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「爺さん。その作物の種、俺たちが確かに預かったぜ」
老人は倒れた。モヒカンのケンタウロスが放った矢によって、その命を落としたのだ。
だが、命に代えて守り抜いた作物の種は、千葉 真一(
ja0070)を初めとした撃退士たちがしっかりと受け取った。
立ち上がる。
撃退士たちは短い黙祷を捧げると、立ち上がる。
ギロリ。
彼らはヒャッハーケンタどもを睨めつけた。
この悪党が、外道が、尊い命を奪ったというのだ!
「最期に……言いたいことあれば……言うといいの……」
九曜 昴(
ja0586)が、呟くように告げる。
それにはハッキリと怒りの色が滲んでいるのが分かる。
が、ケンタどもはそんなこともお構いなしだ。ゲタゲタと下品な笑いが上がり、それが撃退士たちの感情を逆なでする。
「なんだぁ? 俺ぁナマイキな奴が大ぇ嫌ぇなんだ!」
「言いたいことはそれだけですか」
吐き捨てたのは高虎 寧(
ja0416)。
眠たげな目の奥には、確かな光。悪を滅さんとする鋭い光だ。
それにも怯まず、ヒャッハーケンタはじりじりと寄ってくる。
「必ず約束を果たします。どうか安らかに」
「あなたの命……守れなくて、すまない。だが……奴らは、必ず!」
ユウ(
jb5639)、そしてラグナ・グラウシード(
ja3538)は、老人の願いを胸に一歩進み出る。
下賤な輩に、村の未来を、老人の希望を、くれてやるわけにはいかない。
撃退士たちは、目の前で笑う三頭のヒャッハーケンタへと飛びかかった。
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山道を抜けて村まで出ると、そこは死の大地も同然であった。
辺り一帯をケンタたちが駆け回り、畑を漁り、作物を引っこ抜いては洗いもせずに食らいついている。
ヒャァうめェといった声がそこかしこから上がる。
そうした中を、小走りする白い影があった。白い布を被り、いそいそと先を急ぐ姿は、時代錯誤といえど奥ゆかしき女性を思わせる。
ケンタ共はこれを見つけるや否や、下品な笑みを浮かべて追いかけ回した。
「お嬢ちゃんよォ、俺たちと遊ぼうぜェ」
村人を皆殺しにして少し退屈したのだろう。今度は殺すに飽きたらず、女をマワして楽しもうという算段だ。
なんたる卑劣、なんたる外道!
あっという間に女性は取り囲まれてしまった。
「お前たち、食料は持っているのかい?」
ふいに、女性が口を開いた。
ニタニタと笑うケンタの一頭が、掘り起こした作物を手に進み出る。
「あるぜ、ここにたんまりとな」
「そうかい。それなら……そいつを返しな!」
女性が白い布をバサリと脱ぎ捨てる。
その正体は女性などではなく、正真正銘男性。その名もラグナ・グラウシード!
同時に発動するシャイニング非モテオーラ! 哀しいほどに眩しい気配が、ヒャッハーケンタの血涙を誘う。
タイミングを合わせ、身を隠していた撃退士たちも躍り出た。
「悪魔のような所業、絶対に許せません! お前達の血は何色ですっ!」
クリスティーナ アップルトン(
ja9941)、通称クリスが、振るったフラッシュエッジから星屑の輝きを放った。
――君は、アウルを感じたことがあるか!
「その血――大地へ還しなさい」
同時に、寧が影を練って形成した無数の手裏剣を放つ。
光に影に、飲みこまれた数匹のケンタ。が、倒れるでもなく、よろめくでもなく、ただ、動きが止まるだけ。それは、効果がなかったというわけではない。
ほんの一瞬の後。ケンタどもの肉体が、内側からボコボコと膨らんだ。
「ひ、ひひひっ、ひでぶっ!」
そして、その身体は破裂して消滅した。
「この時代、弱者が強者に蹂躙されるのは必定か」
ゆっくりと、しかし確かな歩調でエルザ・キルステン(
jb3790)が進み出る。
力なき村民は、ケンタどもに滅ぼされた。それは、弱肉強食の闘争に敗れたということなのだろう。
彼奴らがそれを強いるというならば。
「貴様ら理解しているか? 我々の前に立った時点で、貴様らが弱者になったのだと」
同じく力で以て臨むのみ。
敵の数は膨大なれど、個体は貧弱。今しがたクリスが星屑幻想の一撃で数頭のケンタを消し去ったことからも明らかだ。
力を振るう者は、力によって誅されるが宿命。
蹂躙に対する、蹂躙。撃退士たちの登場によって、ケンタたちは散り散りになり始めた。
一方的な展開の乱戦。この中にあって、海城 阿野(
jb1043)は何故か地に坐していた。余裕の現れであろうか。
しかし、ただやられていくのをよしとしない二頭のケンタが、阿野を挟撃する。
「ヒャッハー!」
「死ねやァ!」
二振りの棍棒が降る。
上体を軽く逸らして回避する阿野。
たたらを踏んだケンタがつんのめる。
その額に、阿野は手を翳した。
「海城水流拳奥義、海城有情破面拳!」
掌から絶対零度の光が発せられるや、ケンタたちの動きがピタリと止まった。
す、と拳を降ろす。静かに目を閉じた阿野は呟いた。
「痛みを知らず、安らかに死ぬがいい」
「あ、あぁ、きもちぃぃーーーッ!」
ケンタが例によって内蔵を飛び散らせて絶命。
だが断末魔は歓喜に満ちた叫び。苦痛を与えず死を与える――それこそ、海城有情水流拳!
恐れをなしたケンタが逃げまどう。
その上空に控える、ユウ。翼を露わにし、空へ舞い上がった彼女は、手にした銃で狙いを定めた。
引き絞るトリガー。放たれる弾丸。
火薬によって加速を得た弾丸は地表へ向かって落下し、直下のモヒカンをふさりと掻き分け、脳を貫いた。
「西の方へ数匹逃げました。寧さんの位置からすぐ北の路地から先回りできそうですよ」
「了解よ。どなたか挟撃お願いします」
ユウの位置からは、戦況がよく見えていた。一頭たりとも逃すまいと、逃走を図るケンタの対応を要請すれば、寧はすぐに応えてくれた。
路地へと入りこむ寧。数匹の敵を相手に、たった一人で渡り合おうなどとは思わない。逃げるならば待ち伏せ、そして仲間との挟撃。これを以て一気に殲滅するが得策。
ならば、追い役が必要となろう。応答したのは、真一だった。
「俺が行く! 罪なき村人を殺戮し、欲望のままに暴れ回るヒャッハーケンタ! この天拳絶闘ゴウライガ、俺は貴様らを絶対にゆ゛る゛さ゛ん゛!!」
彼は今、真一に非ず。その名も天拳絶闘ゴウライガ。豪放磊落の赤き戦士である!
地を蹴るゴウライガ。
だが逃げ足だけは一級品のヒャッハーケンタ。差はなかなか縮まらない。
その時、寧が路地を飛び出して進路を塞いだ。
「そこまでよ!」
「こうなったらやっちまえ!」
「ヒャッハー!!」
窮鼠猫を噛むという言葉がある。
追い詰められたケンタは、剣を、棍棒を振り上げた。
攻撃の隙間を縫って距離を詰めた寧は、槍で一突き。
同時に追いすがったゴウライガが、強烈なとび蹴りを浴びせる。
「因果応報という言葉の意味を、その身に刻んでいけ」
ボコり……。膨らむヒャッハーケンタ。飛び散る内蔵。
逃走を図ったヒャッハーケンタは、ここに誅された。
「最期にいいことおしえて上げる……天の九曜の星が見える?」
「あァん? 見えねェなァ!」
「てめぇらは九曜の星の下、明かりも見えなくなるの……」
次々にケンタは倒れる。
昴は勝利を確信し、囁きかけるように声を発した。
「お仲間はもうすぐ……いなくなるの……。君たちも……一緒に逝かせてあげるの……」
この言葉に、ヒャッハーケンタどもは逆上した。
「冗談じゃねェ!」
「殺ってやるぜェ!」
ヒャッハーケンタがボウガンから矢を撃ちだす。
だが、昴の反応は早かった。
トリガーを引けば、マシンガンから無数の弾丸が放たれる。
それは矢を次々に撃ち落とし、やがてはケンタの肉体を貫く。
「九曜……滅殺弾!」
バタリと倒れるケンタ。
やがて血肉を飛び散らせ、果てる。
見ていて気持ちのいいものではない、が……。
「かいかん……なの」
その言葉は、マシンガンを乱射する悦びか、それとも。
いや、言うまい。
一方で、好戦的なヒャッハーケンタもあった。
火炎放射器を担ぐケンタを中心とした数頭が狙ったのは、ラグナである。
「汚物は消毒だ〜〜〜っ!」
一頭のケンタが火炎を撒き散らしながらラグナへと迫る。
口にする言葉は、一度村民に対しても放ったもの。それは明らかに相手を侮辱する言葉だ。
ラグナは怒った。
「汚物だと? お前たちのような外道こそが汚物だ」
火炎を潜り抜け、手にした大剣を突き出す。狙うはケンタ本体ではなく、背に乗る火炎放射器。
衝撃を受けたそれは小さな爆発を起こし、ヒャッハーケンタを覆う。
「ギャァァッ! ひ、火が、助けてくれぇ〜〜〜っ!」
実際、天魔に対してアウルの効力を持たない炎など無意味なのであるが、ケンタは泣き叫んだ。
撃退士に対する潜在的な恐怖がそうさせたのかもしれない。
だが、怒りに燃えるラグナは非情であった。
「悪党の泣き声は聞こえんな……貴様は、死ね」
剣でケンタの首を一閃。
断末魔も上げず、ヒャッハーケンタはどうと地に伏し、跡形もなく消し飛んだ。
「汚物は消毒……同感ですわ。お前達のようなゴミは、駆逐しますっ!」
これにクリスが加わり、その手にフラッシュエッジを携えて駆ける。
「これは農夫のみなさんの分!」
そして、眼前のケンタに一突き。
「これは種もみを私達に託して倒れた、ご老人の分!」
振り向き様、背後のケンタへ横薙ぎ。
「そしてこれは……」
クリスは飛び上がり、上体を逸らした。
眼下には、呆然と見上げる一頭のケンタ。
「そしてこれは! 冷蔵庫に取っておいたプリンを友人に食べられたこの私の怒りだぁー!!」
重力を乗せた剣が、ケンタの脳天をかち割る。
だがこの際彼女の私怨は関係……いや、最早言うまい。
●
撃退士たちの活躍により、村を襲ったケンタウロスどもは駆逐された。
平和に、穏やかに暮らしていた人々を蹂躙した悪党は滅んだ。
だが、この村に生存者の姿はない。
あるのは……。
「死体しか見つからない、な」
村中を歩き回り、成果は得られなかったとエルザは報告する。
「こっちもだ。全滅、か……」
真一らも、生存者を発見することはできなかった。
あれだけケンタが暴れたのだ。生存者は期待できなかったが、それでも、希望は捨てたくなかった。
それでも、村民はすべからく事切れていた。彼らがせっせと耕したに違いない畑も、愛情いっぱいに育てた動物たちも、何もかもが奪われた後だ。
戦いが終わった今になって、また静かな怒りがこみ上げてくる。
ほんの少し。あとほんの少しだけ早く到着できていれば、救えた命があったのかもしれない。こればかりはどうしようもなかったにしても、そんなふがいなさ、無力感に撃退士たちは俯いた。
誰のせいでもない。憎むべきは、既にこの世のものではなくなったあのケンタウロスども。
それでも、己を責めずにいられない撃退士もこの中にはあった。
重苦しい空気。
「明日への希望……。この種は希望なんですね……」
阿野がぽつりと呟く。
老人に託された、作物の種。革袋には幾種類かの種子が詰められているが、どれがどんな作物に育つのかは見当もつかない。
だが、紛れもなくこの村が残した最後の希望なのだ。
種はいずれ芽を出し、根を張り、花を咲かせ、実る。それこそが、村の希望を繋いでいくことになろう。
「その種、ほんの少し、僕が預かりたいの」
「どうなさるのですか?」
ふいに、昴が革袋をつついた。開いた口に手を入れ、中から数粒の種を取り出す。
これをいったいどうする気なのか。ユウが問いかける。
昴は答えず、静かに種を見つめ、握りしめ、そして歩きだす。
何か考えがあるのだろう。他の撃退士たちも、昴について歩いた。
辿りついた先は、村を出てすぐの山。撃退士たちが老人と出会い、三頭のケンタを誅した場だ。
矢を受けて絶命した老人は、立ち並ぶ木の幹に背を預けるようにして眠っている。
「種はたくさんあるの。きっと久遠ヶ原になら、種を撒けば来年には実るの」
呟きながら、昴は老人の脇を掘った。
何をしようとしているのか、誰もが悟った。
「よしなさい。種を無駄にするだけよ」
寧が呆れたように漏らす。
だがそれとは裏腹に、ラグナはエルザの横にしゃがみ、手伝った。
掘り返された土に、ぱらぱらと数粒の種を撒く。
ここは畑ではない。作物を育てる土地ではない。作物を育てるのに適しているかは分からない。
でも、それでも……。
「実るさ」
真一はそう口にした。
「ええ、この方は、希望を護ろうとしたんですもの。それはきっと、永遠に続くはずです」
ユウが頷く。
きっと……。
希望の守り手が眠るこの場所なら、きっと。
「非現実的だけれど、こういうのは嫌いじゃないですわ」
クリスがにっこりとほほ笑んだ。
種守の山、来年の今頃には、希望が花を咲かせるに違いない。
何故なら……。
あの老人が、眠っている。