●第一話『燃え盛る嫉妬の炎! ガルライザー現る!』
「そろそろ公園デス。和やかムードですネ」
標的の尾行役を買って出た鵜之真似 コルボー(
jb3743)からの連絡を受けた撃退士達は、早速第一陣を放つ事とした。
彼らが今回の依頼達成のために練った策は巧妙である。事前に仕入れたカップルのデートコースを参考に第一陣、第二陣、第三陣と波状攻撃的にかませ犬をぶつける事により、徐々に彼氏に自信を持たせようと目論んでいるのだ。
「よし。じゃあ、行ってくるよ――シクヨロね〜、恋音ちゃ〜ん」
普段から割と軽い口調で話す高橋 野々鳥(
jb5742)であるが、標的のカップルを公園で待ち伏せをするにあたり、いっそ軽薄とさえ言えそうな話し方に切り替えた。チンピラ風の衣装との相乗効果もあり、中々どうして大した三下っぷりである。
「……うぅ……。……よ、よろしくだよぉ……」
彼に手を引かれた月乃宮 恋音(
jb1221)もそれに合せるかの様に、甘えている様な口調に切り替えようとしたが、恥ずかしがりやの彼女には少しハードルが高いのか、若干違和感がある。いつもより活発な雰囲気の、今時の少女の服装を纏った恋音であるが、内面まではそうそう変えられるものではないらしい。
この時、野々鳥と恋音が何をしようとしているのかと言うと、彼らは即席の援助交際カップルを演じようとしていたのだ。
その目的は大きく分けて二つ。
一つは被害者側の立場からガンバくんを焚き付けて、公園で放つ第一のかませ犬と戦わせるため。
もう一つは、被害者のふりをしてノンちゃんの動きを封じるため。どちらかと言えばこちらの方が重要である。一見『弱い少年にわざと負けるだけ』という簡単な内容に思える今回の依頼だが、その実、少年の傍らに佇むおっとりとした暴力装置の存在によって『肉食獣の巣から赤ん坊を攫ってくる』が如きデンジャラスな任務と化しているのだ。
その危険性に事前に気づき、対策を打ってみせた撃退士達の手腕はさすがと言えよう。
彼らは後々、自分達の先見の明を知る事になる。
ガンバくんとノンちゃんの二人が手を繋いで公園を歩いていると、正面のベンチで座っているカップルの姿が視界に入った。多少歳の差のある組み合わせではあったが、中々仲が良さそうな二人である。
ノンちゃんは負けてはいられないと、ガンバくんの腕に甘える様に抱きついた。小学生の様な外見の割に内面は硬派なガンバくんであるが、この時は恥ずかしそうに頬を赤らめるだけで特に振り払おうとはしなかった。
実に微笑ましいカップルの姿である。
――ソレを、許せぬ者がいた。
「この嫉妬竜騎兵ガルライザーを、本気で嫉妬させやがったな!お前らヘロヘロ野郎を倒してそこの彼女を俺のヒロインにしてやるぜ!」
ビシッと格好いいポーズをきめて現れた謎の特撮ヒーロー、ガルライザー(本名、ガル・ゼーガイア(
jb3531))の姿に園内がざわめく。
そのヒーローだか怪人だかよく分からない存在に対し、いち早く反応したのはベンチに座っていた歳の差カップルだった。
「……こ、こわいよぉ、助けてぇ……」
「おいおい、そこのヒーローく〜ん、なに俺のカノジョをビビらせてくれっちゃってんの?」
歳の差カップル――まあ、恋音と野々鳥なのだが――は、ガルライザーと敵対する様にズイッと前に出た。自然とガンバくん達と並ぶ形になる。
「あのさ、一緒にアイツやっちゃわない?」
「……二対一ってのは少しアレだけど、ノンちゃんは守るためなら仕方ない」
ごく自然にガンバくんを誘う野々鳥。チンピラ衣装とチャラ男口調がとても様になっている。
「……こ、こわいよぉ」
「大丈夫ですよ〜、わたし達の彼氏が助けてくれますから〜」
演技に対する羞恥が上手い具合に怯えた風になっている恋音は、見事にノンちゃんの腕に抱きついた。
かくして準備が整い、第一のかませ犬の戦いが幕を上げる!
中略。
第一のかませ犬の戦いは、幕を下ろした。
「ぐ、ぐおぉ、お、おのれっ、憶えておけ、この世にもてない男がいる限り、嫉妬の炎は消えはしない。いずれ第二、第三の俺が現れっ、お前達の前に立ち塞がる事だろう、う、うぐはっ」
まるで、悪の親玉の様な捨て台詞を吐きながら、特撮ヒーローが倒れ伏す。
ガンバくんは、戦闘開始早々に演技で倒れた野々鳥を心配していたが、チンピラ風の優男に礼儀正しく感謝されると、嬉しい様な恥ずかしい様な表情を浮かべて、ノンちゃんと一緒に去って行った。
かませ犬第一陣は、完璧な仕事を果たしたと言えよう。
●第三話『驚愕の真実! 仮面番長コルボーの素顔!』
三人がかりで仕掛けた第一陣とは異なり、第二陣はとある男の単騎駆けに全てが託されている。
その英雄の名を鵜之真似コルボー。嘴仮面がトレードマークのナイスガイだ。
「こちらマクセルである。鵜之真似殿が、予定通りショッピングモールで標的との接触に成功した様である」
コルボー不在時の尾行役を買って出たマクセル・オールウェル(
jb2672)が、仲間に逐次情報を展開する。
余談だが、尾行のために隠形を意識していた仮面の怪人とは異なり、何者にも臆する事無く翼を広げ堂々と空を飛んでいるマクセルの姿はとても多くの人々に目撃されていた。
『空飛ぶヒャッハー』という謎の都市伝説が誕生した瞬間である。
閑話休題。
巨漢の天使の言葉通りガンバくん達と接触を果たしたコルボーは、臆する事無く初撃から攻めにいった。
「HEY、カノージョ!お茶しまセンか?」
俗に言うナンパである。
「Oh、退屈させませんヨー、私、コーヒーは豆から挽く派デス」
……台詞の中身はともかく、普通の人間であれば、仮面を付けた2メートル超の番長に絡まれた時点で『ナンパをされて困ったな』という思考に辿り着く以前に『ヤバい。不審者に絡まれたぞ』という考えに至りそうな状況であったが、そこは単純さと純粋さに定評のあるカップル。普通にそれをナンパとして認識した。
基本的にガンバくんに被害が出ない限り温厚な少女であるノンちゃんは困った様子になり、ノンちゃん一筋のガンバくんは大いに怒りコルボーに対し宣戦布告したのである。
「……いいでショウ、どちらがカノジョに相応シイカ――男ト男の勝負デス!」
かくして男と男の勝負、第二のかませ犬の戦いが幕を上げる!
中略。
第二のかませ犬の戦いは、幕を下ろした。
「クワーッ!? か、仮面ガ! 覚えていやがれなのデス〜!」
ガンバくんとの戦いで外れかけた仮面を押さえながら、コルボーは華麗な逃げ足で走り去った。
「凄いです〜、ガンバくんっ。格好いいです〜!」
「そ、そうかな?」
大喜びのノンちゃんと、恥ずかしそうに頬をかくガンバくん。
尾行といい、かませ犬といい、この一見奇天烈な言動の目立つ仮面の番長は、意外と堅実で優秀な仕事をしている。
かませ犬第二陣も、立派に役目を果たした。
●第四話『軍師月乃宮敗れる! 前髪下に隠れた誤算!』
月乃宮恋音という少女の話をしよう。
今回の依頼における彼女の主な役割は、被害者を装った『ノンちゃん封じ』であったが、その策を彼女自身が考案した事まで踏まえると、恋音の実質的役割は間者というよりも軍師のそれに近い。
そんな神算鬼謀冴え渡る恋音だが、今回の依頼にあたり一つ致命的な要素を見落としていた。
それは、休日のショッピングモール前の広場が、普通にナンパ目的のチャラ男で賑わいを見せる事――というよりも、彼女自身の容姿に関しての事だ。
第三陣の攻め手は、最強の布陣だった。
浪人とヒャッハーに、特撮ヒーローからペンギンのきぐるみに衣替えしたガルを合せた、総勢三名のかませ犬達である。
更には、先行させた恋音をかませ犬が襲うフリを見せる事で、再びノンちゃんの動きを封じてしまおうという徹底ぶり。
過去最強にして、盤石の布陣と言えるだろう。
だが、浪人姿の矢野 古代(
jb1679)が動き出そうとした瞬間、コルボーから思わぬ連絡が入った。
「こちらコルボーで御座いマス。緊急事態デス! ナンパに絡まれておりマス!」
「落ち着いてくれ、鵜之真似さん。ノンちゃんがナンパされているという事か? こちらで状況を見て対処するので、誘導してくれ」
修羅場を潜ってきた撃退士らしい落ち着きを見せる古代は、不審者感バリバリの浪人風の服装に反し冷静に状況を把握しようした。しかし――。
「違うのデス! 絡まれてイルのは月乃宮様デス!」
「…………ん?」
続くコルボーの言葉に、歴戦の撃退士は色々と混乱した。
月乃宮恋音という少女の――容姿の話をしよう。
彼女の顔立ちは人形の様に整っており、その『胸部の戦闘能力』に至ってはQという化物クラスである。
前髪で顔を隠そうと、さらしで胸を隠そうと、隠し通せるレベルではないのだ。
それでも普段の服装であれば、ナンパする側も『自分達とは違うジャンルの人間』として諦める事も出来ただろう。
だが、今の彼女の解放的な服装ではそうもいかない。
複数人のチャラ男に囲まれてベタ褒めされる恋音であったが、自分の容姿を180度誤解している彼女にとってそれは婉曲的な嫌みの連続であり、どいて欲しいと言ってもどいてくれない彼らの存在は、間違いなく依頼達成にあたっての障害であった。
――自分が醜いせいで意地悪をされている。そのせいで依頼に失敗する。
そんな負の思考に陥った彼女を救ったのは、ボロボロの和装を纏った浪人であった。
「その娘は某の連れで御座る。済まぬが放してはくれまいか?」
浪人の名を、矢野古代という。
彼は、ナンパに捕まり動きを封じられた恋音と、そんな彼女から徐々に離れていっているカップルの動きを総合的に判断し、かませ犬を二つに分ける事に決め、自分は恋音を救出にやってきたのだ。
「あん? 何だよ、オッサン。年寄りは引っ込んでろよ。ボコボコにされたいのか?」
「そうだぜ。彼女いなそうな面しやがって。アンタみたいな不審者がこんな可愛い子の知り合いな訳ねえだろ? ぶっ殺すぞ、オラっ!」
……古代は元々、それなりに大人の対応をするつもりだった。
しかし若者達が発した言葉の数々が、彼女いない歴=年齢の男から見事に大人の良識というものを奪い去る。
「某は貧乏旗本の次男坊(と言う設定)の腹っ減らしの上に許嫁には逃げられその上家督を継いだ兄の嫁様……義姉には頭の上がらぬ日々(と言う設定)……」
歴戦の撃退士は、かませ犬として用意しておいた台詞を口ずさみながら、『本当のかませ犬』である若者達に向かって、幽鬼の如くゆらりと近付いて行った。
その戦いの結果は、まあ語るまでもあるまい。
「……うぅ……。……や、矢野先輩、助かりましたよぉ……」
涙目になっている恋音の頭をポンポンと撫でながら、古代は残りのメンバーの事を思った。
――恐らく、今からの合流は間に合わんな……まあ、あのメンバーに限って失敗もないだろうが。
この時の彼の様なモノローグの事を、一部業界では敗北フラグと呼ぶ。
●第五話『死ぬな友よ! マクセル魂の咆哮!』
「ヒャァ〜ハハッ、まつのであるぅ! アマ〜!!」
「きゃ〜、着いてこないで〜!」
ヒャッハーが、ショッピングモール前の広場でノンちゃんを追いかけ回していた。
当初この台詞、追い回しは恋音に対し行う予定であったのだが、マクセルの姿を見た瞬間にビクリとなったノンちゃんを見て『これは使える』と判断し、こんな状況になったのである。
もっとも『ノンちゃん>マクセル>越えられない壁>ガンバくん』という速度差のせいで、ガンバくん一人が置いていかれるという悲しい状況が発生してしまっていたのだが、どうにかガンバくんが二人の間に割り込んだ(様に見えなくもない位置に立った)タイミングで、ヒャッハーはわざとらしく足を止めた。
「わっはは!! ばかめ凡人が我輩に勝てるかであるーっ!!」
「が、ガンバくんっ、相手は世紀末の人よ〜、逃げて〜」
止めに入るノンちゃんの声を余所に、ガンバくんは毅然と言い放った。
「ノンちゃんはボクが守る!」
かくして、最後のかませ犬の戦いが幕を上げる!
中略。
最後のかませ犬の戦いは、幕を下ろした。
「ばわ!!」
そんな奇声を上げながら、派手に吹き飛んだヒャッハーは、そのまま華麗にフェードアウトしていった。
無論、ガンバくんの力などではない、マクセルが自らのスキルを行使し文字通りの意味で『飛んで』いったのである。
「きゃあ〜、素敵っ、ガンバく〜んっ」
「……ノンちゃんっ、ボク、もっと頑張るよ。一日街を歩いただけで、こんなにも危険な目に遭うんだ。もっと強くなって、どんな目に遭ってもノンちゃんを守れる様な男になるよ」
「ガンバく〜ん!」
かくして、かませ犬第三陣は、見事に依頼を達成したのだった。
――さて、本筋から言えば、ここで話しを終わりにしてもいいのだが、一応、ある撃退士の現状に関しても触れておく事にしよう。
冒頭で述べた『ノンちゃんを封じるべきだと判断した、撃退士達の先見の明』を、ノンちゃん封じに失敗した最終戦において身をもって証明した青年がいるのである。
「……ガルくん、息をしてないんだけど」
倒れ伏したガルの呼吸を確認した野々鳥は、蒼白の顔で周囲に集まった皆にそう告げた。
野々鳥とコルボーは、マクセルとノンちゃんの追いかけっこを遠目に見ていたので、その瞬間――全力疾走するノンちゃんに撥ねられるガルの姿――を目撃している。
しかし、よもや、人間が人間に撥ねられて呼吸停止に陥る等とは思いもしなかったので駆け付けるのが遅れてしまったのだ。コメディよりのシナリオの恐ろしいところである。
「セオリー通りにいくならば、人工呼吸と心臓マッサージだろうけど――」
――俺は出来れば男とキスはしたくないかなぁ。
そんな内心が透けて見える野々鳥の表情であった。
「……私も出来レバ、仮面を外したくありマセン。本当二申し訳ないデス」
コルボーの心底申し訳なさそうな言葉を受けて、種をほおばるリスの様にペットボトルを持った恋音は(ナンパに絡まれたショックが冷めやらぬ彼女を落ち着かせるために、野々鳥が渡した飲み物である)、おずおずと立候補しようとした。
どうやら彼女なりに、役割を果たせなかった事を気にしているらしい。
そんな少女の姿を見た古代は、軽く溜息を吐きながら手を上げて――。
「俺がやろ――」
「ゼーガイア殿おおぉぉ、死ぬなであるうぅぅぅ!!」
絶叫とともにソレを行うマクセルの雄姿を目撃した。
意識を取り戻したガルは、気絶する寸前の記憶と、口元に残った感触、そして気まずげに視線を逸らす恋音の様子からとある推測を立て、顔を赤くした。
そんな彼の心中を見透かした古代と野々鳥は、色々と気の毒な青年の肩を叩き、理由も告げずに励ましたという。