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猫柳 睛一郎(
jb2040)はやる気を漲らせていた。
人気時代劇必滅シリーズ。それは、法で裁けぬ悪人を滅する、いわば暗殺者たちの物語。睛一郎はこの番組のファンであった。それも、生まれる以前から。
「いやもう、この依頼は運命てなもんでさぁな」
日本マニアだった母の影響で、こうした時代劇に明るい彼。言葉遣いの古めかしさも、必滅シリーズを想起させるものであった。
「ふふん、分かるぞ。この仕事、必滅仕留人……。血が滾るではないか!」
ニタニタと頬を緩ませながら、七種 戒(
ja1267)も何だか楽しそう。
これから乗り込む坂井屋敷の和風な雰囲気が、彼らをそういった気分にさせるのだろうか。
得意気な顔をしたのはマクセル・オールウェル(
jb2672)だ。その黒々とした肌、隆々とした筋肉をこれでもかと露出させた彼は、天使である。一応。
「我輩、仕留人はでぃーぶいでぃーとやらで見たのである! 一つ人世の――」
「それ以上はいけないっす! そしてそれじゃないっすよ!」
物凄い勢いで大谷 知夏(
ja0041)がツッコミを入れる。果たして何を焦っているのだろう。
これから屋敷へ忍び込むというのに非常に賑やかな一行。望月直人(
jb2254)は朗らかに笑んでいた。
「面白いメンバーが集まったね。退屈しなさそうだよ」
「でも今回は闇討ちなんだから、静かにいくんだからね!」
「ハハッ、ま、それなりにね」
犬乃 さんぽ(
ja1272)が気合いを入れると直人は苦笑。語気と台詞のギャップが、なんだかおかしかった。
撃退士たちは物陰から屋敷の門を伺う。見張りはたったの一人。退屈そうに壁に背を預け、ウトウトと頭を揺らしていた。
仕留めるのはそう難しくなさそうだ。
「お疲れさんでござんす兄貴、見張りの交代で参ェりやした」
ここは任せろとばかりに睛一郎が門番に近づく。
気さくに話しかけると、門番は何の疑いもなくその場を睛一郎に預けた。よほど暇だったらしい。
だが、見逃すわけにはいかない。門番をしているはずの男が屋敷内にいたら怪しまれてしまう。
門番が背を向けた隙を狙い、その首もとへ手刀を叩き込む。ウッと呻き声を漏らした男はそのまま白目を剥いて倒れ伏した。
ささっと衣類の乱れを糺した睛一郎は、門を睨んで呟く。
「授業の後は、仕留めるぜ」
それは仕留人を形容する文句であった。
●巨兎の知夏
「ちょっくら風に当たってくらぁ」
宴会。顔を真っ赤にした男が一人、席を立つ。
そんな彼は廊下の突き当たりに兎の耳がゆらりと揺れているのを見つけた。
「なんだぁ? もしかしてバニーちゃんでもいるのかなぁ」
何をどう考えたらそんな解釈になるのか。ともかく彼は上機嫌で兎の耳に近づいた。
そこには、確かにバニーちゃんがいた。バニーはバニーでも、着ぐるみだが。
「あ、おじさん、捕まった女の子たちってどこにいるっすか?」
「あぁん? そんなの、東の屋敷の地下に決まって――」
「ありがとっす!!」
バニーガールにしてはあまりに小さく、兎というには巨大すぎる。そんな姿の知夏は必要な情報だけ聞き出すと、男の鳩尾に鋭い突きを繰り出した。
ぐぇと小さな悲鳴を上げた男が倒れ、その口から黄色い液体を漏らす。
「うぇぇ、汚ないっすね……」
思わず鼻を押さえ(着ぐるみの形状的に摘めない)、やれやれといった感じで男を庭の茂みに放り込む。
ひとまず捕まっている少女たちの居場所は分かった。とにかく情報を共有せねばと携帯電話を取りだそうとする。だが……。
「あ、あれ、携帯、携帯が出せないっす! この着ぐるみでは携帯が持てないっす! あぁ、どうすればいいっすか!」
脱げばいいと思います。
●蒼糸の戒
戒は廊下の角で壁に背を預け、機会を伺っていた。足音が聞こえる。すぐにこの屋敷の者が通りかかるだろう。
案の定だった。一人の男がのっしのしと廊下を進み、戒には気づかず通り過ぎる。
足音を殺し、戒は男を尾行し、距離を詰める。
背後に気配を感じた男が振り返ろうとする。と同時に、闇に溶けるような蒼の糸が男の首を捉えた。
「振り向かずに答えよ。ここのトップはどこにいる?」
男の耳元で、囁くように問いかける戒。
焦りに男のこめかみが濡れる。
「き、北の屋敷をさらに北へ抜けた部屋に……」
「そうか」
回答を得たところで、戒を右手をくるりと返す。すると蒼糸はきつく絞まり、男の首がグキリと音を立てた。
「後で整体にでも行って、治すんだな」
男の首は妙な方向へ曲がっているが、息はある。
気を失った男を隠し、戒は携帯電話を手に取った。
●ヨーヨー吊りのお散
戒から連絡を受けたさんぽは、ひとまず最北の屋敷へと向かうことにした。
頭のいる部屋の近くで合流し、一気に突入して捕らえてしまおうという算段だ。
だが、邪魔者がいた。最北の屋敷へ通じる通路に、男が一人。見張りというわけではなさそうだが、ずっとそこをウロウロされると厄介だ。
ひとまず仕留めねばなるまい。
幸いにして、相手は背を向けている。
「ここは正義のニンジャとヨーヨーの出番なんだから!」
彼女――失敬、彼は代々ヨーヨーの大会でチャンピオンになってきた家系。その技術には自信がある。
放ったヨーヨーは梁の上部を通り、男の首へと絡みつく。
突然の出来事に、通路の男は思わず叫んだ。
「アイエエエ!? ヨーヨー!? ヨーヨーナンデ!?」
だがそれ以降彼の言葉はない。
さんぽがぐいと腕を引けば、梁を支点として男の体が吊られる。
苦しそうに男はもがくが、さんぽが糸をピンと弾くと一気に喉を詰まらせ、そのまま気絶してしまった。
●龍飼いの直人
知夏から連絡を受けた直人は、ヒリュウを東の屋敷へ回していた。
「さて、ここまで相手の気配はなし、と。さて、入り口はどこかな……っと」
通路を進む小さな龍はひょこっと角から顔を覗かせ、キョロキョロと周囲を見回す。少女たちが捕まっているらしい場所はなかなか見つからない。
視覚を共有しながら、直人はヒリュウが上手く入り口を探し出してくれることを祈る。
だが知能はやや低めのヒリュウ。通路の先に気を取られ、背後にまでは意識が回っていなかった。せいぜいが、接近されてから気配を感じ取る程度である。
「な、何者だ!」
叫ぶ声に驚いてヒリュウが振り向く。その先では、一人の男が周囲に異常を知らせようと叫ぼうとしているところであった。
ヒリュウはとっさに大きく息を吸い込み、一気に吐き出す。
圧縮された空気が男の腹部を襲い、弾き飛ばす。
なんとかこちらの動きがバレずに済んだ。とはいえ、この男の身をどこかに隠さねば。ヒリュウは目を回して泡を吹く男に近づく。その時、先の方にもう一つ通路があるのを見つけた。
そこには物々しい扉。前には男が一人。見張りだろう。すると、少女たちはあの先に……。
だが運の悪いことに、見張りの男は物音に異常を感じ、近づきつつある。
このままでは見つかってしまう……。なんとかせねば。
●闇符の睛一郎
ヒリュウのピンチを救ったのは睛一郎であった。
彼は直人と同じく知夏の連絡を受け、東屋敷を調べにきていたわけである。
見張りの男の足音。睛一郎はヒリュウを背に隠し、廊下の角に身を隠した。
「なっ、おい、どうし――」
先ほどブレスを受けて吹き飛び、失神した男を見張りが見つける。
慌てて駆け寄ろうとした彼だが、かける言葉も言い終わらぬうちに目を回して倒れてしまう。
「必滅、闇眩み……。少し眠っていただきやしょう」
それはいわゆる吸魂符。対天魔用の術ではあるが、命までは奪わぬよう加減した。
周囲に人の気配はない。今は倒れた男たちを隠すよりは、さっさと少女たちを解放した方が良いだろう。
が、睛一郎一人とヒリュウ一匹では、万一の際に対応しきれない可能性もある。
恐らく、扉の先には牢があるのだろう。まずはそこまで行って、仲間の合流を待った方が良さそうだ。
●剣玉の幕競
各々が隠密に進む中、一人、割と目立っている者があった。マクセルである。大柄かつおぞましいほどの肉体美を隠すことなく外気に晒す彼は、どうにも人の目を引きつけてしまうオーラでもあるらしい。
それでも出会えの声はない。何故なら屋敷の男たちは、応援を呼ぶことも忘れて倒れていったのだから。
「お、おい、誰だお前は!」
今また一人の男がマクセルを発見し、指を差す。
見つかった。そう気付いたマクセルだが、ここは慌てず騒がずゆっくり振り向き、あれこそ悪の一員だと見るや否やさっと拳を握りしめ、腕と腕を突き合わせ、肩を突き出し、胸を開き、マクセル自慢のサイドチェストを披露する。
「おぬし、坂井に与する者だな?」
流れるような動作でダブルバイセップスへとポージング。
「どのような理由で、悪事に手を染めるのか」
そのまま腕を脇腹へと落とし、ラットスプレッド。
「悪はいずれ裁かれる。足を洗おうとは思わないかね」
今度は腕を頭の後ろで組むようにしてアドミナブル・アンド・サイへ。
……とっても異様です。
方や男の方はポカンと口を開けたまま、反応もできずにいる。
上半身裸のマクセルはガサゴソとズボンの中をまさぐり、バトルケンダマを取り出した。
「ふむ、仕方あるまい。気絶してもらうのである」
無反応な男にピクリと眉を動かしたマクセルは剣玉の玉を振りまわし、男の腹部を襲った。
呻いた男が倒れる。
……こうしている場合ではない。早いところ他の者と合流せねば。マクセルは最北の屋敷へ歩を早めた。
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少女たちの閉じ込められている部屋にも見張りはいたが、それは潜入したヒリュウと睛一郎が急襲して即座に仕留めた。部屋の奥へ入るためには剥き出しの階段を降りる必要があったのだが、階段の上から飛びかかればあっという間であった。
睛一郎は、見張りが腰にぶら下げていた鍵を奪い、牢を解錠する。
「お嬢さんがた、お静かに。皆様を強面の野郎どもから、も一度攫いに上がりました。が、もう少々お待ちください。脱出経路を確保してから逃げましょう」
「その必要はないよ。それにしても、すごい。まさに仕留人、って感じだ」
背後からの声に振り向いてみれば、開け放した扉にもたれて腕を組んだ直人が見降ろしていた。睛一郎や少女たちと視線が合うと、軽く手を振ってみせる。
瞬間。牢にいた少女たちが次々に崩れ落ちた。男性――というには女性的な、甘い顔立ち。ふわりとした淡い色の髪に、透き通った肌。フォーマルなスーツ姿なのだがシャツを第二ボタンまで外すという着崩し方。その何もかもがまさしく色男と呼ぶに相応しく、少女たちは既にメロメロである。
一部、その魅力を理解できなかった少女らもいたが、あまり恋愛に積極的ではないのか、そもそも趣味が合わないのだろう。
「この辺りはもう安全っすよ! あとは外まで駆け抜けるだけっす」
兎姿の知夏も顔を見せ、少女らを連れ出す用意が完了したことを告げる。
睛一郎が牢を開けると、少女らはそこを飛び出し、扉へ向かい、外へ出るかと思いきや、一斉に直人へと群がった。
「あの、あの、是非お名前を!」
「よしよし、お疲れさま。いつもありがとうね」
しかし少女の質問もどこ吹く風。直人はヒリュウを撫でている。
「あ、あの……?」
「俺の名前なんて、重要じゃないよ。ここを出て、きみたちは助かる。俺は、ただそこに手を貸しただけの存在。それでいいだろう?」
飾らない態度、それでいて高嶺の花を強調するような台詞に、少女たちはさらに胸KYUNである。
そんな様子を見る睛一郎の目は、いささか冷ややかであった。
「あの人も、ああやって……」
ポツリと漏らした声だったが、すぐに続きを飲み込んだ。今ここで口にするようなことではない。あとで考えればいい。そう、あれは直人が自ら望んで生み出した状況ではないのだ。「あの人」とは違う。
ふ、と息を吹いた睛一郎の腕を、知夏が引っ張る。
「ほら、さっさと行くっすよ!」
「ちょっと待ってください。まだ一人、牢に残ってる」
目をやった先では、少女が一人、今ようやく、のんびりと牢を出てくるところだった。
太めの眉が印象的な、垢抜けない感じの少女であった。
「久遠ヶ原の人だよね。だったら、いいこと教えてあげる」
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「ふむ、これで証拠はバッチリだな」
戒は一足先に最北の屋敷に到着していた。奥の一室からは話し声が聞こえる。彼女はとっさにスマホを取り出してアプリを起動、会話の内容を録音した。
明日には捕えた少女らを売りに出すこと。その計画の一部始終を。
「七種さん、ここなの?」
合流したさんぽが首尾を伺う。
戒は頷くが、次に取った行動は仲間を待つのでも、突入するのでもない。目の前でまっすぐ見つめてくるさんぽの顎を摘まみ、くいと持ち上げることであった。
「そう堅い言葉遣いでなくていい。そう、私のことはお姉様と呼ぶんだ」
「え、いやあの、お姉……様?」
困惑。
さんぽは瞳を揺らしながら、戸惑うようにして反芻する。
これに気を良くした戒。さんぽを壁に押し付け、くしゃりと頭を撫でてやる。
「そうだ、そうだよ! 私はきみのお姉様だ! ふふ、もっと慕ってくれて良いのだよ。何しろきみは私の妹分――」
そこまで言ってからハッとした戒が、ゆっくりと振り向く。
廊下の先からは、マクセルが唖然とした表情で二人の様子を眺めていた。
「……お、お楽しみのところを失礼したのである!」
「待て、これはその、何と言うか、そう、誤解だ!」
「ボクにお姉様と呼ばせたのは遊びだったの!?」
「ええい、そうではない、むしろそれは正しい」
「ではお邪魔虫の我輩はここらで――」
「何奴じゃ!」
とうとう騒ぎに気付いた坂井の頭が障子を開ける。
戒がしまった、という顔をしたが、今さら遅い。だが、まだ相手は頭と、共に会話していた男の二人のみ。応援さえ呼ばれなければ捕えることができる。まだ慌てる時間ではないのだ。
「ひ、控えろ! この校章――」
「とこの筋肉」
「が目に入らぬか!」
やけっぱち気味に、戒が校章を見せびらかす。途中でマクセルの声が割り込んだ気がしたが、気にしてはいけない。
久遠ヶ原学園の撃退士。怯んだ二人がよろよろと二歩下がる。
この距離をさんぽが一気に詰め、ヨーヨーを顎に繰り出した。
呆気なく倒れた男たち。坂井の頭はこうして捕えられたのである。
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少女が睛一郎と知夏に教えてくれたこととは、見張りが話していた内容であった。
警察に彼ら絡みの事件について捜査願いが出されてもすぐに取り消されていたのは、一党の下っ端が自首させられていたから。つまり、犯人が出た以上それ以上捜査する必要はない、ということでもみ消されていたということが真相であったようである。
だが、遂に頭が押さえられた。証拠も揃っている。
もう彼らによる悪事に人々が頭を抱えることはないであろう。