ダッシュ・アナザー(
jb3147)と日下部 司(
jb5638)は、情報を収集していた。
町の地図を申請し、市役所で地図と人気の少ない場所を聞き出す。これは、班で捜索する場所と順序を話し合うためであった。
「ディアボロに変えられた人を、一刻も早く開放する為に全力を尽くさないと」
「死者には、安らぎを」
二人共、ディアボロに変えられた、件の人物には同情心もある。が、手を尽くさねば被害が出る。ゆえに、ここ一番に備えることの重要性も、また認識していた。
「皆とは、ハンズフリーで……常に連絡を、取れるように。阻霊符は、常に……使用」
「携帯は全員用意してるし、備えは万全、ですね」
ダッシュと司が話し合っている所で、他の仲間が声をかけてくる。
「こちらも、事情聴取は終わったわ。これで粗方、めぼしい所は抑えられそうね」
「手は、尽くしました。……守るべきモノが有るなら守る。その障害は、排除するだけ」
蓮城 真緋呂(
jb6120)と支倉 英蓮(
jb7524)は、空家、潜伏し易い場所、見落し易い場所等の情報聴取を行っていた。先の二人とは、また違った視点である。
さらに、逃げ遅れている人々の情報取得も並行して行っていた。こちらは現在進行形であるから、万全を期すならば早々に動く必要がある。
「何を思って生前の故郷に戻ってきたんだろうね。記憶なのか機能なのか、わたしたちに推し量れる事じゃないけど」
黛 アイリ(
jb1291)は、少しだけ感傷的になって、そんなことをつぶやく。
もののついでではあるが、通報元の人物から、そのディアボロについても、少しだけ話を聞いている。相手はこの町の出身であり、幼なじみでもあったから、すぐわかったと。……その相手がゾンビ化していたことに、大きな衝撃を受けていた様子もあったが、平静を保ったまま、必要な情報を提供してくれた。
「ゾンビか……さっさと成仏させたろか」
ゼロ=シュバイツァー(
jb7501)の言葉は、全員が共有する思いでもあった。ディアボロと化した、それもゾンビとなった人間を救うには、打ち倒す以外に方法はない。
ディアボロの生前の家については、先の情報収集によって把握済み。手早く全員でそれら情報を共有する。
後は作戦通り、二人一組の三班編成で敵探索にあたった。
A〜Cの三班に分かれて索敵するのだが、A班は避難完了区域側からローラー作戦で町内を調べて行くことになる。真緋呂と英蓮が、これを担当する。
逃げ遅れた人々の救助や先導なども含まれるのだが、こちらは市の職員も動員されているため、二人への負担は大きくない。
それを悟った二人は、索敵の方を中心に、周囲を探った。事前に目星は付けてあるから、それを潰していくだけの作業になる。
「……少し、臭うかな」
「気のせい、じゃないよね。……でも、臭いは強くない。さっきまではいたかもしれないけど、もう近くはいないのかも」
こちらの方面に、撃退士の応援が来るということは、実際には大きく影響を与えた。
というのも、避難誘導を行う職員たち(当然、慈善で行う人々もいる)は、襲いかかってくるかもしれない、ゾンビに対しても警戒せねばならぬのだ。その部分を彼女らが担当してくれたおかげで、避難誘導はかなりはかどっている。
そして、避難誘導が迅速に行われるということは、大勢の人の気配が、一度に動くということだ。必然、敵はそれを警戒し、短絡的な行動は避けるようになる。
「この辺は空家も多いのね」
真緋呂は怪しい場所を探りつつも、この町の衰退について、少しだけ考えを巡らせていた。この町に限った事でもないだろうが、過疎化が進んでいる。
町の将来は、暗いかも知れない。出身地が寂れていく様は、ゾンビと化した男であっても、感ずる所があるのだろうか――などと、益体もないことを思ってみたりもする。
「……臭わない。この方面は、外れ?」
「ともかく、ある程度探索はしたんだし、皆に連絡は入れないとね。――この分だと、他が当たりを引いているかもしれない」
英蓮の懸念はもっともだが、真緋呂はその点を心配しても仕方ないと思っている。そろそろ連絡を入れる頃合でもあるし、他の班の状況も知りたかったから。
B班の担当は、敵ゾンビの生前の家である。生家ともなれば、思いれもひとしおであろう。ここで相手が一息つく可能性もあるのだから、探っておいて損はない。
ダッシュは途中で避難民の誘導をいくらか手伝いながらも、目的地に向かった。
「顔が、崩れてるなら……見つけやすい、かも?」
「顔が見れる距離なら、臭いの方が強烈やと思うがな」
ダッシュのつぶやきに突っ込みながらも、ゼロは周囲への警戒を忘れない。
敵がこちらを急襲する可能性は、常にある。そうしたことは、よくよく気を配っておくべきだろう。
死角や、見落としやすい場所――例えば風下の物陰などは、気を払っておく必要がある。臭いで判別できるのが最善だが、立ち位置によってはそれもままならぬ。
結局、生家にたどり着くまでは何の手がかりもなかったのだが、緊張感を保ち続けた結果であろうか。その家には、確かに敵の痕跡が残されていた。
「こっちも暇じゃねぇんだ。さっさと出てこい!」
ゼロが叫んで、おびき出そうと試みるが、返事はない。
ただ、ここ最近は誰も立ち入っていないその家に、明確な人の足跡があったこと。家具を探った後などがあったこと(それも痕跡は新しく、ホコリを拭った後さえある)から、ゾンビが一旦は帰宅したことは間違いない。
数分前なのか、数時間前なのか。そこまではさすがに分からないものの、こうした足跡を残しているということは、索敵の方針は正しい、ということになる。
完全な空振りではないのだし、このまま続けていけば発見は遠くないと確信しているが、今一歩のところで逃してしまうと、もどかしくて仕方がなかった。
「他の、めぼしい……潜伏場所に、行こう」
「せやな。――たぶん、近くにはおるやろ。案外、そろそろ他の班が見つけても可笑しくない頃やし……」
それなりの成果があったことは、報告せねばなるまい。携帯を取り出して、他の班に状況を伝える。A班から臭いを感知した、という話を聞いたことで、確信はますます強くなった。
「奴さん、手を出すより、隠れて機会を伺う方を選んだんかな」
「……可能性は、ある」
敵が正気を失っているとしても、勝機を探る意思まで捨てたわけではあるまい。
とすれば、不用意な行動より、一時的な潜伏を選んだとしても、不思議はなかった。このままB班は探索を続けながら、他の班からの連絡を待った。
現場に急行する準備だけは、いつでも出来ている。
C班が担当するのは、空家や廃墟・林等、潜伏に向いた場所である。他の班とかぶりそうな部分もあったが、そこは上手に調整した。
必要とあらば避難誘導も行うが、こちらはあまり人気がなく、探索に集中できていた。
――もし、自分が変えられたことが分からないまま意識を残されているのなら……。いや、考えるのは止そう。彼を解放するには方法は一つしかないんだから。
司は想像して、すぐにやめた。現実として、やらねばならぬことがある。
彼は目撃者に目撃時の状況を聞いていた。ディアボロが直ぐに人を襲わなかった理由を考察しようかとも思ったが、ここは生まれ故郷でもあるし、何らかの感傷であろう、と予測するのが精一杯である。
まずは敵を見つけねばならない。今の所、他の班も痕跡こそ見つけているが、発見は出来ていない。あまり放っておくと、何をしでかすかわからない以上、行動を急ぐ必要があった。
「こういうのは何度やっても、苦手だな」
アイリとて、目撃者からの話は聞いていた。ほとんど相手の身の上話であったが、そうであるからこそ――知人のゾンビ化などという話が、ここまで重く感じるのだろう。
彼女の態度は基本的に冷静だが、内心に悼みとやるせなさを抱いている。自然、探索にも熱が入った。
「見つからないね。人を避けて隠れるなら、普通は建物より林の中だろうけど……そっちはどう?」
「……わずかですが、臭いましたね。こちらです」
「――なるほど、確かに」
「生命探知の方は、どうです?」
やってみよう、とアイリは言い、近くの死角に生命探知による索敵を行った。これは全長五cm以上の生物を探知するもので、ゾンビ専用ではない。
よって、探っても即座にそれ、とはわからないものである。
「反応は、ある」
「怪しい、ですかね」
「……ここは、風下だね?」
司は頷いた。反応に向かった歩いていくと、徐々に臭いがきつくなっていく気がする。これは、ほぼ発見したと見て良いのではないか。
奇襲を警戒して、連絡用の携帯を手にとった。取り急ぎ、『怪しい場所を探る』とだけ他班に伝える。後は、発煙筒ですぐに理解してくれるはずだ。
司とアイリは、もう無駄口は叩かなかった。司は大剣を。アイリは偽聖釘で、即座に足止めできるよう準備を整えた。
そして、二人はソレと遭遇する。
「ヒィィギヤァァァ――ッ!」
警戒していた二人には、ゾンビの刃物攻撃は奇襲にならなかった。司が正面から受け止めて、アイリの偽聖釘がその身に刺さる。
ダメージを与え、相手は止まったが、戦意を失ったわけではない。――よって、ここからは速度が勝負。皆と合流できるまで、どれほど粘れるか――。
「やっと出てきたか。んじゃ、始めますか」
ゼロが発煙筒の煙を確認すると、ダッシュも続いて現場へと急行する。彼の方は直進して退散距離を突っ切っていくが、ダッシュは挟撃の形をとるために、迂回して向かった。彼女だけ到着はいくらか遅れるだろうが、挟み撃ちの体制を取れれば逃亡のリスクは減る。
「逃がさんで。そろそろ自分の死を受け入れろ」
合流一番乗りは、ゼロであった。闇の翼を使い、上空から一刀両断。頭の上まで見渡せないゾンビにとっては、奇襲であった。
「ゼロ」
「ゼロさん」
先に戦闘していた二人が、声をあげた。これで、三対一。この時点で負けはないと、考えることもできる。
しかし、ゾンビは耐久力に優れていた。縛りが解けるたびに反撃はしてくるし、初撃以降は巧妙に身をかわすことすらあった。
頭は腐っていようが、学習能力の残滓くらいはあるらしい。それでも、挟撃の可能性まで考えられないあたりに、その身の悲しさがあった。
「そっちじゃ、ない……こっち、だよ?」
ダッシュがゾンビの背後から、ワイヤー攻撃で足を削ぐ。たまらず膝をつくが、敵の面前でそうなれば格好の餌食。
「逃げちゃ、駄目……ここで、止まってて……ね?」
四人によって集中攻撃を受けて、ゾンビはたじろいだ……が、反撃とばかりに前衛のゼロを両の手で突き、司の方へ吹き飛ばした。司もゼロを受け止めるが、一瞬の隙が生じる。
ここで退避しようと、包囲のない一角へ飛ぶが――男に待っていたのは、さらなる追撃であった。
「貴方も可哀想なヒトかもしれない。でも『仇なすモノ』だから……死んでよねッ!」
英蓮である。屋根伝いに急行し、ここまで忍者も吃驚するような瞬足で飛んできた。そして見敵と同時に太刀にて一撃を入れる。軽い。まるで本気の斬撃とは思われぬほど。
しかし逃亡を試みている最中の一撃は、ゾンビの意表をつき――。
「たぁッ!」
彼女の攻撃の意味はここにある。太刀は敵の肩に入っている。それを支点にして体をひねり、宙返り。
「抜刀・幽」
空中からの、一閃。首が深く切り裂かれ、黒く澱んだ血が溢れ出る。死体にとって首は致命傷ではないが、大きなダメージであることに変わりはない。
「この光で、見送ってあげる」
最後に包囲の穴を完全に塞ぐ形で、真緋呂が現れた。逃走経路を絶たれたゾンビに待っているのは、この場での死、以外にない。
サンダーブレイドは敵を麻痺させ、ここぞとばかりに全員の攻撃が降り注ぐ。
「もう、眠るといいわ……」
炎焼していくゾンビを目に、真緋呂は相手を憐れむように、そう声をかけた。
「面影を残したまま故郷で終われるならまだましだ、とは言わないよ」
だが、これ以上、ゾンビとなった彼が戦うことはない。もう、何も怖がることもない。
どうして、こんなことになったんだろうね――と。アイリは灰となった彼を見つめて、ひとりごちた。
「お休みなさい、安らかに」
「冥福を祈ります。……どうか、安らかに」
ダッシュと司が、その死を悼む。ゾンビにも、生きていた頃があった。そう思い、やるせないと考えてしまうのは、アイリと同じだった。
そしてゼロは、戦闘の終了を連絡していた。役場へはもちろんだが、ディアボロの知人へも。
「……ああ、はい。重傷者はなし。……はぁ。はい。ええ、大丈夫。後は、こちらで処理しますよ」
その際、生前の彼はどんな奴だったかを聞かされた。適当な相槌をうって、話を打ち切り、つぶやく。
「人の心なんていつどないなるかなんてわからんもんや。ま、魔族の俺が言えた義理とちゃうか」
それ以上、何も語らなかった。相手の身の上を理解し、思いやることはできる。だが、同情するのは違うだろう、と彼は思う。
ゾンビは死に、男は天に召され、被害は広がらなかった。それが全てであり、斡旋所に記録されるのは、それで十分であるはずだった。
では、この心に残る苦い思いはなんなのだろう。この場にいる誰もが、勝利の喜びを表に出さなかった。
それが、結果である。ならば、この一時の感傷は誰のためにあるのか。その答えは、明白であった――。