●13:00 警察にて
「じゃあ、これが、その事件が起きた周辺の地図ね。道路の封鎖と人払いはこっちでやっておくから」
警官は新井司(
ja6034)と真野 恭哉(
ja6378)に地図を手渡しながらそう告げた。警察としても、この事件を早期解決させてしまいたいという気持ちは同じである。協力も案外すんなりしてもらえることとなった。
「あの、道路の封鎖の理由などは‥‥」
「あー、大丈夫大丈夫。こっちで適当に見繕っておくから」
司の言葉に、警官が力強く応える。この件に関しては、心配しなくても大丈夫なようだ。
「犬4匹に猫3匹、たぬき1匹に人間一人‥‥ですか」
恭哉は受け取った資料に目を通し、タバコを噴かせながら独りごちた。まさに無差別に襲いかかるディアボロ。今まで人間の被害者がいなかったことが逆に奇跡だと言っても良かったのかもしれない。このまま放置していたら、これ以上の被害が出てしまう。それだけは避けなければならない、と二人は心に誓いながら、ねぐらを探している仲間たちの元へと向かっていった。
●一方その頃、現場周辺で
「んー、血って美味しいのかなぁ?」
氷月 はくあ(
ja0811)は一人、そんなことを考えていた。野山を散策しているときに、何回も切り傷を作った事があった。その時に舐めた血の味はあんまり覚えてないけど、確か鉄っぽい感じだった気がする。そんなにおいしくないのに、何で血を飲んじゃうんだろう。やっぱり、おいしいって感じてるのかな。
「ねえ、あの木だよね! 写真にあった木って!」
ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)の声に、はくあはふと我に返った。目の前には、自分一人では抱えきれないような大きさの木が1本、そそり立っていた。
「でかい‥‥な」
水川 沙魚(
ja6546)の言葉は、目の前の大木に向けて発せられていた。大きめの木であるとは写真を見て考えてはいたものの、これほどのものだとは。一回り2mはあるだろうか、と言うその木はこの周辺の木々とは一線を画していた。
「他に木は‥‥ ないのか」
暁 海那(
ja7245)は、周囲を見渡す。芝生や、植木と言った小さな木々はいくらかあるものの、大きな樹木と言えるようなものはこの木以外には見当たらない。しかも、植木もある程度の間隔を開けて置いてあるため、隠れるには少々心許ないのは確かである。逆に言うと。
「この木しかない、と言う事か」
沙魚の言葉が、低く響いた。ぱっと見、その木の周辺には隠れる場所がないと言う事。それはつまりディアボロのねぐらも限られてくると言うことを意味していた。
●14:30 現場周辺の家々にて
「すみませ〜ん! この辺で、コウモリみたいな奴見たこと無いですか?」
ヴァレッティの声が周囲に響き渡る。ヴァレッティと海那の二人が、周囲の人々に聞き込みを行っている。買い物に行こうとしている主婦、スウェットを着て無精ひげを蓄えている自宅を警備していそうな人、売れないシナリオライターなど、道行く人を誰彼かまわず聞き込みを行うヴァレッティと、隣家を中心に聞き込む海那。しかし、一回目の事件が起きてから、深夜の外出を控えた人が多いらしく、目撃情報などは一切無し。確かに、犬や猫とは言え吸血事件が起きているのだ。自分が吸血されたら、と思い外出を控えるのは当然の判断であろう。
「海那さん! ナニか、収穫はありました?」
「いや、さっぱりだ」
件の木がある庭の家ではここ数日ちょっと変な音がきこえてくる、と言うこと以外の収穫は無し。誰一人コウモリの姿を見ていないと言う。その音についても、深夜にきこえてくると言うことでもなく、早朝、もしくは夕方にきこえてくると言う。
「聞き込みでココまで情報が出てこないとはな‥‥」
「あたし、はくあさん達のところへ行ってきます!」
その言霊のみを残し、ヴァレッティは大木のところへ駆けて行った。
●16:00 なにかが見えた
木々のざわめき、聞き込みをしているであろう仲間達のこえ、どこかの家で行われているネットゲームの電子音。はくあは、全ての音に耳を澄ましていた。木の近くから、怪しげな音が聞こえてくればもうけものである。木の周囲は一通り見て回ったものの、ねぐらになりそうな洞は見つからない。しかし、どんなに静かに生活しているつもりでも、何かしらの音を発生させているものである。その音を頼りに、見つけようとしたのだけれど。
「んー、あの家からガサガサ言ってるのはきこえてるんだけど‥‥」
人が住んでいる家から音がするのは当然のこと。しかし、明らかに生活騒音、と言えばいいだろうか、生活しているときに発生させるそれとは違う、なにかがきこえるような気がする。
「よし、行ってみようかな?」
その一言ともに、はくあはその足を動かし始めていた。ちなみに沙魚は、一通りねぐらを探した後、「ちょっと用意する物がある」と言う一言を残し立ち去っていた。
「ねぇ、どういう状況なの?」
「‥‥司か」
くわえ煙草に火を付けようとしたその時だった。聞き込み先もいなくなり、さて、どうするかと思っていたタイミングで、司は海那に話かけた。ちなみにヴァレッティは木の周り、そしてその周辺を調査している。
「申し訳ないが、今のところ収穫は0だ。この辺に洞窟のようなところもないし、あの木には洞も無いって話だ。おまけに、例のディアボロを見たという人間も0だ」
そう‥‥と司は誰に向けてもなくつぶやく。ケータイに目を落とす。
「コウモリの巣が出来た家は幸福‥‥らしいのよ」
司の目線の先。ディスプレイには、ハッキリとそう記載されている。コウモリは、壁の排気口などにねぐらを作ることがある、とも。あの木がある家の事。朝や夕方に、なにかガタガタ音がするという証言。気にはなったものの、直接関係ないと思っていた、あの証言。全てが、繋がった。
「よし、見に行くか」
二人の視線は、例の音がするという、場所へ。
●17:00 ついに発見?
「え、え〜っと、この辺だと思うンだけど‥‥」
ちっちゃな若草色、ウェーブのかかった髪の毛と、おっきな桃色の髪の毛はその家の壁を調べていた。音の先は確かにココにあった。しかし、そこにあるのは家の壁だけ。あのコウモリのねぐらなんてど「きみたちもここにいたのね」
若草色の髪の上に、司の手が重なる。その重なったところから、温もりが伝わってくる。この温もり、大好き。「あ、司さんに海那さん! どうしたんですか?」
あたしたちははくあさんの鋭敏聴覚でココが怪しいと思ってきたんだよ、とヴァレッティははくあの言葉に付け加えた。この近くで、普通とは違う音がする、と。
家の四方、他の壁にはなくて、この壁にだけあるもの。
「やはり、"ここ"か‥‥」
海那は、壁に取り付けてある銀色のふたを取り外す。小さいコウモリというものは、木の洞にねぐらを構える。これは、コウモリ型ディアボロにおいても同じであろう。しかし、このディアボロはサイズが違うため、木の洞に生活など出来ない。となると、暗くて狭いところ、つまり、その家の通気口のようなところに寝床を作っているのではないか。
「やはりな」
海那は、内部を確認し、推察が確信に変わった。
‥‥。
「マスター、例のもの、あります?」
「お、沙魚か。 さっき連絡くれたブツ、用意しといたぞ」
ありがとうございます、と一言残し、そのバーから立ち去る男が一人。その手には、妖しく光る、銀色のアタッシュケース。
●23:55 現場にて
「く、暗いですねぇ‥‥」
ちょうど親子ぐらいの身長差はあるだろうか。ふたりの男女が、手を取り合って歩く。一方は明るい緑色のくせっけが踊っており、もう一方は薬物タバコをくわえ、無表情で相手の手を握っている。タバコから煙が上がっていないことから、その無表情の裏にある、優しさというものが感じられるように見える。街灯のわずかな明かりが、狭い歩道と、凸凹コンビを照らしている。
「‥‥まだ来ないな」
このふたりの親子(?)を見つめる8個の目。朱く、光ると言うことは無いが、その先には確かにあのふたりをとらえていた。問題の木、そしてふたりを取り囲むように。
「念のために周りに注意しておく。一般人が来てしまったら危険だからな」
家の裏に隠れている沙魚も、その一人だ。先ほど準備しておいたシルバーのアタッシュケースを手元に、あのふたりを見守っていた。時計に目をやる。後5回ほど秒針が回転したら、日が変わる。今までの事件が起きたのは、二つの日が交わるとき。簡単に言うと0時頃だから、そろそろ現れても良い頃だろう。他の4人、そして囮になってくれているふたりは大丈夫だろうか。警察の方々がこの道路は封鎖してくれているし、他のみんなも信用しているから、心配する事なんて無いのだけど。
「もうすぐ、時間ですね‥‥」
はくあは、ふと時計を見てつぶやく。あの大きな木に目をやると、木の葉がざわめきだしている。風によるものなのか。それとも、これからの戦いの行方を示唆しているのであろうか。
それは一瞬。
あっ、と声を上げる瞬間に。周囲のみんながその朱い玉に気づいた瞬間に。
迫り来る光源。今から魔法攻撃が間に合うか、よけることができるか、と言う速度で。攻撃へのカウントダウンは始まってい「伏せろ!」
銃口が光源へ向けられるのはその声と同時。鳴り響く銃声。散乱する弾丸。光源へ向かって進んでいく弾丸は、ディアボロの羽をかすめていく。
「若い娘を傷物にはさせんよ。あと、そこは見える範囲だ」
銃声が鳴り響くのと、ほぼ同時。辺りが光に包まれる。恭哉、ヴァレッティの元からのひかり。そして。
「やっとコイツの出番だな」
沙魚のアタッシュケースから、光が放出される。アタッシュケースの中にあるのは、充電式強力サーチライトだ。
この三つの光が、伏せている少女と銃口を向ける男性、そして、羽に傷を負った、一体のコウモリ型ディアボロ。
「お疲れ様、大丈夫? 下がって後ろから狙い撃ちしてもらえるかしら」
二つのライトニングに、一つのライト。この三つに照らされて、ディアボロと対峙する。
「これで片付けば、楽なんですけどね。そう甘くはないかな」
ディアボロの頭部。恭哉の手元にあるピストルの銃口と比較してかなり小さい、レーザーほどの狭さの標準をそこに向ける。ピストルから発射されるアウルを、一点当たりの圧力を高める。この一撃で全てを終わらせる。よりひろく光源を確保できているので、狙いを定めることに不自由はしない。後は正確に。慎重に。この一撃で全てを終わらせる。しかし、不規則に動くディアボロの頭部には、標準を狙うのはかなり困難であるのは事実である。固定された標準であったり、ある程度決まった動きをするのなら十分いけるのであるが、その動きに予測が立てられないので、容易にその引き金を引くことが出来ない。
着弾。こぶし大ぐらいであろうか。炎の塊がディアボロに直撃する。火の粉を散らして空を飛ぶ朱点に向かって飛んでいく炎の塊は、ヴァレッティの手から。
「これ以上我が物顔で飛ばせるわけにはいかないよね。落とさせてもらうよ」
飛び回るディアボロが、その爆発で行動を一瞬だけ停止させる。
今だ、と言う言葉とともに。引き金に指をかけるのは一瞬。その羽が炎で朱く光るディアボロの元へ。20mほど離れたディアボロの元へ。ほぼレーザーほどの細さになるまで圧力を集中させたアウルが。ディアボロの頭部を貫くのも、一瞬。
●25:00 全ての終結
「はくあ、大丈夫? 怪我はない?」
救急箱を持った司が、はくあの元へ。大丈夫ですよ、とはくあは笑顔で返す。ディアボロが横たわり、これ以上動かないことを確認した上でねぐらの撤去へ向かう。
「跡形もなく吹っ飛ばすのは…流石にまずいよね。近所迷惑か」
という恭哉の言葉もありつつ、先ほどの排気口へ向かう。排気口からきこえてくるわずかな音に、皆が緊張感を高める。沙魚のライトで照らしつつ、開かれる銀色のふた。
みゅーみゅー
先ほどのディアボロとは一回りぐらい小さいディアボロ。と言っても、そのディアボロが普通のコウモリよりも大きいのだから、幼体といえども一般的なコウモリと同じぐらいの大きさはあるのだが。
「街の人たちのためだから、ゴメンね」
幼体を処分してしまうヴァレッティ。この幼体が大きくなって、また人々を襲うようになっては困るのだ。今のうちに対処してしまった方が絶対良い。ねぐらの破壊もみんなでやってしまった。破壊と言っても家の排気口の中に作られているから、破壊と言うよりは清掃と言うか、処理といった方が適切だろうか。これで、同じようなディアボロがやってきても直ぐにこの周辺に定着すると言うことも無いだろう。
「さて、コウモリ騒動はこれにて落着、かしらね。みんなお疲れ様」
司のこの一言とともに。急に倒れ込むはくあ。
「あ、もう‥‥駄目かもしれないです‥‥Zzz」
緊張感が切れた事と、眠気が限界まで来たのだろうか。寝息を立て始めている。
「え、ちょ、ちょっと、起きて! ココで寝ちゃダメ!」
「そうよ、ココで寝たら風邪引いちゃうわよ」
寝息を立て始めたはくあを起こそうとヴァレッティと司が声をかけるが、目を覚ます気配もない。
「ほら、起きろ! 寝るなら自分の部屋で寝ろ!」
沙魚の声が、周囲に響き渡る。その声が、あの大木の枝葉をわずかに動かす。
すぴー。
「ねぇ‥‥? 起きよう?」
すぴー。
「風邪、引いちゃうよ?」
すぴー。
「暖かい布団で、寝ようよ?」
すぴー。
「もう、お〜き〜ろ〜!」
ヴァレッティの声が、街中に響き渡りながら、夜は更けていく。