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「こちらイーグル13号。目標を捕捉しました」
「FFFも同様、間もなく射程に入ります」
S町付近に突如出現した怪獣ニットンを退治すべく出撃したWADの隊員坂本 小白(
jb2278)とファング・クラウド(
ja7828)が報告を入れる。
戦闘機を駆る二人が他の隊員より早く接敵し、攻撃態勢へと映った。これ以上あの怪物を町へ近づけるわけにはいかない。
「クオンホーク、僚機の援護に入ります」
その後ろを飛ぶ鳳 静矢(
ja3856)は小白とファングのサポートに就く。
現在、急ピッチで対巨大生物兵器の開発が進められている。完成の目途は立っているとのことだから、今はとにかく時間を稼ぐしかない。
一方で、陸上から攻める者もあった。
戦車を持ち出したルーガ・スレイアー(
jb2600)は、一目散にニットンへと向かう……かと思いきや、山間に停止してスマホをいじっていた。
アプリを起動し、戦車に備えつけられたカメラと接続する。
上手くアプリが動作していることを確認するとまたスマホを操作し、今度は文字を入力してゆく。
『【ゆるぼ】怪獣の倒し方求む!やばいなう(;・∀・)【拡散希望】』
某ミニブログに彼女が投稿した呟きである。
ルーガが行っていた操作は、インターネットを利用して映像を生放送するサイトへの接続である。その上で、放送サイトに備え付けられたミニブログでのコメント機能でニットン討伐の策を募ろうというのだ。
ちなみに、寄せられた意見は以下の通りである。
『それを考えるのがWADの仕事じゃないのかw』
「あれは、何をしているんだろうな」
「いつものことだ。気にするな」
青戸誠士郎(
ja0994)が呟けば、アリシア・タガート(
jb1027)が嘆息する。
二人が搭乗するのはジープ型特殊車両のディフェンダー。ミサイルなどを積んだ車である。
それに併走するのは十一式自走式多連装噴進砲。操縦者は御幸浜 霧(
ja0751)だ。
「あれであの黒兎を倒せるのでしょうか」
「いやいやいや、巨大すぎるし、キツいでしょ」
ルーネ(
ja3012)が肩を竦めた。彼女が跨るのはバイク。武器は手持ちの光線銃だ。
相手は40mを越える巨体。いくら世間のアイデアを募っても、果たして倒せるかどうか。
……いや。考えてみれば、いかに巨大といえど相手は生物だ。人間が拳銃の弾丸で殺傷できるのであれば、それより巨大なロケット弾やミサイルが効かないわけがない。
「と考えれば、簡単な気もするな」
誠士郎が口にする。なるほど、と周囲は頷いたが、そう上手くいくだろうか。
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行動は戦闘機の方が早い。
前を飛ぶイーグル13号が、備えつきのレーザーを発射。凝縮した光による攻撃は、相手を怯ませるのに有効なはずだ。――が。
「う、うそっ」
小白は身を乗り出した。
光が届いたかに見えた瞬間、ニットンの周囲に光の壁が出現。レーザーを消滅させてしまったのである。
「それならこっちだ!」
ファングは熱線――ビームを放つ。
光が駄目なら熱はどうだ、という算段であったが、結果は同じ。光の壁に阻まれてしまう。
「ダメです! 強力なバリアーのようなものによって、攻撃が弾かれてしまいます!」
急旋回してニットンから距離をとりつつ、小白が悲鳴のような声を上げる。
「これじゃあ近づけないな」
「ええ、もふもふすることができません!」
「……は?」
「あ、いや……」
それにファングが呟けば、小白が胸の奥に隠していた言葉をポロリと出してしまう。彼女の駆るイーグル13号のコクピットには、ファンシーなぬいぐるみがところせましと並べられていることは誰にも内緒である。
ニットンはその隙に動いた。顔面中央に赤い光が収束したかと思うと、そこから火球を発したのである。
小白、ファングはこれを回避。だが、その後方に位置していた静矢は――。
「くっ……しまった! コントロール不能、コントロール不能!」
左翼を蒸発させられ、墜ちた。
「クオンホークがっ! チッ、誠士郎、もっとスピード出ないのか!」
「これ以上接近したら蹴飛ばされる」
「構わない、やれ!」
「俺の愛車だ!」
「支給品だろ!」
空の抑止力が減ったことで、地上の戦力は一層激しく攻撃せねばならない。
アリシアは運転手の誠士郎に向けて声を荒げ、機関銃を撃ち続ける。
弾丸はニットンへ届いている。が、距離が遠くてなかなか威力を発揮できずにいた。
しかし敵は巨大故に歩幅が大きい。下手に近づこうものなら蹴飛ばされ、踏み潰され……。誠士郎も生きている限りはそんな目に遭いたくない。とはいえ、近づかねば有効打は与えられない。
二人の問答を止めたのは、誠士郎の嫁たるルーネであった。
「だったら私が先に行く」
「それはいけない。ええい、ままよ!」
共に接近して攻撃しようと考えていた彼女だったが、誠士郎とアリシアのやりとりに決着がつかなかったため、単独で接近しようとしたのだ。
大事な嫁にそんなことをさせるわけにはいかない。誠士郎が大きくハンドルを切ろうとした、その時だ。
「こちらも参りますよ。噴進弾発射!」
先に攻撃をしかけたのは霧であった。噴進弾――即ちロケット弾は機銃より威力も射程もある。光線も熱線も光の壁に弾かれたが、機銃の攻撃は届いていた。実弾武器ならば……。
着弾。一瞬ニットンの動きが止まったように見えた。
有効だ! そう感じたルーガがニタリと笑む。ミニブログに『戦車で出撃なう(`・ω・)』とエントリーして全速前進。
この勇壮な光景をネット回線に乗せ、リスナーへお届けしようと思った。
ニットンは一度立ち止まり、足元に目を向ける。そして足を上げ、そこにあった戦車を踏みつけた。
ロケットが効いたのではない。大きなものがぶつかり、ようやく地上に注意が向いただけだったのである。
間一髪、ルーガは脱出。彼女は即座に『戦車ぺたんこなう(´;ω;`)』とミニブログにエントリーした。
以下はその呟きへの反応である。
『ざまぁw』
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撃墜された静矢に大事はなく、大破したクオンホークからようやく這い出していた。見上げればニットンが地上から空から攻撃を受けているが、それらを全くものともしていないようだ。
まだ戦う力は残されている。
戦闘服の内側から棒状の何かを取り出した彼は、それを高々と掲げた。
陽光に反射してキラリと光る棒。だがそれだけで、何も起こらない。
不思議に思った静矢が手にしたものをよくよく確認してみる。棒状のそれは、ナイフだった。
「ま、間違えた!」
出撃直前は愛する人が作ってくれたステーキを食べようとしていたところであった。一口も食べることなく出撃してしまったが、慌てていたためかナイフを持ってきてしまったようである。
スッとナイフを投げ捨て、今度こそ。懐中電灯のようなものを取り出し、空に掲げる。
すると静矢の体を光が包む。それは次第に膨張し、ついにはニットンと同程度の大きさにまでなった。
光の中から現れたのは、紫の体色をした巨人だ。
「来たのね、シズトラマン!」
小白が歓声を上げる。
説明するまでもあるまい。久遠の巨人シズトラマンとは、人類に害を及ぼす巨大な怪物を退治してくれる謎のヒーローである!
「シズトラマンを援護だ!」
特殊機能メテオリグを起動したファングがニットンを再ロックする。各部ブースター、スラスターに出力を集中させ機動力を極限まで高める機能がメテオリグだ。
分身でも残りそうなほどに派手な軌道でニットンへ迫るファング。この動きこそがFFFの真骨頂である。
ニットンが火球を撒き散らす。が、それが撃ち抜くのは残像ばかりでFFFを捉えるには至らない。
その隙にシズトラマンがニットンへ飛びかかる。チョップを繰り出すような攻撃は、しかし、ニットンに軽くあしらわれてしまった。
これしきで怯んではいられない。
「デュワッ!」
再び組みつき、FFFが攻撃されないようにと注意を引きにかかった。
「シズトラマンが!」
小白はミサイルを発射。近距離に寄ってからの攻撃ならば、多少なりとも効果があるだろうと信じて。
が、着弾してもニットンは微動だにしない。
「怪獣ごときが現代兵器舐めんなよ、ウーラーッ!」
地上ではアリシアがロケットを放ち、霧もどんどん攻撃をしかけていく。
「よぉし、私も」
ホルダーからデコンポーザー(光線銃)を取り出し、ガンマンよろしくトリガー部分に指をかけてくるりと回すルーネ。が、回した時にうっかりとトリガーに力が加わってしまい、あらぬ方向へ光線が放たれてしまった。
着弾箇所は――。
「ぬぁっ!? こ、殺す気かっ!?」
「ごめんごめん、つい……」
「ごめんでは済まされないぞ」
誠士郎とアリシアの乗るディフェンダー、前輪スレスレのところに光が炸裂した。幸いにして被害はなかったが、何とも心臓に悪い。
思わず誠士郎が怒声を上げるのも無理はないが……。
「何よ、謝ってるじゃない」
「謝り方に誠意がない」
「ハイハイドーモスミマセンデシタ」
「な――っ!」
「誠士郎、いいから運転に集中しろ!」
「ルーネさんも落ち着いて……」
『痴話喧嘩勃発なう_(:3」∠)_』
二人の喧嘩にアリシアと霧が止めに入り、地上はしっちゃかめっちゃかだ。
その騒ぎがニットンの耳に届いたのかどうかは謎だが、その黒兎はシズトラマンを押し返して足を上げた。
「逃げろ誠士郎、来るぞ!」
「うぉっ!?」
アリシアと誠士郎がディフェンダーを飛び降りる。直後車両はニットンによってペチャンコにされてしまった。
「俺の愛車が!」
「だから支給品だろう!」
悲鳴を上げる誠士郎にアリシアがツッコミ。
ルーネはニタニタと笑み、霧はやれやれと肩を竦める。
「とにかく、可能な限り攻撃を」
「ふん、見てなさいよ……!」
霧が残弾数を気にしながらロケットを撃ち、ルーネがバイクを加速させてニットンへ近づいてゆく。
しかし地上の脅威が減ったと見たニットンは気にすることなく前進。
「うわっ、とと」
その時、ルーネのバイクが蹴飛ばされかけた。バランスを崩した彼女はバイクを大きく旋回させて態勢を立て直し、安全のために一度停止する。
これに怒ったのは、誠士郎であった。
「霧、乗せてくれ!」
「はい? え、ええ、後ろが空いてるので」
「よし!」
霧の車両に乗り込んだ誠士郎は、緊急自衛用のミニガンを可能な限り連射してゆく。
「人の嫁に何すんじゃゴルァー!」
……何だかんだ嫁命である。
一方で、アリシアの方ではある通信を受けていた。
「了解、指定ポイントに向かう」
彼女はニットンへ一瞥くれてやると、そのまま駆けていった。
空の戦いも激化していた。
小白もファングも勢いを失い、時折向かってくる火球をかわすことで手いっぱいになっていたのである。今頼れるのはシズトラマンしかいない。
(何故お前は暴れるのだ?)
そのシズトラマンは、何度もニットンへ組みつきながらこう問いかけていた。
互いに人知を超えた存在同士、意思疎通が可能かもしれない、との考えだ。
ニットンに声が届いたかどうかは分からない。だが、答えは返ってくる。
(トモダチ)
とだけ。
(友達とは誰だ?)
(トモダチ……)
こうしたやりとりは、人間には以下のように聞こえる。
「デュワ、ヘァッ!」
「ニットォン……ピポポポポポ」
つまり、人間にやりとりの内容は分からない。
スマホを取り出したルーガはこうミニブログにエントリーした。
『シズトラマンと怪獣が会話してるなう。日本語でおk( ^ω^)』
そんな彼女は、車両についていくのでやっと。時々攻撃しては、自分が狙われないよう姿を隠す。その連続であった。
シズトラマンの方はというと、ニットンからそれ以上の言葉を引き出せないと見ると攻撃を開始した。
何か理由があるのは間違いない。だが、だからといって放置することもできない。……倒すしかないのだ。
腕を掲げれば、前腕に光が集中する。
「引き裂き光刃だ!」
ファングが喜声を上げた。
振るわれた腕から、光の刃が飛ぶ。これまで怪獣の尻尾を切断するなど数々の場面で活躍してきたシズトラマンの必殺技が、引き裂き光刃である。
だが、この引き裂き光刃でさえ、ニットンの光の壁に弾かれてしまった。
「そんな、あの技でさえも! ……と、とにかく援護を!」
これに絶望しかけた霧が、震える手でロケットを放つ。が、誘導性がないロケットは狙いを逸れ、山の方へと飛んだ。
瞬間。ニットンの姿が消えた。
「迷彩!? まさか……」
霧が驚きを口にする。が、そうではないと直後に知るのだ。
消えたニットンが出現。ロケット弾の飛ぶ方へ。
砲弾をその身に受けたニットンが、霧を見下ろす。
「自分から当たりに? どういうことでしょう」
疑問に答えを出す時間はない。ニットンが霧に向かって火球を発射したのだ。
動けない。思わず手で顔を覆う霧。直後に車両は爆散した。
……が。
「あれ、生きて……」
車両の壊れる音は聞こえた。だが、生きている。恐る恐る霧が目を開けると、その眼前に小さなケースが突き出された。
「頼む、これ……を」
ハッとして顔を上げる。そこには、煤だらけになったアリシアの顔があった。
「これは……?」
「完成した、パラ……」
「アリシアさん? アリシアさん!」
彼女はそのまま力尽きた。火球の衝撃から霧の盾となったためだろう。その身を焼かれた彼女は、もう二度と動かない。
揺すっても、叩いても。
「嘘ですよ、アリシアさん、アリシアさん!」
「全く、無茶をする」
その手からケースを拾い上げたルーガが、中の弾丸を銃にセットする。そして通信機を起動した。
「奴の動きを止めましょう」
「了解です。やりますよ」
連絡を受けたファングと小白がありったけの攻撃を繰り出す。とにかく届いたばかりのパラソルロケットを当てればニットンを倒せる。
それは、どうやらシズトラマンにも伝わったようである。ニットンの背後を取った彼が、黒兎を羽交い締めにする。
動きが止まった。
「SAYONARA NITTON!!」
ルーガの放ったパラソルロケットが、ニットンに命中。黒兎はそのまま宙に浮き上がり、そして爆散した。
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シズトラマンは、最後にニットンの立っていた位置付近に少年が倒れているのを見つけ、黒兎の言葉を胸中に呼び起こす。
トモダチ。友達とは、この少年のことではなかったのだろうか、と。
(私の寿命は長い…この子に少し分け与えてあげよう)
シズトラマンは奇跡の巨人。己の命を少し分けてやることは難しいことではなかった。
光が少年に宿る。WADがニットンと戦った、その情報と共に彼は蘇った。
ゆっくりと目を開ける。見上げるほどの巨人が、そこにいた。
あの兎は自分のために戦いそして死んだ。頭に流れてくる情報に、少年の悲しみが目元から溢れてくる。
立ち上がる。何に怒れば良いのか、どこにぶつければ分からない。
少年はど声を上げて、ひたすら泣いた。