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マスター:
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:6人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2013/01/12


みんなの思い出



オープニング

●水族館にて
 その日、とある地方都市の駅前は休日の正午ということもあって、大勢の人々が暇を潰そうと押しかけ、賑わっていた。
 近年、この国は不況の真っ只中と言われて久しいが、それでも人は気晴らしを求めずにはいられないようだ。駅前はひたすらに若者や家族連れ向けに再開発をされ、多くの高層ビルが立ち並んでいる。
 運良く休日を合わせることに成功したカップルはデートにと繁華街に繰り出していき、また日頃仕事に忙しく働いて溜まりに溜まった疲れを休日を寝て過ごすことで癒そうと画策し、その日を楽しみに迎えた一家の主は朝っぱらに叩き起こされて家族サービスを強制されて、車を走らせとりあえず駅前へと家族揃って出てくるのだ。
 そんな、実に平和で豊かな日常が駅前にはある。

 ただ、必ずしも聞き分けのいい夫というのはどこにでもいるという訳ではないようで……。

「ふう……」
 高井恵子は、駅前のある高層ビルの最上階で、ふと家で寝ているだろう自分の夫を思い出してため息をついた。
 足元をとことこ歩いているのは、小学校入学前の恵子の息子の幸樹である。先ほどからずっと笑顔で、それはきっとここが最近オープンした最新式の都市型水族館だからだろう。大きな水槽がいくつもならび、淡い幻想的な蒼が館内に広がって美しい。
 来てよかった。
 恵子はそう思って、楽しそうな幸樹を眺めた。
 高層ビルの最上階フロアとその一つ下の階をぶち抜き、丸ごと水族館にしてしまうこの手法は、関東なら珍しくはないかもしれないが、東北の地方都市に出来るとは期待していなかったこともあって、オープンから一月は入場するのも難しかった。
 しかし、徐々に人の入りも落ち着いてきて、これなら小さな息子を連れて家族で来れる、と数日前に計画して夫である秀雄と相談したのだ。事前に入場券も購入してあり、それなりに値も張ったこともあって楽しみにしていたのだが、今日の朝になって秀雄は恵子に言ったのだ。
 二人で行って来いと。
 がっかりだった。でもそういうところがあるのは結婚前から知っていたし、仕事がここのところきつい、とは前々から言っていたから、休ませてあげるのも必要かもしれないと今日のところは観念してあげた。今度何か買ってもらおうと頭を切り替えて、恵子は幸樹と共に、水族館見物に戻る。

 すると、
「ママ! あの大きなお魚、なんていうの?」
 と、この水族館でも目玉とされる巨大水槽の中を泳ぐ魚を指さし、幸樹が尋ねてきた。
 見ると、ぱっと見サメのように見えるが、それほど知識が豊富という訳でもない恵子には判別がつかない。しかし子供の質問には出来るだけ答えたいと迷っていたところ、同じ水槽を眺めていた大学生風のカップルの会話が耳に入ってきた。
「ねぇねぇ、あの魚キレイだねー! なんて魚かな?」
「そこの札に書いてあるだろ? 自分で読めよ」
 言われてみると、確かに水槽の下部にプレートが張り付けられており、魚の写真とその種類や生態に関する説明が簡潔に記載されている。水槽の巨大なサメと思しき魚に該当する説明プレートは一つしかなく、恵子はそれを見て、幸樹の質問に答えることにした。
「ねぇねぇ、あのお魚の名前はー?」
 幸樹が待ちきれずにそう聞くと、恵子は答える。
「ええと……オオメジロザメ、って言うお魚よ。サメさんね。サメさん」
 少し適当な雰囲気のするそんな恵子の答えに、幸樹はにへら、と笑って、
「サメさん!」
 と叫んだ。どうやら気に入ったようで、何よりである。やっぱり、秀雄を置いてでもここに来てよかった、と思い、次の水槽に移ろうと幸樹の手を引いた。目の端ではカップルが楽しそうにしている。平和な光景だった。
 しかし、そんな日常は、たった一つの異分子により容易に破壊される。
 それは、一瞬の出来事だった。
 恵子がふと、幸樹の方を見ていると、視界の端に奇妙なものがちらついた。
「あれは……?」
 ぴょこぴょこと動くそれは、まるでヨットのセイルのようだった。水族館の床を滑るように走っている。
 首を傾げてみていると、それがぽちゃり、と床に潜り込むのが見えた。そして、次の瞬間、ものすごい勢いで床から飛び出してきた巨体が、水槽の前で笑っていたカップルの男性の方を飲み込んだ。
「……?」
 一時、奇妙な静寂が、水族館を支配した。
 しかし直後、それは悲鳴と怒号に代わる。
「きゃ、きゃああぁぁあぁぁぁぁ!!!」
 彼氏を不可解な生物に丸呑みにされた女性は、そういって崩れ落ちる。
 見ると、彼女の横を、先ほど見たものより一回り大きなサメがふよふよと浮遊していた。
 重力に反するその光景。
 サメは、そのままゆっくりと耐圧ガラスを透過して水槽に入っていく。そうして、そのサメは水槽の主のオオメジロサメすらも飲み込むと、まるで自分こそが巨大水槽の主だと主張するかのように悠々と泳ぎだした。

 なんだ、あのサメは。

 恵子はそう思った。
 しかしすぐに不思議と冷静な思考がそれを否定する。いや、あれはサメなどではない。
 聞いたことはあった。
 しかし、実際に遭ったことはなかった。ただ、知識だけはある。
 そうだ。あれが、あれこそが、人類の敵と言われる天魔そのものなのだ。

 そう認識した直後、恵子は水族館から逃走すべく、息子の姿を探した。
 しかし、今の今までいたはずの幸樹の姿は、どこにも見当たらない。
「……どこ!? 幸樹!! どこなの!?」
 パニックになった頭で、恵子は叫ぶ。しかし、それも虚しく、恵子はしばらくして水族館から逃げ出そうとする客の波に呑まれた。
「幸樹……幸樹ぃぃぃぃ!!!」



「依頼です」
 切迫した様子でその職員はそう言った。
「依頼主はある水族館の運営会社です。今回、ある地方都市の駅前高層ビルにある水族館に、巨大なサメ型のディアボロが1体確認されました。その場に居合わせた客たちによれば突然、床を透過して現れ、男性に襲い掛かり、一呑みにし、そのまま水槽へ入っていったそうです」
 その時の様子を想像したのか、職員は眉をしかめつつ続ける。
「その日、ビル周辺及び壁面を滑るサメの背びれのようなものが目撃されていますので、おそらくどこかからビル内に侵入、最上階まで昇ったものと思われます。また、他にディアボロがいるかどうかは未確認ですが、水族館内を歩くペンギンを見た、と言う客がいました。今回の水族館ではペンギンは管理しておりません。おそらくはディアボロと思われますので、注意してください」
 さらに、他の情報より若干力を入れて、職員は言う。
「それと、水族館で子供が一人行方不明になっています。高井幸樹くん、5歳。来年には小学校入学を控えているそうです。お母様のお話によると、いつの間にか姿が見えなくなった、とのことです。ディアボロに襲われる姿を目撃した者もいないようですし、まだ生存しているかもしれません」
 そうして、語るべきことをすべて語り終えた職員は、悲痛な表情でまとめた。
「今回、あなた方にお願いしたいことは二つ。ディアボロの殲滅、そして幸樹君の救出です。この依頼、受けられますか?」


リプレイ本文

●水族館上階にて
「――たァく、世話の焼ける」
 張りはあるが少し粗野な声で、面倒臭そうに島津・陸刀(ja0031)はそう呟いた。
 誰もいない水族館に声が反響して広がっていく。陸刀は横を歩く八尾師 命(jb1410)が何か返答をしてくれないかと目をやるが、命は、
「幸樹君とディアボロを探知するんですよぉ」
 等と呟きながらみょんみょんと何か発していた。その体はアウルの光輝を身に纏っており、何か特別な能力の行使がそこにあるのが感じられる。これが撃退士でなければ首を傾げるところだが、陸刀も命も久遠ヶ原の撃退士だ。命が何をしているかは火を見るより明らかな話だった。
 子供――幸樹君の居場所や、ディアボロの正確な数が確認されていない以上、小部屋や通路を虱潰しに捜索していくしかない。

 真剣に幸樹君の捜索を行っている命を見て、これでは返答は望めないな、と諦めたところで、陸刀はもう一人の同道者の方をちらりと見やる。

 紫の瞳に白髪という色彩感を別にすれば、一見すると、通常の人間のように見える彼女。しかし口元を注視すれば、そこには人にあるべくもない牙のような鋭い犬歯がちらりと覗いている。
(……はぐれ悪魔、か)
 アセリア・L・グレーデン(jb2659)の少しばかり人間離れした容姿を観察しながら、陸刀はそう思った。
 実のところ、陸刀は人間以外の種族と肩を並べて戦うのは初めてだった。それが果たして運が良かったことなのか悪かったことなのかは、分からないことだ。しかし、だからこそ陸刀には天魔が信ずるに値する存在か、分からなかった。
 だから、今回の依頼を通して、人間陣営につく天魔について、信用できるか見極めるつもりだった。
 そんな陸刀の視線が、若干強すぎたのかもしれない。アセリアがふと振り返って、陸刀に首を傾げて呟く。
「なにかご用ですか?」
 若干冷えた声に聞こえるのは、陸刀を咎めた故か。
 いや、そうではないだろう。アセリアの目には怒りの色は浮かんでいない。ただ、そこには凪いだ湖のような冷静な感情が湛えられている。
「……なんでもない。しかし中々見つからないな」
 陸刀は向けられた疑念を逸らすようにそう言った。アセリアは口元に手を寄せて答える。
「幸樹君も、ディアボロも、ですね。不意打ちも警戒していましたが、こうまで手ごたえがないと……」
 二人はそここに展示されている水槽を見ながら顔を見合わせた。
 無人になったビルでも電力は未だ供給されている。そのため水槽は以前のまま、極めて繊細な光でライトアップされていて美しい。
 けれども、ここまで展示されていたどの水槽の中にもその住人は不在だった。
「おそらくは、ディアボロに捕食されたのでしょうね」
 そう言ったアセリアに、陸刀が少し眉根を寄せて言った。
「幸樹はそんなことになってないだろうな……?」
 しかし、そんな不安は次に放たれた明るい声で霧散する。
「いや、そんなことはないようですよ〜」
 ふと、探知に集中していた筈の命が意味ありげにそう言った。
「なにか、見つかったのか?」
「はい。幸樹君が……とは言っても」

――この下なんですけどね〜。

 命は手に持った館内図を困ったように見つめながらそう呟いて、床を指さした。

●水族館下階
「……ええ。分かった。バックヤードの方ね? 了解」
 ピッ、と手早く端末を操作して、フローラ・シュトリエ(jb1440)は向き直った。
 その赤眼の先にいるのは、不破 炬鳥介(ja5372)と桐生 水面(jb1590)だ。
「なんかあったんか?」
 自慢の流れるような緑髪をしゃらんと傾げ、水面がそう聞く。その声が少しばかりはずんでいる気がするのは気のせいではないだろう。
 先ほどまで、下階捜索班は人の隠れられそうな場所を手当たり次第に捜索していたのだが、なかなか見つからず、手詰まりになりかけていた。
 そこへ来て、命から連絡が入ったのだ。期待するなと言うのが無理である。
「命さんが生命探知で見つけたそうよ。ただ、下階にいるみたいだから、より近くにいる私たちに任せたって」
「なるほどなぁ……ほな、いこか。バックヤードの方やんな?」
 水面が確認がてら、炬鳥介にそう告げると、炬鳥介はガクン、と一瞬項垂れて返答を返した。
「……バックヤード……ディアボロ…も…そこ…にいる……か…?」
 どこか、燃える炎のような情熱を感じさせるその台詞。
 それが伝わったのかどうか、水面は少し考えてから答える。
「どうやろな。それにしても、命ちゃん、見つけるのはやいなぁ」
「…餅は、餅屋…か。俺…の、餅屋は…」
「もうすぐよ」
 フローラは炬鳥介の言葉に意味深にそう返し、足を進める。

 バックヤードの扉のある地点まで、周囲を警戒しながら歩く。展示されている水槽はやはりさびしく、ここがほんの数時間前まで営業中だった水族館であると言われても俄かには信じることができない。
 そんな異様な雰囲気の中、ふと、炬鳥介は奇妙なことに気づき、呟く。
「…穴が…?」
 炬鳥介の言葉に、フローラと水面は視線を翻す。
 見ると、
「たしかに……」
「穴、やんなぁ……」
 天井に大きな穴が開いているのだった。
「どう考えてもディアボロやん。……どうやら少なくとも、阻霊符は効いたみたいやな」
 ディアボロの潜航能力。それがスキルによるものか物質透過によるものか分からなかったので、念のため、使用しておいたのが効いたことが確認できた。
「しかし、潜れないからって貫通せんでもええやんか……」
 突き破られていたのが、水族館に入ってすぐに目にした大水槽だったらと考えるとぞっとする。
「バックヤードは、この先ね」
 いつの間についていたのか、扉は目の前にあった。
 フローラが手をかけて、扉を素早く開け放つ。
 後ろには、水面と炬鳥介が敵の襲撃を警戒して構えていた。
 しかし、
「……ディアボロ…いない…か?」
「そうやな……」
「いないに越したことはないわ。さぁ。進みましょう」
 フローラの台詞に引っ張られるように、二人はバックヤードの中に入っていく。
「さて、どこやろなぁ……」
「……子供…どこ…か」
 三人で目を皿にして探すと、意外とすぐに見つかる。
 バックヤードの端の方で、丸くなって震えている小さな人影が見えたのだ。
 三人は駆け寄る。
「無事みたいやな……もう大丈夫やからな?」
 水面がそう言って頭を撫でると、幸樹は水面に抱き着く。
「う……うあぁぁぁぁぁん!!」
「あ、あんまり大きな声で騒ぐのは今はよした方が……!」
 慌ててフローラがそう言うも、
「…もう、遅い……敵…来た…」
 見ると、炬鳥介の右腕がめらめらと燃え上がり鱗のような形を作って全身を覆っていく。
 光纏――アウルの力の発現の証だ。
 つまり、それは戦うべき時が来たということ。
「……俺の…餅屋は…ここだ…十枚下ろしの覚悟は良いか…紛い物…!」
 炬鳥介が光纏して間もなく、壁を次々と突き破って浮遊するいささか大きすぎるペンギン状の生物が突進してきた。
 しかし、ペンギン達の距離は未だ遠く、また足元に目をやれば幸樹が震えてしがみついているのが見える。
「……遠くから殲滅、が最善やな」
 水面はそうして、詠唱を始める。それと同時に、水面の周りに凍気が凝っていく。それでも幸樹に影響がないのはアウルの扱いの上手さゆえか。そして、詠唱は完成する。
「――伝うは凍気、眠りを誘う冷厳なる波動!」
 水面が手を振るうと、周囲を漂っていた凍気が拡散し、辺りを氷結の世界へと変えた。
 ペンギンだから冷気には強い、かと思われたが意外なことに大した耐性は無いようで氷に包まれて瀕死に近い。
 しかし、どんなところにも素早い奴と言うのはいるものだ。全部で三体突っ込んできたペンギンたちのうち、一体は水面の猛攻を避け、そのまま頭から突っ込んできた。
 腹にそのまま突進を受けた水面は吹き飛ばされるも、幸樹を庇って倒れこんだ。
「っつぅ……!」
 次の攻撃に備えるべく、瞬時に起き上がる。けれど、その必要はなかったようで、
「どうした…来いよ……いや…やっぱ来んな。生グセぇんだよ…おいゴミ」
 炬鳥介がそう挑発をしながら突進して鉞を振り下ろしていた。強力な力の全てを注ぎ込んだその一撃はペンギンの防御力など紙にも等しかったらしい。真っ二つに切り落とされて動かなくなったペンギンを炬鳥介は黙って踏みつぶした。
 残ったペンギンを見つつ、フローラは笑う。水面の氷により動きの鈍くなったペンギン達を見て、屠るのに絶対の自信がついたからか。のろのろと、その場から一時撤退しようと床を削り潜ろうとするペンギン達に、
「潜って逃げられたら厄介だし、速攻で行かせてもらうわよ」
 と呟いた。
 フローラの両手の甲に銀色の文様が淡く浮かぶ中、フローラの放つ気がペンギンを包んだ。さわさわと氷晶が舞い上がり、ペンギンを無残に切り裂いていく。そうして、もう気が済んだと言わんばかりに美しい氷の礫が霧散すると、そこには荒く削られ絶命したペンギンが転がっているのだった。

 ほんの数瞬で、三体のディアボロを滅ぼしきった三人はそのままの足で急いで出口に向かう。

●大水槽の前で
「うわ〜。うわ〜」
「まさか、こう来るとはな」
「使われるだけの駒が……随分と威勢のいいことだ」

 三者三様の言葉で、それに対する感情を表現した。
 陸刀、命、アセリアは、あれから敵を探しながら道を辿り、大水槽の前まで戻ってきていたのだった。
 敵が、見つからない。どこにも。
 ずっとそんなことを感じながら退屈に身を滅ぼされそうな思いで辿り着いた大水槽の前。
 しかし、運命とはそういう、極端に気の抜けた瞬間を狙って襲ってくるものである。

 そこには、紛れもなく敵がいた。おそろしく巨大な、サメと表現するのも申し訳ないほどの生き物が、そこに。周りに浮かぶ三体ほどのペンギンが申し訳なく思えるほど小さく見える。

 しかも、間の悪いことこの上ない。

「ここは私たちが引き受けます! とりあえず貴方たちは逃げてください!」

 そんなアセリアの声に、陸刀がはっとしてアセリアを見つめた。その顔は何かに気づいたかのような不思議な驚きに満ちている。
 アセリアが叫んだ先、下階に続く階段には、幸樹を連れたフローラ達がいた。撃退士だけならともかく、幸樹のいる状態でディアボロに襲われる危険を考え、進めなくなっているようだった。

 しかし、久遠ヶ原の撃退士である。呆けていたのはほんの数瞬の話で、すぐにそれぞれ光纏し、構えて敵対する体制をとった。

 それを待ち構えていたかのように、サメは浮遊する巨体にベクトルを与えて突っ込んでくる。
 あれだけの巨体だ。その質量だけで、相当なダメージが想像される。
 だからこそ、命とアセリアは素早く身を翻してその場を離れようとした。
 しかし、
「陸刀さんっ!」
 陸刀はアセリアに笑いかけると、そこから動くどころか、むしろ足を踏ん張り始め、サメ型ディアボロに相対し始めた。
 まさかあの巨体に立ち向かう気なのか。それはいくらなんでも……。
命とアセリアはそう思ったが、見ると陸刀の口元は笑っている。

 そうして、刹那、サメの巨体と陸刀の体が交差する。質量から見れば明らかな勝負だった。しかし……、

 しかし巨大な爆炎と共に、吹き飛んだのは、意外にもサメの方だった。
「うしっ!」
 陸刀の猛攻はそこでは終わらない。壁に激突しのたうつサメに、陸刀は向かっていく。サメもただではやられない。獰猛な力を拳に宿すため、ための動作に入っている陸刀に、その鋭い牙を突き立て、暴れた。
 だが、その抵抗も虚しく、陸刀の力は放たれる
 彼の拳がサメに激突した瞬間、巨大な獅子の顔が露わになり、サメの体をバキバキと噛み砕き、そして静かに霧散していった。
 陸刀が拳を下したとき、そこに転がっているのは、もはや生命の宿らない、虚しい肉の塊に過ぎなかった。

 あまりの展開に驚く命とアセリア。しかし敵はそんな二人を放っておいてはくれない。陸刀が戦っている間も、ペンギンたちは二人に襲い掛かってきていた。
 しかし、瞬間、数体のペンギンが一直線に重なったそのときを、アセリアは見逃さない。
 腕に闇を纏い、強く振り下ろすと、まっすぐに黒い力が迸った。
 突進しようと突っ込んできたペンギン達は思わぬ反撃に撃ち落され、一体、また一体と墜落していく。
 しかし、一瞬の隙を縫って、どこからかペンギン型ディアボロが命に襲い掛かった。

「……っ!」

 命はダメージを覚悟して目を瞑った。
 しかし、いくら待っても衝撃はこない。命はおそるおそる、目を開く。
 すると、

「……アセリアさん!」
「……大丈夫、ですか?」

 ペンギンの突進を耐えるアセリアが、そこにいた。何か深刻なダメージを負っていないかと確認するが、どうやら大きな怪我はないらしい。
 よかった、と安心すると同時に、命はゆっくりとアセリアの体にアウルの光を流し込む。そろそろと治っていくアセリアの傷口。

「助かります」

 命に振り返り無表情にそう言って、アセリアはペンギンを吹き飛ばした。

「いい方向に飛ばしてくれたな」

 そう言ったのは、陸刀だ。
 そのまま、陸刀は無造作に拳を振るうと、吹き飛ばされてきたペンギンを一撃で絶命させた。

「アセリア、怪我はないな?」
 はじめとは異なり、にこやかに陸刀がそう言った。彼の中で、何かが変わったのかもしれない。
 しかし、アセリアははじめと変わらずに返す。
「ええ。問題ありません。それに幸樹君たちも、逃げ切ったようですね」
 見ると、先ほどまでいたフローラたちの姿が見えない。どうやらうまく脱出できたらしい。
「これで、依頼は完遂でしょうか〜。敵の気配ももう、ないようですよ〜」
 そうして、三人は水族館出口へと向かう。
 どうしてか、そこには来た時とは違う、不思議な連帯感が満ちていた。

●再会

「幸樹……幸樹ぃぃぃぃ!!!」
 手を広げる恵子。そこに飛び込む幸樹。
 ありがちで、陳腐で、けれどどんな人間ですら否定することのできない心洗われる光景がそこにはあった。
 周りには撃退士たちが集まって、幸樹の頭を撫でたり、恵子から感謝の言葉を述べられたりしている。
 しかし、そんな輪から外れる者が二人。
「…子供…命。無視…すれ、ば…俺達、の…リスクも。無い…既に…死者。出た中…何故…命、ヒトツに。拘る…?」
 そんなことを呟く、炬鳥介。
「人間の感情はまだよくわからないもので」
 アセリアが、そう返した。
 人を知るには、まだ何かが足りていない。そう感じている二人。
 しかし、そこに何もないことを不思議に思う心は、いつかその場所に何かを納める未来を予感させた。
「お前らもこっちこいよ!」
「アセリアさ〜ん! 炬鳥介さ〜ん!」
「ほら、きなさいよね」
「来るやんな?」
 四人が、手招きしている。
 そうして、二人は顔を見合わせつつ、無表情に向かったのだった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 翼の下の温かさ・八尾師 命(jb1410)
 EisBlumen Jungfrau・フローラ・シュトリエ(jb1440)
重体: −
面白かった!:2人

獅子焔拳・
島津・陸刀(ja0031)

卒業 男 阿修羅
撃退士・
不破 炬鳥介(ja5372)

大学部4年223組 男 ルインズブレイド
翼の下の温かさ・
八尾師 命(jb1410)

大学部3年188組 女 アストラルヴァンガード
EisBlumen Jungfrau・
フローラ・シュトリエ(jb1440)

大学部5年272組 女 陰陽師
夢幻の闇に踊る・
桐生 水面(jb1590)

大学部1年255組 女 ナイトウォーカー
撃退士・
アセリア・L・グレーデン(jb2659)

大学部8年66組 女 ナイトウォーカー