●初日、3匹の猫たち
「み、見たら、ちっちゃい子でもようしゃなくおしおきしちゃうんだからぁ!」
そう言いながら、エルレーン・バルハザード(
ja0889)はその部屋の隅で一糸まとわぬ姿となっていた。その姿に背を向け、ねこみみカチューシャ、ねこのしっぽ、にくきゅうブーツと言ったネコグッズを装備しているエイルズレトラ マステリオ(
ja2224)の頬には赤い手形がハッキリと刻印されている。男たるモノこの誘惑には勝てなかったのだろう。さらにその横にはふてぶてしくあくびをあげている猫が一匹。
「にゃにゃにゃ、に゛ぁー!(ねこちゃんのしつけは、ねこちゃんでするのぉ!)」
「にゃにゃにゃ、にゃーにゃーにゃーにゃっにゃにゃー!(ボクがお手本をみせるよ)」
先ほどの部屋には、"3匹の"ネコちゃん。
先ほどのネコとはべつの、全長1mは越えるであろう巨大な白ネコちゃんと黒ネコちゃん。ネコにはネコを。立場が、違う動物が言うことは聞かなくても、同じ動物が言うことであれば聞くかもしれない。そう思った二人は、「自らネコになる」ことでこのネコを調教しようと考えたのである。調教というと大げさかもしれないが。
「うにゃ、うにゃにゃにゃにゃにゃ、うにゃ!(出されたモノは、食べなさい!)」
その白ネコの言葉に対し、ぶにゅー、と言われた本人は目の前のエサ皿に突っ伏して、口を付ける気配もない。ただただ、恨めしそうに、もっといい物が食べたいと目で訴えながらその皿をじつとみていた。
もきゅもきゅ。
注意するネコとは違うネコが、皿の上にある鶏ささみに口を付ける。エルレーンが叱ってしつける役目ならば、マステリオは見本を見せる役。そのように役割分担を決めていた。しつけるとき、叱るだけではいけない。甘やかせてもいけない。人間でも良くあることだが、見本を見せた上で、飴と鞭。それが一番である。
うん、ちょっとぱさついてるけど、おいしいと言えばおいしい。最初は口を付ける真似だったのだが、少しも食べるそぶりも無いし、こちらから食べてみないとどうしようもならないような気がして。実際に口を付けてみた。その横では、ぶーたれてて、食べずに去ろうとしているネコに「に゛ゃー!(だめぇ!)」と威嚇しているエルレーンが、つきっきりである。渋々と皿の前に着いた件のネコは、横に寄り添っている白ネコと共にその鶏ささみに口を付ける。最初の一歩が踏み出されたのである。
「にゃにゃにゃにゃー!(痛い痛いイタイ痛い!)」
もはや爪研ぎと化したその黒猫は、体中に赤い線を刻み込みながら。
「「にゃにゃにゃーにゃー!(爪研ぐのはココじゃないでしょ!)」」
二匹の鳴き声が部屋中に響き渡る。先ほどのストレスなのか。それとも何となくなのか。その黒い巨体に向かって爪をかけたネコは我関せずと立ち去ろうとする。
シャー! ×2
そのネコの前に立ちはだかる巨大な白黒ネコ。その毛は逆立ち、牙も露わにして威嚇をする。
1m越えの2匹のネコが、その間違いを犯したネコを圧迫する。
「にゃ、にゃにゃ、にゃ! (ここに、こう、するの!)」
黒ネコが爪研ぎ用マットを撒いた柱に爪を立てる。案外素直に応じる"小さい方の"ネコ。さすがに1m越えの猫2匹ににらみをきかせられたらさすがに怖いのであろうか。ココまでのしつけはうまく行ったと言っても良いだろう。まだまだ十分ではないが、一歩前進と言ったところだろう。
●2日目 ネゴシエーション
「猫ちゃんだぁ〜!」
きらきらしてるお目々で走ってもふもふしようとする清良 奈緒(
ja7916)に、先行一発。ニャニャニャ! と言う鳴き声と共に幾重にも血が滴る。しつけが出来ていないネコとふれあうのは、生傷を伴うモノである。
「な、なかないもん‥‥」
目に涙は浮かべるモノの、その傷をオキシドールで消毒、絆創膏と治療を自分でやっている。
「ちょ、待ちや!」
ひっかいた後に逃げ出したネコちゃんを、天道 ひまわり(
ja0480)が追う。ネコというモノは基本的に機動力が高い。ひょいひょいと高いところでもドコにでも行ってしまう。
ひょいひょいひょい。
しかし。機動力が高いのはネコだけとは限らない。鬼道忍軍の端くれであるひまわりにとっては、どんなに高いところに逃げたとしてもそれは何の障害にもならない。
「いたたた、まぁ、話だけでも聞きなさい、ただなんやし」
気性の荒いネコはいくらでも攻撃してくる。生傷が本当に絶えない。それでも、これだけは伝えなければならない。
「あのな、そんな好きかってやってたら、困ることになるのはあんたやで?」
動物交渉。動物とお話をすることが出来る、このスキルを用いて、説得をしようと試みたのである。
今のままの我が儘放題を続けていたら、いつの日か今の食事や住居、安全が失われてしまうと言うこと。そして。
「そして、あの子とも離ればなれになるんやで?」
と言う内容の事をネコ語でにゃにゃにゃにゃにゃ、と話す。
「ひまわりのお姉さんの言うとおりだよ!」
奈緒も一緒に、うにゃにゃにゃにゃにゃ言っている。
今、ここで言ってあげないとこの子のためにならない。厳しいことを言うのは心苦しいが、言わなければならないことなのだ。
「その段ボールがお気に入りなんは、その時のことも憶えてるんと違う?拾われた時の事も」
ひまわりの提案。頭ごなしに全てを改善させようとするのではなく、少しずつ、少しずつ歩み寄っていこうと言うのだ。
「猫ちゃん猫ちゃん、おいで〜♪」
奈緒が、部屋でへばりついているネコに手招きをする。少しずつ、少しずつ接していこう、と言う事で。ネコちゃんと遊びたい。ネコの行く先へとにかく付いていきながら、ネコを呼んでいる。端ではひまわりがネコへのエサを用意している。今までのメニューよりカロリーオフ、量も少なめに。しかし、香りはしっかり付け、食べたという実感は感じられるように。
「ちゃんと食べないとだめー!」
ぷんぷん。動物交渉を用いて、ネコちゃんにお説教。素直に聞くような相手では無いものの、先ほどネコちゃんと話し合ったこともあり、何とか言うことを聞いてくれた。成長が見られるようだ。
「身だしなみにも気をつけないと、折角のべっぴんさんが台無しやで〜」
1日が終わり、次の二人に引き渡す時間。爪研ぎや爪切りまでは難しかったが、毛繕いぐらいはさせてくれるようになったようだ。ひまわりの膝の上、毛繕いを素直に受けている。
「よし、交代だな」
壬生 薫(
ja7712)と冬樹 巽(
ja8798)が、交代を告げる。ネコとの別れ、と言うと大げさではあるのだが。
「猫ちゃんバイバイ!いい子にしててね!」
ネコの頭の上に、奈緒の手が乗る。初めてあったとき、出会うと同時に引っかかれたことを考えるとすごい進歩である。
●3日目 モフモフと食事改善
「ふむ、本当にふてぶてしいですね‥‥。飼い主さんが手を焼くのがわかります‥‥」
巽は先ほどまでひまわりの膝の上にいたそのネコの様子を見てそう独りごちた。さっきの様子を見る限り、良くはなったのだろうが、そのふてぶてしさはかなりのモノである。
うりうり。
うりうりうりうり。
うりうりうりうりうりうり。
その手には猫じゃらし。ネコの前でゆらゆらと揺れているのだが、そこに意識を向けて行く事もなく。完全無視である。これは手強いかもしれない。今までの情報交換によるとこれでも改善している方であるらしいのだが。
「甘やかすつもりはありませんので、そのつもりで。今日一日、宜しくお願いします」
薫はネコに対してそう高らかと宣言する。ちなみに、巽はその横で遊んでもらえなかったことに関してダメージが大きいのか、無表情のまま硬直している。
面倒ではあるが、依頼である以上しょうがない。今日一日、依頼を全うしようじゃないか。
3分間で料理をしそうなテレビ番組で聞いた事があるBGMが流れそうな環境。キッチンには、巽が一人。小さな鍋にはササミが茹でられており、そこにご飯とほうれん草、にんじんをいれ柔らかく炊く。その炊きあがった鍋に良質の植物性油を少々。それを全てミキサーに入れペースト状にして「鶏ささみおじや、完成です」となる。
「よーしよしよしよしよし」
一方その頃。リビングには、ネコと薫が。薫の手はネコを招き入れようとおいでおいでしている。今まで真面目一筋に生きてきたけれども、やはりネコと遊びたくなってくるのは自然の摂理である。ちょいちょいちょい、と手招きをする。
ガチャリ。
「‥‥何ですか、その目は」
料理を終え、キッチンの扉が開いたその瞬間。巽の目に飛び込んできたのは、ネコにモフモフと頬をくっつけようとしている薫。モフモフである。たとえどのような人間でも、このモフモフからは逃れられないのだ。
‥‥まぁ、端から見たら、どういう風に見られるかは想像は難しくないのだが。
食事から1時間後。結局口を付けなかったその鶏ささみおじやはそのままタッパーに詰められる。食べる直前に散らしたマグロの刺身がどこか哀愁を誘う。本当はなまり節が良かったんだけどな、とは巽の言葉である。
しかし、食べないのであればもうお昼ご飯は無し、である。他に食べるものが無いのだと理解させねばなるまい。甘やかしてはいけないのだ。薫が持参した猫のしつけ本にもそう書いてあった。しつけるときはびしっとしつけなければならない。
「痛っ 爪研ぎは柱じゃ無くってココ! この板でするの!」
そう、時にはその爪の餌食になろうとも。時にはその牙が自身に襲いかかろうとも。巽の体が真っ赤に染まろうとも、しつけというモノは厳しくすべきなのだ。多少のダメージはしょうがないのだ。そのかいもあってか、「爪を研ぎたかったらまずその場所に行く」ぐらいの意識付けは出来たようだ。まだ、たまに他の壁に爪を立てることもあるが。
一次休戦。巽はその傷を癒しつつも夕食の準備である。と言っても、昼に食べなかったえさを用意するだけなのだが。一応もう一度皿に移し替え、マグロの刺身を再度乗せておく。お昼は結局何も食べていないため、食べてくれるのではないか。そう祈りながら、巽はキッチンのドアを開けた。
さすがに恥ずかしかったのか、それともじゃれる時間が無かったのか。今回はモフモフされずに食事を待っていた。まぁ時間としても5分も経ってないし。
「ほら、エサだぞー」
お昼と同様。同じ場所にエサを置く。今日1日しつけてきた。さらに言うと、この3日間、みんなでしつけてきたのだ。せめて食べてもらいたいモノである。実はココまで自主的に食べたことは無い。
鼻をひくひくさせる。好みに合うモノなのか値踏みしているのだろうか。それとも。
もきゅもきゅ。
先ほど作った鶏ささみおじやを口に運ぶ。少しづつではあるが、確実にその中身を胃の中に送り込んでいる。まさに、この三日間の集大成とも言えるのではないだろうか。まだ完璧ではないかもしれないが、食事関係は改善されたと言ってもいいだろう。
●そして、再会
「あの、ほんとうに、ありがとうございました!」
3日ぶりの再会に、少女は声を上げてそのネコを迎え入れる。そして、ネコもそれを受け入れる。ひっかくことも、かみつくこともなかった。3日前と比べるとその落ち着きは見上げたモノである。
「ネコちゃん、いいこにしてた?」
少女に、ンニャ〜、と気が抜けた返事をする。しかし、その鳴き声にあまりいらだちのようなモノが感じられなかったのは気のせいだろうか。
「これ、ご飯のレシピ。これ使って、食生活を改善してあげて」
巽が使ったレシピを少女が「ありがとう!」と言いながら受け取る。まぁ、そこまで難しいモノでもないので、簡単に作れるだろう。
「ですが、規約違反は規約違反です。親に事情を話しペット可のマンションに引っ越すか、里親を探すかした方が、貴女の為にも猫さんの為にもなると思いますよ」
はぁい、としょんぼりしながらも薫のアドバイスも聞いてくれた。
「おにいちゃん、おねえちゃん、ほんとうにありがとう!」
そう言い残し、少女は笑顔でおうちへ帰っていく。その少女の持つ段ボールの中には、心なしか幸せそうなネコちゃんがあくびをひとつ。
「はぁ…私も飼いたいなあ、ねこちゃん」
エルレーンは、ため息をつきつつ独りごちた。やはり、あのネコちゃんと少女を見てると、ああいうカワイイペットが欲しいなぁ、と思いながら帰路につくのであった‥‥。