.


マスター:追掛二兎
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2012/11/29


みんなの思い出



オープニング

「ク〜リ〜アクオンがっお店で待ってるっボクに買ってもらうのを〜♪」
 時刻は日暮れ。
 紅の空、伸びた影、響き渡る虫たちの大合唱に包まれて、上機嫌で歩く男が一人。
 彼は旭日樹里。久遠ヶ原にある小さな会社の社員で、丁度仕事も終わり、用事もなく、このまま帰宅して一杯ひっかけようという算段だ。
 クリアクオンとは、久遠ヶ原にて生産された、発泡酒のオリジナルブランドである。苦味が控えめなため、アルコール初心者には飲みやすいお酒だ。樹里は帰りにこれを買って帰ろうというのだろう。
 飲むと決めたら上機嫌。
 無意味にのしかかる疲労感を払い落さんと、いざスーパーのアルコールコーナーへ!
 さぁ飲むぞ、今日は飲むぞ、待っていろよ黄金ラベル、愛しのクリアクオンがキンキンに冷えている!
 踊り込んだスーパーのアルコールコーナー。そこにはまばゆく輝くクリアクオンの大行列。
 嗚呼これを迎えにきたのだ。
 一日が終わり、今日も一杯やれる。このために生きているのだ。至福だ、最高の喜びだ。樹里は今、猛烈に感動している!
「ざっしゃー」
 いつもは無愛想で挨拶もおざなりな男子学生らしきバイトの子も、今ならば目にしてもイライラしない。「ありがとうございました」もまともに言えない彼の態度も、許せてしまう。何故なら、我が家で最高の一時が待っているのだから。
 そうだ。さっさと帰宅して、今日を生きた己を労うのだ!

 陰に身を潜める者があった。
 通りを歩く男性――樹里の背後から、その肩に下がったカバンを物色する。
 丁度、スーパーで買ったものをそのカバンに放り込んでいる。少なくとも財布は持っているだろう。やや大きなレジ袋だったから、所持金もそれなりにあるかもしれない。
 足には、自信がある。仕事帰りの疲れたサラリーマンから逃げ切るのも容易いだろう。
 男はフと笑うや、こっそりと樹里の背後へと回った。

 気配に気づいて振り返った時には遅かった。
 一つの影が、脇を疾風の如く駆け抜けたかと思えば、肩に下げていたカバンが盗みとられていたのだ。
 スリだ。ハッとして追いかけようとしたが、気が動転して思うように走れない。ついには蹴躓いて歩道に倒れ込んでしまった。
「ど、どろぼーッ!」
 叫ぶ。誰か、あのカバンを取り返してくれと。
 そう、あれには、明日への希望が詰まっているのだ。


リプレイ本文


 久遠ヶ原島。その中でも栄えた大通りで、ネピカ(jb0614)は胸を躍らせていた。書店、喫茶店などが並ぶ比較的静かな一角に、ソレはあった。
 クレープ屋の屋台。常に同じ場所に店を構えているのかどうかは知らない。だが、今日、この日、屋台はそこにあった。写真付きのメニューがぎっしりと並び、トッピングのフルーツが、まるで宝石のような輝きを放つ。イチゴの季節にはまだ早い。今ならばリンゴだろうか。
 注文し、出来あがるまでそう時間はかからなかった。焼き立ての、ホッとするぬくもりを帯びたクレープ。代金を支払い、手に取った瞬間、その男は現れた。
「邪魔だチビッ、どけッ!」
 背後を駆け抜けた彼がネピカを突き飛ばす。
 受け取ったクレープがその手を離れ、道路へと投げ出された。通過した車が、無残にもクレープを踏み潰してしまう。
「……」
 得も言われぬ怒り。
 あの男が何をそんなに急いでいたのかは知らない。だがしかし、喩えどんな理由があろうと許すわけにはいかぬ。
 思い知るが良い。食い物の恨みは恐ろしいのだと。
 フと息を吐いたネピカはギロリと男の背を睨み、そして追いかけた。


「わかる……わかるぞ旭日殿ッ! 酒は、酒だけは私たちを裏切らないからな、なあ?」
「そうとも。酒は疲労と孤独を癒してくれる。わかりますよ旭日さん!」
 状況を聞くなり樹里の手を取りブンブンと振りまわすのはラグナ・グラウシード(ja3538)に姫路 眞央(ja8399)。この二人、酒を哀しみを癒す道具として用いているようであるが……恐らく彼らは知っている。その飲み方は、哀しみの影をより濃くすることを。
 いや。今はそのようなことが問題なのではない。そうだ、カバンだ。奪われた酒だ。明日への希望だ。これをひったくって逃げた男を追うのが先だ。
「じゃ、あたしは先に行くから!」
 並木坂・マオ(ja0317)は駆け出す。上下黒の服装に白のニット帽。これだけの情報があれば十分だ。
「あの、もう少し詳しく……あぁ」
 呼び止めようと氷雨 静(ja4221)が手を伸ばすが、既にマオは角へと消えた後。行き場を失った手が宙を彷徨い、その胸へと収まる。
 嘆息を耳に、萬木 直(ja3084)は樹里へと問いかけた。
「して、盗まれた鞄の特徴は?」
「えっと、私の肩幅より一回り小さいショルダーバッグで、色は黒」
 樹里は両手で鞄の大きさを示す。
 服装と鞄の情報を得ることは出来た。可能ならば犯人の顔も知っておきたいところだが……。
 失礼します、と断りを入れた静が、樹里の額に触れた。海伝心とは、対象の額に触れることで相手の記憶を読み取る能力。細かい人相ならば、口で説明してもらうより直接覗き見た方が手っ取り早い。
 しばし目を伏せていた静だが、やがてそっと目を拓くと静かに首を振った。
「体格からして男性でしょうか。背は旭日様より一回り高く……顔は、見ていないのですね」
「何しろ一瞬だったから……」
 樹里の記憶の中に、犯人の顔はない。鞄をひったくられた瞬間、犯人は顔を伏せていた。その後は駆け去ってゆく後ろ姿しか見ていないのだ。……が、その服装と鞄の特徴に間違いはない。
 しかし黒の服はともかく、白のニット帽は目立つ。目印としては丁度良い。どこかで脱ぎ捨てられていないことを祈るばかりだ。
「では早速犯人を追――ぐっ」
「グラウシードくん! その身体で大丈夫なのか?」
「ちょっと傷が……。すまない、少々迷惑をかける」
 追跡へと移ろうと一歩踏み出したラグナだが、途端に呻いて身体を押さえ、うずくまる。
 眞央が慌ててその背をさすり、抱えるようにして起こしてやる。
 直前に受けていた依頼で怪我を負ったラグナは、だが、ほんの少し手を振って立ち上がった。ほんの少し傷が痛んだだけ。犯人が天魔でもない限り、この人数で遅れをとることもないだろう。
「旭日殿、盗人は我々が速やかに捕獲致します。吉報を約束しましょう」
「ああ、よろしく頼むよ」
 敬礼を以て樹里の顔を胸に刻んだ直は、キチリとキレのある動きで手を降ろし、くるりと回れ右して駆け出す。
 静がその後を慌てて追い、姫路はラグナに肩を貸すような形で動き出した。


「引ったくりが発生しましたー! 道を空けて下さーい!」
 大通りを走るマオは定期的にこう叫んだ。理由の一つは、叫んだ通り進路確保のため。一つは、犯人に圧力をかけるためである。
 こうした言葉はこちらの位置を相手に知らせるようなものでもあるが、これに焦れば必ず短絡的な行動に出るだろうとマオは踏んでいた。この場を急いで離れようとするならばその動きは目立つものとなるし、付近の施設に身を隠すようであればひとまずこの一帯に犯人を閉じ込めることにも繋がる。
 だから叫ぶ。そうそうすぐに捕まえられるとは彼女も思っていない。
 特に慌てて逃げようとする人影は見当たらなかった。するとこの辺りにはいないのか、それとも……。
「だいたいこの久遠ヶ原で引ったくりしようなんて良い度胸……ん?」
 ふと、脇のゲームセンターが気になった。放課後の学生が寄ることも多いのだろう、そうした影響からその間取りはやや大きめ。身を隠すには丁度良い。
 調べてみるべきか。そう判断した彼女を右足を軸に半回転し、入店。
 入れ替わりにここを出たのがネピカであった。
(確かにここへ入るのを見たのじゃが、逃げられてしもうたかの。いや、まだ近くにいるはずじゃ。何から逃げているのかは知らぬが、もう少し先で網を張れば恐らく……)
 クレープを台無しにしてくれた犯人を見失ってしまった。だが彼女はその復讐を諦めない。犯人は一度、何かから身を隠すためにゲームセンターへ飛び込んだように見えた。ということは、この先でまた適当な施設で追手をやり過ごし、少しずつ、かつ迅速にこの一帯を離脱しようと考える……だろう。
 ならば、次に犯人が隠れそうなところにアタリをつけ、その付近で張っていれば……。
 ネピカは大通りを再び駆け出した。


 書店を覗いた直は、そこに犯人の影なしと見るとすぐに次の場所へ移った。
 静かで人の密集しない店ではざっと目を通せば結果が出る。念のため店内を二周ほどしてみたが、ここに犯人はいなかったようだ。
 次に彼が目をつけたのが、カラオケ。旧時代の名残が強い村で育った彼がカラオケへ足を踏み入れるのは、これが初めてのことである。
 入店すると、聞き慣れない音楽がうるさくない程度に流れていた。ロビーにはいくらか学生がたむろしており、何だか待ち合わせでもしているかのよう。実際には案内されるのを待っていたわけだが、直にはそういった発想はなかった。
「いらっしゃいませ、こちらにご記入の上お待ちください。今からですと三十分待ちになりますが」
「いえ、尋問を――失礼、尋ねたいことがある。上下黒の服で、白のにっとぼうを被った男を見なかっただろうか。黒の鞄を所持している」
 受付の女性に手を振って質問を返すと、彼女は「さぁ、見ておりませんが……」と答えるのみ。
 どうやらここには来なかったらしい。見たところ、この受付の女性を仲介せねばこれより先へ入ることは出来ないようだ。ならば、ここはハズレか。
「御協力感謝します」
 ビシリと敬礼し、踵を返す直。
 壁に貼られたポスターには、飲食物を販促する内容が描かれている。これを視界の隅に捉え、彼は理解した。カラオケとはいったい、どういう場所なのか。
 彼は「からおけとはどうやら歌に関する施設らしい」程度の知識しか持ち合わせていなかったのである。
(ははあ、成程。からおけ、とは歌声喫茶のようなものでありますな)
 むしろ、今の若い世代ならば、歌声喫茶を知る者の方が貴重かもしれない。


 一方で静はファミレスへと足を運んでいた。
 この時間は比較的空いているものの、学校帰りの学生が寄っていたり、これから夕食を済ますために足を運ぶ者が増えてくる……。逃げ込み、一息つくには丁度良いだろう。
 客が少なければ入店にもさほど時間はかからない。ならば……。
「あの、男性の方がこちらにいらしておりませんか? 黒の服に白いニット帽を被っているのですが」
 尋ねるだけならばタダだ。店内へと案内すべく出てきた店員に声をかけ、情報提供を求める。
 一瞬呆けた表情をした彼女だが、すぐにああと納得したように頷いた。
「奥の席へご案内しております。待ち合わせですか?」
「はい。えーと……あ、あの人で間違いないです。では、他の者もすぐに集めますので、もう少々お時間をいただいてからでも?」
「かしこまりました」
 軽く礼をした静は、店の入り口から距離を取る。こちらの容姿については犯人も把握していないから近づいても問題はないはずだが、数人で一気に取り押さえた方が確実だ。
 初めに連絡先を交換しておいて良かった。携帯電話を取り出した彼女は、犯人捜索のために散った仲間へと連絡を取った。


 ラグナは泣いていた。胸の内に涙していた。怪我が痛むのではない。心が痛むのだ。
 嗚呼、どうせなら、どうせならば、きゃわゆいおんにゃのこが良かった。優しく肩を抱いて、支えてくれるのが、こんな、こんな……。
「大丈夫ですか? 顔色が優れませんが」
 女装したおじさんだなんて!

 時は遡る。
 眞央は、ラグナの心中を読んでいた。一緒に行動するならば女子が良いと、彼ならばそう思うはず。
 こんなこともあろうかと……というわけではないが、しかし、うってつけのものがある。意外、それはフリルエプロンッ! 役者でもある眞央は、次の舞台のために役作り真っ最中であった。
 歳の割に若く、かつ顔立ちの良い彼は、エプロンを装備することでちょっと見れば女性にも見える。
 そう、そんなに女性と行動を共にしたかったのならば、今の自分を女と思えば良い!
 これに妥協せざるを得ない状況を思うと、ラグナは何だか情けなくなってくるのであったというわけである。

「何でもない、何でもないのさ。今は放っておいて……ぬ?」
 辛い現実を、多少は光のある現実へとシフトさせる音が鳴った。
 携帯電話の着信音。静からだ。
 受話器越しに聞こえたのは、彼女の囁くような声。女装したおじさんではない、本物の女性、静ちゃんの声だヒャッホウ! ……と、うかれている場合ではない。
 話を聞くに、犯人が見つかったとのこと。
 互いに頷き合ったラグナと眞央は、可能な限り大急ぎでファミレスへと駆け出した。


「黒い服に白のニット帽、間違いないんだね」
「ええ。少々遠目ですが、確認しました。間違いありません」
 先に到着したマオは、何よりも犯人の特徴が一致することを確認した。これに静が頷いたのを見て、マオはファミレスの入り口へと目を向ける。
 このやりとりを電柱の上で聞いていたのが、ネピカであった。
 次に犯人が身を隠すとすればこの辺りだろうと予測を立て、視界を広くするために高いところへよじ登っていたのである。
(ふむ、私の追う男と同じ格好のようじゃ。すると、あの男はこやつらから逃げていたということかの)
 恐らく間違いない。何故彼女らがあの男を追っていたのかなどと詮索する気は毛頭ないが、重要なのは、ここにあの男がいるという事実だ。
 男は彼女らの手によってファミレスより引きずり出されるだろう。そこが、制裁を加える絶好のタイミングだ。
「萬木直、ただ今合流致しました」
「や、待たせたね」
 直、眞央、そしてラグナがほぼ同時に到着。
 これで全員そろったことを確認した静は、一般客を装って入店した。そして、目的の男へと近づく。
「……何だよ、お前ら」
 男は不機嫌そうに舌打ちした。
「お尋ねしたいことがございます。そちらの鞄と同じものをひったくられた、という男性から犯人を探すよう仰せつかっておりまして。ご協力いただけたらと」
 取り囲んでおきながらも、極めて穏やかに静は問いかけた。
 相手が大人しく鞄を返すならば良し。然るべき裁きを受けてもらうことになるだろうが、穏便に済むのならばそれに越したことはないのだ。
 だが――。
「人違いじゃねぇか」
「嘘だ! その格好、目撃情報と間違いないんだよ」
「チッ」
 マオの指摘を受けた男は、水の入ったコップを手に取り思い切り投げつけた。
 コップはマオの肩に当たり、中身は静の顔へとぶちまけられる。ひゃっと悲鳴を上げて怯んだ彼女を押し退けた男は、そのまま逃走を図る。
「逃がしてたまるか。卑怯な盗賊風情よ……私の輝きに言葉を失えッ! 輝きの独男波動(シャイニング非モテオーラ)ッ!!」
 男が出口へと達すると同時に、ラグナがスキルを発動する。
 何故か無駄に熱い叫びに、思わず眞央が拳を握った。
「上手いッ! 独り身の寂しさが、悲しみが、哀れみと同情を誘う金色のオーラとなってファミレス全体を包み込んでいる! 何故だ、とても見てはいけない気がする、いやしかし、それでも冷たい視線を向けずにはいられない! 震えるぞ拳、溢れるほどの血涙! グラウシードくん、あなたこそ、ナンバーワン非モテです!!」
 シャイニング非モテオーラとは、そのあまりにもモテないラグナの深い悲しみが光となったものである。これを向けられた者は、同情の心を以てラグナに目を向けずにはいられないのだ。
 隙が出来た。この好機を逃すまいと直が小天使の翼で以て犯人に突撃をかける。
「盗人許すまじ。覚悟!」
「……ダー!」
 膝蹴りを受けて店を転がり出た男へ、今度はネピカが飛びかかる。鮮やかかつスピーディーな動きで男を組み敷くと、そのまま卍固めへと移行。
 急激な状況変化に呆気に取られた静だが、ハッと我に返ると藍落眠を発動。眠りを誘う霧を発生させた。
 これに男はダウン。確保に至った……が。
「あ、あら……」
 霧に包まれた者は眠りに落ちる。出口にまで至った犯人の男はもちろんのこと。ファミレスにいた客達も一斉に眠りに落ちてしまったのである。


 直とマオが男を警察へと連れて行き、静がファミレスに全力で謝罪する中、ラグナと眞央は樹里に鞄を届けていた。
「いやぁありがとう。助かったよ」
 礼を述べる樹里に、ラグナと眞央は照れたように首を振る。その手には、クリアクオン。一仕事終えた後は、美味い酒で自らを労わなくてはなるまい。
 意気投合した彼らは、陽の沈んだ街を歩きだす。
 高らかに歌を歌いながら。
「ク〜リ〜アクオンがっ♪」


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: KILL ALL RIAJU・ラグナ・グラウシード(ja3538)
 残念系天才・ネピカ(jb0614)
重体: −
面白かった!:13人

魔に諍う者・
並木坂・マオ(ja0317)

大学部1年286組 女 ナイトウォーカー
旧國家思想撃退士・
萬木 直(ja3084)

大学部6年117組 男 ディバインナイト
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
世界でただ1人の貴方へ・
氷雨 静(ja4221)

大学部4年62組 女 ダアト
想いの灯を見送る・
姫路 眞央(ja8399)

大学部1年7組 男 阿修羅
残念系天才・
ネピカ(jb0614)

大学部4年75組 女 阿修羅