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「アテがあるのかい?」
呼びかけに応じて集まった学生たちは、どのような形で犯人を捜索するべきかと相談することからスタートした。
その中で警察犬を借りようと提案され、「それいいね」と採用の流れへとシフトする。だがそこに待ったをかけたのは、依頼主でもある男子学生であった。
まず、警察にコネがあるか、なかったにしても、そうした訓練を受けた犬の飼い主に心当たりがあるか、犬を借りてもそれを扱うだけの技量があるか。問題はこうした点だった。
首肯出来る者は、ない。
「やっぱり足を使うのがいいよ。手っ取り早いし」
男子学生の問いに頷ける者はおらず、議論が再開される前にソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が結論的な提案をする。
他に妙案が出てくる気配もない。この方策に決めるのが妥当だろう。
「決まりだ。行くぞ」
「あ、ちょっと待ってください」
他者に先駆けて〆垣 侘助(
ja4323)が行動へ移ろうとしたところを、氷雨 静(
ja4221)が呼び止めた。
たたらを踏んだ侘助が、眉を顰めて振り返る。その眼前に突きつけられたのは、携帯電話だ。
これだけで分かる。侘助は小さく舌打ちをしながら、ポケットを漁った。
「私達も。あ、連絡が入ったからって、単独で突っ込むのは遠慮してくださいね」
「単独で確保……分かりました」
「……やっちゃダメ、って意味だからね?」
「分かってます」
倣い、Rehni Nam(
ja5283)も携帯電話を取り出す。
呟くように頷く如月 千織(
jb1803)も、のっそりと携帯電話を開いた。
有力な情報を得たら、共有することが肝要。また、犯人は複数であると考えられることから、一人で確保に当たる事は危険を伴うであろう。可能な限り大人数で、一斉に捕まえた方が良い。
連絡を取り合う手段として電話番号の交換は必須だろう。
「あの、でも……」
それは理解しつつも、ユイ・J・オルフェウス(
ja5137)はポケットにもカバンにも手を伸ばさず、胸の前に抱えた大きな本に顔を半分隠すようにしてもじもじ。
ソフィアはそんな彼女に近づき、肩に手を置いて視線の高さを合わせた。
ビックリしたユイが半歩下がる。これが失礼、という感覚はなかった。ユイにも、ソフィアにも。
「どうしたんだい?」
「その、番号交換するの、ちょっと怖い……です」
今や個人情報の保護が叫ばれる時代。おいそれと電話番号を交換するのも恐ろしいという感覚があっても不思議はないだろう。
嫌だ、と拒まれれば強要は出来ない問題。とはいえ連絡先は必要になる。どうするべきか。
「だったら、メールアドレスだけを交換しましょう。この仕事が終われば、アドレスを変えるなりすれば問題ないですし」
「あ、それなら……」
Rehniの提案にユイは頷く。これならば問題ないだろう。
一通り連絡手段を共有。ようやく、ユカ一味の捜索が始まった。
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静が目をつけたのは教師陣。生徒の名前や人物像を掴むには、彼らに尋ねるのが手っ取り早いだろうという判断だ。
今どこで何をしているか、といったところまでは流石に把握していないだろうが、何事にも順序というものがある。
調査に乗り出し、アタリを引くまで時間はかからなかった。
「あぁ、それは泥所ユカだね」
大学部の教授(といった方が良いだろう)に掛け合ったのが正解だった。
ユカ一味とはいったい何なのか。その答えに行きつくのに苦労はほとんどなかったのである。
「デイショ……?」
「確か、保谷ギンジ、登良タラという男子学生を引き連れてたまにいたずらしている女子学生だよ。保谷は痩せて、タラは大柄な体格だったかな。また何かやらかしたのかい?」
「はい。花壇を荒らしてしまいまして……。私たちで犯人を探しているのです」
説明を受けた教授がフムと喉を鳴らす。
だが知らない情報を提供することは出来ず、居場所までは分からないと教授は頭を下げた。
「お気になさらないでください。情報、ありがとうございました」
名前が分かっただけでも収穫だ。ユカ一味の構成人数、それから外見的特徴を知ることが出来たのは大きい。
早速共有しなくては……。
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「えっと、そこのお兄さん、変な三人組、見てない、ですか?」
情報によれば、ユカ一味なる三人は大学部の学生らしい。そうと知ったユイは、大学部所属らしき男子学生に声をかけていた。
相手はユイより遥かに背が高く、見上げるほどのそれは巨人のようにも思える。
先ほどソフィアがしてくれたように、視線の高さを合わせようという発想はこの学生にはない。見降ろすようなその姿勢が、威圧的に見えた。
「三人組なんて、いくらでもいるからなぁ」
「あの、ユカ一味、というらしい、です……」
「ユカ? あー、噂で聞いたことなら。つっても、俺はあんま詳しくねーんだわ」
ポリポリと頭を掻く学生。どうやらハズレを引いたようだ。
ならば、用はない。時間を割いてもらった礼だけ述べて立ち去ろうとしたその時、ポケットの携帯電話が鳴った。
メールの着信音だ、と気付いたユイはいそいそと頭を下げてから送信された内容を確認する。
『中庭に目撃情報』
非常に簡素な一文。差出人は侘助だった。
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ユカ一味がいるという中庭に最も近かったのは千織であった。
「要は、確保しなければいいのよね」
静かに呟き、足早に目的地へ向かう。
禁則事項は守る。単独での確保はしないと約束した。
しかし、単独で接触しない、とは言っていない。屁理屈だが、千織にとってそれは問題ではなかった。確かに目的は確保だが、その前に聞き出しておきたいことがある。知らぬままに捕えるのも後味が悪いというものだ。
見れば、中庭の隅で額を突き合わせ、何やら打ち合わせらしきことをしている三人組が目に入った。恐らくアレが、ユカ一味だろう。
「おはようございます。泥所ユカさんですね?」
すっと息を吸い込み、千織は足を踏み出した。
ギクリと肩を震わせたユカであるが、振り返ったその顔は笑んでいた。
いったいどんな話をしていたのやら。内心嘆息した千織だが、表情に出すことは控えた。そして、言葉の続きを紡ぐ。
●
「どういうことでしょう。確かに注意したはずですが」
中庭を覗き見たRehniは首を傾げた。単独では突っ込まないようにと釘を刺したが、あの女子生徒……千織は、合流を待たずにユカ一味に接触している。
だからといって、確保しようとする動きは見られない。どういうことだろうか。
「んー、言い直してたからね。単独で確保しない、だっけ?」
「それにしたって……! ああ、もう。いいわ、私は屋上で待機するから」
「え、なんで?」
「壁走りで逃げられたら堪ったものじゃないわ」
指を顎に当てて散開前の会話を掘り起こすソフィア。あの時わざわざ言い直したのは、何か考えがあってのことだったのだろう、と思い至る。それが、先行して接触する、ということだったのだろうか。
全員で一斉に確保に当たる。そんな計算が狂ったRehniは強く地を踏むと、くるりと踵を返して怪談を駆け上がっていった。
は、と小さく息を吐いた静が、ぐるりと周りを見渡す。
「出入口は一つ。ここを固めて、まずはお話を聞きましょう。もしかしたら、何か理由があるのかも――」
「必要ない。さっさと片付けるぞ」
侘助がずいと進み出る。
ほんのちょっと険悪な雰囲気にユイが震えた。その肩に、ソフィアが触れる。
「怖がらなくていいって。それに、準備してきたんでしょ?」
「はい、そうです……けど」
ギュと本を抱き締めるユイだが、足を踏み出すことが出来ない。多くの人の怒りや苛立ちを感じ、恐ろしくなったのだ。
やれやれと呟いたソフィアはユイの背を叩き、呼吸を合わせて歩き出す。
既に静と侘助は中庭へと突入していた。
「お前らだな」
来訪者に振り返ったユカ一味は震え上がった。しでかした悪事は理解している。それが広まるようにとカードも置いてきた。
だが目の前の侘助は、無表情でありながら放つ殺気は尋常でない。
緊張に飲みこんだ生唾が死の予感となって全身を支配してしまうかのようだ。殺される――いや、それだけの悪名を轟かせるのは本望だが、いざこうして殺意を向けられると、足がすくんで声も出ない。
「ええ、そうです。花壇を荒らしたユカ一味ですよ」
代わりに千織が答える。
これに気を取り戻したユカは一点、恐怖をその表情から消し、拳を振り上げた。
「そ、そうよ、アタイらが泣く子も黙るユカ一味さ! さあ新入り、やーっつけておしまい!」
「お断りします」
即答。気を大きくしたユカの指示に、千織は圧倒的早さで却下。いや、拒否か。
それよりも突入してきた学生たちが気になったのは「新入り」という言葉。もしや裏切ったのではないか、といった疑念が湧きあがる。そのために、抜け駆けして接触したとしたら……。
「如月様、新入りというのは、どういうことなのでしょう?」
「聞くまでもない。覚悟はできているな」
言葉の意味を尋ねる静だが、侘助はそれを遮った。
垂れ流したままの殺気を纏い、彼は進み出る。
ユカ一味はひっと悲鳴を上げて半歩下がった。
「その一。彼女らの目的は悪名を轟かせる。その一点のみ。ワルぶるのがかっこいいと思ったとか」
唐突に、千織は口を開いた。
「その二。目的のためならば手段は問わない。花壇を荒らさねばならなかったのではなく、そこに花壇があったのを見て、衝動的に荒らした」
「ちょ、ちょっと待ちなよ新入り、アンタいったい――」
千織が淡々と情報を漏らしていくのを耳に、焦ったユカが声を上ずらせる。
これに千織はゆっくりと振り向いて告げた。
「その三。僕はあなた方から情報を得るために接近した。もう用はありません。さようなら」
「え、えっと……?」
何が何だか。ユイが困惑する。
ツンツンとこめかみをつついて情報を整理したソフィアはパッと手を叩いて顔を上げる。
「つまり、千織はあたしらを裏切ったわけではない、と!」
「誰が好き好んでこんな妙ちくりんな連中と仲良くするものですか。さて、仕切り直しです。覚悟、できてますよねぇ?」
これまで真顔でいた千織が、ふと笑みを浮かべる。
恐怖に震えていたユカ一味が、今度は硬直。その表情がみるみる青くなってゆく。
千織は非常に穏やかな笑みだ。とても穏やかだ。あまりにも穏やかで、穏やかと言う他ない微笑だ。しかしその穏やかさが、見る者に不安の影を落とす。
「う、笑ってるのに、怖い、です……」
ユイは抱える本に顔を埋めた。
「ふふ、そういうことです。ちゃっちゃとお縄について下さい」
さらに静が踏み出したことで、ついにユカの背後で奥歯を鳴らしていた二人が耐えきれなくなったようだ。
「ご、ゴメンよ姐御、お、おいら……」
「こうなったらスタコラサッサー!」
ギンジ、タラが駆け出す。
タラは出入り口へと向かうが、侘助が立ちはだかった。
蹴り飛ばされたタラは顔面から地に倒れ伏し、侘助はその首元を踏みつける。
一方でギンジは、壁面を走った。壁走り――鬼道忍軍だったのであろう。目指す先は三階。廊下へと繋がる窓が開いていた。
「これが今回のビックリドッキリだわよ。やーい、ここまでおいデヒャーッ!」
逃げ口へと手が届いた――と思った瞬間、彼の体は弾かれたように宙を舞った。
「ワルカッコイイ、とか。ぷっ、ださッ」
屋上で待機していたRehniが、コンポジットボウを用いて叩き落としたのである。放つ矢は模擬矢。矢尻がゴムになっているので殺傷能力は低い。が、痛い。
「ば、バカッ、こっちに落ちてくるんじゃないよっ」
ギンジの落下地点には、ユカ。慌てふためくも最早遅い。落下したギンジの下敷きとなり、ユカはぺちゃんこに。
タイミングを合わせ、侘助はタラを蹴飛ばした。ゴロゴロと地を転がった男が、ユカとギンジに折り重なる。
「可憐なお花も一つの命。それを愛でるピュアな心に、おイタをするのは許しません! 月……ではなく、お花に代わっておしお……天誅を下します!」
「それじゃ、お仕置きさせてもらおうか」
静の宣言にソフィアがニタリと笑む。既に十分お仕置きになっているかもしれないが、しかし、まだ足りない。
そう。こういう時には、オヤクソクというものがあるのだ。
「おしおきだべぇ〜」
Fiamma Solare……。それは、太陽の炎。眩い光の炸裂が、大きな黒煙を生みだす。
爆発音。
中庭から突き抜けた青空に、爆煙のドクロがもわりと浮かんだ。
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「あ〜んもぅくやしーっ!」
捜索班によるお仕置きの後、男子生徒らに引き渡されたユカ一味は、スコップ片手に花壇を整備していた。荒らした本人の手で片付けと再生をさせる。これが、男子生徒らの用意したお仕置きであった。
もちろん彼らによる監視も行われているが、捜索に当たった学生も何名かがこれに付き合っていた。
「ぼ、ボヤくなよ、ギンジ。でもおいら、お尻がいてぇーよぅ」
中腰の姿勢のまま、タラが尻をさする。
これにRehniはギラリと目を光らせた。
「あら、また私のお仕置きが欲しくなったのかしら?」
「ちちっ、違うってばよぅ!」
彼女はその手のソーンウィップで地を叩く。計算の狂うことばかりだった今回の任務に苛立っていたRehniは、そのストレスを発散するかのようにこの鞭で彼らの尻を百叩きしておいたのだ。
「も、もう、それは……やめてあげて、くだ、さい」
「いやねぇ、冗談よ。じょ・う・だ・ん」
これを見たユイが泣きそうな目で懇願する。
ユカ一味がこの見るもおぞましい鞭で尻叩きされる様子は、ユイには見ていられなかった。また同じ仕置きが繰り返されるのかと思うと、Rehniを嫌いになってしまいそうになる。……それは、嫌だった。
「ほら、これでいいんだろう?」
ブツクサと文句を垂れ流しながらも作業を続けていたユカ一味だが、ひとまず新しい花を植えられそうな状態にまで再生させた。
様子を見た侘助は花壇全体に目を走らせると、フンと鼻を鳴らして去ってしまう。男子生徒らからも、ひとまず許しが出たようだ。
ようやく解放されたユカ一味がその場を立ち去……ろうとする。
が、その眼前に立ちふさがったのはユイであった。
「なんだい、おこちゃまには用はないよ!」
「あの、その……これ。痛いこと、されましたけど、元気、出してください、です」」
泥のついたままの手でシッシと追い払うような仕草をしたユカに、ユイは両手に収まる大きさの包みを手渡す。
何だこりゃ、と眉を顰めるユカだが、隣から鼻を伸ばしたギンジがクンクンと包みの匂いを嗅いだ。
「あ、姐御、これクッキーの匂いでゲス!」
「何だって!?」
ガサゴソと包みを開けるユカ。果たしてそれは、ギンジが言った通りクッキーの山であった。
歓声を上げて手を伸ばす一味。それを目にユイはくすりと笑いながら、一言だけ添えた。
「手は、洗って下さい……ね?」