――体育倉庫。事前の準備により、倉庫の至る所に引っかき傷が付けられ、血糊が塗りつけられている。
今日来るであろう生徒達は2グループ。体育倉庫に忍び込むグループと校舎に忍び込むグループだ。撃退士には相互の連絡用に、学園祭などのイベントで使う通信機が配布されている。
「俺は人を脅かすようなのは得意じゃなくてな、嬢ちゃんが一緒で助かったぜ」
「いや、あなたなら何もしなくても脅かせるような……」
夜道で八鳥 羽釦(
jb8767)のような強面と出会えば誰もが竦み上がるだろう。だが、それは今回の依頼の主旨とは方向性が違う気もする。とりあえず功刀 夏希(
jb9079)のプランに八鳥も協力する、という流れを確認し、生徒が来るのを待ち構える。
――ざっ、ざっ、ざっ、ざっ……
運動場の土を踏む足音が聞こえる。女子生徒が四人、コンビニ袋と懐中電灯を手に体育倉庫へと向かっているようだ。
……なさい……ご……なさ……ごめん……い……
「あれ……? 何か聞こえた?」
「うん、私も聞こえた。もしかして……誰か、泣いてる……?」
微かにすすり泣くような声が聞こえる。それは目的地の体育倉庫からのような――――
「誰かいるの? 大丈夫?」
普段から入り浸っている場所という事もあり、女生徒達は無警戒に体育倉庫に足を踏み入れた。一人の女生徒が顔を覆い、中心に置かれた運動マットに座っている。
近付こうとした女生徒達は違和感に気付き足を止めた。女生徒の来ている制服がやけに傷み色あせている事と、倉庫の至る所に付けられた傷――
これは、まるで誰かが爪で引っ掻いたような――――
ガァン! と激しい音を立て、突然扉が閉められた。それと同時に女生徒達の視界が完全な闇に包まれる。更に、金属を打ち鳴らすような不協和音が直接頭に叩き込まれる異常な感覚。パニックに陥った女生徒達は悲鳴を上げながら扉を開けようとするが、まるでびくともしない。その混乱を煽るように、闇の中から呟く声が聞こえる。
「ごめんなさい……いじめないで……閉じ込めないで……」
何も見えない闇の中、『閉じ込めないで』という言葉に半狂乱になる女生徒達。永遠とも思える恐怖を感じていたが、不意に懐中電灯の光が戻り視界を取り戻した。
だが、懐中電灯の光に浮かびあがったのは、自分達を見下ろす血まみれの男。木刀を担ぎ、ジャージを着た姿はまるで体育教師のようにも見えるが、その血みどろの顔は尋常ではなかった。
「あなたも……ここでずっと、すごそう?」
――――その少女の囁きが女子生徒達の最後の記憶となった。
「……? あそこ、なんかいねぇ?」
「ああ、何か動いて……うわっ! こっちに来るぞ!?」
校舎に忍び込もうとしていた生徒達が、雑木林から向かってくる『何か』に気付き声を上げた。落ち葉や枝が大男の形をなしたような――そんな何かが走ってくるのだ。
「ごの恨みぃいい!! はらっ!! はらさでおぐべ――――」
「――破ァッ!!」
その前に他校の制服を着た少年が飛び込んだ。一喝と共に土埃が舞い上がり視界を覆う。土埃が収まる頃には大男の姿はなく、落ち葉と枝だけが散乱していた。
「危ない所でしたぜ? あっしがいなければどうなっていた事か」
少年は寺生まれらしく、夜毎ここから不穏な気を感じていたので様子を見に来たのだという。中も見たいが、他校の自分だけでは決まりが悪いので、出来れば案内してもらえないかと頼みこんできた。
「まじかよ、寺生まれって凄ぇんだな! 案内なら任してくれ!」
既に怖い目に逢ったというのに、まるで懲りていない。やはり危機感が欠如しているようだ。男女二名ずつの四人の生徒に黒い髪・黒い瞳に変装した墓森 妙玄(
jb8772)が加わり、五名は旧校舎へと足を踏み入れた。
「――上の階から、何か嫌な気を感じやすね……」
――――ぽーん トーン ぽぽーん♪
その言葉に応えるように、調律の狂ったピアノの音が夜の校舎に響き渡った。
「ひっ!?」
「なるほど、音楽室が怪しいですぜ……行きやしょう」
一行は恐る恐る三階の音楽室へと向かう。その間も続く、聞く者の不安を掻き立てるような調子の外れたピアノの音色。普段閉め切られている筈の音楽室の扉は大きく開け放たれていた。
「――誰か……いる……?」
よく見えないが、誰かがピアノに向かっているようだ。明かりが無いので、何か黒い影がいるようにしか見えない。
「あの、ちょっと、何してるんですか――――」
問いかけはそこで途絶えた。すうっと金色の瞳が闇夜に浮かび上がったからだ。言葉を失い立ちつくす生徒達。
――ダァァァァン!!
不意に威嚇するように激しく鍵盤が叩かれた。
「マズイ、早く外にッ!」
「うわぁぁぁぁ!!」
墓森が声を上げると、生徒達は転がるように音楽室から逃げ出した。
(「大きな音、やっぱり怖いみたい、ね?」)
白磁 光奈(
jb9496)はこくりと首を傾げ微笑んでいる。
(「では、次は瑠雨様の出番、ね。うっかり、やり過ぎなければ、よいのだけど」)
「少し落ち着きやしょう。あれが縄張りから出てくる事はありやせんぜ」
顔面蒼白の生徒達を宥め賺していると、廊下の突き当たりの美術室から大きな物音が聞こえてきた。流石に生徒達も怯え、逃げ出そうとしていたが、墓森に「確認しない方が危険」と言われ渋々見に行く事になった。
「……ッ!」
絶句する生徒達の視界の先では、石膏像が浮遊しながら移動していた。
「わたしの体……ない……わたしの体……どこ……?」
「うわぁぁぁぁぁ!?」
「こいつはいけねぇ! 逃げやすぜ!」
墓森に促されるまでもなく、生徒達は美術室から脱兎の如く駆け出していた。
廊下を走り抜け、生徒達はがたがたと震えながら呼吸を整えている。
「な、なんなんだよ、今の……!」
(「あなたの手をくださいな」)
「い、今の、聞こえた!?」
「な、なんだよ……変な事言うなよ――――」
(「あなたの足をくださいな」)
「ひぃっ!?」
「お前ら、何言って――――」
(「あなたの腕をくださいな」)
「うわぁ!?」
「や、やめろよ! お前ら――――」
(「あなたの体をくださいな」)
頭に直接響く不可思議な囁き。恐る恐る美術室の方に目をやると、さっきの浮かぶ石膏像が美術室から出てくる所だった。
「あなたの体、ちょうだい……?」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
低空飛行で迫りくる石膏像に、生徒達は完全にパニックに陥り、転げ落ちるように階段を駆け下りていった。
(「大成功ですの!」)
生徒達の悲鳴を聞きながら、錣羽 瑠雨(
jb9134)は満面の笑みでガッツポーズを決めていた。
「あ、あれ!? あいつらどこ行った!?」
いつの間にか、男子生徒の一人と墓森の姿が見えなくなっている。
「そんなの気にしてる場合じゃないよ! 早く逃げよう!?」
残された三人は脇目もふらずに旧校舎を駆け抜けた。
――ここは……?
意識を取り戻した男子学生が、何があったのかを思い出そうとしている。
(「そうだ……確か、誰かに後ろからしがみつかれたんだ」)
音も気配もなく近付かれていたため、驚きで気を失ってしまったのだろう。
(「――ッ! なんだこれ、縛られてる!?」)
どうやら保健室のベッドのようだが、両手足を広げた状態で縛られ、口には猿ぐつわをかまされ声を出す事が出来ない。
「おっと、お目覚めみたいだね」
傍にいた白衣を着た少女が男子学生の顔を覗き込んだ。
(「ひっ……!?」)
耳まで裂けた恐ろしい口と赤い瞳。その両手の爪は鋭くナイフのように伸ばされ、少女は血でぬめる臓器とおぼしきものを弄んでいる。
「あれ? 怖いのかい? 知りたいな、その恐怖の理由。臓器の形とか、温かさとか、どんな味がするのかとか……」
「んーッ!! んーーッ!!」
少女の指先がシャツのボタンを外していく。縛られた生徒は呻き声を上げる事しか出来ない。
「ああ、ああ、理解したい……私は君を理解したい!」
ちくりとした感触と共に、露になった腹部に少女の爪と指がずぶずぶと飲み込まれていく。自分の内臓が引きずり出される恐怖に、男子生徒は泡を吹いて気を失ってしまった。
「――おや? また気絶しちゃった? 十分怖がらせただろうし、これくらいにしてあげようかな」
指先を透過していたのだが、本人からすれば指を突き刺されたと錯覚した筈だ。待っている間に、小道具として人体模型の中身を回収したりしていたのが臨場感を増す結果になったのだろう。
「じゃ、私は空いてるベッドで休ませてもらおうかな。動き回って疲れちゃったし」
変化を解いた不破 怠惰(
jb2507)はもう一つのベッドに潜り込むと、すぐに安らかな寝息を立て始めた。
校舎を出て運動場に逃げた三人だったが、人とは思えぬ速さの『何か』が行く手を塞いだ。
月明かりを受けて銀色に輝く長髪、若草色の瞳。ピンと尖った狐のような耳に、ゆらゆらと不気味に揺れる獣の尾。長身の人外に見下ろされ、生徒達は呆然と立ち尽くしている。
「人の子等よ、進んで我の宴の席に通い詰めるとは、いやぁ感心感心! その心遣い、その眼の球、その生皮、その骨、その魂、さぞや甘美であろうなぁ?」
朗々と歌い上げるような口上。しかしその内容は血に飢えている。
「我が骨の髄まで啜り殺してくれようぞ。ここは我の庭、我の城よ。貴様等が我が物顔をするのも今日までじゃ、青臭い餓鬼共め」
不気味な笑みを浮かべ、人外が舌なめずりをする。
「ひっ……!?」
「うわぁぁぁぁぁぁ!?」
女子生徒二人は腰を抜かし、男子生徒は一人校門の方へと逃げ出してしまった。
うずくまる女生徒の頬を包むように、ゆっくりと手の平を押し当てる。冷え切ったその手は死者を連想させ、女生徒二人はあまりの恐怖にそのまま気を失ってしまった。
(「なぁんてのぅ、餓鬼なぞ食った所で腹の足しにもならんのじゃ」)
自分の仕事を終え、鳥居ヶ島 壇十郎(
jb8830)は愛用の煙管を吹かせている。
「結果は上々じゃな。しかし冷やし過ぎたかの、手が痛むわい」
自らが生み出した氷で手を冷やし恐怖を演出してみたのだが、少しばかり加減を間違ったかもしれない。暖を取るように煙を吹きつけ、手をすり合わせるのだった。
「おや、そんなに慌ててどうしやした?」
はぐれた筈の墓森が校門に佇んでいる。
「どうもこうも! 化け物が出たんだよ! 早く逃げねぇと!」
「──逃げる?馬鹿を言っちゃあいけやせん。こんなにも、楽しいじゃあありやせんか」
「へっ……?」
俯く墓森の表情は窺い知れないが、先程までとは雰囲気がまるで違う。
その時、強い風が吹き抜けた。男子生徒が目を開けると、そこにいたのは白い髪と橙色の瞳の墓森の姿。
「もっと遊びやしょうぜ? もっともっと──いんや、ずっと。此処で、あっしらと──遊びやしょう?」
蒼い人魂を揺らめかす姿を前に、男子生徒が最後まで言葉を聞きとる事は無かった。
「やれやれ、最後の決め台詞が途中だったんですがね」
あっさり気絶されてしまい、墓森が嘆息する。
「いやー、流石ですね! まさかこんなに上手くいくなんて」
隠れていた教師が現れ、気絶した男子生徒を回収する。彼らは学校と付き合いのある病院に運ばれ、目が覚め次第お説教の予定だ。
教師は深く考えていなかったが、ここまで上手くいったのは偶然ではなかった。何故なら、この依頼に参加した撃退士はみな、怪異そのものと言える存在だったのだから――――
その後、この学校ではまことしやかに七不思議が囁かれるようになった。
その一、体育倉庫の少女。
もともと心臓が悪かった女子生徒は、ある日悪戯で体育倉庫に閉じ込められてしまう。運悪く発作に襲われてしまい、女子生徒は命を落としてしまった……恨みか寂しさ故か、彼女は体育倉庫に現れ、そこにいる者を闇の中に連れて行こうとするようになった……連れていかれた者がどうなるか、それは誰も知らない……
その二、血まみれの体育教師。
指導こそ厳しいが、その熱さから生徒に慕われている体育教師がいた。彼は帰宅途中に車にはねられ命を落としてしまった……だが、彼は自分の死に気付かず、今も夜の校舎で見回りを続けているのだ……そして、彼に見つかった生徒は生徒指導室に連れていかれるらしい……しかし、この学校に生徒指導室は存在しない……連れていかれた生徒がどうなるかは……誰にもわからない……
その三、音楽室の化け猫。
金色の瞳の白猫がある日音楽室に忍び込んだ。その日、教師はうっかりピアノの蓋を閉じ忘れていた。鍵盤に飛び乗った衝撃で猫が蓋に挟まれ、そのまま命を落としてしまった。それから白猫は化けて出るようになり、放課後に一人で音楽室にいると、黄金色の瞳が浮かび上がり睨みつけてくるのだという……その瞳を見てしまった者は、一週間以内に命を落とすのだとか……
その四、美術室の生首。
絵を描くのが好きな女子生徒がいた。その子はその日も一人で美術室で絵を描いていた。だが、老朽化していた天井が崩落し、生徒はそれに巻き込まれ命を落としてしまった。遺体を見た教師によると、かなり激しく五体を欠損していたらしい。それから女子生徒は首だけの姿で美術室に夜な夜な現れるようになった……絵を描くためではなく……絵を描くための体を手に入れるために……その少女に見つかると、首から下を奪われ生首にされてしまうと噂されている……
その五、保健室の解剖魔。
ある女子生徒が、授業で無理やりカエルの解剖をさせられたショックで気を失い、保健室に運ばれた事があった。何かの持病を抱えていたらしく、不幸な事にその生徒はそのまま帰らぬ人になってしまった。ある日、解剖を強いた教師は体調を崩し、保健室で休む事にした。しかし、なかなか戻らぬその教師を心配し、同僚の教師が様子を見に行くと……そこにはバラバラにされた教師の死体が……その事件の犯人はまだ捕まっていないが、その犯人は恐らく……
その六、校庭の狐。
ある日校庭に狐が迷い込んできた。校庭では野球部が部活を行っており、運悪く打球が狐に直撃してしまう。申し訳ない事をしたと、部員達は狐を校庭の隅に丁重に葬ってやった。しかしその頃から、夜の校庭に人に化けた狐が現れるようになった。狐は葉と枝で作られた人形を従え、生徒を見付けると捕まえようと人形をけしかけてくるのだという……それに掴まってしまうと、その生徒も葉と枝で作られた人形に変えられてしまうらしい……
その七、帰った筈の友人。
放課後、先に帰った筈の友人が現れ、遊びに誘ってくる事がある。だが、それは友人によく似た『何か』かもしれない。うっかりその『何か』の誘いに応じてしまうと、何処かへ連れ去られ、二度と戻れないのだとか……その『何か』は鏡に映ると髪が白く見えるので、それで見極めるしか方法は無いと言われている……