●贅沢うどん
「新しい知識を得るためには立ち入り禁止区域に入ることも造作もないことなのだが‥‥」
下妻笹緒(
ja0544)は、流し台の前で一人ごちた。うどんなど打ったこともないし、それほど料理が上手いと言うことも無い。しかし、どう作ってもある程度のモノにはなるのがうどんの良いところなのだ、とそのジャイアントパンダは宣言していた。しかし腹が減った。さっさと作ってしまおう。
どでん。
1枚の大きな肉、パッケージには「松阪牛 ステーキ肉 150g 3000円」と言うラベルが自己主張している。
良く熱した鉄板に、牛脂が投入され、白煙が上る。今回の課題料理はうどんです。
ジュッ、という福音が鳴り響き、鉄板上の油が舞い踊る。その胸躍る香りに、調理をしている笹緒も喉を鳴らす。確認しておきますが、今回の課題料理はうどんです。
ほどよく焦げ目がつき、ナイフを入れるとほどよいピンクが顔を出すミディアムレア。切った側面から流れ出す肉汁に食欲がわき上がる。もう一度言っておきます。うどんです。
「そう、これこそがステーキ肉をふんだんに使った贅沢おうどんだ」
ふと時計に目をやる。お昼にはまだ時間がある。さすがは市販の生麺うどんに市販の出汁である。入れて茹でればある程度のモノは出来る。そこに、先ほどのステーキがどでんと乗せる。これぞ贅沢の極み、とも言える。150g3000円の松阪牛ステーキが乗っているのだ。そのまま食べた方がおいしいような気はするが。
「焦るな、まずは味見だ。まさか風紀委員様に食して頂くものに万一があってはならないからな」
そう言って、笹緒は箸に手を付けた。
●オレンジなうどん?
「うどんの作り方は‥‥っと」
ディアーヌ・ド・ティエール(
ja7500)は、手元のデバイスに指を滑らせてうどんのレシピを探す。やっぱり手打ちうどんを食べてもらおう。と言う事で手元にあるのは薄力粉に中力粉、お塩は調理場に用意してあったし、ミネラルウォーターも買ってある。そして最後に、オレンジジュース。
「う‥‥ ん‥‥ しょっと‥‥」
中力粉と薄力粉を半分ずつ、そして塩を混ぜたモノに水をくわえ、こねる。こねる。とにかくこねる。力強くこねることでコシが強い、おいしいうどんになるらしい。
「そういう意味では女の子はツライよね ‥‥って、僕は男の子だけどさ」
”男の子”としては細めの腕を必死に動かし、うどんをこねる。
「ビニール袋にこれを入れて‥‥と」
床にはビニール袋に入った白い物体。そして、その物体に体重をかける一人の少年。
こねこねこね。ふみふみふみ。こねこねこね。ふみふみふみ。
「よーし、ココで‥‥」
手に持ちたるは橙色の液体。そのペットボトルを高々とかかげ。ビニール袋の中に‥‥。
「あーおいし!」
入れることも無く。オレンジジュースを胃に流し込む。日本のどこかには、オレンジジュースでお米を炊くミカンご飯というモノもあるらしいが、そこまでの勇気は無いようである。
●猪突猛進うどん
「ここをこうすれば、ウサギさんになるわね!」
同じく、うどん打ち中の雪室 チルル(
ja0220)。まぁ、現状は粘土遊びをしているようにしか見えないのだが。白く、こねられたうどんの元はまさに真っ白な粘土。生麺のうどんも用意してあるが、この調子では十分間に合うだろう。まぁ、この粘土遊びが終わったらの話だが。
こねこねと、ひたすらこねる。時にはウサギさんを、時にはシロクマを、時にはシマ無しシマウマ、時にはツチノコを。
「せっかくツチノコを探してたのに‥‥」
つい数時間前。ツチノコ探し中、気がついたらあの金網の上にいた。珍しいと聞いて、「もしかして、あの森にいるかも?」って思うまでは一瞬。猫まっしぐらならぬチルルまっしぐら、である。まさに猪突猛進、脱兎の如く飛び出していた。実際には森に入る前には風紀委員に捕まっていたのだが。
「でも、少しぐらいはいいよねー?」
ぶーたれつつ、火がかかった鍋には昆布。昆布が浮いてくるまではだいたい10分。その間にうどんをこねてはいたのだが、うどんをこねるのも飽きた。しかも、後はもう待つだけな訳で、することもない。
「うどんが出来るまで暇ね‥‥ 早くできないかな?」
とにかく猪突猛進アツイ性格のチルルにとって待つ事は苦痛以外の何者でもない。ナニもしない時間があるならとにかく何かしていたい。鍋をのぞき込んだり元の位置に戻ったりを繰り返していた。
「まだかなまだかなー」
ふわ、と浮かんできたような、来ないような、と言うところから鍋をじっと見ている。
「‥‥今!」
ベストのタイミングで、昆布を取り出す。その後、削り節を入れ直ぐに取り出す。これまたベストタイミング。具になるかき揚げの準備も完璧。これは良いうどんにナリそうだ。
●鮪うどん×2
「これ‥‥ は、どうすれば‥‥」
「だから、こうやって中力粉と塩と水を混ぜて‥‥」
相川北斗(
ja7774)からうどんの打ち方を習うクインV・リヒテンシュタイン(
ja8087)。
「あー、違う違う塩を溶かした水を粉に少しずつ足していくようにしないと粉っぽい部分が出来ちゃうから‥‥」
「ふんっ、僕は力仕事は専門じゃないんだ。ちょっと見本を見せてくれよ」
しょうがないなぁ、と言う顔をしつつもうどんをきれいに打っていく北斗。リヒテンシュタインのうどん打ちは腰が入っておらず、なかなか上手くできなかったようだ。
「切るのはまかせろ」
ちなみに生地を切るのは上手かったリヒテンシュタイン。
コトコトコト。先ほど干し椎茸で取った出汁に昆布で取った出汁を合わせ、そこに醤油とお酒を少々。まさに完璧なつゆが出来た北斗。一方その頃。
「おかしい‥‥こんなはずはっ‥‥」
もう一方の鍋。醤油とみりんに昆布と鰹節と干し椎茸が共存し、ぐつぐつ煮詰められているその鍋は、リヒテンシュタインのモノであった。干し椎茸は水から、昆布は浮くまで煮詰める、等の手法があるわけだが、全て無視でぐつぐつぐつぐつ。小さい小皿にひとすくい。味見として口に運ぶ。と同時に吹き出した。
「くっ、これは‥‥ま、まず‥‥最上級の味ではないね‥‥」
状況改善のために水、そしてそこにみりん等をくわえることで調整しようと試みたモノの‥‥。
「しょうがない。食材の味って奴だ‥‥」
塩をふったざるうどん。食材の味がよく分かるはずだ。自分に言い聞かせた。
「次は鮪を‥‥ あぶりますか」
最後は具。豪快に串に刺した鮪を炙るのはリヒテンシュタイン。塩はふったが、切るのは忘れていた。
「鮪かぁ。どう使おうかなぁ」
打って変わって順調なのは北斗である。すでに葱は緑の柔らかいところまで斜に切った上で出汁で煮込んである。せっかくスーパーで鮪を買ったんだから鮪を使いたいよね、と言いながら、醤油とみりんで下味を付けている。
「やっぱり、食材の味を大事にしたいよね!」
と言うことで、下味を付けた鮪を素揚げにし、さっとあげる。うどんのゆで時間はジャスト1分。これは期待できそうだ。
●焼いたうどん
「アタシャただ、根も葉もねぇ噂ってロマンの真偽を見たかっただけさ。そのロマンが、見てみな、ウドンに変わるだなんてね‥‥笑えるよ」
先ほどみんなで打ったうどんを寝かせながら、阿久乃 唐子(
ja7398)は一人そうつぶやいた。目線はケータイ、レシピを調べながら。しかし、その目線の先はケータイの向こう側、ロマンへ。
「大体にして、美味いうどんって何なんだい。大雑把に的絞りすぎて逆に全体像ピンボケてんだよ!」
そのロマンの少しだけ手前。ケータイに映るのは焼きうどんのレシピ。愚痴を言いながらも、律儀に料理をするのは性格のせいだろうか。先ほど打ち、ゆであがったうどんをフライパンへ移し、出汁、醤油、細く切った油揚げをぶっ込んで油で炒める。このメンバー唯一の汁なし麺。レシピはさっき調べた通りだが、普段料理をしないため、どうなるかは分からない。まぁ、火が通っていれば食べられないものは無いだろう。
「豚の飯よりかマシかだけ見てくんな。マシなら持ってく」
リヒテンシュタインの目の前の皿には、上手く焼き色の付いたうどん。その上には散った削り節が踊っている。削り節の香りに、焦げた醤油の香りが食欲をそそる一品。見た目、香りは素晴らしいが、味は果たして。
‥‥。
「ふん、ま、まあこんなものだろう。僕が認めるなんて珍しいんだからな」
つい自分の料理と比較してしまい、口ごもることもあったが、まぁ許容範囲だろう。
●審判の時
「1時‥‥ か。まぁ、そんなモノだろう」
机の上に肘をつき、手を組んで風紀委員が6人を迎え入れた。
「‥‥なに、これ」
「ナニって、ステーキ肉をふんだんに使った贅沢おうどんだが?」
まず最初に出されたのは、笹緒のうどんである。ステーキ肉を使った贅沢おうどん。しかし。
「‥‥ま、まぁそれは見たら分かるが‥‥ この量は、なに?」
風紀委員の目の前に出されたのは、通常のどんぶりよりかなり小さいお椀。そのお椀に、申し訳程度のうどんとつゆ、そしてステーキ肉が乗っている。
「い、いや、それはだな、風紀委員様に食していただくわけだから、万が一のことがあってはならないと思ってだな‥‥」
「しかもこのうどんと出汁、ステーキと比べて味が若干だが弱いな‥‥ 歯ごたえもそこまである訳じゃない。これ、市販だな?」
ぐぬぬ、となる巨大なパンダ。
「しかも、やはりというか、思った通りというか、ステーキとうどんが合ってない。ステーキ肉に合わせるんだったらもう少し醤油を濃いめにするとか、それこそすき焼きみたいな甘めの味付けにした方が合ったんじゃ無いか?」
この風紀委員、思ったよりも美食家である。
「ふ、ふん。まぁいい。私のは前菜のようなモノだ」
「次は僕、ですね」
黒髪に青い瞳、リヒテンシュタインの手にあるのは、1杯のざるうどんと、茶色の塊。
「ん? つゆは?」
「このうどんは、素材の味で楽しんでいただくために、塩で食べてください」
つゆが出来なかった、とは口が裂けても言えない。
「それと、この茶色の物体は‥‥ 鮪?」
塩をふった上で炙った鮪。それに関しては何の文句もない。むしろ、旨い。しかし。
「せめて切って出せよ! 炙った鮪の塊出されてどうしろって言うんだよ!」
鮪の塊についてツッコミを入れたところで。うどんに手を伸ばす。ちなみに、味見をして量が減った、と言う事も無いので、全員分のうどんが用意されている。
「‥‥これ、なんなの?」
ティエールの言葉に、みんなが続く。
「なんだい? このうどん‥‥ コシが無いねぇ」
「やっぱり、つゆが欲しいのよね‥‥」
「うーん、やっぱり何の味もしないんだよねー」
「このうどんは出来損ないだ。食べられないよ」
口々に発せられるネガティブワード。
「何というか、生地の練り込みが足りない。うどん自身がちゃんと作れていたら釜玉うどんとか方法はあったと思うんだが、これはどうしようも無いな」
ショボン。ちょっとした精神的ダメージを受けつつ。
「よし、次はアタシの番だね」
「お、焼きうどんが来るとは思ってなかったなぁ」
唐子は、腹の下に黒い笑顔を隠しながら、風紀委員に自作焼きうどんを配る。
「今回の事、良い教訓になりましたよ。その、ルールを守らないと、うどんすら美味く成らねぇって、当たり前の事。だから、風紀委員先輩にだけは教えますよ。ウドンってね、七味唐辛子ガッツガツまぶすとマジウマらしいですよって‥‥」
風紀委員に一泡吹かせたい。その思いが、その一言を生み出す。辛さでもがき苦しむが良い。
「お、そうか。じゃあたっぷりかけさせてもらうか」
山盛りにかかる七味唐辛子。激辛である。よし。食べろ。そのまま食べて、辛さで苦しむが良い。喉と舌がしびれるほどの辛さでダメージを受けるが良い。
モグモグモグモグ。
‥‥あれ?
「うーん、基本的には何の問題も無いんだが、もうちょっと味付けの微調整が必要かな。ちょっと塩辛いから醤油もうちょっと少なくても良かったかもな」
いやいやいや。塩辛いとかではなく。あれだけ唐辛子かけておいて辛くないのか。
「あ、あの? ちょっと食べさせてもらって良いですか?」
風紀委員から焼きうどんを強奪し、それを口に入れる唐子。それと同時に火を吐く唐子。
「あぁ、私、辛さに強いから。確かに辛いからもう少し減らした方が良いけど食べられない訳じゃない」
「ほ、ほうでふか‥‥」
肉体的ダメージを受けつつ、風紀委員からの「でも旨かったぞ」の一言をもらったことに悔しいやらうれしいやらが入り乱れる。
「よし、次は僕だね!」
ティエールは自信のざるうどんを風紀委員に出す。先ほどのなんちゃってざるうどんとは違い、つゆも用意、薬味も別の小皿に用意し、準備は万端である。
「つゆも申し分なし、うどん自身もコシがあり、ゆで時間もバッチリだ。薬味もいい。素晴らしいな」
ココまでの中で最大級の賞賛を受け、笑顔がこぼれる。実際、食べたみんなも口々においしいと言ってくれている。
「次はあたいのうどんだよ!」
チルルのうどん。
スタンダードで、若干濃いめのつゆに手打ちのうどん、そしてその上にかき揚げとネギを乗せた一品。
「お、これ旨いなぁ!」
風紀委員の一言。まさに、この一言に全てが終結される。
「でしょでしょ! ついでにツチノコ探しとかしても良いよね!」
「うん、旨いよこれ。ツチノコは関係ないけど」
「いいじゃない!ツチノコって珍しいじゃない!」
ぶー。どさくさに紛れてツチノコ探し認めてもらいたかったのに−。
「最後は私だよね!」
オオトリである北斗のうどん。見た目は料亭顔負けのそのうどんを、風紀委員は口に運んだ。
「‥‥」
言葉が出ない。しかし、その笑顔から味については容易に想像が付くだろう。
「甘めに作ったつゆに、そのつゆで煮込んだ葱。そして、鮪を素揚げにしたのも素晴らしい。鮪への下味もちゃんと付いているし、うどんとの調和もしている。最高だよ」
その言葉とともに、緊張で引きつっていた顔が緩む。それと同時に、「このうどんすっごくおいしい!」「ふむ、この鮪の素揚げが何とも」「つゆが甘いのがいいねぇ」と、6人からの賞賛の嵐。これだけうれしい嵐も珍しい。
「あー、旨かった」
風紀委員のその一言に、6人は集中していた。ついに審判の時である。
「まぁ、いくらかちょっと口に合わないモノはあったが、おいしかったよ。おまえら、もうコンなことすんなよ」
え、じゃあ‥‥ と言うようなざわめきがわずかに生じる。
「よし、おまえらはもう行って良し! 今回はおとがめなし!」
その一言に沸き立つ空気。そして、「よーしツチノコー!」と言って走り出していたチルルに、
「またあの森に入ったら許さないからなー!」
と叫ぶが、それと同時に走り出した6人に、やれやれ、と風紀委員はため息をついた。