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愛理の誕生日は、間違いなく喜びの日であった。ところが翌日には一転、哀しみの日へとなり果てた。
母は死に、チャーミーは消えた。
周りの大人は、全てをチャーミーのせいにする。チャーミーが母を殺したのだという。
そんなこと、あるわけがない。チャーミーは、愛理の大事な大事なお友達なのだから。
だから見つけよう。消えたお友達を探そう。
警察へと赴いたハッド(
jb3000)らは、少しでも手掛かりを得ようと掛け合っていた。
事件の概要、状況、捜査の過程で得られたもの、など。情報があればあるほど、捜索は楽になるはずだ。
「現場の写真はあるかの〜? 何か変わったことがあれば教えてほしいのじゃ〜」
ハッドの要望に、警察官は快く答えてくれる。天魔による事件であると判断し、撃退士を呼び寄せたのは他でもない彼ら警察だ。協力せずしてなんとするか。
まず手渡されたのは現場写真だ。被害者は仰向けに倒れ、血だまりを作っている。カーペットにこびりついた血液は、まだ乾ききっていないように見えた。死後時間が経過していないこと、そして出血量が多かったことが見てとれる。
これだけならば、この部屋で殺人が起きたことしか分からない。天魔の仕業とも言い切れなかった。
「人間による事件ってことはないっすか?」
「いえ、もう一度写真をよく見てください」
ニオ・ハスラー(
ja9093)の問いかけに、警察官は首を振って写真の一点を指差した。
そこにあるのは、勉強机である。
どういうことだろうと首を傾げるニオ。
だが犬乃 さんぽ(
ja1272)はそこにある違和感に気がついた。
「そっか、距離だ!」
彼が指摘したのは、死体と机の位置関係。足が机と数センチ程度しか離れておらず、母と机の間に誰かがいて刃物を振るったとは考えにくい。死体と机の間には、人が収まるだけの余裕などないのだ。
「その通りです。補足しますと……」
警察官が言うには、母が別の場所で殺されて移動させられた形跡はないらしい。また、背後から首を斬られたのであれば、足が机の方を向いて倒れることもないのだという。傷の状態は、低い距離から横薙ぎされたと推測される。
となれば、答えは絞られてくる。
机の上にいた何者か――そこにいながら被害者の首にも届かない背丈の者が犯行に及んだのだろう。あるいは、飛び道具か。いずれにしても、人間業ではない。
疑わしいのはチャーミー。元々は机上に立っていたが、事件後にはなくなっている。つまり、このチャーミーこそが犯人であり、犯行後に逃走したと考えれば合点がいくのである。
「ふむ、ふむ、なるほど……。普通ならあり得ないけど、そのチャーミーが天魔だったとしたら!」
「そういうことです」
ユリア(
jb2624)も、状況を理解した。犯人は確定したようなものである。
先に犯人捜索に出たメンバーへ、チャーミーの画像を送信。これが捜索に役立つと良いのだが……。
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久礼家周辺を見回る雪風 時雨(
jb1445)は、送られてきた画像を目に溜め息。
誕生日プレゼントが、一瞬にして殺人鬼だ。皮肉でもあるが、溜め息には理由がもう一つ。彼自身、似たような経験があるのだ。
(我が叔母から貰った誕生祝いは拳銃であったな……)
それは、チャーミーのようにかわいらしいものではない。だが、凶行に及ぶものであることには変わりなかった。
(うっかり銃が暴発して叔父に直撃し、叔母が大笑いしたものだな。ふっ、今となっては懐かしい)
恐るべき過去を振り返りながら、時雨は久礼家を見上げた。
まだ近くに潜んでいる可能性も捨てきれない。この辺りを見張って発見できれば良いのだが。
幸か不幸か。ここには人形の姿も、新たな被害者の悲鳴もない。
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ブラウト=フランケンシュタイン(
jb6022)は、街にある公園へと赴いていた。
相手は人形の姿をしている。どのような基準で次の獲物を狙っているのかは不明だが、子ども、あるいは子ども連れを襲うのではないか、といった予測が立てられていた。何故なら、人形であれば子どもが興味を持ちやすく、その手に取りやすいであろうから。
だから、彼女は相手のターゲットが集まりやすそうな公園を訪れたのだ。
夕方とはいえ、まだ公園で遊ぶ子どもは多い。小学生くらいの少年たちが壁をゴールに見立ててサッカーをしたり、逆上がりの練習をしたり。
夕陽に照らされた朱の園は、湿り気を帯びた風に吹かれてちょっとむせるよう。……ではあるのだが、ブラウトにそれを感じることはできたのだろうか。
彼女が注意して観察していたのは、子どもたちの所持品だ。誰かがチャーミーを拾っていやしないか、どこかに置いてあったりはしないか。
ただ漠然と、公園を捜索しようと考えていたのは失敗であった、と彼女は後悔することとなる。重点的に探す場所を定めなかったが故に――
「コウジ、おいコウジ!」
「大変だ、コウジが、コウジが!」
ブラウトの背後から悲鳴のような声が上がった。
懸命に名を呼ぶ少年たち。
公園の隅に置かれたゴミ箱。その足元に倒れる少年の姿。コウジというのは彼のことであろう。
裂けた首から流れ出した血が、蒸した空気に広がって吐気を催す臭気を放つ。
「そちらでしたかー。待ってくださいよー」
チャーミーの仕業と見て間違いない。あの人形は、ゴミ箱に潜んでターゲットが寄ってくるのを待っていたのだ。
小さな影が走り去るのが見える。公園を出て、角を曲がった。
「救急車をすぐに呼んでくださいねー。間に合えば、DEATHがー」
すぐさまブラウトが追跡。携帯電話を取り出し、仲間にチャーミー発見の報を入れる。
……が、角を曲がった先にチャーミーの姿はない。
「逃げられましたかねー? それともかくれんぼですかー?」
路地に消えたチャーミー。
まだそう遠くへは行っていないはずだ。ではどこへ……。
一歩進むブラウト。が、その時背後でカツリと音が鳴った。
「そこですかッ!」
振り向く。が、そこには小石が転がって行くのが見えるだけ。
しまった!
そう思った時には遅い。
直後。背を斬りつけられた。
激痛と、異常な熱を感じて、ブラウトは膝を着いた。
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「こんな人形見てないかな?」
「さぁ、見てないな」
人形を発見したものの取り逃したと連絡を受けた撃退士たちは捜索を再開。
ユリアはチャーミーの画像データを手に道行く人へ聞きこみを行っていた。
が、誰に当たっても目撃情報は得られない。
同じく聞きこみを行うハッドとひとまず合流。そちらは何か手掛かりを得ているかもしれない……。
「こっちは何の情報もないの〜。同じ形の人形がおもちゃ屋で売られてるくらいしかわからなかったのじゃ〜」
「そっかぁ。上手く隠れてるね……」
少なくとも、潜むことに関しては知恵が回る。
目撃情報を求めてこれほど成果が上がらないのでは、直接自分で探した方が早そうだ。
どこを探すべきか。二人が話し合おうとしたその時、近くで悲鳴が上がった。
「今のは!」
「行くのじゃ〜」
地を蹴る二人。
辿りついたのは、小さなスーパーだ。駐車場には倒れる女性。その脇に座り込み、泣き叫ぶ女の子。周囲は騒然とし、携帯電話を手に警察だ救急車だと通行人が狼狽している。
これだけ人が集まっているのだ。さっきの悲鳴を聞いて即座に駆けつけたとはいえ、遅かった。
またチャーミーによる事件が起きたに違いない。先ほどのブラウトからの報告によれば、かなり逃げ足は速そうだ。この辺りにはいまい。
被害は拡大してゆく。一刻も早くチャーミーを見つけ、処分しなければ。
それから十数分の後。彼らに一本の連絡が入った。
チャーミーを発見、しかし、また取り逃がしたというもの。ゲームセンターを捜索していたニオからのものだ。
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「ぬぁ〜っ、痛いっす、酷いっす!」
クレーンゲームの景品出口にチャーミーが潜んでいるとは夢にも思わなかったニオ。
ゲームに興じる若者たちの手荷物にばかり気を取られ、発見が遅れてまた犠牲者が出てしまった。慌てて追いかけようにも反撃を食らい、傷を負ってしまった始末だ。
騒いでも仕方がない。幸いにして怪我はさほど酷くなく、人形を捜索する力は充分に残っている。
最早ゲームセンターにはいまい。ニオが次に向かったのはおもちゃ屋だ。
相手は上手く潜伏して獲物を狙う習性を持っていることは判明したといっても過言ではない。木を隠すなら森の中という。人形はおもちゃだ。おもちゃが隠れるなら、おもちゃ屋だろう。
間もなく日が沈む。街灯がつき始めた仄暗い街を歩き、辿りついたおもちゃ屋は、外に反して目を貫くような色彩に溢れていた。
中でも女児向け玩具のコーナーは、女の子の興味を引きやすいピンクの箱に梱包されたおもちゃが多く、ラメで書かれたようにキラキラする文字が電灯の光を反射して輝いていた。
ずらりと並ぶ人形。その中にはもちろん、純粋なおもちゃとしてのチャーミーもある。
棚の前には子ども連れの家族らしき姿もちらほら。そこに、ニオはある女の子を見つけた。
「あっ、もしかしてキミ、愛理ちゃんっすか?」
事前に得ていた画像データと見比べ、ニオは声をかける。
最初の被害者――その娘である久礼愛理がそこにいたのだ。
「う……」
しかし、愛理にとってニオは初対面。知らない人についていったらいけませんだとか、そういった教育がちゃんと為されているのだろう。彼女はニオを警戒した。
すぐさま様子を悟ったニオは、目線の高さを合わせてにぱっと笑んでみせる。怖くない、怪しい人ではないよ、と伝えるように。
笑顔。愛理に笑顔はない。母を失い、友達を失い、その友達までもが悪者扱い。きっとでたらめだと信じて、彼女はチャーミーを探してここまで来たに違いないのだ。
だからこそ、ニオは努めて明るく接した。壊れかけの心をほんの少しでも救ってやりたいと。
「こんなところにいちゃだめっすよ。お父さんが心配してるっす」
「……」
目を逸らす愛理。
なだめてやろうと手を伸ばすニオ。
指先に、ふわりとした髪の感触。
その時、だった。
「なっちゃん!」
「誰か、誰か救急車を!」
悲痛な叫びが響く。目を向ければ、首を切られて横たわる少女。狂乱する、親と見られる男女。
やられた!
ニオは愛理にここで待つよう言いつけると、急ぎおもちゃ屋を飛び出した。
「待つっすよ! さっきの借りを返してやるっす!」
閃光の魔導書を開き、光弾を放つ。
それは逃げる人形の進路上に着弾し、弾けた。
怯んで動きが止まったところへ、ニオが一気に距離を詰める。
が、すぐさま態勢を立て直したチャーミーは、ゴミ箱の中へと潜り込んだ。
しめたとばかりに武器を構える。
ゴミ箱へ近づくと、その中から腐敗臭のする水分を含んだペットボトルが投擲された。
思わず顔面をガードするニオ。
ゴミ箱を飛び出したチャーミーは、ニオの首筋に切りかかった。
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騒ぎを聞きつけた撃退士たちが合流した頃、ニオは満身創痍の様相を呈していた。
体のあちこちに切り傷を作り、トリッキーに立ち回るチャーミーに苦戦。状況はあまり良くない。
「楽しそうですねー」
「のんきなこと言ってないで助けてほしいっす!」
からかうようなブラウトに、ニオは悲鳴のような叫び声を上げる。
当然、チャーミーは倒さねばなるまい。消耗の激しいニオにこれ以上無理をさせるわけにもいかない。
測らずとも挟撃する形となった。これだけの数を相手に、敵も互角以上の動きを見せることもないだろう。
「ボク、絶対に許さない!」
「消えよ、我は貴様がこの世に存在する事に虫唾が走る!」
さんぽが剣を手に駆け、時雨がヒリュウにGOサインを出した。
一撃を回避せんと飛び上がるチャーミーに、ヒリュウが突撃。
電柱を蹴って急降下する人形。
ヒリュウは電信柱に頭をぶつけて苦悶の声を漏らした。
が、着地の瞬間を狙っていたのはユリアだ。
身を潜めた影から、痛烈な一撃を放つ。
これに撃たれたチャーミーが弾け飛んだ。
翼を広げて飛んだハッドが剣を振りかざし、日没と同時にチャーミーの首を切り落とした。
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愛理は泣いた。
母を失い、友を失い、一人ぼっちになった気がして。
喪失を覚えた彼女は、ただぐずるしか術を知らない。
だからさんぽは、愛理の隣に座って星を見上げた。
家へ帰りたくないという彼女を公園のベンチに座らせ、ただ、空を見上げる。
今さら、チャーミーに対する怒りが増した。命を対価としても、奴の奪ったものは多く、大きい。
他の撃退士たちは帰り支度をしている。準備が整うまで、こうしていてあげよう。幼い少女を、独りにしてはおけない。
いち早く身支度を終えた時雨が、さんぽを呼びに来る。が、声をかけにくい。
愛理の気が済むまで、さんぽはここを動かないだろう。
確かに、心のケアは必要だ。力になれることはないかと考えた時雨は、おもむろにヒリュウを呼びだした。
「きゅ〜?」
「頼むぞ。我は、こういうことは苦手である故に」
こくりと頷いたヒリュウは、愛理へ近づいてその膝をつっついた。
俯いた少女が顔を上げる。
頭にたんこぶをこさえたヒリュウが浮遊し、宙返りしたりでんぐりがえししたり。おちゃめな行動で愛理の笑顔を引きだそうとしている。
「ほら見て愛理ちゃん、面白いね」
「うん……」
さんぽが声をかけるが、愛理の表情は曇ったまま。
多少のことで癒えるほど、心の傷は浅くない。
いや、傷が癒えることはないのだろう。だから、向きあわねばならない。
……そんな意識があったのかどうかは、分からない。だが、ハッドが促したのは、そういうことであった。
「星になったのだよ〜」
愛理を挟んでさんぽとは反対側に、ハッドが腰かけた。
街に灯る明りで、星は微かにしか見えない。そんな夜空を指差し、ハッドは言葉を紡ぐ。
「天国を知っておるかのう? お前の母も、チャーミーも、天国へ行って、星になったのじゃよ〜。見るが良い、綺麗じゃろう?」
キラリ輝く星空。
満天の星とはお世辞にも言い難い。だが、それでも夜空に煌く星は、美しかった。
この中に、母が、チャーミーがいる。
愛理はキュと唇を引き結ぶ。
「あっ、流れ星!」
さんぽも夜空を指差す。
偶然か、必然か。
二筋の流れ星が駆け抜けた。
あれが、母とチャーミーなんだ。
一瞬。ほんの一瞬で消えてしまう星。
別れの時は、過ぎた。少女が受け入れるには辛い現実。でも、幻想の世界なら、星空に煌く楽園に幸せがあるのなら。母も、チャーミーも、そこへ行ったのだろう。
頬を伝う涙をゴシゴシと擦った少女は、小さく、けれど力強く、一度だけ頷いた。