●暴風雪・ディアボロ注意報
機能性とオシャレを両立させた姿に満足し、スノボウェアを着て姿見の前でポーズを決めていた頃が、ひどく懐かしい。
「マジで寒いんですけどー!?」
猛吹雪の中、Lilac(
jb7998)は前に進もうともがいていた。
「ていうか、このガサガサって音、何!?」
彼女が先ほどから常に聞こえている怪音の方を見やると、そこには、マフラーが風にさらわれないようにと必死なリシオ・J・イヴォール(
jb7327)がいた。
「サ、寒イです……」
防寒対策にと服の中に突っ込んだ新聞紙をガサガサいわせながら、リシオが周囲を見回す。
「これガ雪でスカ! は、はじめ、初めテ見タ!」
目は嬉しそうに輝いているものの、ガタガタと震えるリシオ。そんな彼女に予備の防寒具を貸そうと、月乃宮 恋音(
jb1221)が鞄の中を漁る。様々な食材や、大事にケースに収納された卵。それらが入った鞄の中、何か手軽に温まれるいい物はないかと恋音が探していたそのとき。
隣から、やけに毛深い腕が伸びてきた。肉球までついている愛らしい手には、使い捨てカイロが握られている。
束で差し出されたそれを受取ろうとして、リシオの表情が凍りついた。
この手は、どう見ても獣のそれである。
ゆっくりと顔を上げたそこで見たのは……。
「熊ァァァァァーッ!?」
「俺だ俺!」
くまの着ぐるみ姿の藤堂 猛流(
jb7225)だった。巨大かつ愛らしい着ぐるみの中から、猛流が己の存在をアピールする必死の声が響き渡る。
そんな声たちを背後に、先頭を切って養蜂場へ続く林に突入するのは、苑邑花月(
ja0830)と鈴木千早(
ja0203)だ。
「……甘い香り、に、……とろける、お味。……楽しみ、ですわ〜。……でも、その前に、ディアボロを何とか、しません……と」
花月の言葉に、蜂蜜パーティーで脳内が満たされていたリシオとLilacが同時に小首を傾げる。
「言っているそばから、おでましのようですよ」
いつもと変わらぬ静かな微笑みをたたえたまま、千早が素早く戦闘態勢へと移行する。
木々の間を抜ける吹雪に混ざる、モーター音にも似た羽音。
「上、です……!」
花月の言葉に、一同が頭上を見上げる。
そこにいたのは、のろのろとこちらへ飛んでくる3匹の巨大蜂型ディアボロだった。
「出ターッ!?」
「えっ、えっ、ちょっと待って、まだ心の準備が……!」
慌てふためくリシオとLilacの後ろで、恋音が少し離れたモミの木に駆け寄る。
(「……これできっと大丈夫ですよねぇ……」)
信じようとするかのように小さく頷き、恋音は戦場へと戻った。
●一致団結
「来るぞ!」
ヴォーゲンシールドを構えた熊もとい猛流の鋭い声に、リシオとLilacが慌てて周囲を見回す。
「とりあえズ、そこに隠れ……ふにゃあっ!?」
「ひゃあんっ!?」
Lilacを木の陰に押し込もうとして、リシオが彼女を巻き込んで派手に転ぶ。そこへ救いの手を差し伸べたのは、
「……こっちですよぉ……!」
Lilacを助け起こして木の陰に誘導する恋音と、
「そのまま伏せてろ!」
リシオを庇って前に飛び出した猛流だった。
猛流の盾と、花月を庇う千早の盾。ディアボロたちが乱射する巨大針が2枚の盾に当たり、硬質な音を響かせる。
「お怪我は無いですか?」
「……はいっ……」
花月の無事を確認すると、千早はディアボロたちへと視線を戻した。
ディアボロたちが、噛みつこうと大口を上げて近づいてくる。しかしそこに立ちはだかるのは、またしても猛流だった。
「お見通しだ!!」
大振りの攻撃がディアボロにまともに当たり、1体を地面へと叩き落とす。そこに止め決めたのは、狙い澄ました雷撃を放つ恋音だった。
残り2体のディアボロを牽制すべく、千早が次々と矢を放つ。
「ハ、早く終わらせテ、ト、トイレに行クのでス!」
涙目のリシオの手に、雷の輝きが生まれる。
「リッちゃん、ふぁいとっ! ライラ、邪魔になんないように後ろでちょこちょこっと頑張……いやーーっ!?」
何か支援できることはないかと考えを巡らせていたLilacが、ディアボロのうち1体が己に向かってくることに気付いた。
雪を舞い上がらせて逃げ回るLilacとディアボロの間に、恋音とリシオが割り込む。
「トイレに……」
恋音の放った雷に続くように、リシオがディアボロへと迫った。
「トイレに! 行クのでス!!!」
剣状に伸びた雷が、動きののろいディアボロに吸い込まれるように決まる。これでもかというほど攻撃を叩き込まれたディアボロが動くことは、二度となかった。
「千早さんっ! 今……です、わ!」
花月の声に、千早が小さく頷く。
一射入魂といわんばかりの千早の一撃と、祈るように生み出された花月の雷が、ディアボロを挟み撃ちにする。
逃げようにも、寒さのせいか動きののろいディアボロには、その息の合った攻撃を避けることなどできるはずもなく。
最後の1匹もまた、没する道しか残ってはいなかった。
「んふー……初勝利記念の自撮り写メもこれで可愛く……あーっ!! 手袋で上手く操作できないうわあああ!!」
「どれどれ」
Lilacの手から端末を取り上げた猛流が、着ぐるみの手で小さなタッチペンを使い器用に操作する。そのままテキパキと皆を集合させると、
「はい、チーズ!」
熊による自撮り風の角度で、端末には記念写真が登録されたのだった。
●真心を込めて
吹雪から逃れるように転がり込んだ、マダムの別荘でもある養蜂場。キッチンから地下へと続く階段を降りると、そこが目的の貯蔵庫だった。
「ああ、とてもわかりやすいですね」
マダム専用と大きく書かれた棚に鎮座する、なんだか高級そうな壺。お使いの品を手に、千早が思わず苦笑する。
(「……マダムへのお土産のお菓子、美味しく作りませんとねぇ……」)
恋音が、依頼主に了承を得て少し貰えることになったローヤルゼリーの超小瓶を手にする。その隣では、猛流がパーティーに使う蜂蜜の瓶を抱えていた。
3人がキッチンに戻ると、ちょうどそこにLilacが入ってきた。
「ねえねえ。ライラも作りたいものがあるんだけど、ちょっとだけ蜂蜜わけてくれない?」
もちろん皆で手に入れたものをわけないわけがない。差し出されたボトルに、猛流が蜂蜜を流し込む。
「少し待っていてもらえますか? 持って行っていただきたいものがあるのです」
手伝いは積極的にやるつもりだったLilacに、千早の言葉を断る理由などなかった。
「見てくださイ! こんナ可愛いのがありましタ!」
「まあ……!」
その頃居間では、リシオが見つけてきたワインボトルを嬉々として花月に差し出していた。
大きなハートマークをあしらったこのボトルなら、別荘内で見つけたドライフラワーを飾るのにちょうどいいだろう。万が一に備えて持参したプリザーブドフラワーと共に、花月がバランスよく飾り付けていく。
「おかげで、素敵……なパーティー……になりそう、です。リシオさん……ありがとう、ござい、ます」
「旗からザルもの食ウべからズ、でス!」
得意げに言うリシオだが、完全に日本語を間違って覚えている。彼女の言わんとすることに気付いた花月が、思わず笑いをこぼした。
「そういえバ、蜂蜜に合う食材、持ってきたのでス」
そう言ってリシオが鞄から取り出したのは――。
「お餅……ですか?」
「意外ニ合うのでス! 正月の余り物につけタら美味しかっタでス!」
バターと合わせて塗っても美味しかったなどと言いつつ、餅をキッチンに持っていこうとしてリシオがドアを開ける。
彼女と入れ替わりに入ってきたのは、カップの載ったトレイを持つLilacだった。
「ちっぱーちゃんが、『寒い最中の戦闘でしたし、温まるかと。お口に合うかわかりませんが、よろしければどうぞ』だって」
千早の物真似風メッセージと共に差し出されるトレイ。そこに載っているのは、千早作の蜂蜜レモンと、猛流作の蜂蜜レモンミルクだ。
「Lilacさん、も……お手伝い、ありがとう……ございます」
「んーん、気にしないでよ。てか、この爪でお料理したら嫌がられるだろうし、ライラあんまお料理好きくないからねー。でも食べ物じゃないけどいいもの作るから、楽しみにしててねっ★」
キッチンでは、砂糖の代わりにはちみつを使ったラスクが真っ先に完成していた。それを作った猛流はというと、熊柄のエプロンを纏い、恋音を手伝いつつレシピメモを取っていた。
「砂糖を減らして、代わりに蜂蜜か。なるほど」
「……柚子は搾るよりも、すり下ろして混ぜる方がおすすめですよぉ……」
恋音のレシピである蜂蜜と柚子のシフォンケーキの要点を反復しつつ、猛流が生地をオーブンに入れる。
焼き上がりを待つ間、恋音はハニーマドレーヌの盛り付けと仕上げに取り掛かった。
「……このマドレーヌはですねぇ……」
シフォンケーキ同様、砂糖を減らした代わりに蜂蜜を使ったマドレーヌに、恋音が蜂蜜をとろりと垂らす。
「……完成後、蜂蜜を表面に塗っても美味しいですよぉ……」
「ふむ……あ、こっちは俺が塗ろう」
「随分と熱心ですね」
恋音の言うこと全てを吸収しようするかのような猛流の様子に、千早がふと呟く。
瞬間、猛流の精悍な顔つきが――とろけるのではないかというほど崩れた。
「いやあ、俺の恋人も料理や菓子作りが得意でな」
脳裏には恋人の姿が浮かんでいるのだろう。声のトーンまで高くなった猛流が、持参したラッピング用品を取り出しつつ幸せそうに続ける。
「月乃宮に習って作った菓子が、お眼鏡にかなうといいんだがなぁ」
「もしよろしければそのラッピング、俺に任せてくれませんか? 最適のラッピングができる人物を知っていますので」
「いいのか?」
相変わらず穏やかな笑みを浮かべ、千早が頷く。恋人の特徴を聞こうと、彼が言葉を続けようとした瞬間。
「頼もーでス!!!」
正月の余り物を抱え、リシオがキッチンに飛び込んで来た。
●琥珀色の誘惑
薪がはぜる暖炉。清楚なフラワーアレンジメントで彩られた室内。淡いピンクと、薄いクリーム色。2色のクロスでドレスアップしたテーブルに、甘い香りを漂わせる菓子が並ぶ。
「……砂糖の代わりに、蜂蜜を入れたハニーミルクティーですよぉ……」
自身は少食な為、食べるよりも料理をふるまうことに楽しみを見出す恋音が、皆のカップにおかわりを注いでいく。
気持ちのいい食べっぷりを見せているのは、リシオだ。
「甘くテおいしイのでス!」
頬に蜂蜜がついていることにも気づかず、にんまりとしたあどけない笑みを浮かべてマドレーヌを頬張るリシオ。そんな彼女を眺める恋音は、満足げに微笑んでいた。
「じゃーん! 蜂蜜ローション出来たぞー!」
食べ物の並ぶテーブルから一応離れ、部屋の隅で精製水やグリセリン、蜂蜜などが入ったボトルをシャカシャカ振っていたLilacが、小分け用のアトマイザーに移し替えたそれを配る。
「アルコールフリーだから低刺激でスバラシーよね★ はいっ、熊ちゃんには2つあげる!」
「お、ありがとな!」
先ほどから最愛の恋人についてののろけが止まらなくなってしまった猛流に、彼女の分も合わせて渡すLilac。そこへ混ざるのは、小さな包みを抱えた花月だ。
「猛流、さん……。これ、千早さんから……預かっていた物、です……」
差し出されたのは、恋音に教わって猛流が作った菓子だ。すっきりとした薄青い包装紙のそれは銀色と緑のリボンで彩られ、仕上げに可憐な白バラのプリザーブドフラワーが飾られていた。その仕上がりに、猛流が目を見張る。
「これ、本当に貰ってもいいのか?」
「はい……彼女さんに、喜んで……いただけると、幸い、です」
「……ありがとう、苑邑!」
もはやデレデレとした顔が戻らなくなってしまったまま、猛流は小さな白バラをそっと撫でた。
「ありがとうございます、花月さん。お願いして本当によかったです」
「いえ、そんな……」
普段と変わらぬ微笑みを浮かべた千早の言葉に、花月がはにかむ。
「そ、それにしても……皆さん、の……お菓子……どれ、も……美味しそう」
緊張を解きほぐそうとするように、花月は着席するとテーブルの上を改めて眺めた。
「ところで、千早さんの……ものは……」
花月が言い終わるより早く、千早がすっと皿を差し出す。そこに載っているのは、切り分けたパウンドケーキだ。
「洋菓子はあまり食べないですし、初挑戦ですが。花月さんがよろしければ、是非、食べていただきたいです」
「……い、いただき、ますっ」
目をキラキラと輝かせ、花月がケーキを口に運ぶ。ややあってこぼれたのは、
「美味しい……。とっても、優しい……味がします……」
うっとりとした声色で紡がれる、幸せそうな感想だった。
「千早さん……その……よろしけれ、ば、今度、花月……にも、教えて……下さいません、か?」
見つめてくる瞳が、憧れと期待にきらきらと輝く。
それに対する千早の答えは、
「ええ、もちろん」
問われる前から決まっていた。
外は相変わらずの猛吹雪だが、室内は暖かかった。
優しい香りに、心がほどけていく。
とろけてしまいそうなほど甘い時間が、そこには流れていた。