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マスター:追掛二兎
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/12/03


みんなの思い出



オープニング


 ただのお遊びだと思っていた。
 廊下に貼られた真黒なポスターがきっかけ。隅に小さな白字で、日時と場所だけが書かれたポスター。そこで何をするのか、そこに何があるのかは不明。ただの黒ではない。視線を投げるだけで底のない暗闇へと引きずり込まれてしまうような、一言で表せば絶望の黒。この日、この場所で、光なき恐怖が、救いなき狂気が、永遠の孤独が……。
 まさか!
 たかがポスター。誰かの悪ふざけに決まっている。
 そうだ、何もない。何もないんだ。きっと誰かが遊んでほしくて、注目を集めたくて、こんないたずらなポスターを貼ったのだ。
 確かめてやる。大したことじゃないさ。そうに決まってる!


「では、ルールを説明致します」
 戸に施錠し、振り返った女性が静かに口を拓く。
 黒地の分厚いカーテンが外界と内部とを遮断し、光の届かぬ教室内は一種の異界であった。教壇のロウソク立てに揺らめく三つの小さな炎だけが、この空間における光源。それは希望の象徴などではなく、世の闇を、影を浮き彫りにし、絶望の帳を降ろす魔光。衣擦れにボゥと音を立てるロウソクの火は、狂気に満ちた者たちの呻きか、歓声か。
「私は冥門の番人。あなた方地上の半魂を、あるべき世界へと導く案内人。辿るべきは生か、死か。この審判から逃れることは出来ないのです。受け入れなさい」
 ざわり、と世界が揺れる。呼吸に緊張が混ざる。揺らぐ空気の流れが空間に響き、踊る炎が女性の顔を映し出す。
 ぞっとするほどの白。穢れの白。ガラス細工のような女性の声は、鈴だ。
 感情などない。ただ、告げる。突きつける。拒むことは許さない。心なき仮面の素顔が、世界にざわめく影たちを惹きつける。
「半魂を摘みとりなさい。無垢なる半魂を摘んだ時、あなたは光の大地へ召されるでしょう」
 ふ、とロウソクの火が一つ吹き消される。
「半魂を守り、育みなさい。芽吹かぬ生命の蕾が刈り取られた時、あなたは常闇へと堕ちるでしょう」
 また、ロウソクの火が吹き消される。
「一つの半魂に群がるなかれ。餓鬼の如き醜悪。其は煉獄への割符。番人は此処にあり。告げなさい。毟る半魂を告げなさい。あなた方に、業の光のあらんことを」
 最後のロウソクが吹き消される。
 そして世界は、闇に閉ざされた。


リプレイ本文


 門番の言葉を聞いた参加者達は、順に目隠しをされていった。
 いずれにせよ真っ暗で互いの顔など見えないが、ゲームの途中から目が順応する可能性はここで潰された。
 時間が与えられた。誰の半魂を得るか……。その基準を探るための時間だ。
「名前も分からないんじゃやりようがないし、まずは自己紹介――」
「は……はぅはぅ」
 基準の第一歩。名前が分からないのでは、殺害指名も出来ない。緋伝 瀬兎(ja0009)はひとまず名乗ろうとした。
 だが、それは溜め息にも似た声によって消沈した。
「パーティーか何かだと思ってたの。く、くらっかー買ってきたのに……ゲームなのに、殺害、とか」
 瀬戸の問いかけに返ってきた言葉は、なんだか気の抜けるものであった。
 声の主はエルレーン・バルハザード(ja0889)。ゲームの告知であったポスターに、仔細は一切書かれていなかった。軽い気持ちで参加した彼女は、この陰鬱な空気に耐えかねたようだ。
 目隠し。それが、恐怖にも似た感覚に拍車をかける。
「ゲームで殺害指名? ふざけるな、人を縛っておいて!」
「……! エイルくんも参加してたんだ。久しぶり」
 決して感情に屈したわけではない。だが、エイルズレトラ マステリオ(ja2224)には、遊びで容易く人の命を持ち出すことが許せなかったのだろう。彼は縛られた手を自由にしようともがき、怒鳴る。
 この声に反応したのが常木 黎(ja0718)だ。
 知人の輪はまだ広がる。
「黎さん、お知り合いですか?」
「うん、依頼でちょっとね」
 桐生 智与(jb1659)は黎と共にこのゲームへ参加していた。
 不安に駆られる環境において、知人の存在は心を強く保つのに役立つ。殺害指名なるものを強いられていても、この人は指名しないという決意と、この人には指名されないという安心。結束ともいえた。
 だが、それと怒りとはまた別の感情である。
「今すぐ縄を解け! こんなことに付き合ってられるか!」
「その通りです! あぁっ、多額の借金を身体で返せだなんて、好きな人がいるのに、そんな、そんな」
「は、借金? 何さ」
 キツくしばられた手はなかなか自由にならない。エイルは焦りに冷や汗を浮かべ、椅子ごと倒れそうになるほど激しくあがく。
 だが、芝居がかった口調でどこかこの雰囲気を楽しんでいるかのように思えるアーレイ・バーグ(ja0276)の言葉に、思わず黎が吐き捨てた。
 借金だとか身体で返せだとか、そういった話は一度たりとも引き合いに出されていない。
「こういうのは雰囲気ですよ、雰囲気」
「ギャンブルやるんじゃないんだからさ」
 アーレイがクスクス笑うと、瀬兎は呆れたように溜め息。
 この時、エイルは通常手段での縄抜けを諦めたようである。
「クソッ、こうなったら変化の術で」
「妙なことは、考えない方が身のためですよ」
 沈黙を貫いていた門番が、遂に口を開く。
 このゲームのルールには、光纏やスキルの使用を禁止するとあったゲームとして成り立たなくなるからである。
 だが、エイルは先ほどにも言った。付き合ってられないと。
 彼は自らの腕を細く変化させ、するりと縄を抜ける。目隠しを外し、門番を探すべく振り向いて――息を飲んだ。
「ひ――っ」
 真っ暗で何も見えない。だが、目の前に何かがいるのが分かる。門番か? いや、分からない。しかし、それは自分に対して好意的ではないことだけはハッキリと感じ取れた。
 そして。
「あ、ぎゃぁぁあああッ!! あ、あぁぁッ、うギ」
 絶叫。そして、悲鳴は途切れる。
 どさりと何かが倒れる音が参加者たちの耳に届いた。
「え、あ、はぅ……何、どうなった、の?」
「参加者、エイルズレトラ マステリオは死亡しました」
 恐る恐るエルレーンが呟くと、門番の感情のない声が返ってくる。
 彼の身に何が起こったのか。目隠しされた彼女らには知る由もない。
 死亡。
 ルールに逆らい、エイルは死亡した。果たしてそれはゲームとしての演出なのか、それとも事実か。
 だが悲鳴は本物だった。恐ろしい何かが起こったことは間違いない。
 ゲームを続行するしか、ないのだろうか。


「やはりと思っていましたが、エルレーン様も参加していましたか」
 自己紹介が一通り終わったところで、アーレイは過去に関わりのあるエルレーンの存在に舌舐めずりしていた。女は巨乳であってこそと考える彼女にとって、慎ましやかな胸のエルレーンは敵対感情を抱くに値する存在である。
 対してエルレーンの言葉はない。エイルの死にショックを受け、まともに喋れなくなってしまったのだろう。自己紹介にしても、隣に座るアーレイに辛うじて聞こえるかというほど小声であった。
 いや、正確には、もっと別の表現が当てはまるだろう。
「も、もう、帰りたい……」
 エルレーンは泣いた。閉じた目から滲み出た涙は目隠しの布に沁み、頬までをも湿らせる。
「気持ちは分かるけど、まずはゲームを終わらせないと」
 嗚咽を漏らすエルレーンに、瀬兎は努めて穏やかに現実を示した。無理にゲームを脱しようとすれば、何をされるか分からないのだから。
 それでも瀬兎は、決して勝敗には触れなかった。恐らく、勝利すれば何事もなくこの部屋を出ることが出来る。だが敗北してしまえば、何かしらの罰ゲームが用意されていることだろうことはほぼ明白だ。
 問題は、誰を指名するか。この基準を推し量る必要がある。
「……あの、決まりましたか?」
 智与は声が震えるのを抑えきれなかった。誰かのために、そして何より自分のために、恐怖や不安を表に出すわけにはいかない。それでも身体は正直であった。
「誰を殺すかなど決まり切っています」
 余裕たっぷりに乳を揺らし、むしろ誇らしげにアーレイは答える。が、その姿は誰にも見えていない。
 誰かを選ぶ。それは、ゲームとはいえその人を殺すということでもある。
 ……深く考えない方がいい。黎は沈黙した。無駄に喋れば自分が標的にされかねないと目測して。
「私は、私と一番とおい人をえらぶの」
 ひとまず涙は収まったらしい。元気、とはいかないが大分普段の己を取り戻してきたエルレーンは、静かにそう告げた。
 一番遠い人。それは距離のことなのか、それとも。
 他の者も、指名先が決まったようだ。その様子を見た門番が、静かに動き出す。
「それでは、殺害指名を伺います。闇に落とす者の名を告げなさい。まずは、貴女」
 最初に門番が近づいたのは、瀬兎だった。
 瀬兎は口元に近づいた門番の耳へ、静かに言葉を吹き入れる。ほんの少し相手が動揺したのを感じた瀬兎は、また小さく言葉を続ける。
 無言。門番は何も語らず、智与の方へと移動した。この時瀬兎が酷く不安を募らせていたことに、他の者は気付きようがない。
 そして智与もまた、静かに指名する。これにも門番がピクリと動いたのを感じ、智与もまた一言言葉を続ける。が、やはり門番は答えない。
 同じ調子で黎、アーレイ、エルレーンと指名を尋ね回った門番だが、この時には動揺した素振りは見せなかった。


「では、順不同に結果を発表します」
 全員の指名が終わり、門番が口を開くと、参加者たちは生唾を飲み込んだ。
 もし敗北条件を満たしてしまったら……つまり、誰かと指名先が被ったり、自分が単独の誰かに指名されたりしていたら。どんな罰ゲームが待っているのだろうか。
 重苦しい緊張感が部屋を包む。
「アーレイ・バーグさん。貴女はエルレーン・バルハザードさん、そして常木 黎さんより指名されました。よって、バルハザードさん、常木さんは半魂を奪えず、冥門をくぐって――」
「いやぁッ!」
 門番が言い終わらぬうちに、エルレーンが悲鳴を上げた。
 敗北が告げられた彼女の脳内に、エイルの断末魔がこだまする。自分も、もしかしたら同じような目に……。そう思うと、正気を保っていられなかった。
 対して黎は、小さく舌打ち。
「一番騒がしいのを選んだつもりだったけど、読みが外れたね」
 不機嫌そうではあるが、こちらは落ちついている。
 まだエルレーンは取り乱したままだが、それを他所に門番は続ける。
「そしてエルレーン・バルハザードさん。アーレイ・バーグさんより殺害指名を受けております。いずれにせよ、貴女が冥門をくぐることは避けられません」
 声はエルレーンの耳に届かなかった。我を見失った彼女は、恐らく自分がどんな言葉を口にしているのかも理解していないだろう。
 今、彼女は、日常を思い出そうとしていた。学校で、友達と遊んだり、授業を受けたり、楽しく過ごす時間を。そうしていれば、目に見えない何かから逃げ切れるような気がして。
「発表のしかたを変更します。桐生 智与さんの指名先は、エイルズレトラ マステリオさん。既に死者となった彼の半魂は、貴女のものです」
「良かった……既に斃れていても、指名してはいけないとは言われていませんもの、ね」
「その通りです。ルール違反ではありません」
 この結果に、智与は安堵する。
 リタイアとなったエイルを指名しても良いものかと不安だった彼女。門番には念のためルール違反にならないかと確認したのだが、回答がなかったために敗北も覚悟していたのだ。
 やるね、と黎が呟く。智与が何とか勝ち残ってくれたことには素直に喜べる。彼女の発想に、黎は口笛でも吹いてやりたかった。
 残るは、瀬兎の指名先。
 誰を選んだのか。この様子では、誰かと被るということはなかろう。ここで発表された人間が、敗北する。門番の発表のしかたからすると、現在勝利が確定しているアーレイ、桐生のどちらかだろう。
 参加者たちはそんな予測を立てていた。
「それでは最後に、緋伝 瀬兎さんの指名先を発表させていただきます。それは……この私、冥門の番人です」
 部屋が静まり返った。
 瀬兎の指名先は、冥門の番人。これまでゲームを取り仕切っていた張本人だ。
 こんなことが許されるのか。……許されるのだろう。門番が自らそう言ったのだから。
「と、いうことは……?」
「緋伝 瀬兎さん、アーレイ・バーグさん、桐生 智与さん。以上三名は魂を完成させました。生き残り、おめでとうございます」
 少々混乱した情報を整理すべく、半ば無意識に瀬兎が呟く。
 すると門番が勝者三名の名を上た。次いで、敗者の名が告げられる。
「エルレーン・バルハザードさん、常木 黎さん。お二方には敗者として、これより冥門をくぐっていただきます。マステリオさんは先ほど罰を受けましたので、割愛させていただきます」
「自分はどうなのさ」
 門番によって発表された名前の中に、自身は含まれていない。黎は嫌味を言うような口調で言い返した。
「当然、冥門をくぐります。敗者を処刑した後で。それでは、始めます」
 すと門番が動き、エルレーンの背後に立つ。先に処刑されるのは、彼女のようだ。
 背筋が凍りつく。処刑とは、いったいどのようなものか。エルレーンは心臓が口から出てくるような心地がして、吐気すら催していた。
 混乱して、何を考えるべきか、どう構えるべきか、何も分からない。その全ての思考を停止させたのは、奇妙な音だった。
 擬音にするならばブォンとも、ギュィンとも表すことが出来よう。一言で言うならば、エンジン音だ。
 何かが高速回転する音。微妙な風圧が、耳をくすぐる。
 奥歯がガチガチと鳴る。もしかして、これって、ホラー映画なんかでよく見る……だけども、認めたくない、こんなゲームで、あんなものが出てくるなんて、信じられない。嘘だ、何かの冗談だ。
 エルレーンの心中は荒れに荒れた。自由が欲しい。わけが分からないまま、こんな処刑を食らうのはごめんだ。自由、自由を……。
「え、何、このエンジン音……まさかチェーンソー!?」
「ちがう、ちがうぅッ! じゆうは、じゆうはしせずーっ!」
 思わず瀬兎が、処刑に使われようとしている道具の名を予測して口にする。
 チェーンソー。電動ノコギリ。これで身を刻まれてしまうのか。同じことを考えていたエルレーンが拒絶する。
 しかし門番は無情。高鳴るエンジン音と共に、エルレーンの首にソレを押しあてた。
「うぎゃッ」
 短い悲鳴と共に、エルレーンが椅子ごと地に倒れる。その首と胴体が繋がっているのかどうか、目隠しをしたままの他の参加者には確かめようがない。
 そんな中、アーレイだけは笑っていた。
「ひんぬーの嘆き耳に心地よし……地獄で喚くが良いわ……」
 これは飽く迄もゲーム。そう割り切っていたからだろう。
 次は黎の番だ。彼女の胸の内もまた、エルレーンとは違う形で荒れていた。
「ふざけないでよね、この」
 思い付く限りの悪態を、英語で呟く。
 こんな仕置きなど、全く以て割に合わない。許されて良いわけがない。
 そうだ、納得出来るはずがないのだ。
 それでも門番は処刑するだろう。喚いたってどうにもならない。
 理解している分、黎は冷静だった。
 エンジン音が近くなる。そして。
「――っ」
 首に、何かギザギザしたものが触れた。
 ……が、それだけだ。痛みも何もない。
「おや、なかなか心の強い方ですね」
「恐怖を煽って思い込ませれば、ちょっとの刺激で人は簡単に自滅する。『ン万ボルトの電流を流すと言って目隠しをした被験者に鉛筆の先端を当てると、勝手に火傷する』なんて実験もあるし」
「お見事です」
 呟いた門番は、参加者の手を縛る縄を解いた。先ほどのエルレーンは、恐怖に負けて気絶しただけのようである。
 そしてエイルも、やはり教室の隅で気を失っていた。
 参加者たちが失神した二人を介抱する中、門番は教卓の上に立つ。その眼前には、レールにくくりつけた縄が輪を作っていた。
「さぁ、最後は私。冥門をくぐります」
「だ、駄目です、いけません!」
 何をするつもりか。即座に智与が駆けるが、門番はそれより早く教卓を蹴った。
 縄に首を通した彼女が、宙吊りになる。首吊り……あの勢いならば、即死だ。
「あ、あぁぁ……っ」
 智与が顔を抑えて屈みこむ。見てはいけない、見たくもないものを見てしまった、と。
 だが、瀬兎は笑った。
「ぷ、っはは、面白いことするね。馬鹿な冗談やめなよ。スカートの中、なんかいるんでしょ?」
「バレましたか」
 指摘に苦笑した門番は縄から首を外し、ゆっくりと地に立つ。そのスカートの中からはもぞもぞとヒリュウが姿を見せた。
 彼女はバハムートテイマー。浮遊するヒリュウに身体を預けることで、宙吊りになったよう見せかけたのである。


 この後のネタばらしで、エイルを襲ったのもこのヒリュウ。顔面に飛びつかせたらあっさり失神した、とのこと。また、処刑に使ったエンジン音の小隊はラジコンカー、首に押し当てたものは爪切りのヤスリであることが判明した。
 薄気味悪いゲームは、これで幕を閉じる。
 二度とこんな遊びに巻き込まないで欲しい。参加者たちは切にそう願った。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

鏡影・
緋伝 瀬兎(ja0009)

卒業 女 鬼道忍軍
己が魂を貫く者・
アーレイ・バーグ(ja0276)

大学部4年168組 女 ダアト
筧撃退士事務所就職内定・
常木 黎(ja0718)

卒業 女 インフィルトレイター
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
死者の半魂を得て糧とせん・
桐生 智与(jb1659)

大学部3年20組 女 インフィルトレイター