●友と、不良と、聞き込みと。
「喫茶店って、なかなか行かないのよねぇ‥‥」
ギルバート・ローウェル(
ja9012)は、ありがとうと目の前のおばさまに感謝の言葉を伝えつつ、次の聞き込みの相手を探す。山野の二度目の失踪。病室を現場検証をしていた刑事さんから今までの失踪者の情報などを手に入れていたものの、現場であると思われている喫茶ファンブルの場所まではわからない、という状況であった。失踪者の失踪場所から、簡単なあたりはつけたものの、そこからは本当に聴きこみ調査で場所を探す他はなかった。
「このへんだと思うんだけどねぇ」
「地図、逆さだよね、きみ」
というやりとりがギルバートとジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)との間にあったのは内緒である。
聞き込みはどこまでも続く。近隣住民、噂が好きそうな人、新聞の隅、夕方の街、そんなところにいるかと思ったところにも喫茶はなく。時間だけが過ぎてゆく。「何やら夜になると人が集まる喫茶店がある」「夜な夜な集まって胡散臭い何かが行われている」「お昼ごろに行くとすごくセンスのいい感じなんだけど、夜になると謎の技師的的なことが行われている」という噂は漏れ聞こえてくるものの、肝心のその場所がわからない。まさに、詳細がぼかされた都市伝説化しているような感じがある。
「あ、あの喫茶店のことっすか? 行ったことありますよ」
「き、きみ、本当だよね?」
深夜の公園。ジェラルドの目の前にいる少年はそう語った。
「俺ら、すっげーむしゃくしゃしてたときなんすけど‥‥」
「非行に走るって、心が満たされない事への裏返しがほとんどだからねぇ‥‥」
深夜、噂を聞いた仲間たちで一度、肝試しとしてその喫茶店に行ってみたのだという。その時、何かシーツのようなものを頭からかぶった集団が店内に入っていき、その後何か得体のしれない呪文のようなものを延々と口にしていたという。少年はその呪文が怖くて逃げ帰ってきたとのことだが、その時の住所はハッキリと覚えているらしい。
「そうだ、地図書きますよ!」
こういう不良ほど、上下関係は厳しく、礼儀正しいモノである。すごく聞き分けの良い少年である。
地図を受け取ったジェラルドといち早く合流したギルバード。
「おぉ、ジェラルド君、何か情報は見つかったのかい?」
「やっと重要情報ゲットだよー、地図だよ地図!」
その手にある地図を、二人でのぞき込む。
「えーっと、あの辺の通りがこの地図で言うとアソコだから‥‥」
「‥‥もう一回言っておくけど、地図逆だよね、きみ」
●夜と、信者と、潜入と。
「それでは、行きます!」
電話を受けた仁良井 叶伊(
ja0618)は、病院の窓から雷帝霊符を装備、全力跳躍で飛び降りる。ショートカットでファンブルまで向かう。上空からファンブルへ向かっている信者や、可能であれば教祖であると思われるモノを捕捉できないか試みたモノの、なかなか見つけることは出来ない。結局、直接捕捉することは出来ずにファンブル前に着いてしまった。先行して調査を行っていたギルバートとジェライドと合流する。
「‥‥どうだった?」
ギルバードの問いに首を横に振る。喫茶店内の様子を外から伺うと、中ではなにやら、頭からシーツを被ったような格好の人間が大量にわらわらしている。その中に。
「友達がいるはずなんだけど知りません?」
周囲と同じように頭からシーツ的な物を被ったヒロッタ・カーストン(
jb6175)は、山野の写真を自分と同じようなシーツ山の人々に見せている。物質透過で裏口から潜入、集会に紛れ込んで悪魔の囁きで情報収集を行っている。怪しまれたとしても「最近入信したばかりなんで皆さんに覚えられていなくても当然です!」でオールオッケーである。
また、それと同時刻。床に潜り込んでいる一人の少女。ソーニャ(
jb2649)は、ヒロッタとは別の方向から山野を探していた。物質透過と鋭敏聴覚を使いこなし、今、ここで行われている事に関する証拠を探していた。山野を探したい。さらに、もし、この事件が天魔によるモノだったとしたら。思った以上にこの事件は深いモノなのかも知れない。もしそうなったら‥‥ と言う心配もあった。潜入したときに、結界や阻霊符の反応があったのも不安を駆り立てていた。
「‥‥あー、この子ね。知ってる知ってる。話題になったもん」
山野悠紀。この教団に入団し、教祖様からのありがたいお言葉を受ける入団合宿中に謎の失踪。失踪後の足取りは不明で、教団として彼女を捜している。
「‥‥ってことらしいのよー。入団者に顔写真が公開されてたからよく覚えてるわー」
「か、彼女ってまだ見つかってないんでしょうか?」
「んー、どうなんだろうね。でも、今日の集まりはマスターが直々に召集しているから、何かあったんだとは思うわね‥‥ あ、始まるわよ」
周囲の歓声は正面の祭壇に。祭壇正面には、一人の青年と、一人の少女。その顔は。
歓声が起る少し前。ちょうど祭壇の真横の部分‥‥の真下、床に潜り込んで聞き耳を立てているソーニャ。
(‥‥! なにか、います‥‥!)
「ふふふ‥‥ やっと、やっと見つけたよマイハニー。まさか、あの洗脳合宿から逃げ出すとはね‥‥」
(ま、まさか‥‥!)
「あのお方のすばらしさを世界に広めるこの教団に入れただけでも幸せ者なのになぁ‥‥。まぁいい。今度こそは逃げ出せないように、ちょっと強めの洗脳をかけてあげたよ。さぁ、おいで」
一人の青年のような声は、足音と共に遠ざかっていった。
●突入と、山野と、ヴァニタスと。
「なんだお前は!!」
喫茶ファンブルの入り口。一人の青年は暗視ゴーグルを下ろした青年、仁良井に食いつく。
「『なんだ、お前は』と言いましたか? そうです、私が‥‥」
それは一瞬。その気迫で動けなくなった青年を締め上げる。
「山野さん救助隊です、ってね」
入り口に立っていた一人の青年が倒れるのと同時に。3人の青年が喫茶ファンブルに突入する。
「‥‥なにやら、騒がしいですねぇ」
教祖が登場した喫茶店は、歓声が巻き起こっていた。その横には、ヒロッタが持っている写真の少女が一人。「申し上げます! 侵入者です! 20代の男性3名! 護衛を倒しこちらに向かっています!」
息を切らし、秘書らしき女性が報告に来る。
「まぁ、落ち着きなさい。侵入者、ですか‥‥。よろしい、皆さん、彼らにあのお方のすばらしさを教えてあげましょう」
それは、その言葉とほぼ同時。正面祭壇を見ていた信者達は全て入り口、侵入者の方に向き変える。一人を除いて。
「すみませんね…でも、起きた頃にはもう、全て終わっていますから」
ギルバートと対峙した信者は、その言葉を最後に意識を失っていた。殴り、倒す。もちろん、手加減はしている。ちょうど良いぐらいの衝撃。ちょうど気を失うぐらいの、衝撃。その衝撃の発生元は、確認できずに意識を失っていった。
「きりがないですね‥‥」
仁良井の周りには、大量の信者達が取り囲んでいた。彼らは、あくまで悪魔ではない。ただ、洗脳されている一般市民の方々だ。
「くっ‥‥」
こちらに向かってくる信者の方を締め落としたり、当て身で気絶させたりという事を繰り返しているモノの、まだまだ終わりが見えない。
「これ、で、終わり、です!」
その言葉の背後には、仁良井に向かってきた意識なき人々の山が出来ていた。
「ふむ、なかなかやるようですね」
「なーにが『なかなかやるようですね』だよ。もう、きみだけなんだよ」
ジェラルドが、ついに教祖と対峙する。
「その羽根‥‥。やはり、ヴァニタスだったみたいだね。みんな、そして、山野さんを返してもらいますよ」
「そうです! 山野さんを返してください!」
「あなたがやってきたことの証拠は、もう押さえてあるのですよ。もう観念しなさい」
ヒロッタやソーニャが、その言葉に続く。
「うーむ、困りましたねぇ‥‥ 皆さん、あのお方のために働いてくれているだけなので、返せと言われましてもねぇ‥‥」
「嘘を付くなよ!」
「じゃあ、試してみますか?」
その言葉に感情的になったジェラルドの前に、一人の少女が立ちはだかる。
「彼女、洗脳前に記憶を消した段階で逃げ出すっていう生意気なことをしてくれたからね、あのお方のすばらしさをミッチリと教え込んであげたら、こうやって盾になってくれるほどになったんですよ。ほら、かわいいでしょう?」
「や、山野さん‥‥」
●山野と、洗脳と、決着と。
(山野さん‥‥ 聞こえる?)
ヒロッタが、山野に直接問いかける。その声は、山野の頭に直接聞こえているはずだ。
(アナタ、ダレ‥‥ キョウソサマノ テキ‥‥?)
(僕は、山野さんの味方だよ! 助けに来たんだ!)
(‥‥イヤ、イキタクナイ。キョウソサマハ イバショヲ クレタ)
(ねぇ、帰ろう? みんな、山野さんを待ってるんだよ!)
(わたしの イバショナンテ ない‥‥ ミンナ‥‥ わたしのこと ジャマダト オモッテル‥‥)
(そんなことない! みんな、心配しています! 一緒におしゃべりしたいって思ってます!)
(ホントニ‥‥? しんじて‥‥ イイノ‥‥?)
(そうだよ! 僕も、みんなも、山野さんと帰りたいんです!)
(デモ、みんな、ジャマダト、おもって、ない‥‥?)
(そんなことない! そんなこと無いよ)
(ウソ! うそデスよ‥‥ ワタシなんて‥‥)
(みんな、帰りを待ってるんです! さぁ、一緒に!)
(ワタシに、カエルばしょなんて、あるの‥‥?)
(うん! あのね、君が居なくなった場所は君にしか埋められないんだよ!)
(ほんとに、信じて、いいんですね‥‥?)
「さぁ、山野さん! 帰ろう!」
ヒロッタが、その手を山野の前に差し出す。ヴァニタスの盾となっていた少女は、なにかに抗っているかのように見えた。手を出そうとして、出せない。懸命に、その手を掴もうと。前に、進もうと。頭の中にこびり付いている、負のイメージから。脳内に与えられていた、一時的な快楽から。そして、弱かった自分から。
「山野さん! 行こう!」
「はい!」
ヒロッタの手をしっかりと握り、山野は前へ走り出す。この場所から、みんなのいる場所へ。
「なに!? く、くそ、撤退しましょうか!」
「隙あり☆なんてねぇ♪」
山野という盾を失った瞬間。ジェラルドはその手に握った刀を薙ぎ払う。その相手をはじき払う一撃は、強制的に意識を刈り取るに十分な衝撃であったかに見えた。しかし。
「ちっ、逃がしちゃいましたか‥‥」
ギルバートが、悔しそうに薙ぎ払われた先を見つめる。その先には、空間がぽっかりと空いており、背後には逃走経路と思われる穴が空いている。追いかけようにも、その姿は完全に無くなっていた。
犯人を取り逃がしてしまったものの、山野をはじめとした全ての人をほぼ無傷で救出することが出来たことだし、この事件は解決したと言えるだろう。
●解決と、前進と、本当の目的と。
太陽が周囲を照らし始める頃。警察が突入し、気絶させられていた人々も意識を取り戻す。今までの失踪事件に巻き込まれた人も多く、また、その洗脳から解けている様子である。
「みなさん、本当にすみませんでした!」
近くに待機してもらっていた警察に保護してもらっていた場所で、山野はみんなに謝っていた。みんなを心配させてしまったこと。そして、自分が弱かったから、こんな事件に巻き込まれてしまったと言うことに。
「私、皆さんが私のこと疎ましく思ってるんじゃないかって‥‥ ジャマなんじゃないか、って思ってたんです‥‥。私、みんなの役に立てなくて‥‥ 足を引っ張っているだけなんだって‥‥」
「ねぇ、山野さん、少し話を聞いてもらってもいい?」
ソーニャが、その口を開く。
「人は、誰かに認めれれてこそ自分を保てる。だから誰かに認められたい。
それはすごく普通なこと。
でも役に立つから好きになるわけじゃないよ。
もっと心の奥で結びついているんじゃないかな。
そうだ、今日はミケ先輩を貸してあげる。
ミケ先輩は猫のくせに、抱いて寝てもにげないんだよ」
「‥‥もしかしたら、そうなのかも知れませんね。ミケ先輩、本当に借りても良いんですか?」
いいよ、とミケ先輩を借りる約束をしているとき。
「今日は、本当にありがとうございましゅ‥‥」
「スミマセン、噛みました‥‥」と照れる山野に、誰かがクスクスと笑い出す。その笑い声につられてまた誰かが笑う。そうして、みんなが笑う。山野も、笑っている。わたしの居場所は、ここにある、なんて想いながら。