空を見上げれば、どこまでも澄み渡る青空が広がっていた。吹き抜ける風は、まだ冬の残滓を残しつつも、降り注ぐ日差しは心地よさをはらむ。
日向の芝生の暖かさを感じながら昼寝でもできれば最高な日和で、公園の隅にある芝生を惜しむように眺めるセーラー服姿の女子高生、九曜 昴(
ja0586)であったが、既に戦闘は始まっている。気を引き締めるためか、身にまとうセーラー服は絶妙に身体にフィットしているが、恐らく関係は無いのだろう。漏れそうな欠伸を噛み殺し、標的がやってくるであろう方向をじっと見つめていた。
その隣では銃を携え、地図を眺めている男の姿があった。黒いブルゾンにジーンズ姿の彼は常盤木 万寿(
ja4472)――やがて地図から目を離すと、公園のすぐ外にある静かな町並みを凝視した。
「来たな……慎重に挑まないとな」
静かに常盤木が呟くと、九曜も静かに頷いた。
その直後、町並みに激しく踊る影がいくつも現れた。耳を澄ませば、怒声や金属同士のぶつかり合う音も聞こえてくる。常盤木と九曜は別れ、それぞれ援護射撃のしやすい位置を確保した。九曜は木陰に隠れ、常盤木は滑り台の後ろに身を潜めた。
鎧武者と派手な斬り合いを続けながら、四人の撃退士が踊る。中でも一際、攻撃的に斬り込むのは蔵九 月秋(
ja1016)で、戦闘前にわざわざ鎧武者に名乗り上げた男だった。濃い紺色のトレンチコートをはためかせながら、剣を振るい続ける。
戦闘前に名乗りあげた効果はテキメンで、鎧武者はゆるやかな動作で二メートルほどもある大太刀をすらりと構えた。穏やかな日差しを受ける、その刃は凶悪な輝きを宿す。ところどころ残った血痕は犠牲者の者だろうか――しかし、それに怯むことなく、蔵九は剣を振るう。一太刀でも浴びれば絶命しかねない攻撃を、華麗に躱しながら淀みない動きで斬りつけてゆく。くわえたままのタバコが彼の余裕を示しているのか、横に薙がれた大太刀を身を屈めて躱すと足元を斬りつけた。
がくりと崩れる鎧武者に、蔵九は追撃を試みる。抵抗の無い相手に剣を叩き込んだ刹那、違和感を覚えた。相手の大太刀は丸で一撃を狙うかのように後ろにテイクバックしたまま動かなかったのだ。
「来るよぉ」
鎧武者を蔵九と挟むような位置取りをしていた雨宮 歩(
ja3810)が零した。その気だるげで間延びした口調は戦闘の緊張感をまったく感じさせなかった。緊張感を抱いていないわけではないが、それを過度に気にすることはない。むしろ、それを楽しんでいた。
しかし雨宮の言葉は、蔵九の耳には届いていなかった。それでも本能的に危機を察知したのか、いつでも回避に移れるよう、蔵九は体勢を整える。
刹那、大太刀が震えた。三つの銀の閃光が蔵九に襲い掛かるも、事前に構えていたため一発目は難なく躱す。二発目は僅かに腕を掠めたが、致命傷には程遠い。三発目を躱すと同時に、僅かに走る腕の痛みを気にすることもなく、再び攻撃に移ろうと踏み込んだ。
振り抜かれた大太刀が静止する――はずだった。僅かに動く刃先を見て、蔵九は更に強力な攻撃を察知する。最後の一撃、強打が襲い掛かることを理解するが、既に重心は前に向いている。迂闊だったと思いながらも、蔵九は急所を外すべく身を捩った。
振り下ろされる大太刀は絶望的な威力を有していた。しかし、それが蔵九の身体を真っ二つにすることは無かった。蔵九と鎧武者の間に、上空から飛び込んだ純白――一条 真樹(
ja0212)が強打を受け止めたのだ。
小天使の翼を発動させた彼女の姿は、天使そのものと言っても過言ではなかった。赤い髪以外は白い服で身を包まれいたからだ。
一条は上空から蔵九のフォローを行っていたが、雨宮の言葉で危機を察すると自らの身を顧みることも無く飛び込んだのであった。金属同士がぶつかる音を派手に響かせながらも、鎧武者は大太刀を振りぬく。勢いを殺しきれない一条は、そのまま蔵九と一緒に吹き飛ばされた。
着地のショックに顔を歪めながらも、一条は何とか体勢を整える。しかし強打を受けた両腕は痺れ、まともな反撃をできる状態ではなかった。大太刀を振りぬいたままの姿勢で固まる鎧武者を一瞥すると、まずは太刀の届く範囲から離脱を試みる。蔵九も同じように体勢を整えるべく、一旦離脱した。
やがて強打を繰り出した刀が緩やかな動作と共に動き始める。兜の下に怪しく光る両眼は依然、九蔵と一条に注がれている。
「おい、バカ武者! どこいくんだ、こっちにもいるぞ!」
叫びながら遊佐 篤(
ja0628)は銃の引き金を引く。それと同時に後衛組の常盤木と九曜も援護射撃に入った。
「煌く星の導くままに……スターショット……なの」
九曜が放つ弾丸は光を纏い、鎧武者の腹部に鈍い音を響かせながら命中した。また常盤木と遊佐の放った弾丸は、鎧に弾かれながらも、数発が関節部に潜り込み、鎧武者はくぐもった声を漏らした。ゆらりと鎧武者は向きを変え、遊佐へと一歩目を踏み出した。
「ボクのことを忘れちゃ困るなぁ」
刹那、鎧武者の振り向きざまの胴に、打刀を叩き込んだのは雨宮だった。それでもダメージは見込めない。鎧が鈍い音を響かせるだけだった。
しかし、そこで雨宮は違和感を覚える。反撃を軽やかな身のこなしで躱しながら、雨宮は更に胴に打ち込んだ。手応えを冷静に分析し、二発目にして確信する。この鎧、亀裂が入っている、と。
恐らく、九曜の放ったスターショットだろう。僅かに口の端を上げながら、雨宮は一度鎧武者から距離を取った。
「胴、行けるよぉ」
雨宮は遊佐の横に並び、口を開いた。遊佐は一瞬だけ逡巡しながらも、関節部から胴に狙いを変えて弾を放った。被弾の瞬間、決定的な事態が起きた。鎧に亀裂が入ったのだ。遊佐も「行ける!」と叫び、後衛の九曜と常盤木も、その様子を見て、狙いを胴に絞り始めた。
遊佐の射撃に加え、常盤木と九曜のストライクショットまでが鎧武者の胴体に叩き込まれ、亀裂は見る間に広がってゆく。援護射撃の弾幕が止まらない中、接近できないと判断したのか、雨宮も影手裏剣を放つ。僅かに欠けた鎧の破片が地面に転がった。
それを見て、ようやく腕の痺れから解放された一条が白銀の刃を放つ。物理耐久には長けた鎧も、魔法には耐えかねたのか派手な音を立てて崩れ落ちた。その隙を逃すまい、と狙いを定めていた九曜が最後の一撃を放つ。
「煌く……もういいの、沈んで……ね? スターショット!」
放たれた弾丸は白光を引き、がら空きの胴へと叩き込まれた。鎧武者は断末魔を響き渡らせながら、ついに崩れ落ちた。
頭に乗っていた兜がからんと鳴りながら、地面を転がってゆく。ぴくりとも動かない鎧武者を見つめながら、六人は鎧武者を囲むように集まった。
九曜は鎧武者だけでなく、周囲を見渡す。まだ気を抜くのは早いと言わんばかりだった。しかし、静かな公園内は平和そのもので、遠くから小鳥のさえずりすら聞こえてくるほどだった。
終わった――そう誰かが告げると同時に、数人がほっと息を吐いた。兜が外れたことで露になった顔――血走った眼に光は無く、虚空を睨み付けていた。
しかし――
「Sweet Dream!」
おもむろに銃を抜いた蔵九は、鎧武者だった者の頭に弾丸を撃ち込んだ。
その行為に眉をひそめる者もいれば、何も感じずぼんやりと見つめる者もいた。しかし、これで終わった。犠牲者なく終わったことに安堵する者もいれば、戦闘に物足りなさを覚える者もいたが、任務を完遂することはできた。