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『敵の所在が分かったわ。町の東にある廃工場よ。その辺りには廃棄された車が積み上がっているからすぐ分かるはずだわ』
「了解デース☆ 情報感謝しマース☆ これから現地へ向かうデース☆」
撃退士たちへ、イリィから連絡が飛ぶ。
これに応答したマイケル=アンジェルズ(
jb2200)は、珍妙不可思議なる日本語を用いれども、彼は真面目極まりなき応対のつもりである。
ともかく、敵の居場所は分かったのだ。撃退士たちは駆け出す。そこに、豪もいるはずなのだ。
「車に引火して大爆発、なんてことはねーよな?」
「ガスくらいは抜いてあるじゃろう。不貞の輩が放火でもすれば大惨事だからのぅ」
ゼオン(
jb5344)が疑問を口にすれば、白蛇(
jb0889)はさも当然のように返答する。
彼の心理は自然である。が、それはどうも無用のようだ。
このやりとりに叱責を飛ばしたのはアサニエル(
jb5431)だ。
「不安がってもしょうがないさね。相手の場所は特定できてんだから、行くしかないんじゃないかい」
「場所を変えるにしたって、まずは敵のいるとこへ行かねばならん。その必要はなさそうだがな」
そう言って、命図 泣留男(
jb4611)――通称メンナクは地を蹴る足に力を入れる。
先に豪が接敵しているのならば、苦境に立たされているのは明白。急がねばならない。
「あった、あそこだ!」
先頭を走る千葉 真一(
ja0070)が前方を指差す。
その先には、確かに積み上がった車が見える。影に隠れてよく見えないが、廃工場はもう目前だ。
物音が聞こえる。工場の方が騒がしい。
間違いない。豪と敵は、そこにいる。
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廃工場内では、迫りくるスカルを相手に豪が苦戦を強いられていた。
ディバインブレイドを手に、豪は斬撃をかわし、距離を取る。勇んで飛び出たは良いものの、状況は圧倒的不利だ。せめて、敵の頭たるクロスを抑えることができれば……。
あるいは。
「西園寺さん、大丈夫か?」
仲間が現れるか、だ。真っ先に飛び込んできた真一のように。
「き、君たちは……?」
「……やれやれ、阿呆だな。自殺志願者かよ」
突然の増援に、豪は目を丸くした。
豪の行動は、ゼオンの一言が如実に表していた。
シュトラッサー率いるサーバントの群へ単身での殴り込み。しかも複数人でかかっても倒せなかったというクロスが相手となれば、読んで字の如く自殺行為。
そんなことに付き合うのもあほらしい、とゼオンは一瞬考えたが、すぐに自分で選んだ依頼だと自らを納得させた。嫌味を言っても、目の前の状況は解決しない。
「わらわら現れる戦闘員、その奥に親玉とはの。何と言ったか、そう、『とくさつ』とか言うてれび番組を思い出す輩じゃのぅ」
白蛇は現場の様相を目にくすりと笑む。特撮ヒーロー番組の戦闘シーンを彷彿とさせる状況は、彼女に遊び心を植え付けた。
脳裏に浮かんだものは、いわゆるお約束というものである。
「危険だ、来るんじゃない!」
「そう言うなよ西園寺。自分を捨てても守りたいんだろう、愛する街(モノ)を。俺らも一緒さ」
「ではでは皆サーン、そろってトランスフォームするデース☆」
豪の警告にメンナクがにやりと笑めば、マイケルが西園寺を含めた撃退士を一カ所に集める。
しかし、これに従おうとしない者があった。ゼオンである。
「付き合ってられんな」
「たまにはいいじゃないのさ。そんなにむすっとしてじゃ悪魔みたいになっちまうよ」
「俺は悪魔だ!」
「そう怒るもんじゃないよ。ま、無理強いはしないさね。ただ、きっちり働いてもらうからね」
からからと茶化したアサニエル。
気に食わない様子でツバを吐いたゼオンは、まぁいいと呟いて武器を構えた。もちろん、一足お先に光纏してのことである。
「好きにしろ。俺も好きにさせてもらうからな!」
全員で光纏しようといった流れに反し、ゼオンはスカルの群に突撃する。
空気を読まない、と捉えることも出来ようが、これは全員の光纏を邪魔させまいとする行為にもなる。本人が意識しているかはともかく、彼は足止めを買って出たことになるわけだ。
「行きますよ、西園寺さん」
「……仕方ない、若いんだから躊躇うなよ!」
真一に豪が答え、撃退士がそれぞれに構えを取る。
「光纏!」
「変身!」
思い思いの叫び声の直後には、魔装を装着した彼らの姿が具現した。
久遠刑事エバン及び撃退士がV兵器を光纏するタイムは、わずか0.1ミリ秒に過ぎない。
では、その光纏プロセスをもう一度見てみよう。
「光纏!」
「変身!」
叫びに合わせ、撃退士たちは大きく腕を振り上げ、振り降ろす。眼前でクロスした腕に呼応してヒヒイロカネが輝きを放ち、粒子化したV兵器が彼らの周囲を包む。
粒が撃退士の体に付着していき、渦のような光が本来の形を取り戻してゆく。
収束したヒヒイロカネの光が、パッと弾ける。すると魔具・魔装を纏った撃退士たちの姿が現れたのである!
「久遠刑事、エバン!」
西園寺豪が名乗りを上げる!
「天・拳・絶・闘、ゴウライガ!」
千葉真一が叫ぶ!
「スターダストファントムデース☆」
マイケル=アンジェルズが雄たけびを上げる!
「そうだな、差し詰め……パーフェクトメンナク!」
命図 泣留男の声が響く!
今、彼らは、紛れもないヒーローだ!!
光纏した撃退士が一斉にスカルへと猛進。単身故に苦戦を強いられていたゼオンに加勢していく。
「ふん、数が増えても同じことだ。始末してやる」
高見の見物を極め込んでいたクロスが動く。前回この町を襲った際もそうだが、一人や二人を相手にするのならば己の手を汚すこともないと考えているのだろうか。あるいは、不利を感じ取ったのかもしれない。
とはいえ、クロスの実力は事前情報にある。油断してかかれる相手でないことは明白だ。故に放置することはできないが、スカルを無視するわけにもいかない。
「こやつらはわしらが相手するでの。これ、そこの二人はさっさと行けぃ」
戦力を分散させて敵を全体的に抑える作戦が適当と判断した白蛇は、エバンとゴウライガをクロスに充て、残る戦力で早期にスカルを掃討することで後半戦を優位にする作戦を提案した。
「分かった。そっちも無理するなよ!」
承諾したゴウライガ、そしてエバンがスカルを掻き分けてクロスへと突撃してゆく。
これを許さんとスカルが追撃に移るが、その足をゼオンが止めた。
「邪魔してんじゃねぇよ。おら、こっち見ろ!」
放ったダークブロウは直線状のスカルを焼き、天魔対となる属性の差から、三体ものスカルが消し炭となった。
残るは七体。
真っ先に躍り出たのはスターダストファントム――SDFである。
「拙者を置いていかないでくだサーイ。オゥ! スカルさん骨粗鬆症デース☆ 牛乳飲むがいいデース☆」
双蛇の杖を振るえば、スカルの頭部がめきゃりと拉げる。骸骨剣士であるからこそ、骨が砕ける様はハッキリと見てとれる。
さほど強い個体でもないため、一撃で致命傷に近い打撃を与えることができた。陥没した頭蓋骨を見るや、SDFは即座にそれを骨粗鬆症と判断。いや、奴らは健康ですよ、多分。
ま、戦闘員なんてこんなもんだよね!
「俺の魔剣は鋭いぜ?」
メンナクは呟くや否や、何を思ったか魔装の社会の窓を開く。
「ちょっと、何してんだい!」
驚いたアサニエルのツッコミが飛ぶ。
戦闘中、いや人前でありながら大事なところのファスナーを降ろすなど人道的ではない。
だが、これにはしっかりとした理由があった。
「ま、見てな」
「誰が見るかい!」
強烈なツッコミを意に介さず、メンナクは社会の窓を開ききる。
するとそこから光が溢れ、ナイフを形どると敵に向かって飛んでゆくではないか。
いわゆる一つのヴァルキリーナイフである。
大事なところから飛んだナイフを顔面に受けたスカルは、アッーと悲鳴を上げて倒れ伏した。
「見たか!」
「見たかないよ!」
的確である。
当のアサニエルはというと。
「ったく、目立つ男が多くて困るねぇ。ほらほら、こっちを無視するなんて寂しいじゃないか」
滅魔霊符から光弾を放ち、スカル迎撃へと当たった。お互いに天界の力を宿す者同士ということもあり、ゼオンのように大きな火力を生みだすには至らない。が、それでも牽制としては充分だ。
……だが。
スカルは朽ちた仲間の肉体を盾ににじり寄ってくる。
対抗する撃退士たちは皆距離を取る戦法であり、やがては工場の壁際にまで追い込まれてしまった。
「くそっ、面倒だな」
不利に陥った撃退士たちにスカルは迫る。まともに動けぬゼオンらに冷や汗が浮かんだ。
スカルによる包囲網は完成しつつある。
剣が身を掠め、回避にばかり気を取られた。武器の適性射程の内側にまで入り込まれては、狙いも定まらない。
「白いの、あんま無茶すん……あれ、おい、どこいった白いの!」
振り向き、メンナクが叫ぶ。
そこに白蛇の姿は、ない。彼女はいったいどこへ消えたのか。
しかしそんな心配をする暇を与えぬ勢いでスカルは攻めてくる。メンナクは焦り、声を聞いたゼオンやアサニエルまでもが不安の色を浮かべた。
白蛇はいったいどこへいったのか。それは……。
「愚か者め、良い気になるでないわっ!」
空中だ!
スレイプニルたる千里翔翼の背に乗った彼女は、天井近くにまで飛び上がり、攻撃の機会を伺っていたのだ。
構えたスナイパーライフルが狙うのは、スカル群のド真ん中。当たらなくとも良い。ただ……。
「オォォ……」
注意さえ、引ければ。
放たれた弾丸に、スカルたちが一斉に振り仰ぐ。
この隙に、撃退士たちが押し返した。混乱するスカルに浴びせる攻撃は勢いの衰えを見せず、駆逐までは正にあっという間であった。
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クロスを相手に、ゴウライガとエバンは苦戦を強いられていた。
何せ相手はシュトラッサーである。たった二人では戦力不足だ。
だからといって、退くわけにはいかない!
「ふん、息まいて飛び込んできておきながら、その程度か。お前たちに覚悟があるのなら、この俺を止めてみろ!」
「覚悟なら、この胸にある! お前を止めることが覚悟の証明だというのなら、今、それを果たしてみせる!」
叫び、ゴウライガが地を蹴る。
エバンが続き、正面からはクロスが迫った。
振りかざしたゴウライガの拳は、しかし掠りもしない。カウンターとしてクロスの膝を受け、ゴウライガはもんどり打った。
一瞬の隙を逃すまいと降り降ろしたエバンの剣は、片腕で受け止められる。
返すように降り上がった拳を寸でのところで回避し、エバンはゴウライガを助け起こす。
「大丈夫か?」
「ええ。しかし、一筋縄ではいきませんね……」
よろりと立ち上がったゴウライガは、幸いにして致命といえるほどのダメージを負っていない。
反面、クロスにこれといったダメージを与えることもできていない。
元より二人で勝てるとは思っていないが、しかし、最低目標の足止めを果たせるであろうか。
「立て。男だろう?」
「分かっています。ぐずぐずしてられない!」
二人は、まっすぐクロスを見据える。
相手は待っていた。立ち上がり、再びかかってくるのを、待ちわびていた。
舐めているのだろうか。いや、違う。
「そうでなくては面白くない。簡単にくたばるなよ!」
正面からの戦いを好んでいるのだ。
相手は強大。こちらは二人。圧倒的不利――に見えた。
「お二人ともナイスファイトデース☆ 拙者も混ぜてくだサーイ☆」
加勢、SDF現る!
「スカルは?」
「もうすぐ片付くデース☆」
それを聞いて、ゴウライガは安堵した。
これで目の前の敵に集中できる。
「一人増えたとて同じことよ!」
クロスは拳から気功を放つ。
エネルギーの塊が地に炸裂するが、その衝撃を縫って撃退士たちは駆けた。
波状攻撃ではかわされる。同時攻撃ならば!
エバン、SDFがサイドから挟み込むように打ち込む。
これを両手で以て受け止めたクロスの、ガラ空きとなった胴にゴウライガの拳がめり込んだ。
「ぐ、う……っ! ふっ、多少はやるではないか。面白い!」
両サイドの二人を弾き飛ばし、正面のゴウライガへとクロスの拳が飛ぶ。
吹き飛んだゴウライガへ、エバン、SDFが駆け寄った。
「結構苦戦してるじゃないのさ。あたしらのことも頼りにしなよ!」
アサニエルを初めとした面々も集う。
撃退士がそろった。これにクロスが唸る。
「小癪な。ええい、まとめて吹き飛ばしてやる!」
クロスが拳を掲げた。そこへ、光が収束する。
「でけェのがくるぞ、死にたくなけりゃ散れ!」
怒号を上げたゼオンが、仲間から距離を取った。
先ほど放ったものより数段大きな気功。それが、炸裂した。
工場が光で満たされる。
真っ白な景色の中、撃退士は走った。
光の先に、奴がいると。
「ちょっと隙がでかかったな、あァ!?」
ゼオンの蹴りが飛ぶ。
「トゥルーブラックは、光に比例して強くなるのさ!」
メンナクの剣が腕に血の線を引く。
「焦りは禁物デース☆」
SDFの杖が足を捉える。
クロスの態勢が崩れた!
このタイミングを逃すまいと、エバン、それからゴウライガが飛びかかる。
「ディバインブレイド!」
エバンの剣に光が宿った。
「ゴウライソード!」
ゴウライガの剣が光を反射し、輝く。
閃く二対の剣が、バツ印を描くように振るわれた。
「エバン!」
「ゴウライ!」
「「ブレイジングスラァァァッシュ!!」」
「ぬぉ、ぐ、ぎゃぁぁーーーッ」
断末魔の叫びがこだまする。
光が収まった頃、そこには膝を着くクロスの姿があった。
まだ、トドメは刺せていない。今ならもうひと押し……だが。
「くっ、今回はここまで、だ。次は、こうはいかんぞ!」
「待ちなさい!」
不利と見たクロスは、飛んだ。跳躍ではなく、空を飛んだのだ。廃工場の窓を突き破り、この場からの逃走を図る。
アサニエルは、逃すまいと追いかける。翼を持つ彼女は、今が仕留める好機と踏んだのだ。
だが。
「目ざわりだ、失せろ!」
クロスの気功が飛ぶ。
肩に攻撃を受けた彼女の高度が一瞬下がるが、しかし追撃を諦めない。
「ゼオン、援護はできんのかえ!?」
「誤射してもいいってんなら、やってもいいがな。こっからじゃ射線が被っちまう」
悲鳴を上げるように白蛇がゼオンを掴むが、彼は諦めた様子だった。
その数瞬の後。
「ぅ、ガ――」
気功が、アサニエルの顔面を捉えた。
墜落していく彼女へ、第二、第三の光弾が浴びせられた。追撃の気を削ぐように、その身を削ってゆく。
どさっ。
廃車の山に、彼女は落ちた。全身を酷い火傷の痕のようなものに包まれながら。
そして、クロスは逃げ去った。