部3年7組 男 鬼道忍軍