●戦闘開始
撃退士たちが交番にたどり着くと、そこに狼のサーバントがいるのが見えた。
交番の壁を叩き壊し、破壊して回っている。このままでは、建物がもつまい。
素早く、君田 夢野(
ja0561)が初手で阻霊符を発動させる。サーバントの透過能力を警戒してのことだが、相手はその事に欠片も関心を示さず、新たに現れた獲物を睥睨する。
相手が獲物ではなく、明確な脅威であり、対等以上の敵手であることを、まだ実感できていないのだろう。有無を言わさず襲いかからないのが、その証拠であった。
その隙を見逃さず、同胞(
jb1801)が突出、先手を取る。
これは、自身が囮となって敵をひきつける、という危険を買って出たという意味を持つ。
ひきつけて六人で囲めれば、かなり優勢に戦える。しかし上手くいかねば、厄介なことになる。
そうした意味では、同胞の責任は重大であるが、本人に気負いはなかった。もちろん、自身の行動の意味については、充分以上に理解している。
「ふむ……。まあ、面倒臭いから死ね」
面倒はいらぬ。ただ、建物を巻き込まぬよう、堅実に命中させるよう、注意を払うだけだ。
目には見えない、アウルの弾丸。ゴーストバレットが、狼のサーバントを打ちすえた。思っていた以上に、ダメージは大きかったのだろう。サーバントは激昂して、同胞へ向かって駆けてくる。
「……はぁ」
同胞は、見事につられてきてくれた敵に呆れつつも、後方へ一時退却。ともかく、注意は向けられた。
後は適当な所まで引いて、全員で迎え撃つのだ。全力で退くと、サーバントもムキになって食いついてきた。
カイン 大澤(
ja8514)が突っ込んできたのは、まさに絶妙なタイミング。激昂した敵を横殴りにする形で、ブラストクレイモアを振り下ろし、打撃を与える。
「まんまと追ってきやがって。……狩られる側の恐怖を、コイツに教えてやるか」
下準備として、カインは予め左腕にパイルバンカーを装着していた。
彼の役割は前衛。同胞がサーバントの攻撃を食らう前に割り込めたのは、まさにその役割を十全に果たした結果といえよう。そして次に機能すべきは――。
「さて、新しく手に入れた魔具の力、試させてもらうわよ」
後衛の射撃が、ここで機能する。紅 アリカ(
jb1398)の封砲がサーバントに直撃し、その勢いを完全に殺す。囮を用い、前衛が機能した瞬間に後衛が支援。模範的な狩りの手順が、実現されていると、言うほかない。
「弱いものイジメするような情けねぇ狼なんか、俺が呑み殺してやる!」
「この程度の相手に気が進まんが仕方あるまい。これも金のため、浮世の義理のため、そして何よりも我が闘争の願いのため! ハワード、抜刀! 突撃する」
狼が足を止めた所を、白妙 狛太(
jb3383)とランディ ハワード(
jb2615)が追撃する。
ハワードの闇の翼を生かしての上空からの斬撃は、地を駆ける者にとってひどく強力なものである。その一撃は重く、サーバントは無様な悲鳴をあげる――と同時に、白妙が隙を狙って後脚を攻撃。これを正確に傷つけた。
まだまだ機動力を削ぐには至らぬが、これらの攻撃による損害は少なくない。継続すれば、逃走する余力すら残るかどうか。
しかし狼のサーバントは、未だに闘争心で体を奮い立たせている。獣の面が、怒りの形相にゆがむ。その変化は妙に人間的で、悲しいことに滑稽ですらあった。
「安心して下さい、私達が護ります。その間、バリケードを可能な限り補強して中で待っていて下さい」
君田は仲間が攻撃を仕掛けている間に、狼と交番の間に割って入って、内部へと声をかける。
ここからでも、ライフルならば何とか援護くらいはできるだろう。そしてもし万が一こちらに駆けてくることがあれば、体を張って攻撃を受け止め、交番を守る覚悟でいる。
しかし、君田にとっては幸運というべきか、サーバントは彼を脅威とはみなさず、より近くの相手を攻撃した。
かの狼にしてみれば、遠くから嫌がらせをしてくる者よりも、手の届く範囲にいる敵を優先するのは当然のことだった。経験の少なさゆえの、稚拙な判断といえばそれまでであろうが――撃退士にとって、そして交番でふるえている男にとっては、これ以上ない幸いであったといえる。
狼のサーバントが攻撃対象としたのは、カインであった。初撃がよほど精神的に堪えたらしい。
巨体を生かし、カインに向かって突撃、大口を開けて噛みつきにきた。
「予想通り。軍用犬を処理する時と何も変わらないな、これ」
カインは急接近してきた狼を左腕のパイルバンカーに噛み付かせた。痛みと出血が彼をさいなむが、覚悟の上。腕を引きちぎらんばかりに、力任せにねじってくるが、カインは冷静に右手のサバイバルナイフで腹を突き刺す。
無論、敵はその程度ではひるまぬ。だが、狼が相手をしているのは、彼一人ではないのだ。
君田は牽制程度だが、ギリギり届く範囲で射撃を行っている。紅も同様であり、二発目の封砲が横っ腹を狙い撃つ。同胞の残弾も余裕があり、ここで手札を切ることをためらう理由はなかった。
そして何よりも。後衛の支援を最善の形で補強する共闘者が、カインの他にも二人いるのだ。
「参る!」
ハワードは抜刀突撃の後、空中へと上昇してから、再度斬撃を打ちこんだ。相手の攻撃を受ける位置にいない以上、サーバントが天の物であることは都合がいい。
その強力な一撃で、狼はカインから口を離し、地べたを舐めた。
弱い物を弄って楽しむ。そうした敵の精神性を、ハワードは侮蔑した。自然と攻撃にも力が入る。それはそれで武人の楽しみであろうが、高尚とは言えまい。強敵と渡り合うことこそが、武人の本懐であると彼は信じているのだ。
「逃げさせたりしないからな!」
白妙が飛天で足の腱を切りにいく。逃走を防ぐための行動を、徹底して行った。その結果として、サーバントは機動力を大きく削がれてしまう。
ここまで来ると、流石に実戦経験の浅いサーバントとて、劣勢を理解する。連携の取れた攻撃、統率された集団の闘争がいかに強力なものか、ようやく悟ったのだ。
しかし、遅い。少なくとも、一手。
カインに攻撃する暇があるならば――そこで逃げることを思いついていたならば。一時の怒りに身を任せず、距離をとることを選択していたならば。だが、それも過ぎたことである。
「遊んだから……だよ」
下手に嗜好を巡らし、獲物をいたぶる、という行為を選んだ時点で、このサーバントは敗北していたと言える。下手に発達した頭脳が、嗜虐性を嗜好させ、結果邪魔されたことによる怒りで理性を失って破滅する。
カインはそれを淡々とした表情の下、一言で評した。これでとどめとばかりに、パイルバンカーで殴りつける。
「逃げようったってそうはさせないわ。食らいなさい……!」
紅も追撃する。単純に手数で、人数で勝っているのだ。ことここに至っては、負ける要素がない。
「遅い! もらったぞ!」
上空からの兜割り。ハワードの一撃が、狼の脳天をとらえた。意識が、朦朧とする。
我ながら、いい一撃だ。もう少し鍛えれば斬鉄になるか――と、ハワードが満足そうに頷いた。
「トドメに蹴り入れてやる!」
白妙がモラクスホーンを装着した足で、狼の巨体を舞いあげるように打ち上げた。渾身の一撃であった。これを受け、狼のサーバントは地面に伏す。なおも立ち上がろうとしたが、それが限界であった。
「アンコールだ……受け取れッ!」
君田はもう防衛の必要はないと理解し、敵の逃亡を許さぬ為、駆けに駆けた。駆け付けた先には、今、体勢を立て直そうとしている狼の姿がある。
武器に闇を纏わせ、アウルの濃度を高めて。空間が歪んで見えるほどの重低音空間が、フランベルジェに宿った。焔のように波打つ刀身が、最高の殺傷力を持って、サーバントに振るわれる。
「……終わったか」
同胞が、サーバントの死を確認して、つぶやいた。もう、そこにサーバントの姿はない。彼らは、戦闘に勝利したのだ。
●男との対話
戦闘が終わったなら、次は被害確認だ。ハワードは周囲を見渡して、損害の程度を見定める。
見たところ、交番以外に目立った損傷は見受けられない。その交番とて、内部までサーバントは侵入せず、深刻な事態には至らなかった。
「任務成功。被害は交番の修理ぐらいで済むか。まあ、それでいい。被害が大きいのは見苦しいことだ」
被害の様子を見て、納得している様子だった。確かに作戦があそこまで嵌れば、そうなってしかるべき結果である。皆がまとまって動けたことも、理由として挙げて良いだろう。
後の問題は内部の男の状態である。攻撃は受けていないが、長い時間、緊張状態に置かれていたはずだ。
君田を先頭に、交番へと踏み込む。そこにいたのは――。
「へ、へへ。何ですかい。終わっちまいましたか。……別に、ここで死んだって構いやしなかったんですがね」
椅子へ腰かけ、机に突っ伏している、酔っぱらった男の姿だった。顔を赤くし、酒の匂いがわずかに鼻を突く。
手には、ウィスキーの携帯ボトルが握られていた。たまたま持ち歩いていたのだとしたら、これは幸運だったと言ってよいのか。戦闘の恐怖は、まぎれたかもしれないが、人として、その態度はどうなのか。
少なくとも、命の恩人を前にして、とって良い態度ではあるまい。だが――撃退士たちは怒るでもなく、呆れるでもなく、その男と向かい合った。
「本当に世の中に悲観しているなら、今頃命を捨てに行ってるはずね。でもそれをしないという事は……」
紅が口火を切る。実にひどい光景だが、それでも彼女は鋭い洞察力を見せた。男は死んでも構わないとは言ったが、積極的に死にたいとは言わなかった。それはつまり。
「まだ生きたいと思っているのなら、諦めないで動いてみるべきだと思います……」
「諦めずに、ね。――ええ、ほかならぬ恩人のお話だ。そうできるなら、そうしましょう。気力が沸いたら、ね?」
紅の言葉に、自嘲気味に男は答えた。年下の少女に、正論を突かれるとどうも男は弱い。
「あ……おっちゃんさぁ、何か辛いことあったんだよな? でも偉い人が言ってたぜ、ニンゲン誰しも辛くて、苦しくてしょうがない状況に陥るんだって。でもそれを乗り越えて、壁をぶち破った先には必ず今よりも良い未来があるんだってさ」
白妙が、男の気持ちを察したのか、気遣うようにそう言った。ここまで言われたら、男とて無碍にもできぬ。ここでようやく、本心を口にした。
「仕事、クビになっちまいましてね。理由はまあ……自分が無能だったから、切られただけの話で。そんな自分に生きている価値があるのか。……サーバントの餌になるのが、似合いかなと思ったんですよ」
神妙な口調で、男は言った。それに応えたのは、カインだった。
「うーん難しいけど、仕事がダメだったのか? 俺にはよく分からないけど辛かったんだな。どうして答え出したらいいのかわからない。ゴメンな」
「いえ、お気になさらず」
「……生きていればいーことがあるとか無責任な事は言わない、だから色々教えてくれおっさんのこととか、どんなものを見てきたのか色々知りたい、俺は殺すこと以外何もわからないから、ま、結局は俺のわがままだ」
カインは、男があまりに無気力なので、心配した様子だった。わがままと言いながら、男の方へと歩み寄ろうとするのは、同情ばかりが理由ではない。
「おれは別の国で、もっとちーさい頃から戦争してて、アウルが撃退士に捕まっていきなり学園に連れ込まれて、毎日が新しくて分からないことと馴染めない事ばかりで恐いんだ。でも」
それでも、生きて。戦いながらでも、傷つきながらでも生きてきて。そうした人生を歩んでいけることは、悪いことじゃないとカインは言った。
「おっさん、アンタが生きる意志を見せてくれないと、助けられないよ」
仕事に対してはビジネスライクで手段を選ばない。そんな彼がここまで語るということは、何か感じるものがあったのだろう。そして相手の男とて、そうしたカインの心情を思いやる余裕くらいはあった。
「……こりゃ、年上の大人としては、なんとも」
言葉がない。頭をかいて、顔をそむけた。直視できないほどに、撃退士たちがまぶしく映ったのだろう。
そうした気配を察してか、ここで君田が言った。
「私も、幼い頃に家族を亡くし生きる希望を失いました。ですが、後に新たなる父と呼ぶ人との出会いが、そのたった一つの出会いが、私を救ってくれました。だから、一時は苦しくとも何処かでまたチャンスがあるかも……いえ、きっとあります」
願わくば、自身を救った義父の様に、彼の命のみならず心までも救いたい。
それが、撃退士として夢護る者として己に定めた責務だからと、君田は思い定めている。その決意は、どこまでも固かった。
――それに、もう誰かを救えずに絶望したくはない。
君田は男を助けたかった。できることなら、社会的にも。
「一筆、書きましょう。学園への紹介状をしたためますから、それを持って行ってください。教員やスタッフ、或いは事務員あたりに採用されるかもしれません」
「ご好意はありがたいんですがね。そもそも求人がなけりゃ――」
「そういえばスタッフの募集があったな。正確には住み込みの用務員だが」
誰かが口をはさんだ。男の声である。
後ろから聞こえてきたので確認はできなかった。誰もが聞き覚えのある声だったが、追及はされなかった。
同胞は、空気を読んで沈黙を保つ。自然体で、この場にいることさえ面倒だと言うように、もう男の方さえ見ていない。その空気が弛緩しないうちに、今度はハワードが男に話しかけた。
「ともあれ、ご苦労だった。被害が最小限に済んでなにより。お前が斡旋所に報告してくれたおかげだ。学園から報奨が出るように申請しよう」
「……ありがたいです。ま、期待はしておきますが、駄目でも……別に失うものもありませんしね」
酔っぱらって赤くなった顔を、気合を入れてはっきりさせる。水道で顔を洗うと、それだけでかなりマシになった。
「とりあえずだ、拾った命は大事にしなきゃ、今度は俺が襲いに行くからな! ガウッ! 」
白妙が、おどけたような口調で言う。ただ、命は大事に、の部分だけは真剣に。
「いやいや、じょーだんだって、じょーだん!」
「わかってますよ。……こいつは本気で、気張らにゃなりませんか」
小粋な冗句として、男は聞き入れた。希望を持つことを、男は知ったのだ。他ならぬ、彼ら六人の撃退士たちによって。
後日、男は見事に用務員となり、学園に務めている。
まじめな働きぶりで知られて、生徒たちともそれなりに交流を持つようになるのは、もう少しだけ先の、未来のお話である――。