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この依頼は敵が強いという情報があるわけでもなく、難易度が高いとも目されておらず、戦場も広く戦いやすい場所であり、必要最低限の報酬はしっかりと用意されている。明言されたわけではないが、駆け出しの撃退士が受注するには丁度良い内容であった。
その証拠に、今回が撃退士として初めて依頼を受けるという者が舞を含めて四人集まっている。
転移先からサーバントがいるという公園まで移動する最中、撃退士たちは自己紹介しあうこととした。まずは初めて仕事をするという四人から名乗る流れとなった。
「初めまして。自分はフォルド・フェアバルト(
jb6034)と言います。初依頼ですが迷惑かけぬよう頑張ります!」
一人はフォルド。騎士に憧れる少年であり、背の剣が彼のそんな心を表している。
軽い敬語で挨拶するフォルドだが、その口調は本来のものではない。場の空気に慣れたら元の口調に戻るであろう。
「同じく初依頼のシリル・ラビットフット(
jb6170)です。コツや心得を教えていただけたら、と思います」
一人はシリル。本依頼に於いては最年少である。
歳に似合わぬ落ち着いた風貌は、初めて仕事をするという言葉とは裏腹。何が起きても冷静に対処できそうな、傍目から見て安心できる雰囲気をかもしていた。
「私も初めてだよ。名をルーイ(
jb6692)という。出来れば美しく終わらせたいものだね」
もう一人はルーイ。
彼は彼なりに納得のできる仕事をしたい、という意味であろう。
そして……。
「あなたは?」
ユリア(
jb2624)が視線を向けたのは、舞だった。
彼女の目には、舞が明らかに戦闘に不慣れなように映ったのだろう。
「え、あの……」
人見知りな舞は、どう自己紹介したものかと考え、なかなか言葉を発せない。
ただ名前を言えば良いのだが、それだけで良いものなのか、と無駄な思考に苛まれてしまったのである。
見かねたキャロライン・ベルナール(
jb3415)が助け船を出した。
「小倉舞、だったな?」
「は、はい、そうです」
過去に面識のあったキャロラインが代わりに名前を口にすると、舞はやや上ずったような声と共に頷いた。
その様子は、明らかに緊張している。知らない人に囲まれているからなのか、初めての仕事だからなのか。
「……そんなにガチガチで、大丈夫なの?」
霧原 沙希(
ja3448)の疑問は当然でもあった。
これからサーバントを退治しにいこうというのに、この状態ではまともに動けるものかどうか怪しい。適度な緊張感は大事だが、程度が過ぎる。
「大丈夫、だと、思いますけど……」
「あなたはどんな武器を使うのかしらァ?」
「えと、この剣、です」
取り出された剣をしげしげと眺める黒百合(
ja0422)。
「あらァ、貴女の剣……綺麗ねェ」
黒百合の言う綺麗とは、ただ造形が美しいという意味ではなかった。
全く使いこまれていない、新品の剣。そして持ち主も戦いを知らぬ無垢な存在。
つまり、全てが初々しいという意味であった。
それに舞が気付いた、ということはないだろう。
「では今度は、貴女自身の言葉で、もう一度名前を教えてくれるかしら?」
返された剣をひとまずしまった舞に、今度はグロリア・グレイス(
jb0588)が声をかける。
舞はきちんと自己紹介していない。ただキャロラインに代弁してもらっただけだ。それは、名乗ったとはいえない。
「あ、はい、えと、小倉舞……です」
「オグラマイ……マイね良い名前だわ。私はグロリア・グレイス。ふふ。こんな可愛らしいレディと仕事ができるなんて光栄よ」
どこにでもいそうな、大人しくて人見知りな女の子の舞を、グロリアはすっかり気に入ったらしい。返事のように名乗ったグロリアは、静かに右手を差し出した。
おずおずと、遠慮がちながら握り返す舞に、グロリアはそっと微笑みかける。
「ふっ、美しさでは私の足元にも及ばないがね」
「……余計なこと、言わなくても、いいから」
ここぞとばかりに己の美しさをアピールしたルーイに、呆れたように沙希が呟く。
するとフォルドやユリアがケタケタと笑い、一同はそれにつられるようにして軽く笑んだ。
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撃破対象であるサーバントは、現生するげっ歯類で最大種であるカピバラの姿をしていた。それが、二匹。住宅地にある公園に居座っていた。
砂場に並んで日光浴している姿は、遠くから眺める分には可愛いが――
「わぁ、可愛い♪」
可愛いが――
「美しさでは私の方が上だがな」
可愛い、が――
「ふん、禍々しさが足りぬな」
か、かわ――
「あれがカピバラか。初めて見ました……」
討伐せねばならないのが撃退士の務めであるッ!
若干名動物園気分を味わっているが、戦わねばならぬのだ!
「連携されると厄介ねェ。分断は……この広さじゃ無理そうねェ」
和む一行を現実へと引き戻したのは黒百合の一言だった。
公園の広さは30m四方といったところ。相手を分断するにしては狭く、かといって公園の外へ誘導すると街や住民に被害が及びかねない。この公園で始末することを前提にし、それでいて有利に戦闘を展開するにはどうするべきか。
「二匹同時に相手した方がよさそうね」
「……攻撃を集中させる敵を、各自で判断して、抑えましょう」
「あたしは空から攻撃してみるよ」
「怪我をしたら私に言え」
グロリア、沙希、ユリアが作戦を練る。
治療役はキャロラインが引き受けた。
幾度か戦闘を経験している者たちが手際よく作戦を組みたてていく様子を、新人たちは見守る。どのような考え方でことに当たれば良いかを学ぶためだ。
「あ、あの……」
ふと、舞が小さく手を上げる。
「本当に……攻撃する、んですか?」
「おいらた達はそのために来たんだぞ!」
答えたフォルドはさも当然のように言う。いや、まさしく当然なのだ。
撃退士が依頼を受けてサーバントを前にしている。攻撃せずして何とするのか。
戦うことに抵抗を示した舞の様子を、シリルは恐怖からくるものだと判断した。
「怖いのですか?」
その一言に、舞は口をつぐむ。図星か、それとも別の理由か。
「無理もないわ。初めての戦闘で、恐怖しない方が不思議だもの」
フォローを入れたグロリア。
天魔との戦いは常に命がけ。それを体感的に理解していないからこそ必要以上に臆病にもなる。
「心配するな。何かあれば私が守ろう」
「では、その際はお願いします」
キャロラインの申し出に、シリルが頷いた。
頼れる先輩が守ってくれるというのは何とも心強い。
概ねの作戦は決まった。後は実行に移すのみである。
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公園へ足を踏み入れるとカピバラ達の目つきが変わった。のっそりと体を起こし、近づいてくる撃退士に対峙する。
相手も戦闘態勢に移行したことを確認した撃退士達は、予め決めていた手筈通りに動きだす。――簡単に言うと突撃である。
……舞と黒百合を除いて。
「やっぱりィ、怖いのかしらァ?」
「あの、く、黒百合さんは?」
「私はァ、この間怪我しちゃったからァ」
無理はできない。故に後方からの支援を担う、ということなのだろう。
一方前線で先陣を切ったのは沙希だ。
「……一息で!」
踏み込む!
しかしサーバントも無防備にやられるわけではない。
沙希の踏み込みに合わせ、カピバラも力強く地を蹴った。
猛進する巨大ネズミ。沙希はこれへ拳を叩きつけようとして、断念した。
正面から殴っては弾き飛ばされる。前進する力を膝に溜め、屈伸を活かしての横飛び。
カピバラは沙希の脇を通り抜けた。
「ぬぉぁぁああっ!? こっちに来たぞ!」
沙希の背後にはフォルドがいた。
咄嗟に相手の軌道を予測し、防御の姿勢を取る。
が、サーバントの突進を止められるほどの力は、今の彼にはない。受け流すので精いっぱいだ。
要は、弾き飛ばされたようなもの。
さらにカピバラは直進。舞の方へと狙いをつけた。
「え、えっ!?」
しかし舞は防御の仕方も分からない。盾もなく、避けるにしてもどちらへ良ければ良いか分からぬ。
「右に避けて!」
グロリアが叫んだ。
右でも、左でも良い。方向を指示してやらなければ、避けることは叶わなかっただろう。
指示の通り、舞は右へ飛ぶ。が、かわしきれずに足を取られ、派手にすっ転んでしまった。
そこを狙って、もう一匹のカピバラが突撃。
「世話が焼けるな」
間に割って入ったキャロラインがブレスシールドを展開。カピバラの攻撃を受け止めた。
そこへ滑り台の上へ上ったシリルがクロスボウで狙う。
しかし、先ほど沙希、フォルドらへと突撃したカピバラが滑り台の支柱へと激突した。
轟音と共に軋み揺れる滑り台でシリルがバランスを崩す。
「邪魔はさせないよ」
ルーイがエナジーアローを放つ。薄紫の光が、滑り台からじりじり離れるカピバラの脇腹へ突き立った。
そこへ、沙希が駆けてゆく。
キャロラインが止めたカピバラは、攻撃対象を沙希へと変更。駆け出す。これを、ユリアが狙っていた。
上空のはぐれ悪魔は、真昼の月となって黒の光をその手に生み出す。
「新月の光、闇夜の弾丸――必殺、Lost Moon!」
漆黒の弾丸が、カピバラへと降り注ぐ。耳障りなほどに甲高い悲鳴を上げたサーバントは、その背から噴水のような鮮血を撒き上げた
ポタ……。
その一滴が、舞の頬につく。
「血……?」
呟くように漏れた言葉を聞き取れたのは、黒百合だけだっただろう。
「チャンスだぞ! 雷と風の騎士の一撃! 受けて見ろだぞー!!」
全身に緑の光を纏い、フォルドが連撃を叩きこんでゆく。
剣が降り抜かれる度、その切っ先から血液が飛ぶ。
もう一匹のカピバラが援護に向かわんと猛進。
正面に立つは沙希。だが、今度は逃げない。
何故なら……。
「ハイ、残念でした」
グロリアがくいと手首を捻ると、カピバラは前のめりにすっ転んだ。ベンチに一方をくくっておいたワイヤーでカピバラの足を取ったのだ。
よろりと立ち上がろうとするカピバラ。これを制したのはシリルだ。
「さっきはよくも、脅かしてくれたね」
己の手にアウルで形成されたナイフを握り、カピバラへと投擲。
後ろ脚に突き刺さったそれに、サーバントはまたも地に伏せる。
沙希の闘気が、一歩進むごとに増してゆく。手に黒きオーラが漂う。
「ガァァ――!」
姿勢を低くした沙希は、雄叫びと共にその拳を振り上げた。
腹部を捉えた拳は、皮を突き破り、内蔵を抉り、その背から突き抜けた。
残るは一匹。
尚も立ち上がるカピバラは、黒百合の影縛りによって束縛されていた。
「さァ、トドメを刺してあげるわァ」
頬についた返り血を指で掬って舌先に味わいながら、ちらりと舞を見やる。
が。舞は全身に脂汗を浮かべてへたり込んでいた。
「血……、血……?」
目はカッと見開かれているが、その瞳は何も映していない。
ふぅと息を吐いた黒百合はフォルドの方を見ながら敵を指差した。
「おいらでいいのか? じゃあやっちゃうんだぞ!」
降り上がったフォルドの剣は太陽光を反射してキラリと輝くと、空を割いてカピバラの首を切り落とした。
ドッと倒れるカピバラの肉体。切断された首。その断面にぐちゃりとした肉。滲み出てくる血液。
その全てを目の前に、舞は――。
「いっ、イヤァァアアアア――ッ!!」
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「あ、起きた」
目が覚めた舞の視界に飛び込んできたのは、ユリアの顔だった。
ここは久遠ヶ原学園の保健室。いつの間にかベッドに寝かせられていたらしい。
「感謝しなさいねェ、グロリアさんがァ、貴女を運んでくれたのよォ?」
黒百合がクスクスと笑みながら状況を説明する。
カピバラが倒れた直後、舞は悲鳴を上げて倒れた。それをグロリアが背負って、学園まで連れて帰ったとのことである。
見れば、保健室には共に仕事した者が全員そろっている。
「あ、ありがとう……ございます」
「いいのよ、役得だわ」
深く気にしない方がいいだろう。グロリアの言葉を前半部分だけ聞いて、舞は体を起こそうとする。
それを、キャロラインが止めた。
「まだ寝ていた方がいい」
「なぁ――」
唐突に、フォルドが口を開く。その表情は仕事前に見せたような無邪気なものではなく、厳しいものであった。
「舞はおいら達とさっきのサーバント……どっちが大事なんだ? 気持ちはわかるけど仲間が死んだら舞は一生後悔する事になると思うぞ」
舞は何もしていなかったに等しい。フォルドが言うのは、そういうことだ。
彼女に撃退士としての自覚や覚悟があるとは思えない。そのせいで仲間が危険に晒されることだってある。
実際、キャロラインはそのために身を呈して舞を庇うこととなったのだ。
「それは、その……」
「同感だよ。これからはどうしたら役に立てるかを考えるんだね」
ルーイの放ったその言葉は、役立たず、と捺印したようなものであった。
何も言い返せず、舞は押し黙る。
「舞は優しい子だ。大方、自分じゃない誰かを傷つけるのが嫌なのだろう。喩え相手が倒すべき敵であっても」
「それでおいら達が怪我したら優しいなんて性格の問題じゃないぞ!」
「確かにそうだな」
キャロラインの言葉にフォルドが反論する。
彼も、舞を責めたくて言っているわけではない。ただ、撃退士としての心構えをしっかりしてもらわねば困る、というのだ。
「……僕も、傷つけるのは嫌だって思います。けど、出来ることをしなかったせいで皆が傷つくのはもっと怖いし、嫌なんです。だから、戦うんです」
シリルの言葉に続く者はいなかった。
同意、である。誰かを守るために戦う。戦わねば、大事な人が傷つくから。
その結果、他の誰かを傷つけることになったとしても。
天魔という生き物を殺すことになっても。その手を血に染めねば、守れないものがあるというのなら、そうするより他ない。
「……撃退士には、辛い事なんて、いくらでもあるわ。……殺したくない人を、殺すことも、ある。元を糺せば、ただの被害者でしかない人が、サーバントになっていることも、ある。……決めるのは、今でなくても、いい。……これから、どんな選択をするか、それは、あなたにしか、できないはず」
沙希は妙に饒舌だった。
それは、撃退士として活動する内に、知ったこと。出会ったこと。
何かを伝えたかったのだろう。
ほんの一部でも……。
「そうだぞ、まだ難しく考えなくて良いぞ!」
フォルドはニカッと笑った。
それに舞は顔を上げる。
「きつい事を言ってすまなかった。私としては君のその優しさはとても尊く美しいものだと思う。君はどうするのか。辛いだろうが今から少しずつでも考えておくといい」
続いて、ルーイも微笑む。
沈黙する舞。
その間も、フォルドはへへへと声を漏らして笑う。
しばらく考えて、考えて、考えて……。それからようやく、舞は小さく頷いた。