「皆さんお早うございまーす!」
受付スタッフがやって来た頃には、もう全員が揃っていた。
「ふむふむ…全員揃ってますね!じゃあはい」
「はーい…はい?」
「申し訳ないです!今から会議のお手伝いに駆りだされなくちゃいけないんで…終わったら戻りますうー!」
鳳蒼姫(
ja3762)の手に倉庫部屋の鍵を渡すと、受付スタッフは駆け足で去ってしまった。
●
鍵を貰ってから数分、生徒達は中に飛び込む準備を開始していた。
「必殺!三角巾2段活用!」
「おお〜…!」
持ってきた三角巾を使用し頭部と口元に付けた蒼姫に華愛(
jb6708)はパチパチと拍手していた。
拍手された事で腰に手を添えてふふっと笑う蒼姫だが、後ろから聞こえるため息に振り返る。
すっと目の前に差し出されたのは、マスクだった。
「蒼姫、マスクあげるからこっちにするといい」
「!ありがとう静矢さんっ」
マスクを受け取ると「やっぱりこっちのがいい」と蒼姫はニッコリ笑った。
「埃を吸い込まない様にした方が良い、これを」
「悪い、助かる」
「すまない…感謝する」
静矢は所持していなかったメイシャ(
ja0011)とルーカス・クラネルト(
jb6689)にもマスクを渡す。
各々の準備が整った。
「迷彩服だなんて張り切ってるねー!」
「え?…いやこれは」
蒼姫がルーカスにそう言うと、華愛も目をキラキラとさせて服をまじまじと見ていた。
別にそのような意気込みがあるわけじゃないと反論しようとすれば、隣にいたメイシャが感心するように頷いた。
「ほぉ…掃除と言えど気を緩ませてはならないという事か…なるほど、戦場だな」
「は、い…いやこれは」
「いざ行こうホコリの戦場!」
「おー、なのですっ」
「…いや、だから…はぁ」
訂正する間もなく、戦場…もとい倉庫部屋の扉は開かれた。
●
酷い、の一言だった。
窓すら見えない程の資料の山、壁に張り付くように置かれている本棚。
完全に締め切られたその空間は、薄暗く息苦しいものだった。
「…これは、酷い、な」
「まずは換気…をする前に挫けそうだ」
仄(
jb4785)がぽつりと呟けば隣に立っていたルーカスが小さくため息をついた。
手前にある資料の上には雪かと思う程のホコリが積もっていた。
すっと指で触れる静矢は、眉を下げ苦笑いを浮かべた。
「…取り敢えず、窓を目指す事から始めないか」
「賛成」
全員の顔が少々曇ったものの、大掃除…もといホコリ戦争の開始だ。
まずは全員で積み上がった資料を外へ外へと出していく。
バケツリレーの要領で運び外へ出されていき、資料の山は少しまた少しと削れていった。
上に積まれたホコリは静矢が払ってからルーカス、メイシャ、華愛、仄、蒼姫へと渡されていく。
淡々とした作業をする事1時間半で、やっと…
「やっと窓が見えた」
「やったー!」
「…もう、既に達成感が、ある」
「とりあえず、換気します、なのです」
静矢の一言にリレーをしていた生徒達が教室に入っていく
目の前に見える窓に思わず感動する女性陣に、静矢は思わずくすりと微笑んだ。
華愛が窓をあけると、空気の道ができた事でふわりと風が舞い込んで来た。
「まずはこれで第一関門突破…だな」
バケツとモップ…雑巾にハタキを持ってきたメイシャがそう言うと、一同が小さく頷いた。
次に待っているのは、外に運び出された資料と教室内の掃除だ。
「張り切っていこー!」
蒼姫が腕を上へ突き上げると、それに合わせて皆も手を上にあげ、おーと掛け声をあげた。
●
「す、すみません遅くなりま…あら」
会議が終わり駆け足で戻ってきたスタッフは足を止め驚いた。
まだ数時間しか経っていないというのに、もう教室の中がハッキリ見えるのだ。
外に出された資料の山は、ルーカスと華愛によって区別されている。
それも半分は終わったものらしく、紐で縛られ邪魔にならないように隅に置かれていた。
「は、早いですねえ…!」
「あ、スタッフさん…おかえりなのです」
華愛が気付き、小さく手を振れば皆がひょこひょこと顔を出す。
窓から身を乗り出す蒼姫は大きく手を振っていた。
「お手伝いに来たのに無駄足だったみたいですね」
「えへへ、頑張りましたので」
窓の近くまで寄ればマスクをずらしてニッコリ笑う蒼姫にスタッフもにこりと返した。
教室内に詰め込まれた資料があっという間に外に出され整頓されているとは思わなかったからだ。
満足そうに微笑んだ蒼姫の後ろから、静矢が顔を出した。
ちょっと見て欲しいものがあるとスタッフに告げると、外へ回ってスタッフに見せたものは、水槽だった。
大きな水槽は汚れてはいるものの傷も無く再利用が可能なものだったのだ。
「水のインテリアとして再利用できると思うのだが…どうだろうか」
「なるほど…汚れてるだけのようですし、いいですね!ナイスアイデアですよ」
親指を立てて笑うスタッフは静矢から出されたアイデアを難なく承諾した。
「ああ、あと教室にある黒板…」
思い出したかのように静矢がスタッフに声をかけると同時に、スタッフの所持していた携帯が鳴った。
ごめんねと言って電話に出たスタッフは数回頷くと、ぐっと眉間にしわを寄せた。
「…どうしたの、だろうか」
「顔に出るタイプか」
本を運びに来た仄とルーカスはスタッフの顔を見て足を止めた。
どんどんとシワが濃くなっていくスタッフは携帯を切ると、生徒達に手を合わせた。
「ごめんなさい!スタッフ会議がこれからあるのすっかり忘れてました!」
「スタッフさん、大変なのです」
「再利用できるものとかリストにまとめておいてくれると後で確認しやすいから…お、お願いしまああああす!」
喋りながら走り去ったスタッフの姿に全員の手が止まった。
はは、と苦笑いを浮かべたものの、自分達で区別できるものはやってしまおうと声を掛け合った。
●
「中の汚れを退治しますよ!」
「はい、なのです」
「…メイシャ、は、もう、始めて、いる、よう、だ」
資料の区別が大半終わったので、女性陣である華愛、仄、蒼姫は教室にやってきた。
だが既に黙々と開始しているメイシャに、三人は目を丸くした。
テキパキと動くその早さに、自分達も負けてはいられないと開始する。
「はあ…にしてもなんて汚い部屋だ、どうやったらここまで放置でき…うぉあ!!!?」
足元にあった紙を踏んでしまいバランスを崩し、メイシャは転倒した。
そのダイナミックな転倒を見て驚いた女性陣は大丈夫かと声をかけようとするものの
「だ、誰も見てなかったよな?そうだよな??」
すぐさま起き上がり、先程の転倒が無かったかのように話す彼女に声が喉元で止まった。
蒼姫は隣にいた仄に目線を送ると、仄はぶんぶんと首を縦に振っていた。
「み、見てないよ!」
「見、て、ない」
「そ、そうか…なら続け」
続けようと言おうとしたメイシャの足元に華愛がしゃがんでじっと一点を見ていた。
驚きで言葉が途切れた彼女を見上げながら、華愛はすっと両手を出した。
「痛いの痛いのー…飛んでけ!…なのです」
「なっ…」
くるくると手を回し上へ上げた華愛に言葉が出ない蒼姫と仄。
先程見ていないと口裏合わせした二人だが彼女には通用しなかったようだ。
大丈夫かとヒヤヒヤする二人に対し、メイシャは足元にしゃがんだ華愛に、メイシャは背を向けながら言葉を濁す。
「…だ、大丈夫だから掃除を続けるぞ」
「はいなのです」
ほっと胸を撫で下ろす蒼姫に、仄の肩をすくめた。
●
教室内で女性陣が奮闘する最中、外にいたルーカスは積み上げられた本の仕分けをしていた。
殆どが紙の束で作るられた資料の山だったのだが、その中には数十冊本が混じっていたのだ。
その本を再利用できるか、または処分かを分ける作業を一人黙々と進めていた。
「お、この本が…いいものを見つけたな」
仕分けの中で見つけた一冊の古書を手にルーカスはいいものを見つけたと笑った。
捨てられないように自分が持ってきたカバンの上に本を置いて、本の仕分け作業を終えた。
「こっちは終わったが」
「水槽ももうすぐ洗い終わるから、教室を手伝ってくれないか?」
「了ー解」
静矢に一言声をかけて、ルーカスは中へと入っていった。
「手伝いに来た…ぞ?」
「いい、とこ、に、来た」
「は?」
仄がこっちと手招きする先にあったのは、大きな木箱だった。
その箱を囲うようにして立つ女性陣に、ルーカスか首を傾げた。
「これは何だ?」
「分からないのです…でも、開けるの怖いのです」
「お宝かもしれない!…けどやっぱ誰か来てからにしようかって話してたの」
口々に話す女性陣に相槌を打ちながら木箱に触れた。
大きな木箱は封が切られておらず、木箱だけがホコリや湿気で劣化しているようだ。
「スタッフが言ってた掘り出し物…か?」
「開け、る、と、い、い」
「俺が?…っておい」
振り向けばルーカスの後ろに女性陣が縦に並ぶように身構えていた。
盾にするなと言えば、そんな事ないよ!と口々に返ってくる。
「はあ…じゃあ行くぞー」
ルーカスは封に切り込みを入れ木箱を一気に剥がす!!
「うおっ」
「え?何な…きゃああああ!!!」
「ふあああああ!!」
蒼姫達の悲鳴に外にいた静矢が飛び込む。
何事かと思えばルーカスが黙って木箱を指さしていた。
蒼姫と華愛はお互いにしがみついて口をパクパクとさせている。
「一体何…が」
「これ、は…い、い、欲、しい」
木箱の中にあったのは大きな人体模型だった。
ぎょろっとした目を見て、何故蒼姫達が悲鳴を上げたか静矢は理解すると、二人の前にしゃがみ頭を撫でた。
「よしよし」
「ふえええ静矢さああん」
「こ、怖かったのですっ!め、めがぎょろって…」
子供をあやすようにする静矢を見て、メイシャは小さく息を吐いた。
「お、おおお大袈裟な奴め」
「…お前一緒になって叫んでなかったか」
箱の前で座るルーカスがぼそりと言えば、メイシャ気のせいだと焦っていた。
人体模型をまじまじと見つめていた仄はと言うと、少し目を輝かせたかと思えば、元の眠たげな表情に戻っていた。
「貰っても、置く、場が、ない…残念、だ」
「…スタッフ来たら引きとってもらうが、それでいいか?」
ルーカスが教室内にいる全員に聞けば、仄以外の生徒は異議なし!と答えた。
最後まで悩んでいた仄はと言うと、結局スタッフに引きとってもらう事で了承した。
●
少し日が傾き始めた頃、教室内は明かりを付けてラストスパートだった。
壁に描かれた謎の魔法陣も、ハイクオリティーならくがきもなんとか落とすことができた。
整頓した資料も本棚の空き部分に入れたりし、教室内は見事綺麗になった。
「終わったー!」
「皆、お疲れ、様、だった、な」
やっと終わった大掃除、全員が大きなため息をもらした後ハイタッチや笑い声が出て行く。
半日で成し遂げた大掃除の成果は、外にまとめられた大量のゴミ袋の量だ。
「ゴミ捨て場に運ぶ…のです」
「ふむ、だが今運んでもごみ収集は明後日だったはずだが」
メイシャがそう呟くとゴミ袋の行き先に頭を抱えた。
…すると、蒼姫が手を上げた。
「ハイハイ!実はアキはこんな物を持っているのです…じゃじゃーん!」
「芋と餅?」
「それ、は、いい、な」
微笑した仄は立てかけてあった箒をくるりと返し棒の部分で土を掘り始める。
少しまた少しと穴を広げていき、その中にゴミ袋を入れた。
一枚紙を手に取ってマッチで火をつけると、その穴の中へと放り込んだ。
じわじわと火が広がっていき、ゴミ袋はパチパチと燃えてきた。
「てーい!」
新聞紙でくるんだ芋と餅を日の中に放り込む頃には、皆火を囲んで談笑を始めていた。
半日という長いようで短い大掃除を振り返るように皆で談笑に花を咲かせていく。
「…コーヒーと紅茶があるんだが」
ぽつりとルーカスが呟くと、各々がコーヒーと紅茶をリクエストしだす。
差し出されたカップを各々が手に取って、なんとなく乾杯した。
「皆さーん!遅くなりま…お!焚き火ですね?」
「教室掃除、終わったのですっ」
「お疲れ様でしたー!…あ、これは私達スタッフからの差し入れです」
ニッコリ笑ったスタッフから差し出されたのは、「おしるこ」とかかれた缶だった。
調度蒼姫が放り込んだ芋と餅が焼きあがったらしく、スタッフも手を引かれ生徒達の輪の中へ。
メイシャからリストを受け取り内容を確認している受付スタッフに声がかかる。
「もう仕事残ってないですか?」
「大丈夫です!ちゃんと終わらせてきました」
「それはお疲れ様です…これ、どうぞ」
静矢の言葉に大きく頷くと、半分にわられた焼き芋が受付スタッフに差し出された。
白い湯気が出て黄色に染まった美味しそうなそれを口に運ぶと、口元がふわりと緩むんでいく。
焚き火の火が消えるまで、生徒達の談笑は終わらなかった。