●試合再開! 炸裂する友情パワー(物理)!
「たー!」
ピッチャーである瀬波 有火(
jb5278)は勇ましくも愛らしい掛け声を発しながら、渾身の力を込めて球を放った。小細工なしの直球勝負である。
狙う場所は無論、相手の頭部だ。
8回表、草野球チームの守備で再開されたこの試合。ポンコツの助っ人に駆け付けた6人の撃退士達の覚悟は本物だった。
彼らの動機は様々であったが、全員が『撃野球チームと血で血を洗う戦いを繰り広げる覚悟』で試合に望んでいる。
元気溌剌、猪突猛進な投手はもちろん――。
「ウヒヒ、馬鹿めっ。この俺様に死球が通用す――ゴハッ!?」
捕手であるラテン・ロロウス(
jb5646)もまた、容赦なく、隠し持っていたバットで敵打者を殴打した。背後の襲撃者に気を取られた一番打者は、もろに頭部で死球を受ける羽目になる。
「グッ、グオォ、お、おのれっ、卑怯な!」
「フン、浅かったか。どれもう一発……」
フラフラになりながら講義する撃野球選手に、尊大な雰囲気の堕天使は悪びれる様子もなく、再度バットを振りかぶった。
思わずラテンの方に身構える一番打者だったが、撃野球という競技においてその行動はあまりに軽率だ。
「あーるーかーマグナム!」
視線を外した隙に間合いを詰めてきていた有火の拳が、男の鳩尾にめり込み、一撃のもとに彼を戦闘不能にした。
撃野球、一番、遊撃手――脱落。
「やったー!」
「……フン」
笑顔でハイタッチを求める元気娘の小さな手に、ラテンは優雅な動作で軽く掌を合せた。中々息の合ったバッテリーである。
自然と沸き返るポンコツナイン。この河川敷までラテンを乗せてきたペットのアルパカも「フェ〜」と気勢を上げている。
対する撃野球ベンチ側では、下位打線の選手達が軽くパニックに陥っていた。
「お頭、奴らっ、前回と違いますぜっ」
「うろたえるな。あちらも『戦士』を集めてきたというだけの話だ」
「で、ですがお頭、クリーンナップの鎌瀬の旦那が――」
男は尚も言葉を続けようとしたが、背後から伸びてきた巨大な手に首を掴まれ持ち上げられ、呼吸さえままならない様な状態に陥る。
「グフフ、お黙りなさい。主将がうろたえるなと仰っているのです」
撃野球チーム内においてさえ、頭抜けて巨大な肥満体の男――二番打者の八斗の言葉に続くかの様に、他のクリーナップ達も口を開く。
「鎌瀬がやられたか……」
「クククッ……しかし奴は我らクリーンナップの中でも最弱……」
その男達の只ならぬオーラに、撃野球の下位打線達は自信を取り戻した。
巨体の拘束から解放された男も例外ではない。
「ゲホッ、すいやせんっ、八斗様っ、弱気な事を言っちまって!」
「グフ、分かればよいのです。では、わたしが本物の撃退士野球というものを、教えてあげるとしましょう」
●負けるなポンコツ! 没収試合の罠!
「やー!」
再び有火が全力で投じたその一球は、真っ直ぐ巨体の頭部に吸い込まれた。
――吸い込まれ、男の脂肪を前にあえなくはね返された。
背後でバットを振った、ラテンの攻撃にしても同じである。
「グフフ、わたしの体は特別製でね。その程度の衝撃は通らないんですよ」
肥満体の男は笑いながら、頬から跳ねた球をバットで弾き飛ばす。
レフト目がけて高々と飛んでいった打球は、確実にホームランの軌道を描いていた。
人間の跳躍でどうにかなる高さではなかったが、左翼手、橘 樹(
jb3833)は己の翼を広げる事でそれに割って入った……野球的には凄い光景である。
「わしに任せておくんだの!」
普段は高貴でありながらものんびりとした雰囲気を漂わせている樹だが、この時ばかりは凛々しくも頼もしいオーラを発して――。
「し、しまったの!?」
――いなかった。
ボールが届く少し前、彼は飛行をさせたら右に出る者『しか』いないと言われるその才能を存分に発揮し体勢を崩したのだ。グラブを掠らせ下に落とすのが精一杯である。
とは言え、野球はチーム競技。
「大丈夫……任せて」
慌てて急降下する樹よりも先に、砂塵を巻き上げながらセンターから疾走してきた燐(
ja4685)が、ワンバウンドしたその球を速やかに拾い有火に回した。
無表情な少女が直接一塁にボールを回さずに、わざわざ投手に送ったのには訳がある。
「来るなら来いっ、ですわー!」
盾を構え防壁を張る一塁手、ドリルちゃんはもちろん、この時ポンコツの大半は一塁に集まっていた。彼らは撃野球の『グラウンドの内外間における干渉を禁じる』というルールに目を付け「じゃあ、孤立した敵走者を一人ずつ血祭りに上げていけばいいじゃね?」という冷酷極まりない――もとい、極めて効率的な戦術にうって出たのだ。
ゴリ押しで一塁に辿り着いた八斗だが、構わず攻撃し続けるポンコツ選手達を前に体力は既に半分を切っている。
ヤル子が笛を吹いたのは、その直後だ、
蜘蛛の子を散らす様に自分の守備位置に戻って行く選手達を見て、八斗は思わず――舌打ちした。
「……グフ、このまま『没収試合』になるかと思いましたが、多少は頭が回る者もいる様ですね」
あらゆる妨害行為が許容される撃野球であるが、3アウト制などの根本的なルールに変化はない。そのため、試合を長引かせる様な行為を一定時間以上続けると審判に反則を取られ、『没収試合』=強制敗北となるのだ。
『事前の打ち合わせ通り』審判を観察していたヤル子は、相手の挙動から警告ないし反則を取られるのを察したタイミングで笛を吹いたのである。
素知らぬ顔で二塁に戻って行った白髪の男、ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)の提案通りに。
パッと見チャラさ迸るジェラルドだが、ルールの確認や、自分達の作戦の問題点の洗い出しに気を配った彼の行動は、賢明なものである。
続く三番打者との攻防も熾烈を極めたが、この時最も激戦となったのは1塁から移動してくる肥満体の強敵を迎え撃った、ジェラルドと燐の『2塁防衛戦』である。
最終的に、走者の脂肪を蹴りの連打で移動させたジェラルドの技と、被弾覚悟で相手の懐に飛び込み一撃を叩きこんだ燐の勇気により、無敵の皮下脂肪の持ち主はあえなく地に伏した。
相討ちになる直前「舐めるなっ、小娘が!」と叫んだ八斗に「貴方達こそ……スポーツを馬鹿にしないで」と返した無表情な少女の雄姿は、本試合のハイライトの一つと言える。
撃野球、二番、三塁手――脱落。
草野球、燐――脱落。
ちなみに、燐が壮絶な相討ちを遂げている裏では、撃野球の三番打者が雪室 チルル(
ja0220)と樹の連携技に討ち取られたり(誤字ではない)、累審が10メートル程吹き飛んだり、ノンちゃんが「わざとじゃないんですよ〜!」と言いながら退場させられたりしていた。
撃野球、三番、左翼手――脱落。
草野球、ノンちゃん――退場。
●激戦! 散りゆく者達!
犠牲を払いながらも敵のクリーンナップを0点に抑えたポンコツではあるが、3対8の5点差で負け越している状況に変わりは無い。
だから、主将代理である一番打者のヤル子は『あらゆる意味で』手段を選ばなかった。
必死で一塁まで出塁した彼女に、まるで8回表の焼き直しの様に集まっていく巨漢達。
誰が見ても八斗の様な持久力は――没収試合になるまで耐えられるだけの防御力は、ヤル子にない。
続く打者達にも、ない。
それを知ればこそ、彼女は勝利のために自爆を選んだのである。
閃光と爆風が一塁を包んだ。
撃野球、七番、二塁手――脱落。
撃野球、八番、右翼手――脱落。
草野球、ヤル子――瀕死。
十字傷の男はその光景を見て憤慨するのではなく、歓喜した。
それでこそ、戦士だと。
投手と捕手を除けば、もう一塁手と中堅手しか残っていない撃野球チームであったが、そこから先の男の投球は鬼神の如きものであった。
ジェラルドのバットをへし折り、バントを狙った有火をバント姿勢のまま後ろに吹き飛ばしたのだ。
その投球を前に、8回裏、ポンコツは完全に封殺された。
九回表。撃野球の攻撃。
敵の四番打者は、怪物だった。
その男との闘争を語り始めるととてもではないが尺に収まらないので、中略し結果のみ記載する。
撃野球、四番、中堅手――脱落。
草野球、ドリルちゃん――脱落。
草野球、ラテン――脱落。
草野球、樹――脱落。
四番打者を後ろから羽交い締めにし「構わぬっ、わしごと殺るんだの!」と叫びながら散っていった樹の犠牲がなければ、草野球側の被害はより甚大なものになっていただろう。
続く五番と六番は、打撃を放棄し、生き残る事に注力した。
結果として追加点は発生しなかったが、撃野球チームはバッテリーをほぼ無傷で残す事に成功する。
●決戦! 決死! 最後の戦い!
ポンコツ四番チルルと、撃野球エース十字傷の男の対決は、完全に野球と呼べる代物ではなかった。
根拠なき自信に充ち溢れた可愛らしい少女、チルルが掲げるそのバットの名をツヴァイハンダーFEという。
審判が投手を見ると、男は一言「構わぬ」と言った。
投手が握る球体の名は不明だが、スパイクの付いた鉄球の様な物である事は分かる。
審判が打者を見ると、少女は「その挑戦! 受けて立つ!」と啖呵を切った。
「……初球から、うぬの首を取りにいく。小細工を弄する間はないと思え」
「あんたこそ覚悟なさい! けっちょんけっちょんにしてやるんだから!」
かくして、紫炎を纏う剛速球と、吹雪を巻き起こす打撃が激突した。
――結果として残ったのは、衝突した箇所に『真っ二つになった状態で転がっている球』と、後方に吹き飛ばされたチルルの姿だ。
痛み分けに終わった事に頬を膨らませるチルルだが、それはそれとして一塁目がけて爆走を開始する。
一塁手が防壁を展開するも「そこをどけー!あたいのお通りだー!」と叫びながら突っ込んできたチルルを止めるには至らない。
――故に一塁を踏んだ瞬間、チルルを襲ったのは投手の攻撃である。
「ぐぬっ」
咄嗟に大剣を盾としソレを受けるチルルだが、飛んできた物体が『球の半分』である事を見て危険を察し、察すると同時にもう半分の鉄球を食らい吹っ飛ばされた。
「うわー!?」
キラーン☆
という効果音を残し、土手の向こうに消えていった勝ち気な少女の姿を、残されたポンコツメンバーは呆然と見送るしかなかった。
草野球、チルル――お星様になる。
この時投手は、捕手からありったけの強化を受けており、チルルが食らった一撃は過去最強のものだ。とは言え強過ぎる力にはそれ相応の対価があるらしく、十字傷の男の方も片膝を着いて呼吸を荒くしている。
打順的には次は五番打者の番だが、ポンコツの五番から九番、ついでに一番は、既に全滅していた。
撃野球は選手の消耗が激しい競技なので、負傷退場しても怪我を直せば戻ってこられるのだが、ベンチの端に立たされ『私は審判に暴力を振いました』というプラカードを持たされているノンちゃんを除けば、ポンコツの脱落者の中に戦える者は残っていない。
必然、二番打者であるジェラルドに、ニ回目の打席が回ってきた。
今の彼に余裕はない。
激闘を繰り広げてきた白髪の男の体は、既に全身が悲鳴を上げていた。
されど。否、なればこそ。
「――ま、女の子達があれだけ頑張っているんだ☆ ボクだけ格好悪いところは見せられないさ♪」
男は打席に立つのだ。
「矜持のために命をかけるか……フ、面白い」
再び投手にかけられる強化の嵐。その手に握られているのは、接着されたチルル殺しの魔球。
赤黒い闘気を纏ったジェラルドは、ランタンシールドを構えてそれを迎え撃った。
河川敷にトラック同士が正面衝突したかの様な轟音が響き渡る。
全身の骨という骨が砕け、筋肉という筋肉が引き千切られる様な衝撃にジェラルドは耐えた。
「ば、馬鹿な、お頭の、必殺の魔球を?」
一塁のモヒカンは、打席に立ったまま一歩も後退しない男の姿に驚愕する。粉々に砕け散った球を見て恐怖する。
だが――。
「見事だ」
そう言って、フラついた足取りで近付いて来る投手に、ジェラルドは何の反応も返さなかった。
「一歩も退かずに、逝ったか。大した漢だ」
草野球、ジェラルド――死亡(その後、人工呼吸で蘇生)。
十字傷の男は意識を失ったジェラルドの体を掴むと、彼を一塁まで引きずっていった。
己の魔球を退けた漢に対する、男なりの敬意である。
「代わりの走者を出せ。代走者が出る間は攻撃せぬ」
そう言われて有火は、困った。とても、困った。
というのも、既に戦力として残っているのが自分しかいなかったからだ。有火が一塁に行けば、続く打者が消滅する。
猪突猛進娘が、どうしたものかと頭から湯気を噴いていると、思わぬ『仲間』が声をかけてきた。
「フェ〜」
……9回裏、元気娘の天才的なひらめきを制止出来る者は全員意識を失っていた。
打席に立つ有火。一塁には、牧歌的な雰囲気を漂わせる代走者、アルパカのムサシが控えている。
実質一人(+一頭)チームと化したポンコツだが、チルル、ジェラルドと二連投で魔球を使用した敵投手の球威は明らかに落ちている。
そして、他の仲間が一死一殺の勢いで削っていた敵の守備陣は、もはや一塁にしか残っていない。
ならば、有火が一か八かでしかけたバント――と見せかけたバスターが通るのは必然であった。
しかし悲しいかな、前走者はアルパカである。ムサシはムサシなりに頑張ったが、結局、ニ塁までしか進めなかった。
――結果、打者が尽きた。
「前回と同じ結末か……」
満足いかない様な様子の十字傷の男であったが、そんな彼とは関係なしに審判は試合を終わらせようとする。
打席に一つの影が舞い降りたのは、正にその瞬間だ。
「げ、げえっ、貴様は死んだはず!?」
モヒカンが驚愕の声を上げ。
「フェ〜!」
アルパカが鳴き。
「――地獄から、舞い戻ってきたわ!」
雪室チルルは、雄々しく笑った。
九回裏の第一打席でお星様と化したチルルだが、どこぞの商店街に墜落した後、そこから全速力で戻って来たのだ。タフである。
「フ、うぬは不死身か?」
愉快そうに笑う十字傷の男だが、彼に余裕はないはずだ。
打席に立つと同時にチルルは捕手を始末しており、それを見た有火が「ど〜ん!」と言いながら突き出したランスによって一塁手も気絶している。
つまり、投手の男が斃れれば、撃野球チームの敗北が確定するのだ。
「正しく死闘だな――が、勝つのはこちらだ。この一球でうぬを葬り、試合終了としよう」
「ふんっ、逆にあたいの――あたい達の凄さを思い知らせてやるわ!」
かくして、最後の打席が幕を上げ――吹雪は紫炎を制した。
●試合結果報告
最終スコア、6(草)対8(撃)。
最終選手数、2人+1頭(草)、0人(撃)。
撃野球規定に基づき、ポンコツアマゾネスの勝利とする。