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一歩踏み出す度にかさりと葉音がするこの場所は、少しばかり劣化した小さな公園だった。
あたりを見渡す一同を後ろから、不安そうに見つめる雪森あかりを見てリーゼロッテ御剣(
jb6732)は優しく微笑みながら彼女の前で屈んだ。
ぽんと頭に手を乗せてあげ
「大丈夫だよ!お姉さん達が必ずタロウと箱を取り返してあげるから」
そう言うと、雪森あかりはじっと御剣を見ながらも、後ろにいる全員に視線を送る。
誰もが大丈夫だと小さく頷いてみせれば、頭を深々と下げてお願いします!と言った。
「これ、お兄ちゃん達に言われたタロウのお写真だよ」
差し出された写真数枚の入った封筒を、赤いポシェットから取り出した彼女から受け取ると、一枚ずつ所持するように配られる。
「お兄ちゃんお姉ちゃん…行ってらっしゃい!」
公園から各自行動を開始する彼等に、雪森あかりは大きく手を振って送った。
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「そうですか、ありがとうございました」
「お役に立てなくてごめんねぇ、ああそうだ飴ちゃんあげるよ」
「え?あ、あぁ…どうも」
声をかけた老婆から飴を貰った楊 礼信(
jb3855)は断る前に差し出された飴をじっと見て小さくため息をついた。
仲間からの連絡が無い現在、ディアボロもタロウも発見できていない状況は言わずもがな。
もらった飴をポケットにしまって移動を開始しようとした その時だった。
鳴り響く携帯の音に仲間からの連絡かと開けば、着信相手は月臣 朔羅(
ja0820)だった。
「は、はいもしもし!」
「月臣よ 現在ディアボロらしき物体が公園方面に向かって飛び立つのを確認したわ」
「公園方面ですね?わかりました!」
「発見した際には気をつけて」
受け取った情報に相槌を打ちながら歩き出す楊の視界が一瞬だけ薄暗くなった。
ふと上を見上げれば青かったはずの空が黒くなっている事に、目を疑った…何が起きたか考える前に、空は元の青空に変わっていた。
「あっ!あの!月臣さん!」
「っ?…どうしたの」
「い、いいました!ディアボロが!」
自分の居場所を教えた後、月臣との通話を終えた楊は慌てて足元に持ってきていたCDを括りつける。
飛び去った方向を確認しながら、後を追うように走りだした。
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「…これって」
「もしかしなくても…ですね」
山の中層部を捜索していた黄昏ひりょ(
jb3452)はLaika A Kudryavk(
jb8087)と合流していた。
地面に落ちているソレを見て、二人の表情は曇る。
それは、公園で受け取ったタロウが付けている首輪を同じものだった。
荒々しく千切れた跡のあるその首輪を手に取ったライカは、口元に手をあてじっと首輪を見ていた。
「…とにかく急ごう 万が一が無いように」
黄昏はあたりを見渡すと、枝の上でじっとこちらを見つめているリスを見つけた。
口元を少しだけあげ微笑んでみせた後「少し手伝っておくれ」と告げ身構える。
「…タロウという犬がこの山にいるはずなんだ これを見て、俺達に協力して欲しい」
そう言い終えた途端、枝の上にいたリスはぴょんと降りて黄昏とライカの前へやって来て写真をじっと見つめる。
すぐさま何処かへ去って行くのを確認し、目確認できる範囲まで捜索を続けた。
「…大丈夫だと思う」
ふと口を開いたライカに黄昏は視線を向ける。
すっとライカが指差したのは、首輪の切れた部分だった
「血はついていないから、タロウは怪我してないと見て…問題ないと思う」
「そうですか…よかった!じゃあ急ごう ディアボロが戻ってくる前に保護する必要がありますからね」
目を合わせ頷くと、足元からガサッと葉音…何かと視線を下げれば、先程のリスがこちらを見上げていた。
「…忍法響鳴鼠、成功です」
「タロウの居場所…分かったの?」
術が解かれた途端逃げ出すリスに感謝をしながらも、見つけられた場所へ向かおうした。
その時だ。
藪の中から飛び出してきた人物に、二人は目を丸くした。
「あ、あれ…?礼信」
「え!黄昏さん…?」
鉢合わせした事に驚いていれば、どうして此処に?とライカが首を傾げた。
その質問にそうだと我に返った楊は空を指差した。
「ディアボロを追いかけていたら、山の中に入ったんです」
「こっちに来ているの?」
ライカの質問にそうですと頷く彼に、黄昏とライカは息を呑んだ。
戻ってくる前にタロウを見つける…そう言った矢先の楊との遭遇に、頭痛すら感じる。
「…全員に連絡しましょう ここからは単独行動は避けるべき」
「ですね」
携帯を取り出したライカは、電波を受信するを見つけ、全員に連絡をかけた。
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「すみませーん ちょっと聞きたいんだけど」
一方、連絡が回る数十分前、稲葉 奈津(
jb5860)は公園から少し先にある学校周辺で聞き込みをしていた。
箒を片手に掃除をする女性に声をかけ、写真を見せたその時だった。
その女性は、写真を見た途端ニッコリと笑って「タロウちゃんじゃないの!」と笑ったのだ。
「知ってるんですか!?」
「勿論よ、あかりちゃん家のワンちゃんでしょ?」
「そうなの…ですよ!実はこのワンちゃん探してて…」
そこまで言うと、女性は少し考えた後ぽつりと呟いた。
「あらそうなの?この間まであかりちゃんとこの道を通ってガラス工房に通ってたのにねえ」
「…ガラス工房?」
「ええ、ほらすぐそこに見えるでしょ?」
指差された場所には看板が立ててあり「ガラス工房」と書かれていた。
女性は頬に手をあて懐かしそうに話しだす。
「あそこの工房で最近まで手作りのスノードームが作れる講座をやっていたのよ」
「…スノードーム」
「ええ、あかりちゃん嬉しそうにおばさんにも話してくれたわ」
そこまで話を聞いて、稲葉は何故ディアボロが奪ったのかという疑問が確信に繋がった。
喜びのあまり女性の肩を掴んで感謝すると、ポケットから着信音が響く。
「もしもし?…え!ディアボロ見つかった!?…うん、うん…わかった、あぁ、あのさ」
稲葉は先程聞いた女性の情報を月臣に話しながら、楊の走った方角へと向かった。
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御剣の推測でやって来た山の高層部は静かだった。
生き物の声もせず、時々耳に入る音は風に揺れる木々の葉音だけ。
地図を広げ自分の居場所と、出発時に目星をつけた場所を指で追っていく。
「…こんなに景色の良い場所なのに、動物がいないなんて…」
ポケットから携帯を取り出して時間を確認しようとする御剣は、その表示に眉を下げた。
電波の表示が圏外になっていた 現段階で連絡が着ていても確認ができない。
電波が入る場所まで一度降りて情報交換をしようかと背を向けた。
その時突然背中を押すような強風に、足元がふらつく。
そのあまりの強い風に周りに生えている木々は今にも倒れてしまいそうだった。
髪を抑え周りを確認しようとすれば、目の前にいたのは黒い翼を大きく広げ、じっとこちらを睨みつけるソレがいた。
見つけた、そう思い刀に触れるも抜刀する前に先手を取られた。
けたたましく鳴き叫ぶ大きな声に、御剣は思わず耳を抑えた。
「…なるほどね、動物がいない理由が分かったわ」
鳴き終えたディアボロに刀に手をあて、低姿勢の状態のまま走りだす。
敵の懐に飛び込んだ状態で、刀に力を込めた「抜刀・閃破」をディアボロの腹部めがけて仕掛ける!
腹部に当たった事でぎゃあぎゃあと泣き叫ぶディアボロは空高く飛び上がってしまう。
「っ…なら次は!」
「僕がいきますっ…!」
声の主を確認する前に、上空を飛んで行く弾丸がディアボロに直撃した。
バランスを崩し、空を自由に飛べなくなったディアボロに、黒い影が地面から這い出る。
体にまとわりつくように絡んだ黒い影は、地面へとディアボロを引きずり下ろした。
「間に合ったわね」
「遅くなりました!御剣さん!」
「みなさん!助かりました」
駆けつけた全員を確認した御剣は体勢を立て直すべく後退する。
「そうだ…ねえ!あかりちゃんの箱は!?」
稲葉がそう叫ぶと拘束により身動きの取れないディアボロに接近し、確認をする。
…だがディアボロには、雪森あかりの言っていた箱は存在しなかった。
「無い!」
何もない事を確認したその時、ディアボロの拘束が解け暴れだした。
大きな翼を動かした事によって背中へと強風を受けた稲葉はバランスを崩す。
転倒した彼女に向かって、ディアボロの鋭い爪が襲いかかった。
間一髪の所でシールドを使用した事により、致命傷の攻撃は避ける事ができたものの、ディアボロは危険を察知し上空へと飛んで行く。
逃げられる!と楊が叫ぶと、一同の背後から加勢の声が響く。
「わん!」
「っ…タロウ!」
そこには写真よりも毛並みがボロボロになり、泥と落ち葉をつけたタロウの姿があった。
写真に写っていたあどけない表情からは想像できない程、喉元を鳴らし唸り声をあげている
すぐさまライカが駆け寄るも、今すぐにでも飛び込もうと暴れるタロウを抑えられない
「ダメ、大丈夫だから…!」
「ライカさん!…タロウ、俺達がアイツから雪森さんの箱は取り返すから!」
黄昏も加わり二人がかりでタロウを抑えると、やっとその暴走を抑える事ができた。
抵抗できないと気づいたタロウの耳はしゅんと下がり、そしてその場に座り込んでしまった。
直後、けたたましく叫びをあげたディアボロが、上空から一気に降下してくる。
ディアボロの攻撃対象は…二人の間で静かに座り込んでしまった、タロウだった。
「狙いがタロウに向いたわね」
そう言った月臣の言葉と共に、後退していた御剣が刀を構え駆け寄っていた。
優しげな表情とは一変した鋭い目つきで、降下してくるディアボロに向かって身構える。
降下してくるディアボロと激突も考えられる距離で、すぅっと息を吸い、体に力を込めた。
「…行かせん!…ハアァァァァッ!!」
刃から放たれる一撃は、ディアボロの右翼に命中した。
バランスを保てなくなったディアボロはタロウに直撃する前に地面に滑り落ちるように倒れてしまう。
すかさず稲葉が駆け寄り、残った左翼に一撃を当てる。
「動きが鈍ってるわよぉ?お疲れ?大人しく落ちときなっ!!」
叫び声と爆音が同時に響く砂煙の中、完全に飛ぶことのできなくなったディアボロの頭上に一つの影ができる。
ふわり頭上に待った月臣の武器が、太陽に反射され美しく光を放つ。
「これで王手よ」
刹那 頭上へと落とされる一撃をかわすことは不可能だった。
落とされた一撃で気絶したディアボロへ、稲葉・月臣・御剣の連携攻撃が続く。
「タロウは大丈夫ですか?!」
あわてて駆け寄ってきた楊の言葉に、二人はわからないと答えるしかできなかった。
先程までの威勢が嘘のように、今黄昏とライカの間で静かに座るタロウはピクリとも動かないでいるのだ。
楊は、すぐさま回復魔法かけようとしたが、アウルを持たぬタロウには意味が無い事を思い出し、必死に訴えた。
「目を覚まして…!!あかりちゃんが待っているんだよ!」
どうか届け。
目を、開けろ。
誰もが願う中、…へたりと垂れた耳が動く。
「動いた!」
「…よかった」
「タロウは大丈夫ですね」
ほっと息を吐いた三人の安堵は前方で戦う彼女たちにも届いていた。
これで心置きなく!と叫んだのは稲葉は、立て直していたディアボロの足元に飛び込む。
回転して描かれる一閃は足に見事命中 ディアボロのバランスを崩すことができた。
ふっと息を吐くような、御剣の素早くも的確な一撃がディアボロの嘴へと当たり、嘴に亀裂が入った。
すぐさま一歩後退した彼女の背後から、月臣がくるりと宙返りをしもう一度嘴へと一撃を叩き込む。
破壊され嘴は、翼を失ったディアボロの唯一の攻撃手段… 完全に、反撃の手段は絶たれた。
「とどめよ」
そう言った月臣はくすりとディアボロに笑みを浮かべる。
カッと見開いたディアボロの瞳に映ったのは 稲葉と御剣の武器から放たれる一閃だった。
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「これをタロウに!餌とお水が入っています」
御剣がカバンから出した食べ物を受け取ったライカは、膝の上で静かにしているタロウに水を渡した。
数日間も何も口にしていない事もあり、勢い良く水を飲むタロウに一同は安堵した。
手のひらに出した餌をばくばくと頬張るタロウに驚くライカの手は一瞬こわばる
「凄い勢い…ゆっくり、お食べ」
「お腹すいた事も忘れて、追いかけていたんですね」
隣に座る黄昏がいい子だと言いながら撫でれば、嬉しそうに尻尾を振っていた。
戦闘を終えた月臣・稲葉・御剣に回復魔法を終えた楊が戻ってくる。
「…ディアボロは倒したけど」
「そうだ!箱はまだ見つかってないよ」
稲葉が駆け出そうとすれば、ちょっと待ってと黄昏が制止する。
すっと差された指は寄りかかっていた木の上を差していた…よく見れば、木の上に不自然な窪みができている。
あ、と声を上げた彼女たちに黄昏はにこりと微笑んだ。
「あれが巣なのは把握済みですよ」
「よかったー…じゃあ、あの中にスノードームがあるのね!」
「…スノードーム?」
ほっとした稲葉に一同が首を傾げると、稲葉は聞き込みの際知り得た情報を皆に話した。
雪森あかりが言っていた「サンタクロースになる為に必要な物」それは、プレゼント。
学校近くにあるガラス工房にタロウと通い、一生懸命作ったスノードームが奪われた箱の中身だと言う事。
その話を聞いた御剣は手を叩いて納得した。
「ディアボロは烏のような姿でしたから、習性が同じだったのかもしれないですね」
楊がそう言えば、目だけは良さそうだったしねと稲葉が答える。
最期の一撃を与えるその直前まで、その大きな目にはくっきりと自分達が映っていたのだから。
「よし!なら善は急げですね」
御剣が巣の中へ入っていく事数分、あったー!という大きな声がした。
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「タロウ!!」
雪森家の前まで来た途端、ライカの腕の中でバタバタとしたタロウを下ろしてあげればすぐさまあかりの元へ飛び込んで行った。
ぎゅっとタロウを抱きしめるあかりに、稲葉がそっと箱を差し出す。
「お待たせ、小さなサンタさん?」
「タロウとっても頑張ったんですよ、労ってあげて下さいね」
箱を受け取ったあかりに楊がタロウの首元に首輪を付けてあげた、写真と同じ…可愛らしい首輪を。
「ありがとうお兄ちゃん!お姉ちゃん!」
にっこり微笑んだ彼女はすぐさま家の中へ飛び込んで行った。
これで後は帰るだけ…背を向けた一同だが、
「お兄ちゃん!お姉ちゃん!」
飛び出した彼女の頭に被せられていたのは、赤いサンタ帽子だった。
何事かとお互いに目を合わせていると、差し出されたのはクッキーの入った袋。
「えへへ、タロウとプレゼント見つけてくれてありがとう!メリークリスマス!」
へにゃりと笑った彼女の小さな手からクッキーを受け取ると、タロウがわんと一鳴きした。
玄関前には両親が深々と頭を下げている…あかりとタロウのプレゼントを持って。
「…ありがとう、小さなサンタさん」
お礼を言って立ち去る一同が見えなくなるまで、あかりとタロウは見送っていた。