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マスター:西
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:6人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2013/12/16


みんなの思い出



オープニング

 がさがさ、ガサガサと、何かが這い回り、動き回る音がうるさくて、眠れない。
 目を開けるのも、億劫であった。倦怠感が体を包んでいるようで、上手く寝返りさえできない。

――どうしたんだろう。

 己の体の不調に、少女は違和感を抱いた。
 いや、違和感というなら、自分の現状そのものが、どこかおかしかった。
 部屋で睡眠をとっていたという記憶はない。
 倒れた、病気になったという覚えもない。
 そもそも、ここはどこなのか……と思い、まぶたを開けた。たったそれだけのことさえ、彼女にとっては大きな労力であった。

――ひ。

 まず恐怖を感じたのは、彼女が正常な感情を保っていた証と言えるのだろうか。
 目に映ったのは、巨大なゴキブリであった。体長は1mはあろうか。それが這い回っていたのだ。この廃墟らしき部屋を。
 そして――己の体を。

――あああああああああああああああああああッ――。

 思い切り、叫んだはずであった。
 だが、少女は声を上げられない。それを自覚した時、彼女は自分の不調の原因までも、完全に理解してしまった。

 かろうじて動くのは、首から上だけだった。そうして眺める自分の体は、まるで腐敗した死体のように、ぐずぐずに崩れていた。
 こぼれ落ちた腐肉を、ゴキブリどもが食らっている。体が動くはずなど、なかった。痛みを感じたり、声を出せるはずもなかったのだ。
 全身は麻痺し、手足は腐って崩れ落ちて餌となり続け、ほどなく死すであろう体の機能は、まともに動いてくれない。

 自分はここで、こうして。ゴキブリの化物に食われ死する運命なのかと、少女は嘆いた。どうして、痛みすら感じられぬ状態で、じくじくと死を待たねばならないのか。
 せめて、早く。後腐れなく、死なせて欲しいと願う。……ここが廃墟であり、人の立ち入らない場所であることも、ようやく理解したが、それでも願わずにはいられなかった。

 絶望の中、崩れた建物の影から、光が差し込んで――人と出会った。
 それが誰であったのか、もう彼女には判別も使えなかったが、これが僥倖であることはわかる。助けを求める声さえ、出せはしなかったが、この有様を見てくれたなら、わかるはずだ。
 斡旋所から撃退士が駆けつけてくるまで、とれほどの時を要するかは、わからぬにしても。どのような形であれ、死後の安息を望むことはできよう。

 まったく希望のない状況で死を待つよりは、よほどマシであることには違いなかった……。




リプレイ本文

「遊びにいくつもりが、気が付きゃ戦場に直行だった、自分でも何を――って。ま、レインが行くっつーんなら付いて行くだけッスよ。お仕事お仕事ってナー」

 カレン・ラグネリア(jb3482)が軽い口調で、そう述べた。実際、彼女は今日は仕事をするつもりで外出したわけではないのだが、相棒が自分に向いた依頼を見つけたので、付き合うことになった。
 乗り気ではない、というほどではないが、今回はどことなく、不穏な空気が感じられる依頼だった。話を聞く限りでは、遺体を持ち帰ることになる。遺族に引き渡すことまで見据えると、別の意味で頭が痛くなる仕事ではないか。

「……独りぼっちは、寂しいですもんね。私が、行かないと」

 一人で朽ちる遺体のことを考えると、いてもたってもいられなかった。カレンがレインと呼んだ少女――ブラウト=フランケンシュタイン(jb6022)は、悲しそうに、小さな声でつぶやいた。
 独りで死ぬ恐怖は、彼女のよく知るところである。この継ぎ接ぎだらけの手で良ければ……喜んで差し伸べようとも思う。

「今度は害虫駆除かぁ……仕事は選べないモンだね」

 クラウス レッドテール(jb5258)は、憂鬱そうに、眉間にしわを寄せていた。それもそのはず、今回の敵はゴキブリだった。それだけでも嫌悪感が募るというのに、犠牲者まで現場には居る。
 犠牲になった人を目にしたら、どこまで冷静さを保てるだろうか。達観しきれていないという自覚があるし、表情にはなるべく出すまいと意識しているが、さて。

「害虫駆除をしつつも現地の遺体を保護、か。撃退士がいくら便利で凄い人材でも、ゲームみたいに死んだ人間を蘇生させたりは出来ないってんだから――変にリアルだよね」
「どんなに強くても、万能ではありえない。俺たちには、出来る範囲でやれることをやるしかないんだ」

 クラウスの言葉を、水無月 望(jb7766)が補足する。
 怒りも、やるせなさも、感じるところは彼も同じだった。そんなに肉が喰いたければ、自分達で共食いでもしてろと、望は言いたかった。

「ふふ、番の家畜も何をしようとしにこの場所に来たのかしら? その結果が今回の発見に繋がるなんて……」

 マルドナ ナイド(jb7854)は、他愛のない疑問を口にした。想像は容易だが、結果として哀れな犠牲者を回収できるのだ。何が功を奏するか、世の中わからないものである。

「また、厄介な事件の様だな。……戦闘の難度自体は低そうだが、問題はそこじゃねえか」

 アカーシャ・ネメセイア(jb6043)が所見を述べる。事前に得られた情報は数少ないが、敵のおおよその規模は掴み取れている。後はこちらの戦力を評価して比べてみれば、さほど危険の多い戦闘にはなるまいと、アタリはつけられた。
 予測はあくまで予測といえど、油断せず全員で連携してことに当たらば、討伐自体は大過なく終えるはず。だが問題は、犠牲者だった。
 おそらく、死亡は確実。だが、遺体があまりに破損していたら、遺族はどれだけ嘆くであろう。それを思うと、どうしても気が重くなった。

「エンバーマーとしての技量、期待させてもらうぜ」
「もちろんです。任せてください」

 アカーシャの期待は、この場にいる全員の希望でもあった。ブラウトが遺体修復の技術を持っていたことは、幸いである。
 死の結果を否応なしにつきつけられる、この戦いにおいて。救いがなければ、士気を保つことすら難しいであろうから。







 廃墟に突入した時、まず感じたのは異様な臭いだった。

「この臭い……死臭か? 何やら巫山戯た奴が居るようだな」

 アカーシャが、ぎりっと歯ぎしりし、咥えた煙草を捨て足で踏み消す。苛立っているのは明らかである。死臭というよりは、腐臭に近い。つまり、人体を腐らせるような奴が、今回の敵となるわけだ。
 犠牲者を嬲るように扱う。そうした手合いが、アカーシャは嫌いだった。

「遺体まで凸って確保、んで守りつつ殲滅っつー流れだったかな?」

 カレンが述べたのは作戦の概要のようなものだが、それは最低限の手順に過ぎない。まずは目撃情報を元に遺体の捜索である。

「兎に角、なるべく仕事に専念しよ。早めに終わらせたいモンだね」

 クラウスがナイトビジョンを使用し、暗がりの中を警戒する。未だ日中だが、廃墟には電気が通っていないため、所々で影が濃い。肉眼では黒いゴキブリが潜んでいても、気づかない可能性があるのだ。
 どのあたりで見つけたかは、目撃者から聞いている。後は死臭をたどっていけば間違えようもない。道中、敵に鉢合わせないよう物音には気をつけて進む。

「情報が正しければ、目の前の一室が、その居場所だそうですけれど」

 マルドナが見つめる先には、古い扉がある。少しだけ隙間があり、そこから死臭が漏れ出ていることは疑いない。
 ここまで接敵しなかったことから見て、相手はここに固まっていると見るべき。とすれば、ここから取れる戦術は多くない。

「うっし、いっちょ派手に行くぜ!」

 カレンの掛け声で、全員が突貫する。突っ込んで、道を切り開く。それがこの場では最良にして唯一の手であったろう。


 ――そして、撃退士らがまず目にしたのは黒の塊。這い回る巨大な蟲の群れと、部屋の中央に転がったナニカに張り付き、腐肉を貪るゴキブリの姿だった。


「こいつは……」

 アカーシャはソレを目にした途端、言葉をなくした。

「まあ……」

 マルドナは、その場に不釣合いな、艶っぽい溜息を出して。

「――くそ、見てられるか!」

 このまま糞みたいな虫に喰われたままでは、彼女とて救われないだろう。望が決意を新たにして、即座に行動する。
 もとより撃退士に、敵を前にして臆すという概念はない。痛ましい現状にも、ただ怒りを秘めて戦うのみ。
 犠牲となった少女の許へ向かう仲間の為に、道を切り開く。ゴキブリ共を可能な限り駆逐するのだ。

「てめぇらはやっちゃあいけないことをやっちまった。そいつはな……死者の尊厳を踏みにじった事だ!」

 アカーシャも激情のままに、【氷魔・連接刃】で薙ぎ払った。それで一匹が氷の刃で絶命するも、まだまだ敵は数がいる。

「殺し合いは好きなほーだけどサー。こーゆーのは見てて楽しくねーんだよナ、趣味じゃねーってヤツ?」

 まずは遺体の確保である。カレンは前に出てゴキブリをハンマーでなぎ倒し、仲間のための道を作った。ゴキブリどもが引き潰され、汁が飛び散るが意に介する余裕などない。
 軽い口調だが、彼女の目は本気である。この惨状は、敵を憎ませるのに十分であった。

「ヤな世の中になったもんだ。老若男女構わず……ってね」

 クラウスは、極力冷静になろうと勤めていた。鋭く細められた眼の奥には怒りがあり、それは率直な力として今、振るわれている。
 彼は射線を確保し、ショットガンで敵を迎撃。近接して体当たりを仕掛けようとする蟲どもを標的にし、死角から迫る敵の驚異を削いでいた。
 前線の少し後ろで味方の視覚をカバーしつつ、遺体までの安全確保を行うのが、彼の意図である。

「あぁ、なんて痛そう。とっても辛かったでしょう……」

 今少しで、被害者の遺体まで行ける。死体に近づく敵にダークブロウを放つ。言葉とは裏腹に、その表情はとろけるような愉悦に染まっていた。
 近接し、暗がりでも悲惨な様相を理解できる程度には、マルドナも迫っていた。様々な思いを胸に、被害者を観察する。うっとおしい虫の群れをいなしながら、遺体の確保までもう一歩。

「さっさと行ってやれ。これ以上、奴等に好き放題させてやるなよ」

 望は、マルドナがどのような想いで向かっているのかは知らない。だが、仲間を信頼して道を切り開いた。風の衝撃波を撃ち放ち、彼女らへの露払いとする。
 ゴキブリからの攻撃も受けているが、噛み付きは武器で受け流し、体当たりや粘液は回避を試みるなど、立ち回りは巧妙だった。ゴキブリには技量がない。知能もない。ただ習性だけがある。

「喜べゴキブリ共、お望みどおり肉を用意してやる。ただし、お前等自身の肉だがな」

 望が、皮肉げに言い放つ。本来、一般人を集団で襲うだけがとりえの、数だけの集団なのだ。統率のとれた攻撃を受ければ、漫然とした反撃を行うしかなく、それが結果として撃退士たちの作戦を正しく機能させてしまっていた。

「レッツパーリィ!」
「お、レインも一緒にヤっとく?」

 ブラウトとカレンが、連携してゴキブリどもを蹴散らす。炎を撒き散らし、爆発が複数の虫を巻き込む中で、収束した風が逃れたものどもを吹き飛ばし、潰していった。

「……確保しました。後は、掃討するだけです」

 マルドナが遺体の安全を確保。周囲の敵は一掃されており、後は遠目に確認できるアレを、逃さず見落とさず、処理するのみだった。
 ほう、とマルドナが息をついて、死体を見つめる。グズグズになった腸、見る影もない肉を見て思った。

――なんて酷い場所なんだろう。なんて――素敵な場所なんだろうこの屠殺場こそが求めていた場所だ。

 出来る事ならば私が最初に見たかった。痛み・絶望を感じていたその顔は随分と気持ちいいものだったに違いない。
 一時、陶酔する彼女の耳に、仲間が奮起して戦う声が聞こえた。

「虫型のてめえらに言っても分からねぇだろうが。俺がお前らにとっての死神だ。裁かせて貰うぜっ!」

 アカーシャが顕現させたルシフェリオンを振るい、一気に敵を斬り潰す。

「腐ることには慣れてるのDEATHよー♪」
「焼き払って、終わりにしてやっか」

 ブラウトとカレンが、残り少ないゴキブリをまとめて消し飛ばして。

「これで、終わりだね」

 終わったら花束でも送ってあげようか、とクラウスは銃で応戦しながら思う。すでに、戦いは終わりつつあった。
 そして、最後の一匹を、望が剣で切り捨てる。

「俺は悪魔だから、泣く事は出来ない……。だが、これだけは言える。お前を救えて良かったと……悪魔らしくない言葉だがな」

 少女の遺体に向けて、望が語りかけた。少女の姿をその目に焼き付けつつ、冥福を祈る。
 虫どもは影も形もなく、廃墟からその痕跡を消した。ここに、ゴキブリ型ディアボロの掃討は、終了したのである。






 戦いが終わったら、事後処理である。少女の遺体を可能な限り復元して、遺族に渡さねばならない。

「エンバーマーが参加してくれてたのは、僥倖だったな。――頼むぜ」
「はい! 頑張りますー」

 アカーシャの言葉に、ブラウトが張り切って答えた。近隣の医療機関を頼り、今、彼女は遺体の修復作業に入っている。
 すでに必要な機材は運び込まれているので、後は技術を思うままに振るうだけだ。戦闘自体はスムーズに終了したので、遺体はまだ手の施しようがある状態である。
 遺体を崩さない様注意しながら消毒洗浄。表情を整え、少切開を行い動脈より防腐剤注入、静脈より血液排出する。手際は鮮やかで、よどみがない。

「……レイン」

 何かを言おうとしたが、言葉にならない。カレンは遺体の処置をするブラウトを、離れたところから見学していた。
 仕事の邪魔はできない。だから、迂闊に声はかけたくない。だが、被害者を悼む気持ちと、処置をしている彼女の思いを察するに、複雑な感情がカレンの胸中で渦巻いていた。
 腹部に約1cmの穴を開け、胸腔・腹腔部の体液、消化器官内の残存物を吸引し除去。同時に防腐剤注入し、遺体の腐敗を防ぐ。素人が見てもわかるくらい、熟練の手付きであった。

「見事ですわね」

 意外にも、カレンの他にもこの場に立ち会う人物がいる。マルドナであった。
 元に戻すなんて勿体無い事をなんて思いながら、視線を向ける。が、ブラウトはそんな視線はまったく意識せず、切開部を縫合、欠損箇所を修復、切開部分はテーブなどで目立たなくする。
 後は再度全身を洗浄、遺族から依頼のあった衣服を着せ、表情を整え直せば終いだ。

「貴女は、私の様にならず……せめて安らかに……」
「ええ、きっと安らかな死を迎えられるでしょう」

 マルドナの感性からすれば、いささか勿体無い行為であるが、ここまで高度ならば一種の芸術として、認められた。
 ブラウトの技術を賞賛したくはあったが、彼女の友人の前である。率直に褒めるのは、あえて自重した。

「……安らかに眠りな」
「もう少しだけの辛抱だ。直ぐに、家族の許へ帰してやるからな」

 送り出される被害者の遺体を見守りながら、アカーシャはつぶやいた。
 望は同行して、送り届けるつもりでいる。冥福を祈りたいという思いが、そうさせるのだろう。



 翌日、被害者の少女は葬式に出され、埋葬された。その姿は生前を思い起こさせ、弔う人を慰めた。
 後のことだが、遺族から依頼に参加した撃退士たちにお礼の手紙が送られた。個々人、どう思ったかは、あえて伏せる。
 ただ一人、クラウスは無言で手紙を丁重にしまうと、花束を贈る用意をした。

 墓前の添えられた花は何も語らない。死後の安らぎを祈る気持ちだけが、その場に残るのみである――。



依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: あい あむ あんでっど!・ブラウト(jb6022)
重体: −
面白かった!:4人

男装の麗人・
カレン・ラグネリア(jb3482)

大学部4年28組 女 ナイトウォーカー
青の悪意を阻みし者・
クラウス レッドテール(jb5258)

大学部4年143組 男 インフィルトレイター
あい あむ あんでっど!・
ブラウト(jb6022)

大学部8年5組 女 アカシックレコーダー:タイプA
惨劇阻みし破魔の鋭刃・
アカーシャ・ネメセイア(jb6043)

大学部6年199組 男 アカシックレコーダー:タイプB
蒼と黒との紅死踏・
ヴィンド・アルプトラオム(jb7766)

大学部5年94組 男 ルインズブレイド
撃退士・
マルドナ ナイド(jb7854)

大学部6年288組 女 ナイトウォーカー