作戦に参加する皆が、敵の悪辣さをすでに理解している。よって現場についた撃退士たちは、即座に動いた。
おおまかには、地上で一般人の対応をする班と、カラスとの戦闘班に分かれ、それぞれの目的に沿った行動を始める。以後は連携しつつ臨機応変に、という流れだ。
「めんどくせぇ状況だな。さっさとやっちまおうぜ。……ようは、うるせぇ方にいきゃいいんだろ?」
Sadik Adnan(
jb4005)が、面倒くさそうに、露骨にいやな顔をしながらつぶやいた。敵への嫌悪感と、これから費やす労力を考えれば、致し方のない事であろうか。
「キュー、人が暴れてそうなとこだ。上から探せ。いけ」
自身がキューと名付けたヒリュウを召喚し、空から俯瞰して街を探索する。こうすれば、混乱の大本を見つけるのに、大した時間はかかるまい。
「まぁ、普通じゃない喧騒なんて離れてても案外空気で伝わるもんだ。それほど苦もなく見つかるだろうさ」
問題はその後だと、Sadikは考える。敵と一般人への対処。考える部分はいくらもあるが、ここは状況を単純に解釈するべきだと彼女は考えていた。
「よくやったキュー。ほら、出番だヒヒン。――嘶け!」
混乱した群衆を発見。近くにカラスがいるはずだが、それより緊急性のある一般人の保護を行わねばならない。
召喚獣を交代させ、超音波による無力化を図る。そして彼女とその相方が働いている間も、他の仲間は動いていた。
「ううっ…どうしちゃったの、みんな? あの情報にあったカラスのせい? ……くっ、人間を傷つける悪い天魔は! 私がころしてやるっ!」
エルレーン・バルハザード(
ja0889)が、悔しそうに顔をゆがめて言い放つ。すでに状況は相当に悪化している様子で、人々が争い、傷つけ合っている様子が見える。
つい感情が激発しそうになるが、まずは事態の鎮静を図るのが先決。争っている連中はSadikがすでに対処しているので、一般人の避難誘導が肝心である。敵への殺意を心に秘め、彼女はまだ正気を保っている人々を誘導しながら、地形を確認して戦闘に適した広めの場所を探した。適当な場所を発見したら、別の班に連絡するつもりで、携帯電話も携えている。
情報の伝達と共有の重要性は、誰もが知る所。この点、この場に集った撃退士たちに不備はない。暴徒に取り囲まれても対処できるよう、発煙手榴弾と発炎筒を用意し、事前に出来る準備は整えている。
「下がりなさい! でないと……」
リーゼロッテ 御剣(
jb6732)は、気迫を持って暴徒を屈服させいた。瞳を赤く染め、人々をオーラで威圧する様は、客観的に見るならば壮観であった。
ただ、彼女にとっては当然、楽しい行為ではない。時折飛んでくる石つぶてや空き缶などの投擲を、盾で防ぎながら突貫し、気迫で制圧する。
戦闘の邪魔になりそうな一般人や、暴れまわる障害を取り除くことは、重要である。 カラスを追い込む際に、こうして自由に動ける空間を確保しておけば、どれほど味方の動きが楽になるか。それを理解しているから、彼女は人々に恐怖を与えるのだ。たとえ、どれほど心苦しくても。
幸い、というべきか。未だ彼女自身が窮地に陥ることはない。事に当たっている三人が、的確に動けているからだろう。このまま上手く行けば、現状でもある程度は混乱を鎮静させられるはずだ。
そして別班への連絡を欠かさず、連携を密にすることで、情報を共有化できている。この作戦において、情報の不足というものはありえない。
とすれば、次に問題となるのは、カラスへの対応。特に、奇襲できるか否か。逃がさずに追い込み、封殺できる環境を整えられるかどうか。その作戦の成否が重要であった。
四条 和國(
ja5072)は、スマートフォンを片手に、地図と情報のすり合わせを行い、戦場を特定していた。地上で一般人の対応をしている班は、問題なく仕事をこなしてくれている。
「罪もない一般人の心にどれだけの傷が残ると思っているんだ……。早く切り伏せて暴動を治めないと!」
まずはカラスを見つけねばならぬ。情報とカラスの習性を理解すれば、短時間で発見、捕捉できる事は疑いない。
何より、彼には仲間がいた。発見次第、スマホで全員に連絡して準備をお願いするつもりでいる。壁走りと遁甲の術を用いて、彼は縦横無尽に地上を駆け回った。
「鳴き声で人々を狂わせておいて、自身は高みの見物か。……ちっ、気に入らねぇな。これ以上被害を出すわけにもいかんし、絶対にここで食い止めるぞ」
「もちろん。しかし魅了は物理的刺激じゃ解除できないから、少々厄介だな。――とは言ってもカラスは、骨格構造上死角があったりする」
そして、風雅 哲心(
jb6008)と江戸川 騎士(
jb5439)は、闇の翼で飛行していた。空からの探索は、地上からとは比較にならないほど大きな視点を持てる。
そしてカラスの『高い建物を好んでおり、そこから見下ろして人々を観察する』習性から、見るべき部分はおのずと限られた。
「ちっ、また面倒くせぇ奴が出やがったか。……ま、こういう真似をする奴は高見の見物が好きって相場が決まってるんでね」
煙草をくわえながら、アカーシャ・ネメセイア(
jb6043)は空中を飛んでいた。
地上班からの連絡により、すでに場所はある程度特定できていた。周辺の見晴らしの良さそうな場所を集中的に探索し、見つけ次第仕掛けるつもりである。
敵は窮地に陥れば、すぐさま逃げようとするであろうが、軽い牽制程度ならば反撃してくる可能性の方が高い。突け入るとすれば、そこであろうと思う。
「さっさと潰す!」
適当に吸い切った煙草を投げ捨て、彼は探索を続けた。目を下に向ければ、互いに正気を失ったまま、殴り合う連中の姿が見える。
自分の意思で暴れるなら罪の自覚もあるだろうが、洗脳紛いの事で暴れられるのが一番質が悪い。こういう自分の手を汚さず、洗脳紛いの真似で事件を引き起こす者をアカーシャは嫌っていた。
「見つけたぜ……っ!」
そして、ついに捕捉する。カラスのディアボロが二体、確かに彼の視界に収まった。
「ほう、面白いディアボロじゃのう。制空権を確保した上で錯乱状態にさせて民間人に消耗戦を強制させるか。撃退士には有効ではないが、面白いコンセプトじゃのう」
クラウディア フレイム(
jb2621)が、アカーシャとほぼ同時にカラスを発見した。カラスの特殊能力を評価しながらも、光の翼での飛行状態で迎撃体勢を取る。
また二人が見つけたということは、同じ目標を似たような視点で探していた他の者も、ほどなく発見すると言うことであり――。
「カラス発見! 地上班、準備頼む!」
和國の連絡により、全員に情報がいきわたることになる。そうして、戦闘は始まった。
「まずはこれじゃ。受けてみるのじゃ」
「ほらよ、っと」
ウィングクロスボウにて銃撃を加えたのは、クラウディア。そしてマモンの紋章による遠距離攻撃で、アカーシャが牽制する。
これで二羽同時に先制攻撃を加えた事になる。相手は撃退士を遠距離から撃墜する手段を持たぬ。なにより地上を観察していた二羽は、空中の敵に対しておざなりであった事も含め、初手による奇襲は成功する。
「ガア!」
「ガァ!」
直撃はしたが、流石にそれで倒れるほど脆くはない。即座に逃げを打つ事を誰もが警戒していたが、二羽は反撃に転じた。
クラウディアとアカーシャに跳びかかり、くちばしで攻撃する。――さほど強烈な打撃ではない。これならば数回は耐えられる、と二人は計算した。
「空からSearch&Destroy……ってね」
次に仕掛けたのは騎士だった。二羽が逃げぬように皆で囲んだことを確認し、陽光から死角、真上に。
そこから急降下して急接近すると、小刀を突きたてた。そして首根っこをひっつかんで、その手にカラスを捕える。
相手も暴れるから、そう長くは捕縛してはいられない。次の瞬間には反撃を食らって振りほどかれるだろうとは思ったが、構わない。
哲心が、空から烏の退路を断つ。強引に突破を図ってくることも考えて、磁場形成で移動力を上げている。
「一撃の後は、お得意の逃げの一手ってやつか? だが、俺らの前でそれは使わせねぇよ」
アカーシャも続けてマモンの紋章で敵の目の前を攻撃している。この際、あえて弾幕の薄い場所を作って敵を誘導しようと試みている。
「我に追いつくディアボロなし。と、でも言えば良いかのう?」
クラウディアはアカーシャが誘導したカラスに審判の鎖を用いて、動きを止めてみせた。無様な鳴き声と共に、カラスは鎖に体をからめとられる。
「屋上のNINJAから鍛えてもろうたからのう。そうそう逃げ出せまい」
これを地上に引きずり下ろせば、地上班とも連携できる。それを理解していたのは、彼女だけではない。
騎士は、敵が己の手を振りほどいて反撃した所を耐えた。そして外さない距離0状況で、夜想曲を発動。一瞬意識を失ったカラスを、そのまま地面に叩きつける。
「追いついた! そこだ!」
ここで高層ビルを駆け上がり、和國がこの場に駆け付ける。
クラウディアが動きを止めたカラスを、和國が背部よりくちばしをグリースでぐるぐる巻きにして塞いだ。これには抵抗もままならず、こうして二羽との戦闘は地上へとその舞台を移す。
二羽が引きずりおろされた場所は、地上班によってすでに掃除された部分だった。そしてカラスを捜索し、ここまで追い込むまでの時間で、地上の班は地域一帯の鎮静化にほぼ成功していた。
つまり、ここからは全員で戦闘が行えるのである。カラスを倒せば影響が消えるとわかっている以上、ここから先は戦闘に集中するのが最も効率が良い。
「人々の笑顔……それを守るためなら私は……」
地上班でもっとも早く攻撃態勢に入ったのは、リーぜロッテだった。剣を抜き、首を狙ってスマッシュを放つ。
一撃で首を狩ることはかなわず。――しかし、深手には変わりない。
「もう、お前のきったない鳴き声なんか…聞いていらないんだよおぉ!」
潜行状態で壁走りで壁を走り――側面から敵に飛びかかったのは、エルレーン。
魔具のワイヤーで口をがんじがらめにして拘束を試み、仲間が攻撃する隙を作ろうとした。すでに戦意を失っていたのか、すでに逃走を考えはじめていたカラスは、彼女の潜行に気付くことも出来ず、くちばしと言う部位を封じられる。
すでに和國がもう一方のくちばしを封じている事考えると、これで鳴き声を放つことは不可能となった。そしてこの期に及んで、どうして逃亡などが叶おうか。
「逃がさぬのじゃ。逃せば報奨金が出んからのう」
カラスを鎖で縛りあげて、確実に逃がさない。クラウディアは余裕はあっても、油断はなかった。機械剣にて激しく斬りつけ、これを虫の息にまで叩き潰す。
「高みの見物なんて、いいご身分だったよな? ……ここまで来て、今更にがさねぇぞ、てめぇらだけはっ!」
そしてSadikの召喚獣が、目にもとまらぬ速度で動き、傷ついた一羽のカラスを仕留めた。
あと、もう一羽。それも倒れるのは、時間の問題。
哲心は磁場形成を雷光轟竜斬へと活性化変更。最後に手を下すのは、着物姿のはぐれ悪魔だった。
「これで終わりだ。―――雷光纏いし轟竜の牙、その身に刻め!」
刀の形をした雷が、最後のカラスを一刀両断にした。焼け焦げ、炭のようになった死体が残り――それもまた、風に吹かれて消えた。
ここに事態は終結する。彼らは、完璧な仕事を成しえたのだった。
最高の形で仕事を達成した彼らだったが、後始末がある。
拘束していた人々を、エルレーンは解放していった。誰もがいくらかの傷を負っていたが、重傷者はいない。
「だれも死ななくて、本当に、よかった」
「学園に連絡します。精神科医と救急の手配をしなければ」
和國がスマートフォンで救護を依頼する。こうしたアフターケアは、義務ではないが……やっておいた方が、気分的に楽なのだ。
「どこかのコンビニか、酒屋かは無事かのう? 祝い酒を手に入れたいのじゃが」
さっそく報酬にありつこうとするのは、クラウディア。仕事をこなせば、後は祝いと言う風に、コンビニか酒屋を探している。至ってマイペースな御仁だ、と和國は苦笑するが、雰囲気を和らげると言う意味で、彼女の言動は貴重であった。
「最後はあっけなかったな。作戦がハマれば、普通のディアボロなんてこんなもんか」
Sadikは活躍した召喚獣たちを撫ぜながら、一人つぶやいた。作戦自体より、全員が連携を崩さず、一丸となって行動できたという部分がもっとも大きいのだが、あえて口には出さなかった。
敵の嫌悪を口にするより、味方への称賛をつぶやく事の方が、彼女にとっては気恥しい事であったから。
「サクッと退治できたのは、僥倖だったかな。もし手こずっていたら、ちょっとひどいことになっていたかもしれない」
「もっと耐久力に秀でているか、能力の持続時間が長かったら。あるいは単純にカラスの数が多かったら……さて、どうなっていたことか。想像したくないな」
騎士と哲心も、一般人の介抱を行いながら雑談していた。
倒し終えた後でも、一般人がまだ混乱状態から戻っていない場合は、さらに面倒が増えたことは間違いない。
一般人が乱入してくる可能性は常にあったし、五羽六羽と数が多ければ、より規模が広がったことは確実で、八人どころか十人いても対処しきれなかったろう。そう思えば、この件とて危ない橋には違いがなかったのだと、改めて考えさせられる。
「まだ、痛みますか? ――大丈夫、すぐに救急車が来ます。傷はそう深くありません。ご安心ください」
「ファーストエイドくらいしかできねぇが、これでだいぶマシだろ。あとは病院でしっかり治してもらうと良い」
リーゼロッテとアカーシャも、被害者の治療を行っている。……というよりは、リーゼロッテの治療に、アカーシャが付き合っている、という風情であろうか。
彼女は治療のほかにも歌を歌ったり、笑顔を振りまいたりと、よく働いている。そうした姿に突き動かされない人はいないだろうし、実際よくやっていると彼は思うのだ。
しかし、危うくもある。ここで心配する筋合いではなかろうが、この献身的な振る舞いは、何を元として、どう育まれたものなのだろう。天使にとって、人間は興味が尽きない対象だった。これまでも、おそらくこれからもそうだろうと思う。
戦場跡がきれいに掃除されるまで、まだ時間がかかるだろう。そこからの復興も、簡単ではあるまい。
だが、それでも絶望せずに行動できるのが人間と言うものだ。これからディアボロによっていくつもの街が破壊されても、また再生されてゆくだろう。
この街もまた、その中の一つとなる。まだ未来のこととはいえ、それは確実になされるのだと、誰もが確信していた――。