事態は一刻を争う。なればこそ、悠長な行動はしていられなかった。現場まで迷わず最速で駆け抜けられたのは、この当然の判断の結果である。
そして敵のゾンビを見るやいなや、速攻をかけるのもまた必然の流れ。
「見た目や習性なんて、どうでもいい」
佐藤 七佳(
ja0030)にとって、敵の外見のおぞましさなどは、怯む理由にもならない。ただ見敵必殺の信念のもと、斬るのみ。
「敵なら斬り伏せる、それだけよ」
一気に間合いを詰め、初手で烈風の如き突きを叩き込む。完全に奇襲として入ったそれは、まさに会心の一撃である。強靭な体格を持つあのゾンビであっても、不意に全力の一撃を受けては、吹き飛ばしの影響を免れえない。
攻撃を受けたことによって、ゾンビは撃退士たちの存在を知るが、もともと高度な知能は持ち合わせておらず、『一度捉えた獲物に執着する』習性をもつこのゾンビにとって、さほど意識を向けるべき相手とも認識しなかった。
だが、この一手で生まれた隙を見逃すほど、彼女の仲間は愚鈍でもない。かまわず交番へと突撃しようとするゾンビを押しとどめるは――。
「悪趣味なB級ホラーだな。これが映画だったら、酷評してやるところだが」
鳳 静矢(
ja3856)が、ゾンビと交番の間に割って入る。全力で移動してきているため、この場で追撃する余裕はないが、体を張って交番を守るくらいはできる。
そして守りを磐石とするため、もう一人。割って入った者がいた。
「これ以上好きにはやらせはしない! 死を弄ぶモノ、秩序を乱すモノ。許しはしない!」
夏野 雪(
ja6883)である。彼女は、秩序を乱すモノに対しては、一切の慈悲を持たぬ。断罪者として、彼女はゾンビに罪有りとし、罰を執行するのだ。
「人を殺めるに留まらず、尚その身を弄び死者を冒涜する。こういった類の敵は、本当に許せないわね」
そして、怒りを抱くは彼女だけにあらず。東雲 桃華(
ja0319)は怒りを内心に押し込めながら、状況を冷静に確認し、判断した。
バリケードの損傷は、まだない。余裕はあるが、悠長な戦いなどはしていられないだろう。注意をそらせないならば、効果的に攻撃を集中する必要があった。
まずは動きを鈍らすのが先決。部位の損壊を積極的に狙べき。……となれば、狙うは脚部。体が大きくとも、踏ん張りが効かねば容易く吹き飛び、転ぶであろう。
「今まで見た中じゃトップクラスの気味悪さだね。……執念深さも」
黛 アイリ(
jb1291)は正直に述べたが、実際肉の塊に人間の部位が多数くっついている図は、常人には発狂ものだろう。可及的速やかに敵を排除しなければならないと、決意を固める。
しかし、まずは交番の安全確保が前提。交番を背にする位置を確保し、それから銃をぬいた。挑発を兼ねて、植えつけられた人の顔や部位を狙ってみたいが、やはり効果的な部分を攻めるならば足か。
桃華もそこを狙っているのだから、ここは攻撃を集中するのが効率的ではある。リアン(
jb8788)も仲間に追従して攻撃を仕掛ける。彼は無言で、やるべきことをやるだろう。
「やれやれ、何とも趣味の悪いことだ。犠牲者の遺体をくっつけることで俺達の意志を鈍らせようとでもいうのか?」
戦場を駆け抜けながら思う、Vice=Ruiner(
jb8212)の所感としては、それだけだった。感慨はない。二丁拳銃を手に、ただ敵を障害として排除するのみ。
「生憎と、こうなった以上は滅して還すことと割り切っているのでな……泣き落としは通用せんよ」
いくつもの頭部から漏れる呻き声、悲鳴のたぐいは彼に憐憫さえ起こさせない。一目散に交番へ特攻、そこで銃を構えた。この時点で、初手の影響は大きい。首尾よく交番から引き剥がせた幸運が、彼らの追い風となっている。
しかし、戦場の流れは別として、救助対象への配慮というものがあった。この点は、エリーゼ・エインフェリア(
jb3364)が一手に担う。
「あなたは死にました。よって天使(美少女)の私が天国へ連れていきます」
「そいつぁ、なかなか贅沢なことで。……ま、助けてくれるんでしょう?」
現場到着後「物質透過」を使用し、彼女は交番内へ入っていた。ただ、第一声が冗談から入ったのは、相手への配慮としてはいかがなものか。
「もちろん。――私は護衛兼脱出係です。何はともあれ、貴方の安全は保証しますので、ご安心を。とりあえず退屈なので危なくなるまで紅茶と菓子折りでお茶しましょー」
「気持ちだけ、ありがたく。まあ、こちらは助けられる側。贅沢も言えませんでね、好きにしなせぇ」
男は適当にあしらうと、外の方へと視線をやった。エリーゼも、同じ方向を向く。
バリケードは壊されていないが、隙間から見えるものはある。そして攻撃が未だに来ないところから見て、旗色は悪くないのだろう。
その予想を肯定するかのように――戦いは、撃退士優位の方向へと傾いていった。
「此方だ、化け物!」
静矢は挑発的な言動で、相手の注意を引こうと試みていた。注目はすぐ外れるにしても、一度か二度の攻撃をこちらで受け止められるのであれば、気休め程度の効果はある。
「しかし、この巨躯では容易に動かせんかもしれんな……斬り取るか」
一度挑発したあと、静矢は敵に生えている人間の身体の部位を狙い、出来る限り敵の身体を削る事を主眼に行なう。敵の体を削ることで、行動を制限しようとする狙いは、他の仲間と共通していた。
もっとも、彼の場合はそれ以上に、死後にまでこの様な扱いは無念だろう――という、被害者への愁傷の念も特に強く込められていた。
「的はでかいけど素早い……ッ、うろちょろしないで!」
アイリが余裕を欠いた声をあげる。敵は大型のゾンビであるが、鈍重ではなく機敏であり、漠然とした射撃は素直に当たってくれない。近接攻撃はともかく、部位を射撃で確実に狙うには難しく、やはり足を止めさせるのが優先か、と思う。
「活目して私を見ろ! 我が盾ある限り、貴様の刃が自由に及ぶと思うな!」
雪が最前線で、味方をかばうように攻撃を受け止める。足止めの鎖は、相手も本能的に『当たるとまずい』とわかるのか、器用にかわしてくる。
「どうした! その程度で私の意思は砕けないぞ!」
雪の猛々しい叫びが、相手の耳を打つ。しかしゾンビの鼓膜に意味はない。
敵は無謀かつ無知であるが、習性に忠実すぎて逆に不気味であった。隙あらば交番の壁に向かったり、立ちふさがるこちらの方へ突進してくるものだから、攻撃を受け止めるにも難儀である。一度は引き離したものの、再度肉薄される。そしてかろうじて吹き飛ばす――というのが、一連の流れになっていた。
もちろん、これは撃退士側の劣勢を意味しない。むしろ、戦闘の内容は、徐々に優勢を維持する方向へと変化していく。
ヴァイスがクイックショットで的確に相手の体を削り取る。一撃では怯みもせぬが、積み重なれば体もひしゃげる。
何より、あちらから近づいてきてくれれば、それだけ部位破壊も狙いやすい。攻撃対象をヴァイスに変更したゾンビは、迷いなくバリケードを背にした彼に突貫した。回避すれば、そのままバリケードを打ち壊すつもりで。
「……救出対象の安全確保のためにも、ここは譲れんよ」
体当たりの直撃を受け、バリケードに体を押し付けられる。――意識が飛びかけたが、まだ倒れてはいない。戦える。ならば――。
「あのね――私、今怒ってるのよ。アンタは絶対に許さない、絶対によ」
攻撃直後の硬直、それを見逃さず、桃華がゾンビに痛打を見舞った。彼女の怒りは仲間を傷つけたことか。それとも、死体を弄ぶ敵の存在そのものに対してか。
『うろぉぉぉん』
『うおぉぉぉん』
ゾンビの足が止まった。――血の気のない頭から出るのは単なる鳴き声だが、それは断末魔を前もって叫んでいるようにも見えた。
つまり――この醜悪な肉塊は、ここで詰む。
「ぎゃあぎゃあ叫ぶんじゃないわ、アンタが与えた痛みや苦しみはこんな程度じゃないでしょう!?」
「犠牲者の顔や声で怯むとでも思ったのかしら、だとしたら舐められたものね」
胴体からの一刀――桃華の言葉に続き、その一撃を加えたのは、七佳。胴についた手足が切り落とされ、ついにバランスを崩して倒れる肉塊。
「隙を見せたら死ぬのは貴方。隙を見せなくても殺すけれどね」
この明確な隙を見逃してはならぬ。相手が体勢を持ち直す、一時の間にケリをつけるのだ。
「やれやれ、本当に……苦労させれくれるな!」
重傷一歩手前のヴァイスが、金属製の糸を相手に絡みつかせた。この場では完全とは言えず、拘束というにも稚拙なそれだが、すでに体勢を崩しているゾンビにとって、鬱陶しいことこの上ないだろう。
彼は十分な仕事をした。後は、敵が刻まれる様を見物するだけだ。
「吹き飛ばせずとも、倒せば問題無いな」
事此処に至っては、あえて吹き飛ばしに固執する必要はなかった。静矢が超高速の一撃を放ち、さらに敵の体を削っていく。肉塊と言って良いゾンビの体は、まだまだ戦闘能力を残している。さらなる追撃を要する。
『ヒィィぎ、やぁぁぁッ!』
『おふぅぅぅ――』
哀れみを誘うように、悲壮な表情で、涙を流す人の首ども。口から血を垂れ流し、悲鳴をあげるさまは、なんといって良いかわからぬ。
「ッく、感傷に浸るのはあのゾンビに落とし前をつけさせて、助けられる人を助けてからだ、しっかりしろ――!」
アイリが己を叱咤する。攻撃ではないが、ゾンビが苦しむさまは一種の精神攻撃に近い。それでもしっかり銃撃で敵の身を削ることに専心し、戦闘に貢献する。
攻撃を受けるたびに恨めしくも悲しい喘ぎ声を垂れ流し、狂ったように百面相を見せる複数の首。それらに顔をしかめたのは、アイリだけではなかったのだが、それがこちらの隙となったといえば、言い過ぎであろうか。
立て続けに攻撃を受け、体を切り飛ばされ、今もなお刻まれて動けなくなるのを待つだけのゾンビ。その最期の咆哮が、放たれた。
押し出すように、胴体にくっついている残りの部位が、はじけ飛ぶようにバリケードの方角へと飛ばされた。肉塊による範囲攻撃である。
「うォッ!」
「きゃ……ッ」
意表をつかれた形になったが、撃退士らに大きな損傷はない。――が、ここでバリケードがもろともに崩され、交番へのガードが空いた。
後一手、遅れれば内部への致命的な打撃となりかねない。焦りと冷や汗が一瞬で吹き出し、その前に潰さねばと、二人の撃退士がほぼ同時に動いた。
「死を弄ぶモノ、裁きを受けろ!」
「……迅雷一閃、これで終わりよ」
雪と七佳が声を合わせて、止めの一撃を打ち込む。――ゾンビの肉塊は、ちぎれ飛んで動かなくなった。出足はすでに散らばり、見る影もなく――首に至っては原形を保っているものの方が少ない。表情も、今は固定化されて動かなくなった。
本当に動かなくなったのか。それを確認して、撃退士らは安堵する。彼らは、今度こそ本当に、まっとうな死体となったのだ。
エリーゼは、最期の苦し紛れの一撃がバリケードを破った時、男の前に出て彼の身を守っていた。彼女が中でガードしていなければ、散らばるバリケードで、男は怪我をしていたかもしれない。
ともあれ、結局保険は保険のままで、活用されることはなかった。最悪脱出を考えていた彼女にとって、この結果は最良であったと言えよう。
「ありがとうございます。いや、ちょいと驚きましたが、どうにか生き残れたようでなにより」
「私、遊びに来ただけなので。――みんな強いし、私がいなくても大丈夫でしたね!」
エリーゼなりの励まし、と男は受け取った。先の冗談も含めて、彼に気分を害した様子はない。空気を読まぬ発言でも、ためらわずに素直に口にする彼女の性質は、男にとって不快ではなかったようだ。
「……流石にその発言はどうなんだ」
「ヴァイスさん! 大丈夫でしたか?」
「ひどいのを食らったが、一日安静にすれば問題ないだろう。……禁呪狙いかと思ったが、そこまでの相手でもなかったか」
エリーゼの身を案じていたヴァイスであったが、それよりエリーゼがあまりにもマイペースであり過ぎて、頭が痛くなる思いだった。
「細かい事は気にしない。……まあ、そーですねー。ともかく依頼は大成功! って言っていいんじゃないですか」
「無事でしたか、お二人共。――お怪我もないようで、なによりです」
雪が救助者の様子を見に来た。男は平気な顔で、崩れたバリケードに腰掛けている。……なるほど。この結果であれば、大成功と言って問題ないだろう。
「お疲れ様です、撃退士の皆さん。……どうにかこうして、生き延びておりますよ」
「よかった。斡旋所に連絡して、後始末に入ります。後のことは、お任せを」
救助者は本心から感謝しているようだった。確かにあの敵を見れば、殺されるだけではすまぬと思い、怖気も余計に感じだことだろう。
さて現場に視線を戻せば、そこに佇む少女が一人。
「徹底的に、イヤな敵だった」
そうつぶやいたのは、アイリだった。犠牲になった人達を悼み、惨憺たる有様となった交番周辺を見て、うんざりするように顔を伏せる。
ここも、もうすぐ清掃され、元通りになるのだろう。しかし、けっして死んだ被害者たちは戻ってこない。
人々を殺し、辱めた憎むべき敵。打ち倒した敵。感傷といえば、それまでだろうが、これを捨てて冷徹に生きることは、彼女には出来そうになかった。
「本当に、感謝していますよ、皆さん」
ただ、救助者からの言葉だけが、アイリの心を慰めた。結局のところ、この成果があれば、彼女は戦えるのだ。
この次も、次の次も――またこうして。
そして、撃退士たちは帰還する。被害者たちも、これで浮かばれるだろうと、心の内に幾ばくかの悲しみを残して――。