準備は念入りに。地の利の差を埋めるために、地図は当然だが、生前の猟師の情報を集めることで敵の傾向と嗜好を知る。その上で、対策を立てるのだ。
すでに撃退士たちは、現地に入っている。行動前の最終チェックとして、情報の共有と装備の確認を行った。
「思った通りに、必要な情報を得られました。――猟師の皆さんが、協力的で助かりましたよ」
九鬼 紫乃(
jb6923)は、地元の猟師たちに、生前の人狼の仕事場(縄張り)に関して聞き込んでいた。
愛用するルート、お気に入りの監視・狙撃ポイント等々。猟をする時の癖に関しては、おおよそ抑えられた。相手が生前の行動をそのままトレースしているようであれば、狙撃ポイントはこれでほぼ抑えられたと言ってよいだろう。
地図にポイントを記入しておき、索敵の際にはこの場に注意を払い、的にならぬよう気をつけておきたい。また縄張りが生前と同じなら、退路を絞ることも出来る。人の足で行動するならば、下山するにしても山に潜むにしても、動ける場所は限られるからだ。
もっとも、生前の行動パターンに外れた場合はどうしようもないが――事前の情報をかんがみるに、これが最善の選択だと彼女は信じている。
「敵のテリトリーたぁ、厄介なことこの上ないな。……阻霊符は常時発動かね」
やれやれ、と麻生 遊夜(
ja1838)は肩をすくめて言う。彼は山中でも使える通信機を確保する役目を負っていた。
情報の共有は、作戦を実行する上において、絶対的な前提条件と言ってよい。特に、現場では何が起こるか分からない。相互の連携を密にするためにも、連絡手段は確実なものを用意すべきだった。
また、周囲を調べつつテレスコープアイを使って出来る限り山を見通す。狙撃を警戒しているのだった。
「いつ狙われるか判らない状況ですから、油断は禁物ですね」
楯清十郎(
ja2990)は、双眼鏡を用意して山のふもとから中腹にかけて、敵に姿が見えないか確認する。
もっとも、あの辺りからの狙撃は、ほぼないと見るべきだった。敵は以前、狙撃を失敗している。よほどの好条件がそろわない限り、この距離での襲撃はないだろう。
安全を確認したら、作成した地図の内容を全員で共有する。……地図には、地形だけではなく、敵が潜んでいる可能性の高い場所、狙撃に適したポイントなどが書き込まれている。
事前情報の賜物だが、こうして視覚化しておくと理解度が段違いである。解りやすいということは、一種の力でもあった。
「せめて、この山で安らかに。……そう願います」
浪風 悠人(
ja3452)が、真剣な面持ちで言った。救える相手ならば、救いたいと思う。だが、この相手にとって、救いとは安らかな死以外にはなく、ならば生前の狩り場で討ち果たすのが、せめてもの手向けとなるであろう。
探索時は、なるべく前を歩き前方からの攻撃に警戒しようと考えていた。銃による攻撃を受けた場合は、その銃弾の軌道から敵の方角を割り出せよう。すでに彼の思考は、戦闘へと集中していた。
「狩りなのに……凄く……悲しい」
浪風 威鈴(
ja8371)は、狩人の家系である。ゆえに、今回の敵に対しても、思う事があった。狩人同士の戦闘など、もとより好む所ではない。早く、終わらせてやりたかった。
逃がしてしまえば、それだけ悲しみが長く続く事になる。逃走を許さず、その場で決着をつけたいと思う。
「狩り、ですか。どちらが狩りの対象なのでしょうか……負けるわけには行きませんが」
梅之小路 鬼(
jb0391)は、こちらが狩る側だと考えている。狩人を狩る、という言い回しはいささか皮肉に過ぎるが、状況が状況なのでこうした言葉も出ようと言うものだった。
「奇襲を警戒するのはもちろんだけれど、罠にも注意を向けないとね。……事前に情報を得られたのは、やはり大きかったかな」
ユリア(
jb2624)も、鬼と見解をほぼ同じくしていた。狩るのはこちらで、獲物はあちらだ。そのために、準備をここまで整えてきたのだから――。
「さて、敵が狩人なら……あたしと同じってことだ。場所も人種も違うが、考える事は通用するはずだ」
Sadik Adnan(
jb4005)は、知識と経験を総動員して戦うつもりだ。地の利は相手にある。時間が経てば有利になるのは敵の方なのだから、多少の無理は踏み越えていくつもりで臨まねばならない。
敵がこちらを狩るつもりである以上、一定の法則がそこにはあるはずだった。理にかなった狩りと言うものは、そういうものだ。
合理性、必然性、そうしたものを突き詰めて考えていけば、敵の行動も予測できる。――常に最善手を取ろうとする相手ほど、論理に縛られるものだ。彼女の経験と知識は、この戦いにおいて大きな力となるだろう。
そして、作戦の最終確認に、通信手段と情報の共有が終わると、彼らは早速動きだした。
時間を浪費していい事は何もない。迅速な行動が尊ばれるのは、あらゆる戦場においても共通の事であった。
山道の中腹から最奥にかけては、先行組と山道捜索班に分かれて索敵することになっている。
麓からの情報では、異常は見られない。つまり、ここから先が敵の領域と考えるべきだった。班を分けても、すぐには襲ってこない所を見ると、敵はまだこちらを捕捉していないのか、あるいは警戒して機会をうかがっているのか。
ともあれ、撃退士たちは各々で最善を尽くしていた。アビリティを有効活用し、鋭敏聴覚で敵の足音や不審な音がないか散策しつつ、サーチトラップを使って罠が仕掛けられそうな場所を探し出そうとしていた。即座に鋭敏感覚に引っかかるほど、甘い手合いではあるまいが、こうした形で網を張っていれば、時間を掛けさえすればいずれ敵は見つかる。
「罠や不意討ちとかは普通にしてきそうだから、注意しておかないとね」
山道捜索班のユリアが、実際に警戒しながらつぶやいた。奇襲を受ける兆候を見逃さぬよう、気を張っている。罠などがあれば、その手口から傾向もつかめようが、まだ発見できてはいない。
「もう少し遅い時期なら紅葉を楽しめそうですね」
清十郎は、気負うでもなく、落ち着いた口調で述べた。といって、油断している訳ではない。隠れ易い茂み等に拾った石を投げ付けて、当たった時の音で敵の有無を確認するなど、確かな意識を持って索敵に当たっていた。
「こちら異常なし。索敵を続行中です。……はい。そちらもお気をつけて」
鬼は、自身はフォローをメインに動くと決めていた。他の人員が警戒に神経を集中しているので、提示の連絡役を行っている。
別に進展がないならなくても構わないものだが、異常を知らせる目安として、連絡の遅れというものはわかりやすいものだ。よって一人でも、そうした役目を担うことには意味がある。
そうして、探索を続けてしばらく。はじめに気付いたのは、遊夜だった。
「皆、一旦止まってくれ。あの方向……ここから10mばかり先の藪の中だ。自発的に何かが動く音が、今聞こえた」
山道は狭い。移動にも苦労するが、それは敵も同じこと。注意するべき点、怪しく見える場所は、事前の調べでおおよそ掴んでいるのだ。現地にいて、直接肌でものを感じられる距離に『何か』があれば、それを捕捉するのは難しい事ではない。
しらみつぶしにするのだから、いつかは異常を見つけるであろうことはわかっていた。これが本当に接敵の兆候ならば――。
「石、投げますよ」
「頼む」
清十郎が藪に石を投げ込む。遊夜が聴覚に集中する。敵がいれば、何らかの反応があるはずだ。
固唾をのんで、残りの二人が見守った。そして……。
「ギャウ!」
本気で、全力で投球した石が、猟犬の身を打った。ダメージとしてはさしたるものではないが、犬としての感覚が強く残っていたのだろう。痛覚の反応によって、思わず鳴いてしまった。
「場所さえわかれば、お前さんらはめんどくさくねぇんだよな」
遊夜が、不敵に笑いながら言い放つ。マーキングを行う用意は万端だ。戦闘の気構えはすでにできている。
そう、すでに『できている』。彼だけではない、この場にいる全員、誰も警戒を解いてはいなかった。猟犬は二匹いる事を、誰が忘れようか。
「後ろ!」
ユリアが叫んだ。最後尾の鬼も、感付いたのはほぼ直後であったために、回避の行動は遅れ、一撃をもらう結果となったが……致命ではない。
もともと、猟犬は攻撃力が極端に高い訳でもないのだ。鬼は転倒することなく持ちこたえ、その場で踏ん張って戦闘態勢を取った。奇襲の結果がこれだけとするならば、不首尾に終わったという他ない。
そして、数にも劣っている。猟犬らにとっては不利な状況で、戦闘に入ってしまうのだ。この場は逃走するのが無難であったろう。
「逃がしません!」
しかし、逃走の判断を行動に移す前に、烈光丸による反撃をその身に受ける。
「悪いけど、こちらが狩る側にならせてもらうよ」
ユリアもまた、ハイドアンドシークで潜行状態になり、意識外からの攻撃を狙おうとしていた。逃げ切るには、相当の努力を要するであろう。そして――遊夜に捕捉された一匹の方もまた、逃げるには厳しい状況に置かれていた。
「味方に当てるなんてヘマはしねぇぜ?」
マーキングを受けてしまえば、追撃は容易になる。その上で彼の銃撃を避け続けるのは、特別な能力を持たない猟犬にとって、至難と言うべきである。
「狩人がいつまでも狩る側でないことを思い出させてあげましょう……と、こちらは猟犬でしたか」
清十郎がタウントで注意を引き、シールドで防御する堅実な戦術を取れば、これも打ち崩すのは犬一匹で出来る事ではなかった。
何より彼は、逃走防止の為に足元を意識して狙っている。――もし猟犬らに人間並みに知性があれば、やけになって暴発するか、観念して嘆息したであろうが、そんな情緒は流石に持ち合わせていない。
悲しい事に、猟犬のディアボロは獣そのものであり、獣は撃退士と言う名の狩人に狩られるしかなかったのだ。
やがて、山道は静かになる。どちらが勝ったのかは、言うまでもないだろう。
時を戻し、山道で異常を発見する以前。
最奥・山頂班は、探索を続けていた。悠人は武器で植物を薙ぎ払い、後ろの人が歩きやすいように道を作りながら進んでいる。きっちり情報は集めていたから迷うことはないが、最奥ともなると、いささか道が悪くなる。
「その先……罠……ある」
威鈴がサーチトラップで、罠を発見、解除する。落とし穴もあれば、金具で足を拘束する罠もある。頭上から杭が落ちてきたり、地面から杭が跳ね上がってくるような、大がかりなものもあり、意識していなければ、それだけで大怪我しかねない。
また、地形把握の能力も彼女を助けた。この上に鋭敏聴覚まで使っているのだから、この山においてはまず万端の体勢を整えていると言える。しかし、彼女一人だけが気張っているようならば、いくらでも穴はつけよう。それを補ってこその仲間といえる。
「奴の考えそうな事は……さて、あたしは通用するのかね」
Sadikは己の知識と経験を信頼していたから、口調はそこまで暗くない。
風向きをもちろん、地形や位置関係、敵がいると仮定するならその退路など――様々な要素を踏まえつつ探索を行った。それは、威鈴や悠人を的確にサポートするものであり、より穴のない索敵を行うことにつながる。
「生前の行動パターンに外れていなければ、おそらく……」
紫乃が主観的な感覚ではなく、客観的な情報によって、索敵の方向性を決め、成功率を補強する。皆の一連の行動を連携として見るならば、これはほぼ完璧という他ない。
狙撃を警戒しつつも、罠を発見し解除、探索する部分を一つ一つ潰していく。時間はかかるが、まず失敗しないやり方だった。敵を見つけるのは、時間の問題であったろう。
そして、後方で戦闘が始まって、少し後の事。定時連絡が途絶えている事に気づく。索敵に集中した結果の、ただの遅れであるのか。敵と遭遇して戦闘中であるのか。どちらにせよ、好ましい事態ではない。
放置するか、こちらから連絡するか悩み始めた所で、事態は動いた。
銃声である。
しかし、その狙撃は正確なものではなく、誰にも命中しなかった。
「あっちか!?」
悠人は、狙撃の着弾痕から方角を予測し、指さした。威鈴が聴覚で付近からの音を確認。間違いなかった。
だが追撃の気配はなかった。どうやら敵は一度撃った後、すぐに退避したのだろう。これを誘いと見るか、ただの仕切り直しと見るか。
ここまで、罠には一度もかかっていない。敵が山に入った時からこちらに気付いていて、それで用意していた罠はことごとく潰されている事を理解していたとしたら、焦れて行動しても不思議はない。
Sadikは直感的に、そう判断した。ヒリュウを召喚し、木々の遮蔽を利用して、空から一直線に追わせる。
「キュー……頼む、いけ!」
そしてSadikが判断した事に、他の仲間が異を唱えることはない。彼女に追従する形で、班全体が動いた。
敵は慣れている道を進むだけだから、幾分か移動には有利である。だが、彼は空を飛べる訳ではない。Sadikが使役するヒリュウからは逃れられず、その目に捕捉される。思わずその事実に動揺して、銃を向けて撃ちまくった。
狩人が獲物とみなした相手に捕捉されて、無視できる訳もない。何より、明確な意思を持ってこちらを狩りたてる相手など、戦ったことはないのだ。元猟師として、追うことはあっても追われることはなかった。その経験のなさが、この場では命取りだった。
「マーキング、完了」
「見つけてしまえば、容易いものですね」
威鈴が射程ギリギリからマーキングを行い、悠人はシャインセイバーに持ち替えて突貫、距離を詰める。狙うは足。まずは逃がすリスクを減らす事が最優先と考えた。
「あらあら、存外に手玉に取れているご様子ですね」
紫乃がマジックジャベリンで支援射撃を行う。匍匐で這っていたSadikが威嚇を行い、釘づけにすれば、それが契機となって敵はペースを乱し、脅威ではなくなった。
後は、もう詰めの段階である。あくまでも生前のパターンに則った敵の動きは、そのまま情報の価値の高さを示しており。
この依頼が前準備の段階で、最低限の成功を約束していた事を証明する結果となった。
もちろん、最高の結果に終わったのは、メンバーの適正と、その場の努力あってのものであるが――。
「森と……山と……共に……安らかに」
威鈴の言葉が、あの人狼狩人に届いたか、どうか。
こうして、人狼は倒れ、猟師は人として埋葬された。誰恥じる事のない、勝利である。
依頼の後、地元の猟師たちから感謝の言葉が贈られた。これでようやく、仲間を送ってやれると、悲しくも喜びに満ちた言葉は、撃退士たちに何を思わせたであろうか――。