美しい白い砂浜に、四体の巨大なカニ型ディアボロが我が物顔でうろついている。それらを討伐するべく、それぞれの配置についた撃退士達は一斉にアウルを身に纏った。
合流させずに一気に決める! 町民の生活を脅かすディアボロは排除しなければならない。六人の撃退士が砂浜を駆け抜けた。
「それじゃあ、いっちょやりまっかー!」
GパンにGジャンという普段着と、頭にバンダナを巻いた少年――古島 忠人(
ja0071)の捕縛術が、気合と共にディアボロをその場に縛り付けた。完全に術中に嵌めた事を確かめ、次なる一手の為に距離を詰める。
「これだけ大きいなら……外す心配は不要ね……雷よ、落ちなさい……!」
空には雲ひとつないが、不意に空気が弾ける轟音が響き渡り、白雷がディアボロを貫いた。白い肌に青い瞳、透き通るようなライトブラウンの髪。まるで人形のような無機質な美少女――セレス・ダリエ(
ja0189)は油断なく魔導書を手に身構える。
古島が間合いに入った事で、カニ型ディアボロはその鋏をハンマーのように振り下ろした。しかし、術に縛られたその動きは目に見えて鈍重で、不安定な足場をものともせず古島は軽々と回避していた。
「遅い遅い! もらったで!」
振り下ろされ、伸びきった鋏の甲殻の隙間に、毒を纏った古島の貫手が打ち込まれた。
「――んがっ!? かってぇぇ!?」
隙間を狙ったというのに信じ難い硬さだ。だが、今の攻撃は直接ダメージを与えるのが狙いではない。
「けど、しっかり毒は打ち込めたな! 貴様はもうまな板の上の蟹やー!」
「いきなさい……雷剣……!」
毒にむしばまれたディアボロに、セレスが魔導書で生み出した雷の剣が突き立てられる。
「さぁてと、ワイの焔とセレスちゃんの雷! その甲羅でどれだけ耐えれるかな!?」
焔風を纏った扇子がディアボロを燃やし、さらにセレスの雷剣が追い討ちをかける。ディアボロは影縛りから逃れる事が出来ず、一方的に攻撃を受けていた。
「卑怯とか言わんといてや? 対策して無いそっちがアホなんやからなぁ!」
(「忠人さんの攻撃も私の攻撃も効いている……前情報に偽りはない……でも、これは……」)
並の物理攻撃では傷一つ付かないであろう甲殻も、魔法への抵抗はそれほどでもないようだ。しっかりダメージが通っているのは実感できる。だが、毒に侵され一方的に攻撃を受け続けているというのに、未だにディアボロは生きている。
「タフとは聞いてたけど、ここまでとは――――」
古島も愚痴をこぼそうとした瞬間、ディアボロが束縛を解き、二人へ向かって突進した。
「……ッ!」
「――ちぃ!」
包囲を抜けられないよう、セレスもディアボロの射程圏内に身を晒していた。攻撃を受けるリスクにセレスが身を強張らせたのを察知し、古島がディアボロの前に飛び出した。
「がっ!?」
足場の悪さもあり、回避しそこねた古島がディアボロに殴り飛ばされる。
「忠人さん……!」
反射的にセレスが声を上げ、相手の動きを止めるべく雷剣を撃ち込んだ。しかし心配には及ばず、古島はすぐに立ち上がると、再びディアボロに捕縛術をかけていた。
「おー、痛ッ! けど、ワイの目の黒いうちは女の子に怪我なんてさせへんでぇ!」
防御の方は一級品だが、攻撃の方はそう大したものではない。一発二発なら十分に耐えられるだろう。
「毒は抜けてもたみたいやけど、かなりヘバッてるなぁ。このまま一気に落とすか!」
「はい……!」
とどめとばかりに焔と雷が降り注ぎ、ついにディアボロはその活動を停止した。
(「硬さが自慢のディアボロね、面白いじゃない」)
黒の桜吹雪を舞い散らせ、桃色の髪の少女――東雲 桃華(
ja0319)が気を練り上げる。初撃は無抵抗の相手に打ち込めるのだから、最高の一発をお見舞いしてやるつもりだった。
「いくわよっ! せーのっ!!」
一気に間合いに飛び込み、節足の付け根に全力の一撃を打ち込んだ。それもただの打撃ではなく、甲殻の内部に衝撃を徹す技法を使った一撃を。
攻撃を受けた節足の一つは内部から破壊され、もう二度と動く事はない。そこに追い討ちをかけるように雷の花弁が降り注いだ。
「おら、喰えねぇ蟹は生臭ぇだけだ、消えろや!」
黒髪の長身の男――鬼塚 凌空(
jb9897)が荒っぽい啖呵を切り、雷の霊符を構えている。
ディアボロは反撃の鋏を振るうが、東雲はひらりとかわす。そこから両刃の戦斧を半身に構え、力を溜めるように大きく引いた。
「ハァッ!」
腕力に円心力を加えた剛撃がディアボロを吹き飛ばす。
「――ッ! 東雲、今だッ!」
符を使いつつ戦況を見定めていた鬼塚はディアボロが一瞬意識を失っている事をいち早く見抜いた。それを聞いた東雲も追撃に移る。
「硬そうな鋏だけど……私の斧術は業(わざ)で断つのよ!」
研ぎ澄ませた一撃が鋏の関節部分を大きく切り裂いた。
「思ってたよりも立派な甲羅ね。正直驚いたわ……でもッ!」
追加の一撃が振りおろされ、ついにディアボロの鋏は関節部を両断され砂浜に落ちた。
「東雲ッ! 気をつけろ!」
不意に鬼塚が声を上げたが、東雲が身構えるより早くディアボロが意識を取り戻していた。残った鋏が東雲へと振り下ろされる。
「クッ……いけるか……!?」
咄嗟に鬼塚が放った炸裂符が鋏を爆発させたが、巨大な鋏の重量・質量はそらしきれるものではなかった。鋏の一撃を受けた東雲がたたらを踏むが、すぐに態勢を立て直す。
「ありがとう、鬼塚先輩! ちょっと深追いしすぎちゃった」
しかしダメージは大したものではないようだ。少なくとも、鋏を一つ失った相手とは比べるべくもない。
再び東雲が大きく引いたスタンスで戦斧を構え直す。ディアボロも再び鋏を振り上げるが、それより早く雷の花弁と東雲の一撃がその巨体を吹き飛ばしていた。
「決めちまえ、東雲!」
またも意識を失ったディアボロに、戦斧の連撃が振り下ろされ鋏の関節部を両断した。これで相手の攻撃手段は失われた事になる。
「小細工は無し、全力でいくわよ?」
東雲は宣言すると気を練り上げ、戸惑うように失った鋏の節足を動かすディアボロに向き直る。
「でぃやぁぁぁぁ!!」
裂帛の気合と共に拳を放ち、渾身の一撃を打ち込んだ。
「……あれに耐えるかよ」
距離を取っていた鬼塚にも、今の一撃が会心の一撃だった事は見て取れた。だが、ディアボロはまだ生きている。
(「うそぉ、どれだけ硬い甲羅なのよ……あれでもまだ『足りない』なんて……」)
ディアボロの堅牢な甲殻は、徹しの技法を以ってしても致命的なダメージを与えられなかった。それなりのダメージが通ったのは実感できたのだが、それに耐えるほど相手がタフなのだ。
半ば呆れる二人だったが、弱りつつあるディアボロに焔と雷が降り注いだ。
「応援に来たで!」
「不要な気もしますけど……」
「魔法攻撃か! 助かるぜ」
「それじゃあ、四人で一気にやっちゃいますか!」
四人の波状攻撃を受け、攻撃手段を失っていたディアボロはすぐに動かなくなった。
「注意を惹くなら……やはり正面からか」
一人でディアボロと相対する役目の少女――礼野 智美(
ja3600)が静かに呼吸を整えている。相手の甲殻は見るからに強固だ。だが、それならそれで戦いようはある。
「どれほどの硬さか、試させてもらうぞ!」
真正面から駆け寄り、ディアボロの正中線に拳を打ち込んだ。装甲の内部に衝撃を徹す独特の技法。それなりに効いたようだが、動きを止めるほどではなく反撃の鋏が振り下ろされる。
(「この手応え……俺の想像以上か……倒しきるのは諦めるしかないな」)
上手く回避しつつ戦術を組み上げる。物理攻撃で仕留める事は難しいが、物理攻撃だからこそできる事もある。
「ハァッ!!」
礼野が放った、目にも止まらぬ神速の突きがディアボロを大きく吹き飛ばした。その狙いは節足の関節部。一撃で切り離す事は出来なかったが、大きく関節部を切り裂いている。しかしディアボロの動きを止めるにはまだ足りない。すぐに間合いを詰めて反撃を見舞ってきた。
またも礼野は攻撃を回避し、懐に飛び込むと再び衝撃を徹す拳を打ち込んだ。狙いはまたも関節部。先の一撃で損傷していた関節部はちぎれて飛ぶ事となった。
薙ぎ払うように振られた鋏を礼野は上体をそらして回避する。そしてそれから戻る動きを利用し、別の節足の関節部に再び神速の突きを放った。
(「今の手応え……ならば、好機!」)
完璧に入った一撃により、ディアボロは一時的に昏倒したようだ。動きを停止した隙に拳を打ち込み、二本目の節足も破壊する。
(「まだ意識が戻らないこの一瞬、逃すものか!」)
礼野のパルチザンが紫焔を纏う。そのまま一気に駆け抜けると、関節部を両断された節足が宙を舞った。
「これで三本……――そして、四本目!」
最後の節足は一番細い構造だったため、呆気なく切断された。片側の節足を全て失い、既にディアボロは行動不能だ。もはや勝敗は決したと言えるだろう。
「お前のとどめは適任者がいる。そこで大人しく待っているんだな」
時間をかければ自分で仕留める事も出来るが、それよりやるべき事がある。礼野が脚部にアウラを集中させた瞬間、すでにその姿は消えていた。
ディアボロが威嚇するように両の鋏を高く掲げ、それを上空から小麦色の肌をした赤毛の少年――清純 ひかる(
jb8844)が見下ろしている。
上空とは言っても遥かな高みという訳ではない。ディアボロが手を伸ばせばギリギリ届きそうな、そんな絶妙の位置取り。その高さから黄金色の光を纏った槍がディアボロを牽制するように刺突していた。
「ほら、お前の相手は僕だよ!」
挑発するように槍を構えると、ディアボロが身体を起こし鋏を清純へと伸ばした。
「かかったね!」
身をかわした清純の槍が光り、衝撃となってディアボロを吹き飛ばした。
「……む、足がたくさんあるから安定してるのか。重いし、ひっくり返すのは無理かな」
多足の安定感と重量により、狙い通りにはいかないようだ。そして空を飛ぶ自分に相手は攻撃できないが、こちらの攻撃もあまり相手に効いていなかった。上空からの攻撃のため、どうしても甲羅が分厚い背中あたりしか狙えない。
「ここから狙えそうなのは……ちょっと気が引けるけど、仕方ない!」
上から見下ろすこの位置なら、カニの目玉を狙う事が出来る。相手がディアボロとはいえ、それをやるのはやはり抵抗があったが、私情は捨てて覚悟を決める。狙い澄ました一撃が黄金色の光となってディアボロの目を射抜いた。
『――――ッ!!』
「えっ!? しまった!」
片目をやられたディアボロが突然走りだした。攻撃する場所としては間違いなく有効だったが、怒りで相手が暴走するのでは囮としては失敗だった。
「でも……僕の領域を、簡単に抜けさせはしないよ!」
地上に降りた清純が真っ向からディアボロの突進を受け止めた。下半身に集中したアウルが何倍もの体重差を受け切ったのだ。
しかし、止めたのは良いが、相手と真っ向から組み合う形になってしまった。ディアボロの鋏が清純に振り下ろされる。
「ぐっ……これくらい!」
受け止めた清純も反撃の一撃を放つ。両者真っ向から向かい合い、一歩も引かぬ乱打戦にもつれこんでいた。
清純の振るう黄金色の光はディアボロの甲殻越しにダメージを与えていたが、相手の動きを封じるために攻撃を受け続ける清純も少なくないダメージを負いつつあった。
このディアボロの武器は堅牢な甲殻と強靭な生命力。消耗戦では流石に清純の不利は目に見えていた。
「結構キツいな……でも、ここは通さないよ!」
空に逃げる事も出来た。だが、そんな事をすればこいつが別のディアボロと合流してしまうかもしれない。そうなれば仲間が危機に陥るだろう。それは駄目だ。そんな事は認めない。
覚悟を決めた瞳で、清純が真っ向からディアボロを睨みつけたその時――――
「――――とうっ!」
空中で宙返りを決めた礼野が横合いから思い切りディアボロを蹴り飛ばした。
「こいつを一対一で相手をするのは骨だろう。加勢する」
「え、でも、きみの方は――――?」
清純の視線の先では片側の節足を全て失い、もがくことしか出来ないディアボロが映っていた。
「その手があったか……――って言っても、僕じゃ無理だったかな」
思いつきはしても、実際に節足を斬り落とせるのはこの中でも物理攻撃に特化した礼野と東雲ぐらいだろう。他の仲間の様子を見渡すと、古島・セレス組はすでに討伐して東雲・鬼塚組の助太刀に移っている。あの様子ならすぐに片がつくだろう。
もはや勝負の趨勢は決した。自分の役目を全うできた事を理解し、清純は戦いながらも太陽のような笑みを浮かべていた。
「――本当に、本当にありがとうございました!」
夕暮れ時。全てが片付いた砂浜で町長が六人に頭を下げていた。
あの後、四人も清純に合流し、六人でディアボロを殲滅。その後、礼野が動けなくしたディアボロも、離れた位置からの魔法攻撃が得意な三人によって安全に討伐されていた。
「ちょっと砂浜荒らしちゃったし、均すくらいしておかない?」
「い、いやいや! ただでさえ少ない報酬しか用意できなかったのです! そんな事までして頂く訳には!」
東雲が提案したが、慌てて町長に遮られてしまった。もちろん、それが報酬に影響する程ではないのは言うまでも無い。
「是非いつか、今度は遊びにいらして下さい。皆さんには精一杯のサービスをさせて頂きますので」
「おー、そりゃ嬉しいなぁ。これだけ立派な砂浜なら綺麗なネーちゃんもたくさん来るやろうし、ワイは夏にでも来ようかな。……せっかくやし、また皆で来ようや。そんで女の子は水着で――――」
「却下だ」
「遠慮しておくわ」
「……え? 聞いてなかった。もう一回言って……?」
礼野と東雲にはあっさり断られ、セレスに至っては聞こえてすらいない。
「ちくしょー! やっぱり男は顔と富なんかー!」
古島は叫びながら夕陽に向かって走り去ってしまった。
「まあ、水着はともかくとして……また来てみたいよね。僕達が守った平和を確かめに」
「それなら俺は冬が良いね。今度はちゃんと食えるカニを目当てにな」
清純と鬼塚の言葉に、それなら是非と女性陣も笑みをこぼすのだった。