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マスター:らじかせ
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/05/30


みんなの思い出



オープニング

●夜の森林公園
 東京都の外れにある緑豊かな大都市に、その森林公園は存在した。
 広大な敷地内には10メートル以上の高さを持つクヌギを主とした雑木林が広がっており、ツタの絡まる木々の間には枕木の敷かれた林道がまるで蜘蛛の巣の様に張り巡らせている。
 駅前から徒歩30分程度という立地もあり、休日の昼間ともなると森林浴に訪れる人々でかなりの賑わいを見せる場所だ。
 もっとも、公園とは言え森は森。
 街灯一つ存在しないこの森林公園に、夜間近付く者は稀であった。一寸先すら見渡せない暗闇と、その中に潜む得体の知れない生物の息吹は、人がまだ獣であった頃の根源的な恐怖を思い起こさせるものである。
 そんな不気味な夜の森林公園を、二人の男女が歩いていた。
「ね、ねえ、今、そこの木のツタが変な風に動かなかった? ぜ、絶対何かいるって!」
「ははは、何ビビってんだよ。夜風か何かで揺れたんだろ」
 金髪を逆立てた不良風の青年と、怯えた風にその青年の右腕に抱きついている茶髪の少女の二人連れである。
 彼らがこんな時間に林道を歩いている理由は単純だった。
 いつになくバイトが長引いてしまった茶髪の少女が、どうにか門限までに家に帰るために、普段は大きく迂回している森林公園を通り抜け様としているのだ。そしてバイト先の先輩である青年は、そんな少女を心配して一緒に付いて来た訳である。
「べ、別にビビってなんかないわよ!」
「嘘付け。明らかにビビってんじゃねえか。お前、意外と可愛らしいところもあるんだな」
「う、うっさいっ、馬鹿にすんなっ」
「いや、別に馬鹿にしてる訳じゃねえよ。後輩の可愛らしい一面を発見出来て喜んでんのさ」
 いつもは強気な少女が珍しく怯えている様子を見て、青年は愉快そうに人の悪い笑みを浮かべた。だが、見栄っ張りの彼女相手にその態度は、些か問題がある。
「うっさい!」
 案の定と言うべきか、茶髪の少女は顔を赤くしながら、恥ずかしさを誤魔化すかの様に青年の体をドンと押した。
「うおっ!?」
 携帯電話のライトを前方にかざしていた事もあり、青年は咄嗟にバランスを取り損ねて尻もちを着く
「ご、ごめんなさいっ――じゃなくてっ、えっと、その、悪かったわ」
 思わず地の言葉で謝罪した後、慌ててぶっきらぼうな言い方で謝り直す少女の姿に、外見の割に人がいい事で知られている不良風の青年は、苦笑を浮かべて立ち上がった。
「ま、いいさ。気にすんな。つっても、夜道は危ねえからな、もう押したりとかすんなよ」
「わ、分かったわ。夜道以外で押すわ」
「……いや、別にどこであろうと押さなくていいだろ」
 しばらくそんな雑談をしながら夜の林道を歩いていた二人だが、不意に青年が何かに気が付いた様に足を止めた。
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ?」
「……財布がねえ」
 彼は歩いていて、自分のズボンのポケットから財布が無くなっている事に気付いたのである。
「――さっき転んだ拍子にでも落としたか」
「え、あ、あの、ごめんなさい……」
「別に謝んなって。一っ走りして取ってくるから、お前はここで待ってろ」
「え、え? ちょっと、こんな場所で一人で待ってろって言うの!」
「だってよ、俺一人で走って取ってきた方が速いだろ。ま、安心しろよ、お前の門限もあるからな、少し探して出てこなかったら諦めて戻ってくるさ」
「……う、うん」
「どうした急にしおらしくなって? そんなに可愛らしいとこばかり見せられて、俺が惚れちまったらどうする?」
 茶化す様な台詞ではあったが、口にした青年の顔は存外真面目なものである。
 それを見た茶髪の少女は一瞬頬を赤らめたが、すぐにいつものクセで憎まれ口を叩いてしまった。
「う、うるさいっ、だから馬鹿にしないでよっ。ぼさっとしてないで、とっとと行ってくれば?」
「ははは。へいへい、分かりやしたよ〜」
 いつもの少女の悪態に、いつもの人の悪い笑みを返して、青年はその場を後にした。
 ――それが、彼らの交わした最後の会話である。

●百舌鳥の早贄
 林道を道なりに戻っていった青年は、予想通り先程少女に突き飛ばされた場所で自分の財布を発見した。
 発見し――足に絡んできた『何か』によて、林道から雑木林の中に引きずり込まれる。
 彼には、悲鳴を上げる事さえ許されなかった。
 何故ならば、足に絡んできたものと同じ『鞭の様な縄の様な何か』で口を塞がれてしまったからである。
 凄まじい勢いで引きずられていた青年の体が、不意に宙に浮いた。
 そして10メートル近い高さで宙吊りにされた彼は、それ以上の巨体を誇る『怪物』の威容を目撃する事になる。
 青年はその姿を見て、恐怖するよりも先に呆気に取られ――殺された。
 10メートルの高さから、地面に叩きつけられたのである。
 しかし『怪物』はそれだけでは飽き足らずピクピクと痙攣する青年の体を再び宙吊りにし、また大地に叩きつけた。そして、それをひたすら繰り返す。何度も、何度も。
 明らかに吸魂目的の行動ではない。
 最初の一回目で青年の頭部は破壊され、ニ回目、三回目が終わる頃にはもう彼の体は原型を留めてさえいなかったのだから。
 四肢の一部がもげ、内臓の一部が飛び散り、それらが怪物の巨体や周囲の木々に引っ掛かっていく光景は、まるで地獄絵図の様であり――さながら、百舌鳥の早贄の様でもあった。

●御守り
 少女は道を引き返す事にした。
 門限の心配はあったが、それ以上に、いつまで経っても戻ってこない青年の事が心配になったのである。携帯電話にすら出ないというのは、些か不審であった。
 彼女は右手に電灯代わりの携帯電話を、左手に火を点けたライターを握って、夜の林道を進んだ。
 そのライターは以前、少女が青年から譲られたものである。火を点ける用件などそうそうない彼女にとって、その重厚なデザインのライターは実用的な道具というよりも、思い入れから持ち歩いている御守りの様なものであった。まあ、青年には持ち歩いている事を内緒にしていたが。
 そんな御守りを掲げながら、少女はビクビクと夜道を進んでいった。
 そして、不意に漂ってきた嗅いだ事も無い様な臭い――死臭に気付いた彼女は、それが漂ってきた方角に光をかざす。
 ――かざして、しまう。
 夜の森林公園に少女の悲鳴が木霊した。
 実のところ、青年をそんな無残な姿に変えた存在は、両膝を付き泣きながら嘔吐している彼女の『すぐ傍』にいた。
 しかし、恐怖のあまり硬直した少女の左手に握られたモノが、『怪物』に彼女を襲う事を躊躇させたのである。ホモサピエンスが暗闇を恐れる様に、『怪物』の本能がソレを恐れたのであろう。
 結果として、少女は生きてこの森を脱出した。

●早贄の森林公園
 青年の殺害現場となった森林公園は封鎖され、大人数の警察官達によって犯人の捜索が行われたが、手掛かりはまだ何も見つかっていない。
 だが『何も手掛かりが見つからない』という事実は、現場のベテラン刑事達にある可能性を想起させた。
 ――それは、天魔の介入の危険性である。
 この世の理から外れた悪意。それに対抗し得る者が在るとすれば、その存在もまた理を超えた力を振う者であろう。
 天魔に対抗出来る存在があるとすれば、それは撃退士達をおいて他にはない。

 かくして、学園に一つの依頼が舞い込んだ。 


リプレイ本文

●待機組
 撃退士達が森林公園を訪れたのは、依頼が出された翌日の昼間の事だ。
 若干、強行軍の嫌いはあったが、既に一人を殺害している正体不明の天魔が相手である以上、この迅速な対応は妥当である。
 現在園内で策敵を行っている五人の撃退士の内、囮ではなく待機を選んだ緑髪の少女――蒼波セツナ(ja1159)などは、夜に備えた準備もしてきていたが、視界が効く間に事が片付くのであればそれにこした事はない。
 もっとも、青年の殺害時間等を考えると日中帯に敵を釣れるとは限らないので、セツナのこの用心深さは賢明と言える。
 そしてそんな賢明さ故に、緑髪の魔女は今回の依頼そのものを不審に思っていた。
「さっきの話を気にしてるんですか?」
 茶髪茶眼の素朴な顔立ちに不機嫌そうな表情を浮かべてそう呟いたのは、セツナと同じ待機組のジェイニー・サックストン(ja3784)である。ちなみに彼女は今、機嫌が悪い訳ではない。これが地なのだ。
「気にし過ぎている自覚はあるわ」
 苦笑混じりに肩をすくめるセツナ。
 緑髪の魔女を含む何名かは、依頼内容を聞いた時点で『園内への火の気の持ち込みを禁止する行政の過剰な対応』に対し疑念を抱いていた。
 ジェイニーが語る『さっきの話』とは、持ち物検査を担当していた市の職員から聞き出した『過剰な対応の理由』の事である。
 曰く、この都市では天魔と撃退士の戦いで、住民に被害が出る事態が多発しているという。天魔にクレームを言える訳も無いので、自然と被害者の不満は撃退士に向き、市長がそんな人々の意見を聞き入れた結果、この都市で発生する依頼では他の土地では考えられない様な制約が発生しているらしい。
「……天魔を舐めているとしか思えねーその住民の方々には、色々と言いてー事もありますが、まあ、一応の筋は通っちゃいますよ」
 ジェイニー自身あまり納得していない様子だが、セツナはその言葉が悩んでいる自分に対する不器用な気遣いであると気付き、意識して不敵な笑みを浮かべた。
「そうね。取り敢えずは、目の前の敵を撃退する事に集中するわ……ありがとう」
「べ、別にお礼を言われる様な筋合いはねーですよ」
 いつにも増して不機嫌そうな表情でそっぽを向いたジェイニーだが、その頬は僅かに赤くなっていた。

 所変わって、件の森林公園の近場にある喫茶店で、葛葉 椛(jb5587)は今回の事件の生存者である娘から話を聞いていた。
 正確には、今聞き終えたところである。
 事件のショックからだろうか、娘の発言には支離滅裂な部分も多かったが、黒髪の少女は終始落ち着いた態度で聞き役に徹し、見事に今回の天魔の正体を示唆する情報が聞き出していた。既に、園内に侵入している仲間にはその内容を伝えている。
 また、椛が手に入れたのは情報だけではない。
 嘆き苦しむ『残された者』の姿は、静謐な雰囲気の少女に憤怒という感情を与えていた。
 罪なき人々を地獄に叩き堕とした早贄の森の怪物に、葛葉椛という撃退士は純然たる怒りと――殺意を抱いたのである。
 生存者の娘は別れ際に、被害者の男性の形見だというライターを黒髪の撃退士に託した。椛はそれをギュッと握りしめポケットの中にしまうと、静かに、しかし力強く言葉を発したのである。
「大丈夫です。必ず、その天魔は斃しますから」
 生存者の娘は泣きながら「よろしくお願いします」と口にし、走り去る撃退士の背中を見送った。

●早贄の森の怪物
 勝負とは得てして、戦う前に決している。
 その天魔に人であった頃の記憶などほとんど残っていなかったが、それでも『戦う状況』と『戦う相手』を選ぶ周到さは残っていた。
 だから、不特定多数の警察官がうろつく状況でその正体を晒したりなどしなかった。
だから、『一人でのこのこと己の縄張りを歩いている女』がいたならば、躊躇なくそれを襲い殺戮しようとする。
 麗しくも冷酷な気配を漂わせるその女は、怪物が先日脆弱な人間の男を殺害した場所で、鮮血の如き赤い長髪を靡かせながら何かを調べる様に視線を走らせていた。
「血が、まだ少し残っている様ねぇ……随分と、悲惨な殺され方をしたみたいじゃない」
 怪物は、森林を歩くにしては些か煌びやか過ぎる赤いドレスを纏ったその女を目がけて、自身の体の一部を猛烈な勢いでしならせた。
 その速度、その威力、ともにまともな人間にかわせる様なものではない。
 ――故に、鞭の如くしなる『ツタ』の襲撃を、踊る様にかわして見せた赤髪の女は、まともな人間などではなかった。
「――今度は、私があなたを、惨たらしく屠ってあげるわ」
 酷薄な嘲笑を口元に浮かべてそう囁いたのは、光纏し、大人の容貌となったダアトの少女、Erie Schwagerin(ja9642)である。
 そう、勝負とは得てして、戦う前に決しているものだ。
 撃退士達は事前に推測し、生存者の少女から情報を手に入れ、『その敵』に対して警戒と備えを行ってきていた。
 ならば囮を引き受けた赤髪の少女が、不審にツタを蠢かせた『巨大なブナの木』の天魔――仮にトレントとでも呼ぼう――の存在に気付いたのは必然と言える。
 天魔の捕捉を伝える笛の音が、森林公園に木霊した。

 赤髪の魔女以外の囮役は、二人ともトレントの出現地点からかなり離れた場所にいた。
 戦闘音に怯えた人々が逃げ出した後に到着した椛は、持ち物検査で時間を取られずに済んだが、逆を言えばようやく園内に踏み込んだところである。
 そのため、位置関係のみで考えた場合、全ての囮の中間地点で待ち構えていた待機組の二人――セツナとジェイニーが最も早く合流出来るはずであった。
 そんな二人を差し置いて、囮役であるユウ(jb5639)が最速で戦場に辿り付く事が出来たのは、入り組んだ林道を走らずに、漆黒の翼を広げ空中を一直線に移動した結果である。
「……好きにはさせませんよ」
 上空で突撃槍を構えたユウは、高速で蠢くツタによって攻撃の機を封じられているエリーの姿を確認すると、巨木の注意を引きつける様に飛び回ることを選択した。
 トレントは初めて直面する空を飛ぶ敵に全てのツタをもって迎撃を行おうとし――横合いから赤髪の魔女によって放たれた業火の洗礼を受ける。
 前衛がかき回し、後衛の火力で仕留めるという理想的な連携だった。
 全長10メートルを超える『ブナの木の天魔』を一撃で焼き尽くす事は出来なかったが、それでも怪物の様子を見るに、確かなダメージを与える事に成功している。
 ――しかし、その『焼かれる痛み』がトレントを本気にさせた。
 地にどっしりと下ろしていた根を抜き去ると、天魔はそれをもって歩き始めたのだ。巨体故に一歩が広く、不意をつかれたエリーはツタに足を取られてしまった。
 一瞬で宙吊りにされる赤髪の少女。
 しかし猛禽の如く滑空してきた有翼の突撃兵は、それ以上の攻撃をトレントに許さず、ツタを薙ぎ払うと、流れる様な動作で少女を抱えて飛び去った。
「大丈夫ですか」
 竜巻の如き突撃が嘘の様に、穏やかな微笑を見せるユウ。
「……一応、お礼は言っておくわぁ」
 そんな彼女の腕に抱かれながら、負けず嫌いのエリーは唇を尖らせつつも礼を言った。
 巨木の怪物は斬り落とされた断面から新たにツタを生やしながら二人を追撃しようとしたが、炎の弾丸によってそれを妨害される。
「ブナの木の天魔……まあ、想定通りね」
 不敵な笑みを浮かべて到着した緑髪の魔女、セツナの攻撃を受けたのだ。
 ツタの防御は炎の弾丸をも叩き落としたが、その代償として焼失した部分に関しては、明らかに切断された場合よりも再生に手間取っている。トレントは怒声を上げるかの様に全身を軋ませると、今度は緑髪の少女を目がけてツタを伸ばした。
 それらを撃ち落としたのは、セツナの傍らに控えていた不機嫌そうな少女である。
 ジェイニーは自らの弾幕を突破してきた天然の鞭も、巧みな斧さばきによって伐採した。
 ……すぐに再生されてしまったが。
「ツタが面倒くせーです。再生するなんて聞いてねーです」
 誰に向けた訳でもなく、独り言の様に呟かれた愚痴だった。
 それに反応したのは、最後に駆け付けた二人である。
「再生出来なくなるまで、焼き尽くすだけの事です」
 言葉の通りツタの一本を焼き払いながら、光纏し狐の尻尾を出現させた椛が、肉食獣の様な獰猛な視線でトレントを見据えていた。
「なに、隠し玉の一つもなければ、興も乗らんというものだ」
 そして最後に姿を現したのは、いっそ傲慢にさえ見える笑みを浮かべた唯我独尊の騎士。
 あるいは、あらゆる理不尽な暴力を前にしてなお己の矜持を譲らぬ不屈の王。
 フィオナ・ボールドウィン(ja2611)は、獅子の鬣の如き豪奢な金髪を振るわせながら、威風堂々と戦場を睥睨した。

 かくして、早贄の森の怪物の前に、六人の撃退士が揃う。

●悪意を蹂躙する者達
 捕捉しておくと、第二陣と第三陣の到着に時差がなかったのは、第二陣――待機役の二人が遅かったからという訳ではない。
 他の二人が早過ぎるのだ。
 まず椛は、入り組んだ林道を使用していない。自身の血に流れる妖狐の本能を全開にさせていた彼女は『獣道』を縫う様に疾走してきたのである。
 次にフィオナだが、彼女も林道を使用しなかった。かと言って、空を飛んできた訳でもなければ獣道を走ってきた訳でもない。金髪の少女は一直線に走ってきたのである。
 草木が邪魔ならばソレを薙ぎ払い、崖が邪魔ならばソレを飛び降り、駆け上った。フィオナの前に道は無くとも、彼女の走破した後には『獣道』ならぬ『フィオナ道』とでも呼ぶべき痕跡が生まれている。文字通りの意味で『我が道を行く』少女であった。
 そんな王様少女が提示した『策』は無謀とも取れるものだったが、撃退士である他の少女達はその無謀を飲む。
「フィオナさん、退き際を見誤らないでね」
「ふっ、案ずるな。我の辞書に敗北の二文字はない」
 負けかけたら退いて欲しいという緑髪の魔女の忠告に対し、負けないから問題ないと返す唯我独尊の騎士。
 豪放磊落な社長に振り回されるクールな秘書の様に、セツナは軽く溜息を吐いた。

 撃退士達がトレントを攻略する上で最大のネックとなっていたのは、自動回復する攻防一体のツタの存在であった。互いに庇い合う事で宙吊りこそ回避していたが、ツタによる攻撃は全員に少しずつ傷を与えている。
 そんなツタの乱舞を相手に、最も奮闘を見せたのが椛だ。
 妖狐の本能を解放した彼女は、襲い来るツタを紙一重でかわしながら炎の札を用いてそれらを焼き払っていた。木々の間で揺れる狐の尻尾は、愛らしさ以上に、野山を駆け巡る獣の獰猛さを漂わせいる。
 死角から放たれたツタに関しても、椛を追走しているジェイニーが銃弾や斧で防いでしまうため、トレントからすればやり辛い相手だろう。
 もっとも、それでもなおツタの防壁は突破出来なかったが。
 しばし彼女達の猛攻は続いたが、セツナがサインを出すと撃退士達は一斉にトレントから距離を取った。
 挑発的な笑みを浮かべた、フィオナを残して。
「さあ、来るがいい木偶人形。我が貴様に、人の威というものを教えてやろう」
 巨木は生意気な小娘に向けて、全てのツタを叩きつけた。天魔の怒りを表すかの様な凄まじい速度で放たれた自然の鞭は、大剣を盾の様に構えた姿勢のまま金髪の少女を拘束してしまう。
 そこでトレントは異変に気づいた。
 動かなかったのである、その獲物は。
 全筋力全能力を防御に傾けたフィオナは、巨木の怪力に対抗してみせたのだ。
 そして、彼我の力が拮抗している現状は、トレントが金髪の少女を拘束しているのと同時に、フィオナが巨木の怪物のツタを封じている状況でもあった。
 距離を取った他の撃退士達は、この機を狙っていたのだ。
 トレントは本能的にそれに気付き、最後の悪足掻きをした。その巨体をもってフィオナを轢き潰しにかかったのである。
 まるでダンプカーか何かの様に、凄まじい勢いでフィオナとの間合いを潰していくトレント。周囲の木々をへし折り、地面の草花を土煙と共に踏みにじりながら、巨木は少女を目がけて突進する。
 ――刹那、公園中に轟音が響き渡った。
 衝突の瞬間に巻き上がった粉塵は巨木の足元を完全に覆い隠してしまったが、怪物は小癪な人間の死体など確認するまでもないとばかりに、そのままの勢いで押し進もうとし――止まる。
 否、止められる。
 踏みつぶしたはずだった。轢き殺したはずだった。
 ――だが、ならば何故、己の突進は止められた?
 そんな怪物の混乱に、巨木の足元から発せられた華やかな声が応える。
「――何だ、貴様。存外、軽いのだな?」
 晴れていく土煙の中に存在したのは少女の死体などではなく、大剣を盾として佇む不落の城塞の姿であった。
 その威容を目撃した瞬間、人であった頃の事などとうの昔に忘れていたはずのトレントをある感情が襲った。人が闇を恐れる様に、樹木が火を忌避する様に、早贄の森の怪物はフィオナ・ボールドウィンに恐怖したのだ。
 実のところ、楽しそうに笑っている金髪の少女にそこまで余裕はない。
 同じ攻撃をもう二回食らったならば、確実に死ぬレベルの傷だった。
 そんな状況で、心底愉快そうに笑える彼女は、きっと英傑の類なのだろう。
 その後の攻防は、詰め将棋の様なものだった。
 怪物から見て左側から飛んできた業火は、防御の術を失った幹を一瞬で火あぶりにする。
「この松明――意外と綺麗に燃えるわねぇ」
 赤髪の魔女が、燃え盛る巨木を嘲笑する。
 トレントは狂った様にエリーに枝を伸ばそうとしたが、今度は右側から飛んできた火球に焼き払われた。
「ごめんなさいね。あなた、もう『詰んで』いるのよ」
 緑髪の魔女は淡々と事実を告げるかの様に、そう囁く。
 そして、早贄の森の怪物に止めを刺したのは、死者の無念を託された少女であった。
「斃れなさい」
 椛は短くそう呟き、炎の札をトレントに叩きつける。
 
 早贄の森の怪物が滅んだ瞬間だった。

●弔い
 その後、巨木ごと燃やされかけたフィオナを救出したり、見事に森林に燃え移った炎を消火したりと若干コメディよりの事件が発生したが、それらの描写は割愛する。

「何をしているのですか?」
 優しく微笑むユウの視線の先には、トレントが切り離したツタにライターの火をかざしている椛の姿があった。
「このライターは、殺された男性の形見だそうです」
 殺意が消え、完全に普段の落ち着きを取り戻していた椛は、ツタに火が付くとそれで満足したのかすぐに炎を踏んで消火した。
「……だから、この炎に天魔を焼かせてあげたかったんです」
「……そうですか」
 その行動が椛なりの死者に対する弔いだと気付いたユウは、天に昇っていく煙を眺めながら自身の祈りもそれに乗せた。
 ――どうか安らかに、と。

●???
 実験No.23 絞殺のトレント 失敗


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 『天』盟約の王・フィオナ・ボールドウィン(ja2611)
 海ちゃんのお友達・葛葉 椛(jb5587)
重体: −
面白かった!:9人

憐憫穿ちし真理の魔女・
蒼波セツナ(ja1159)

大学部4年327組 女 ダアト
『天』盟約の王・
フィオナ・ボールドウィン(ja2611)

大学部6年1組 女 ディバインナイト
闇に潜むもの・
ジェイニー・サックストン(ja3784)

大学部2年290組 女 バハムートテイマー
災禍祓う紅蓮の魔女・
Erie Schwagerin(ja9642)

大学部2年1組 女 ダアト
海ちゃんのお友達・
葛葉 椛(jb5587)

大学部2年124組 女 陰陽師
優しき強さを抱く・
ユウ(jb5639)

大学部5年7組 女 阿修羅