.


マスター:西
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/02/07


みんなの思い出



オープニング

 ラブレターの代書という仕事は、精神的にキッツイものがあるなと、彼女は考えていた。
 本日は日曜日で、学校は休みである。本来ならば、思う存分羽を伸ばして遊んでいいはずだ。――なのに何の因果か、土曜日の晩から一睡もせず、昼前まで机にかぶりついて他人の恋文を書いている。
 どういうことなのか。久遠ヶ原学園の女生徒である千原志信(ちはら しのぶ)は、ことの始まりを思い起こした。
 はじめは遊びだったのだ。友人に恋に悩んでいる人がいて、ラブレターでも書いたらどうかという話になって、自分じゃ書けないから貴女が書いて、と言われて。

「当時の私を殴ってやりたい……」

 友情に篤いということが、常に最良とは限らぬ。どれほど友人を思いやっていようと、自重すべきことはある。
 それで仕方なく書いてやったのが、あやまちであったのだろう。それを契機にして、もう一件、さらに一件と、ラブレター依頼の話がやってきた。
 代書したラブレターのおかげかはさておき、その友人が見事に恋を成就させたのが、事のきっかけ。
 縁起を担いでか、自分にラブレターの代書を頼めば、成功する。そういう噂が広まっていることに、いくつかの依頼をこなしてから気付いたのだ。
 それでも、わざわざ仕事をこなしてしまう辺り、彼女も生真面目というか、律義というか。

「ていうか、あの子、なんでしゃべった? 私にラブレターを頼んだ事なんて、他人に話すことじゃないでしょうに」

 口は軽い方ではないと思っていたのだが、どうも思い違いであったらしい。これは、どうしたって本人の口からでないと、わかりようのないことであるから。
 最近顔を合わせていないのは、きっと迷惑をかけたという自覚があるからだろう。
 学年は同じでも、クラスは違うから、意識すれば避けることは可能だ。そちらがそういう態度をとるなら、もはや処置なしである。

「……とりあえず、依頼分は書きあげた、か。でも放っといたら、また別の依頼が来るんでしょうねぇ」

 手にしていたペンを置いて、彼女は己が書きあげた手紙の束を見る。
 ラブレターくらい自分で書け。というか、こういう話が噂になって広まったら、いろいろ台無しではないか。もらった本人にばれたら、なんとする。
 本気で相手を慕っているなら、そもそもラブレターなんぞに頼らず、当たって砕ければよいのだ。
 いかなる方法を用いても良い。意中の男子の心を砕いて、あとは好きなように組み立てるのだ。己の好みに配偶者を仕立て上げてこそ、女子の本懐というものであろうと、彼女は思う。

「女だったら、体一つで勝負せんかい。軟弱な。……そーよ、馬鹿じゃないの。書いてる私が一番滑稽だけど、頼む人らも、こんな迂遠な方法取るからいけないんだ」

 彼女は一つ、決断する。ラブレターを書きすぎて、脳内がピンク色になっていたのだ。徹夜の後の、奇妙な高揚感も後押しする。きっと冷静になったあとで後悔するのだろうが、今の彼女はまさしく煩悩の権化であった。

「私が仕込めば良いのよ。ラブレターなんぞで満足してる腑抜けどもを教導してやればいいんだ。……実戦に勝る訓練はない、と言うしね! 男と付き合った経験ないけど!」

 彼女は立ち上がると、クローゼットに向かう。そして、いつか使うべきネタとして保管していた物を取り出し、着替えた。

「男物のスーツなんて、まだ着るには早いと思っていたけど」

 正確に言うなれば、それは兄のスーツだった。千原志信は女性にしては長身であり、彼女の兄は、一般男性の平均より体格が劣る。着ようと思えば、着られるサイズであった。
 男装ネタとして披露したのは一度きりだが、二回目の機会が来たと思えばいい。内緒でくすねておいた甲斐もあるというものだ。
 髪型を整え、手持ちの化粧品でメイクを施すと、充分見える顔になった。内輪のジョークとしては、なかなか上等な部類に入るのではないかと、自画自賛する。

「さて、行きますか」

 ラブレター依頼を受けた相手の所に出向いて、口説いてみようかと思う。何、相手は顔見知りだ。幾度も冗談を交わし合った仲だ。友人とはそういうものであり、時には馬鹿をやっても許される。
 だから、これも一種の高等なジョークなのだと思い込んで、彼女は出かけようとした。……直前で携帯電話が鳴らなければ、そのまま行ってしまったであろう。間一髪であったと言える。

「何、どうしたの? ラブレターの代書は、もう勘弁だからね?」
「……ごめん。謝りたくて。せっかく、善意で書いてもらったのに。あたし、うっかりしてた。本当にごめんなさい。……迷惑、かけたよね?」

 謝罪するのにも、勇気がいるのだと。千原志信は今更のように思い当たる。実際、申し訳なさそうに謝る友人の言葉に、ついほだされてしまった。

「ラブレターの件は、書いてほしいって言われたから、書いただけだよ。……貴女が責任を感じることじゃない」
「でも……私が初めに、あんなことを頼まなかったら――」
「いい。もう、ふっきれたから、恨まないことにする。これから、やるべきこともあるし、もういいんだ」

 謝ってくれたのだし、すべて水に流そうと思う。ただ電話越しに聞こえる声には、申し訳なさ以上に困惑の色が現れていた。

「あの、やることってなに? どんなこと?」
「気になる?」
「うん。ほっといたら、なんだか変なことしそうで怖い。だから、安心させて。……今から、何をしに行くの?」
「ラブレター書くのに飽きたから、直接口説きに行こうかと思って」

 友人が、うめき声をあげた気がした。何か変なことをいっただろうかと、改めて思う。

「どうしたらそんな結論になるの?」
「ラブレターなんて手を使うから悪い。実戦に勝る訓練なし」
「それで? 貴女が? 口説くって?」
「久々にニーサンのスーツを着たら、思ったより様になったし。稽古台としては悪くないんじゃない?」
「あれ、また着たんだ。前に一度だけ、ネタとして見せてもらったけど……思い直す気は? ひどいことをしてる自覚はある?」
「ない。この上なく効率的で効果的な手だと思うけど」
「もしかして、寝てない? 徹夜だとか?」
「わかるの?」
「――志信がアホなことをするときって、だいたいそうだから。参考までに聞くけど、まず誰の所に行くの?」
「……の所だよ。一番奥手そうな子だから、私が手助けしてちょうどいいくらいじゃない? じゃ、そういうことで」

 電話を切って、話を打ち切る。失礼はお互いさまだろうと思うので、志信は気にしない。
 ラブレターなぞに頼らず、己が力で異性を勝ち取る。その気になるまで、彼女は付き合うつもりだった。

 ――まさか友人が、斡旋所に依頼を出すなどとは、考えもせず。

 己の行動がどれほど非常識か、思い至ることもなく、千原志信は表に出た。
 男装の麗人は止まらない。誰かの手で冷静さを取り戻すまで、その行動が止むことはない。


リプレイ本文

 千原志信は、目当ての女の子の下に向かおうと、街道を歩いていた。
 ちょうど、曲がり角を通り過ぎた所だったろうか。誰かが、彼女にぶつかってきた。

「あたた……」

 勢い余ってぶつかり、志信の体形のせいもあるのだろうが、相手は後ろにすっ転ぶ。志信は慌てて手を差し伸べるが、ここで相手が可愛らしい少女であることに気付いた。

「ごめん、大丈夫?」
「あ、ありがとうござ……痛っ」

 イリス・レイバルド(jb0442)は、こうして対象と接触した。あくまで計算づくの動きであったはずだが、転んだ拍子にひねったのか、足首を抑えて顔をしかめている。

「す、すみませ……っ大丈夫、たてま……っ!」
「痛むんだね? 無理しないで。ともかく手当をしないと――家まで、送って行こうか?」

 志信は、善意から申し出た。己が関わったことである。このまま放りだして知らぬ顔を決め込むほど、彼女は非情ではない。
 なにより、今の自分は『男』なのだ。ならば、紳士たるべき行動を取らねばならぬ。

「手当てなんて、そこまで迷惑をかけるわけには」
「迷惑じゃないよ。ここで放置する方が、よっぽど目覚めが悪いからね」

 遠慮する少女の言葉には従えなかった。強がりに見えたからだ。

「でも……そ、それでは、あちらの喫茶店に、運んで頂ければ……」

 それを制止したのは、本人だった。ならば、と志信も同意はするが、手当もせずにそのままというのも気が引けた。
 どうしたものか、と働かない頭を抱えている所に、親切にも声をかけた人物がいる。

「お兄さん、お兄さん。そんなに悩んでどうしたの? 暇だったら、私とちょいと遊ばない?」

 羽鳴 鈴音(ja1950)である。空気を読まぬかのような発言だが、彼女の手にはテーピング用のテープと冷感シップが握られていた。
 薬局にでも寄っていたのだろうか。適当な小物の詰まったビニール袋も携えている。遊ぶかどうかはともかくとして、鈴音は都合のよい助けではあった。

「遊べるような状況でも、ないように思いますが……」

 美森 あやか(jb1451)は、イリスの方を見て言った。なるほど、確かに。傍目には、イリスは足を痛めているように見え、すぐにこの場から動かすのは躊躇われる。
 もちろん、わかっていて彼女らはここにいるのだ。一種のペテンだが、この場で志信にさえ通じれば、それでよい。

「遊ぶのはいいけど、その前に彼女の手当てがしたいかな」
「いいですよー。でも、その後で、ちゃんと私の相手もしてね? じゃないと、拗ねちゃいますから」
「あの、すいません。徹夜明けと長時間ぶっ続けで色恋の文言を考え続けた所為で冷静さを失っているようでして。……あたしの所為でも、あるんですけど」

 快く――少なくとも志信にはそう見えた――手を貸してくれる人が現れたので、ようやく手当ができる。
 一通りの処置をした上で、イリスの申し出の通りに喫茶店へと向かった。歩けないほど痛めていなかったのが救いだと、志信は安心しながら。



 ひょっとして逆ナンでもされているのだろうかと、改めて志信は思った。
 なりゆきで喫茶店に来てしまった彼女であったが、二人と話しているうちに、どうにも雲行きが怪しくなっていった。

「お名前、伺っても、いいですか……?」
「千原志信。君の名は?」
「イリス、と申します。志信さん、ですね。あ、ありがとうござい、ます」
「私は鈴音。で、彼女があやか。いやー、両手に花、どころじゃないよね。あまっちゃう」
「あやかです。……鈴音さん、私は別に花とか、そういうつもりはないので……」

 といった感じで自己紹介から入ったのだが。やはり女性、三人集まれば姦しい。とはいえ、志信にとって居心地は悪くない。
 彼女らが見栄えのいい少女であったことも、志信の思考を鈍らせた。男装するだけあって、彼女は美女、美少女の類に弱い。

「賑やかですね、皆さん」
「意識するのも仕方ないじゃない? ぶつかってからのここまでのシチュエーションは、初恋の演出としてはなかなかのもんだし」

 だから、であろうか。あらかじめ喫茶店で待っていた雪成 藤花(ja0292)と百々 清世(ja3082)に会った時も、さほど疑わずに受け入れてしまった。
 藤花は予め頼んでいたチョコパフェを口に運びつつ。清世はあくまでもマイペースに、所見を述べた。

「自己紹介も終わった所で、一服どうです? なかなかいい店ですよ、ここは。珈琲も紅茶も水準以上なんで、お好みでどうぞ」

 猫柳 睛一郎(jb2040)が、志信にメニューの一覧を手渡し、言う。

「何より、多少騒いだ所で、文句が来ないあたりがいいですねぇ。今日は客の入りが他にない。……実に運がいいもんで」

 部外者からの注目を気にせずにすむ、というのは確かにありがたかった。どちらにとっても。

「ご迷惑でなければ、手当ての御礼をさせて、いただけないかと思って、ですね。……えと、お好きなものを頼んで、いただければと」
「ありがとう。では遠慮なく」

 イリスの申し出に、断る方が無礼だろう。と考え――せっかくなので、ケーキと紅茶のセットにした。

「紅茶がお好みで。……何か、こだわりでも?」
「コーヒーは家にいいのが置いてあるから。外では紅茶の方を試したくなるね」
「なるほど。アタシも多少は嗜んでいますから、そういう気分もわかりますよ」
「ここはケーキも美味しい店でさ。――あ、俺も同じのもらおうかな」

 とりあえず注文を済ませると、どういう経緯でこんなことになったのかと、振り返る余裕もできた。志信はここで、頭の中を整理しようとする。
 そもそも己がこんな恰好をして出てきたのは、誰の為か。発端がラブレターにあり、その仕事に嫌気がさしたからこそ、行動していたのではないのか。

「そうだ、あの子の所にいかないと」

 いまさらながらに本来の目的を思い出し、席を立つ――が、目の前の面子を放置していけるのか? と思い直すと、再び腰を下ろした。

「どうか、しましたか?」
「ああ、いや、用事を思い出したんだけど――」
「ご迷惑でしたか? こんな所にまで突き合わせてしまって……」
「ああ、別に急ぎの用でもないし、なんて言ったらいいのかな。ちょっとした厄介事でね。それをどうにか解決しようと、出てきたわけなんだけど」
「お節介かもしれませんけど、相談に乗りますよ? せっかくお近づきになれたんですから、これもいい機会と思って。……話すだけ、話してみませんか?」

 志信がそういうと、ぜひ関わらせてほしいとばかりに、イリスが食いついてきた。
 これに呼応する形で、他の五人も相談に乗ろうと口をはさみ、ならば、という形で志信は語った。
 ラブレターの代筆の件から、現状に至るまで。簡潔にだが、徹夜明けのテンションも昂じてか、語れることは全て語ったと言ってよいだろう。
 自身が男装して、女性の元に出向く。まさに変人の極致とでも言うべきだが、あえてそのあたりは誰も突っ込まない。解決すべき点は、そこではないからだ。

「ラブレターか。女の子って、そうゆうの好きだよねー。ていうかそれ、男装だったんだ。ちょっと驚いたよ」

 清世がまず、端的に述べた。それを受け継ぐ形で、睛一郎が所見を言う。

「志信嬢も恋愛経験は少なそうですし……話してよかったってもんですよ」
「どうして、それが?」
「……不思議ですかい? そりゃあ分かりますよ 何しろ経験豊富なもので。まあ何と言いますか、お嬢には荷が重いんじゃありませんかね」

 色恋は頭でするもんじゃなし、練習なんか幾らしたって意味はない……というのが彼の意見である。直接的に口に出して、納得できることではないかもしれないが、こうして話を聞いてみて、わかることはある。
 意識して男言葉を使っている辺りもそうだが、全体的に押しが弱い。イリスら女性陣の押しが強かったということもあろうが、それでもここまで誘導された時点で、志信の意志の薄弱さが見て取れよう。

「大丈夫! 童て……じゃなくて。恋愛経験がなくとも、志信さんはカッコいいですから!」
「鈴音さん、褒めてくれるのは嬉しいけど……」
「ボクも! ――その、難しいことはわからないけど、志信さんは綺麗だと思います。男装も、すごく似合ってて」

 鈴音とイリスが畳みかけるように、思いの丈をぶつけてきた。これも一種の好意の形だとはわかるものの、今の志信にはいささか強すぎる。
 他人の熱情を目にするたび、徐々に精神が冷えてくるようで、志信は何やら気持ちが落ち着かない。
 冷静になってしまえば、己の道化振りを直視せねばならない。気付かずにいられるものなら、気付かずにいたいのだ。
 そうした彼女の本心を、どこかで察したのか。これまで静かに話を聞いていた藤花が、諭すような表情で、志信と目を合わせた。

「男装でナンパ。恋愛指南として、そういうのはアリなんでしょうか」
「ありというか、なんというか。こうした方が相手の為になるんじゃないかと……」
「あなたは、本当にそうすれば絶対彼氏ができると思うんですか?」

 真摯な忠告である。これには志信も、冷水を浴びたような心地になる。

「恋愛指南も大切ですが……ほんとうに人を好きになって、ほんとうに人に愛されて。そういうホンモノの想い、あなたの中にありますか?」

 志信は言葉を返せない。返す言葉を持たない、というべきか。
 まともに相手の顔を見れずに、ついに視線をそらした。

「わたしはあなたを応援したい。でも今のあなたはちょっとかっこ悪い。あなた自身が本当の恋を見つけて、みんなにもっと適切なアドバイスが出来るようになれば、あなたもみんなも幸せになれるんじゃないかな」

 真剣に話してくれていることはわかる。藤花という少女が、誠実さと思いやりから助言してくれていることは、志信にもわかった。
 良薬口に苦し。忠言耳に痛し。
 彼女が冷静さを取り戻すまで、もう一歩というところか。

「まぁ、本当の恋って言っても、実際に体験してないなら現実味がないよね。ちはらっちはどうゆう子が好みなん? そこから話そうよ」

 重い雰囲気を破ったのは、清世だった。彼自身はまったく何も考えていないかのように、陽気にふるまう。
 その軽い調子に、志信も救われそうになった。

「どうかな……あえて言うなら、好きになった子がタイプ、になるのかな? まだわからないよ。……そういう清世さんは?」
「え、俺? 俺はそうだなー、相性良い子?」

 きりりとした表情で、彼は言って見せた。何の相性かは、聞く方が野暮なのだろうかと、志信は思う。

「まあそれは一応冗談としてー、やっぱ素直なのが一番可愛いって思うかな。例えばー練習したんだなー、てのより、ぶっつけ本番の告白の方が、ほら……グッと来るじゃん?」

 至言である。色男は言うことが違う、と志信は感嘆せざるをえない。
 女性の自分が言うのもアレだが、素直な女の子が、恥じらいながら告白しにきた場面を想像してみると――なるほど。下手に手を入れるよりは、生のままの反応の方が、よりそそられるものだと理解する。

「まあ、男装して恋愛指南とか。こうゆう事しちゃう子も、俺は可愛いと思うけどねー」
「そうですか」

 こうなると、深く思考に埋没したくなる。己が本当は何をするべきだったのか。よく考えるべきではなかったか。
 悩みだした志信に声をかけたのは、あやか。

「恋人がいる身として、いくつか、言わせてもらっていいですか?」
「……うん」
「実際に顔を見て告白って、勇気いります。それぞれ事情もあるでしょうし、相談に乗るくらいはいいと思います」
「体験談?」
「――はい。それで、実際に付き合ってからの事なんですが。彼は何かサプレイズ考えてる時以外、あたしの意見も聞いてから行動してくれるんです」

 あやかは、結局自分からは何も言えなかった事を思い出しながら、語る。
 
「本当に重要なのは、お互いの想いです。相手を思いやって、話を聞いてあげられるか。接してあげられるか、なんです。告白して終わり、じゃありません」

 男女の関係は、一度成立すればそこで終わり、ではない。
 良く付き合えるかどうかの方が、よほど重要である。仮に練習して上手くなったとしよう。首尾よく恋愛が成立したとする。
 しかし、志信が想定しているのはそこまで。もっとも重要な以後の関係について、彼女は全く考えていなかった。それだけの覚悟もなく、恋愛を弄ぼうとしたのだと、自身の軽薄さに呆れる思いだった。

「落ち着きましたかい?」
「……ようやく」
「結構。ま、もし仮に練習相手なんざ務めたおかげで上手くいった、なんてな事になったら、恋文の代筆業がかえって忙しくなって、本末転倒じゃあありませんかねえ?」
「お恥ずかしい」

 睛一郎がまとめるような形で、この一件を終息させた。もはや志信に行動する意欲は失われている。
 ここで注文したメニューが、ようやく運ばれてきた。口にした紅茶は、彼女の好みからすればやや濃かったが、その渋みがまた、今は心地よかった。



 最後に、これだけは確認せずばなるまいと、志信は鈴音とイリスに向けて言った。

「熱心に口説いてきてくれたけど、たぶん、あの子に頼まれてきたんだよね? 皆含めて、さ」

 依頼されたから、こうして六人も都合よく集まり、自身を説得してくれたのだと、今になって理解する。
 二人は頷いて同意したが、それを見ても志信は怒る気もしなかった。

「何と言うか、うん。嬉しかったよ。二人とも可愛かったし、これだけは、男装して見てよかったって思う。……逆ナンというには、ちょっと色気が足りなかったけど」

 微笑みながら志信が言うものだから、鈴音は口調を強めにして、言い返した。

「色気? そんなものはどこから見たって存在しないのです! 幼児体型なめんなぁ! ……です」
「怒ってないんですか? ……足をひねって見せたのは演技だし、ここまで連れてきたのも……そうだし」

 鈴音は率直過ぎる態度で応え、イリスは純粋に疑問から、志信に問うた。

「色気はないけど、可愛いからいいじゃないか。本当に自分が男だったら、うん。ここで告白してもよかったかもしれない」
「あ、う……」
「そうそう、怒ってないよ。むしろ、気を遣わせて悪かったって思う。――純粋に、依頼とは関係なく会いたかったな、なんて。今更だけど」
「あ、ありがとう……ございます」

 二人にそう言って返すと、志信はケーキの方にも手を付けた。セットの紅茶の方もそうだが、値段の割に味がいい。
 良い店を紹介してもらった、と彼女は思う。これは別の意味で、皆に頭が上がらない。
 依頼したであろう友人も、誘ってまた来たいものだと、のんきに考える。他の四人も、依頼の解決を確信すると、思い思いにくつろいでいた。


 ――家に帰って、男装を解き、己がいかにおバカであったか。その事実を自覚するまでの、短い安息であった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
悪戯☆ホラーシスターズ・
羽鳴 鈴音(ja1950)

大学部4年87組 女 ダアト
オシャレでスマート・
百々 清世(ja3082)

大学部8年97組 男 インフィルトレイター
ハイテンション小動物・
イリス・レイバルド(jb0442)

大学部2年104組 女 ディバインナイト
腕利き料理人・
美森 あやか(jb1451)

大学部2年6組 女 アストラルヴァンガード
闇符の睛一郎・
猫柳 睛一郎(jb2040)

卒業 男 陰陽師