救出班と誘導班に分かれての作戦である。
救出班は真っ先に救助対象の保護に動き、誘導班は【園路・東側】から敵の索敵に入った。
互いに連絡手段を用いて、連携する準備はできている。光源も用意しており、夜間での捜索に支障はないだろう。
「誘導班は鼠を発見次第、敵の気を引きつつ救出班に連絡をとり、園路・東側の明かりがある所まで誘導。これが任務です」
マーシー(
jb2391)が述べた作戦は、実に的確であったと言える。救助対象を襲われる前に発見できたのなら、それはまぎれもない成果。
彼に他にも、誘導班には二人いる。フィン・ファルスト(
jb2205)と、灰里(
jb0825)である。この二人も光源を用意し、探索を行っていた。発見したのはたまたま、運が良かったのであろう。
園路・東側から登って行った所で、頂上へと向かうサーバントを発見したのだ。ちょうど背を向けて駆けて行く所で、見過ごせば南側の救助対象まで捕捉しかねない。
(天魔は狩る。火を噴かなくても、仲間を害そうとするなら、人の命を奪おうと言うなら、必ずここで徹底的に狩る)
灰里は、ほとんど反射的に携帯に手をのばして、救出班の仲間へと連絡する。
彼に続いて、サーバントへ足止めに向かうべく、誘導班は後を追う。全力で移動すれば、周囲を探りながら進むサーバントに追いつくことは、決して難しくはなかった。
そして完全に視界に敵を収めたら、後は注意を引けばよい。
「初手は、こちらが頂きましたよ」
マーシーが、ホイッスルでサーバントの意識をこちらに向けさせる。急に後ろから騒音が鳴れば、人間だってとっさに振り向くこともあるだろう。サーバントもまた同じく、音源の確認をすべく振り返った。
この時点で、誘導班の仕事は半分終わったと言っても過言ではない。実際に誘導できるかどうかよりも、救出対象に危害を加えさせない為に、敵意をこちらに向けさせれば、最低限の結果にはなる。
上手くいけば、興味の対象は傷ついた少女ではなく、班の三人へと向かうだろう。
「ネズミを先に見つけちゃいましたか。これはこれで、急いだ甲斐がありましたね!」
救出班からの連絡が来る前に、サーバントと接触。悪い展開ではないと、フィンは思う。
これで少女の安全が確保できれば、思い煩うことはすべて消える。もし、あえて問題を一つ述べるとすれば、敵に逃亡を意識させない為にも、追いつめすぎないことだ。適度な攻撃で怒りをあおっていけば、おそらく誘導は簡単に成ろう。
本格的な戦闘になるとすれば、それからだ。その上で、救出班と合流するまで、損耗を抑えながら粘る必要がある。
フィンは、これが初陣ではない。マーシーも灰里も、勇士と呼ぶべき男である。それくらいの仕事であれば、こなせないはずがなかった。
「少々深手と聞いておるが? あまりのんびりはしておられんな、急ぐとしようか 」
黒兎 吹雪(
jb3504)の発言に、ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が同意を示す。
「うん、怪我しているなら早めに見つけたい所だね」
事前に少女が伝えてくれた情報はしっかりと確認し、捜索の際の参考にする。基本的なことだが、重要である。
少女が動いてなければ、対象は【園路・南側】にいるはずだった。
「では、救いに参りましょうか。今は学友ですからね 」
カルマ・V・ハインリッヒ(
jb3046)は、阻霊符を常時展開しながら応えた。透過能力を警戒してのことだが、敵がそれを活かすことさえ忘れて、少女の探索を行っている可能性は十分ある。もちろん、誘導班が先に見つけている可能性も。
あくまで念の為だが、不安要素は消しておくにこしたことはない。救出班の三人は、まずは【園路・南側】にて少女を探す事から始める。最後の通話の状態から、ある程度木々の深い場所まで身を潜めている可能性が高いと判断。だが下手に大声も出したくないので、人の通った痕跡などを探るよう、カルマは提案した。
吹雪が【生命探知】を使えることもあり、その線で探ることにした。響き過ぎない程度の声量で呼びかけてみて反応を伺うのも、手といえば手であった。
「直感的に……ここ、かのう?」
それらしき場所に向かい、吹雪が生命探知を発動させる。一度で即座に、とは、やはりいかぬ。
ソフィアもカルマも、思い思いに捜索を行った。少女が自殺志願者でもない限り、救助の手が来たと知れば、自ら場所を知らせようとするはずである。
「おーい、生きてるなら返事してー」
ソフィアは、声を出しながら探していた。声は敵をおびき寄せることにもなりかねないが、無思慮に行っているわけではない。この程度の声で寄ってくるなら、どうせ光源も見つけている。発見される結果が同じなら、せめて少女の方からの行動を期待した方が、まだしも建設的だろう。救助対象の場所が分からねば、そもそも盾になることも、敵の妨害をすることもできないのだから。
「さて、そろそろ相手側のアクションがあっても、いい頃合いですが」
吹雪とソフィアには、多少なりとも焦りや気負いがあるが、カルマは極めて冷静だった。自信があったのである。
人の通った痕跡は、よほど意識しなければ明確に残るものだ。山道であればなおさらだし、手の入っていない野のままの山ならば、より顕著になる。
「吹雪さん。すみませんが、この先の方を探知してくれませんか?」
「了解した。――うむ」
それらしきものを見つけたら、近辺を探る。吹雪の技能があれば、たやすい話であった。
「あそこにいる、かの」
「確認したら、誘導班に連絡を入れましょう。その後は、俺が――」
カルマが話を途中で止めたのは、誘導班からの連絡が入ったからである。
携帯電話を取り出して、通話する。サーバント発見の報告を受けると、残りの二人にこれを告げ、早急に少女の保護に入った。
「思ったより迅速に見つけてくれて、助かりましたね。あの子は、俺が安全圏まで退避させます」
「うむ、治療は任せよ」
そうして、三人は少女を発見し、その安全を確保した。
吹雪がライトヒールで治癒を行い、ねぎらいの言葉をかける。
「よく頑張ったのう、もう大丈夫だ。あとは私達に任せるが良い」
「……貴方がたは、援軍、ですか。するともう、私がすることは、ありませんね?」
「ああ、そなたは立派ぞ。よくぞ持ちこたえてくれた。そなたはたくさんの人命を救ったのだ。誇りに思うがよい」
「――よかった」
少女に対して、この場で出来る治療は行った。とりあえず命に別状はないから、後はカルマに任せてもいいだろう。
「飛びます。しっかり掴まっていてください」
「……はい。何だか、眠くて仕方ないですけど」
「もう少しだけ、我慢していてください。……寝るのは、仕事が終わってからですよ」
カルマは少女を抱え、闇の翼にて空を飛び、安全圏まで退避していった。
安全圏と一口にいっても、それほど遠くではない。誘導班がすでに機能していることが分かっているため、園外まで運べばそれで足りる。
救助班は、これでひとまずは役割を終えた。後は救援に向かい、サーバントを全員で撃滅するのみである。
二手に分かれたことで、挟撃する体制も整っている。ここまで来て、敵を逃すことなどあってはならない。彼らは、戦場となっているであろう、【園路・東側】に向かって、駆けた。
誘導は、成功していた。適当に打ち合い、攻撃を交わしながら、敵意を引き続けて東側の園路まで来ている。
見通しが良く、明かりもあるここならば、決戦の舞台として相応しい。
「さぁて、戦場へご招待ですー」
マーシーは口調こそおどけていたが、実際には真剣に敵と相対していた。ホイッスルを吹きながら、挑発するように敵をあおっていた彼だが、失敗すれば当然のように痛撃を食らうだろう。
特にこのネズミのサーバントのように、己を害する者を執念深く憎悪する手合いであれば、真っ先に標的にされていてもおかしくない。それを防いだのは、他の二人の戦功だった。
「チェストォ――!」
マーシーに敵意が向いたとき、フィンが絶妙なタイミングで横合いから殴りつけることで、怒りの矛先を変えていた。
敵を接近させない様に、前衛で足止めするという、彼女の意図は完全に成功している。
そして灰里は後方より、ロザリオを使い魔法攻撃を加えて、フィンの行動を支援していた。誘導を終えてからは、巧みに立ち位置を変え、出来るだけ周囲を囲むよう動いている。
相手に逃走されないように、という思案あってのことだが、とにもかくにも現状は悪くない。相手は逃げることを考えず、煩わしい敵であるこちらに攻撃を仕掛けていた。思惑通り通り、釘づけにしているのである。
「このまま、狩れるか……?」
灰里は敵が再生に入るまで、火力は温存するつもりだった。
「ここまで来たなら、後は待つだけ――」
フィンも手札を切るのは、救出班と合流してからと決めていた。
「丸まったらバランスを崩すような場所は……なんて、ねー」
だからマーシーが合図をするまで、三人は有利な環境を作り出すことに専念する。
損傷が深刻な段階に入れば、敵が丸まって再生する体勢になるのはわかっていたので、妨害できるなら試しておきたかった。
しかし、状況はさすがにそれを許すほど温くはない。こちら側の損害は軽微であるが、それは相手が冷静を失って、無駄に動き回ってくれているからである。このサーバントは戦闘経験がないか、とても少ない。
単純に戦闘を行うにしては、効率的に動けていないし、すぐ怒ることから考えても知能は低いのだろう。だからこそ、ここまで思惑に乗ってくれたのだとも言えるのだが。
「上手く、いきませんね」
「これだけ、走り回っていたら、あたりまえかもしれません」
灰里も、フィンも、上手に敵をさばけてはいるが、『丸まって防御するのが難しい地形』に戦場を固定するのは流石に無理だった。
稚拙で単純な相手だからこそ、むやみに動きまくって、こちらの意図をはずしてくるのだ。ちょうど再生を行う際に、『そこが難しい地形だった』という状況を作り出すのは、現実的ではないと判断すべき。
だが、それは上手くいけばいい、程度の試みであって、作戦上必須の部分ではなかった。彼らがもっとも頼むべきは、これから合流してくる味方。
「ちょ、厳し……」
前衛のフィンが、押されはじめていた。一度は火力を集中させて、再生させた方が時間を稼げるのではないか。そう思い始めた頃。
「皆大丈夫? 助けに来たよ!」
「我らが来たからには、もう大丈夫だ。治療は任せよ。……ずいぶんとやられておるようだが、よもやこの程度で泣き喚きはすまい?」
待望の増援が、やってきた。
ソフィアがまず、大声で自らの存在を明らかにし、吹雪が駆け付けて回復に当たる。
「カルマさんは、どうされました?」
「すぐに来る。――ほれ」
いくらか遅れて、カルマが飛んで来た。これで全員が、戦場に集ったことになる。
「大きい。攻撃力と防御力を重視した類の者か。――だが」
カルマは闇の翼をスラッシュに交換、即座に近接して一撃を放つ。
「ここまで状況が推移すれば、負けはありません。御覚悟を」
スタン狙いの一撃であった。そして、これがおそらく決定打である。敵が動きを止めたのだ。
スタン成功か――と思いきや、サーバントはその体を丸めた。再生の体勢に入ったのである。これを見極め、瞬時に指示を行ったのは、マーシー。
ホイッスルが、三回。その音を響かせた。これこそ、一斉攻撃開始の合図。今こそ全員の最大火力が、ネズミのサーバントに向かって集中する時。
「この螺旋に飲まれてもまだその体勢を続けられるかな?」
激しい風と花びらの渦が、螺旋の軌道を描きながらネズミのサーバントを包み、着弾。
ソフィアのSpirale di Petali。それらが霧散して消えるのを待たずして、攻撃は続く。
「ここで、狩る……!」
「かわせるかの?」
灰里のダークブロウが、敵の身を打つ。射線上に味方がいないことは確認済みであり、強力な一撃はそのまま直撃した。
そして吹雪の雷霆の書による遠距離射撃が、これに呼応する形で放たれる。
「続きます!」
「はい、さよならですよ。死ね」
フィンが銃に装備を変え、敵の射程距離外から再生の間であることもお構いなしに、ひたすら撃ち続けた。
マーシーもまた、明確な殺意を銃弾に代えて、狂気の一発を相手に向けた。過剰なアウルを込め、もはや暴発に近い形で撃たれたそれは、確実にサーバントの体を傷つけた。そして――。
「――果てなさい」
再度打ちこまれるカルマのスラッシュを最後に、サーバントは果てる。ネズミの怪物は、丸まった姿のまま、躯となった。
ここに、彼らは勝利して、作戦の目標をすべて達成したのである。
「ネズミ取りでも持ってくれば、楽でしたかねー?」
戦闘後、マーシーが軽口を叩いたが、これは緊張感をほぐすためで、他意はない。
救助対象は無事、自然公園の外で合流できた。他に敵がいなかったことはわかっていたので、カルマも近場に下ろすだけで済ませ、即行で戦闘に参加できたのである。結果として、それは上手にはまった。
「……ありがとう、ございます。貴方がたが来てくれたおかげで、大事に至らず、すみました」
「困った時はお互いさまですよー。実際、遭遇したら戦わない訳にもいきませんし」
「うん。本当に無事で良かった……! 頑張るのはいいけど、それで死んだら、悲しいです」
マーシーは未だに余裕のある態度だが、フィンは心底安堵したようで、その言葉にも心がこもっている。
「サーバントは放し飼いにされることも多いから。君みたいに、対処できる人にぶつかってくれただけ、マシだったと思う」
「一般人なら、確実に殺人事件です。ただの不運で死んでしまうというのも、いやな話ですからね。私が同じ立場だったら、と思うと……」
ソフィアは率直な感想を述べ、灰里はいくらかの共感をもって応えた。偶発的な遭遇は、大きな危険をはらむ。といっても、毎回準備万端情報万全とはいかないのが現実であろう。
「それでも、貴女は最善を尽くしました。遭遇戦を生き残り、斡旋所に情報を伝えてくださいました。これは、間違いなく功績といって、よろしいでしょう」
「そうじゃの、誇ってよい。――まぁ、もう夜も遅い。無理をせず、今日明日はゆっくりするのじゃな。重傷とは言わずとも、一歩手前くらいは行っておったからの」
カルマの一言に、少女は安堵した様子だった。己のしたことが、皆のためになったのならば、ほっとして当然だろう。そして吹雪が評したように、彼女は傷を負っていたのだ。まずは、休むのが急務といえた。
少女は、各々の気遣いに感謝しながら、帰宅の途についた。彼女は仲間の働きに感謝し、その完璧な仕事を称賛しながら、本当に珍しいほどグッスリと、休むことができたのである。