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文明は進めど、人なき町は死の大地も同然だった。
使徒襲来に際して住民は避難し、今も不安に駆られるだけの時間を過ごしていることだろう。
この町には大きなショッピングモールが存在する。駐車場には放置されたままの車が何台か残されているものの、そこに人間の姿は見られない。
クロスは、そんな駐車場にいた。骸骨剣士――スカルを何匹も引き連れて。
「そろそろ時間だ。始めろ」
指示を飛ばせば、スカルたちが動き出す。暮らしを支えるショッピングモールを破壊するために。
「待てぇぇい!」
その時、よく通る雄たけびが駐車場に木霊した。
クロスとスカルたちが振り向けば、トラックの上に並ぶ五つの影が!
「レッド!」
シャキーン。
「ブルー!」
キュピーン。
「ピンク!」
キラーン。
「バーサーカーブラック!」
ババン。
「ミスターブラウン!」
ドドーン。
「五人そろって、エキセントリックブレイカー!」
「……待て」
現れたるは五人の戦士。その名もエキセントリックブレイカー。略してエキブレ。
元々三人で構成されていたエキブレに、なんと二名もの追加戦士がいるではないか。
ちなみにブラックはフェンリア(
jb2793)、ブラウンは雀原 麦子(
ja1553)である。
前回課題となった色については、ある程度クリアできているようにも思える。しかし、またもクロスの反応は冷たかった!
「お前何色よ」
「レッド!」
「お前は?」
「ブルー!」
「君は?」
「ピンク!」
「うん、まぁいいな。シンプルでいいな。よく妥協できたな。そんで、お前は?」
「バーサーカーブラック!」
「お前ブラック違う。ホワイトだろ」
「いやだからそれはその……」
ブラックと名乗るフェンリア。その衣装は純白である。背に生えた翼は黒いものの、全体を通して見ると白が比率が高く、また印象的。
これはいけない。クロスによる駄目出しが始まった。
フェンリアは口ごもる。言われてみればホワイトの方がしっくりくるような……いや、そういうわけにはいかない。
「色がどうとかじゃなくて、悪魔だってイメージを優先したいんだです」
「そうは言っても、チビっ子は見た目だぞ?」
元よりこの場にチビっ子などいないのだが、重要な(気がする)要素である。
不満そうに唇を尖らすフェンリアだが、クロスの目は次に移っていた。
「それでお前は?」
「ミスターブラウン!」
「五人そろってエキセン――」
「待てぇぇぇい!」
再び新生エキブレがポーズを取りかけたのを、クロスは全力で阻止。
話はまだ終わっていないというのに、強引に誤魔化されたのではたまらない。
「お前、ミスターってな、声が女じゃないか」
「私漢女だから♪」
「だからな、結局チビっ子にも性別は大事だろ」
またもや引き合いに出されるチビっ子。
いつまで経っても次から次へと問題の出てくるエキブレに、ついにはクロスも頭を抱えだした。
その頃、トラックの影では。
「茶番よねぇ……」
常木 黎(
ja0718)がぼやいていた。
エキブレたちはそれなりに盛り上がっていても、外側から見ているだけなのは退屈である。
今も頭上からはクロスの説教に対する力ない言い訳が漏れ聞こえていた。
「もう出ていっていいんじゃない? こそこそ隠れてても時間の無駄だよ」
「同感ですね。埒が明きません」
これもまた仕事。どうせならさっさと終わらせたいところだ。ソフィア・ヴァレッティ(
ja1133)が腰を上げれば、アセリア・L・グレーデン(
jb2659)もまたトラックの荷台に手を着いて立ち上がる。
そもそも、何故全員で出て行かずにエキブレだけを先に出したかといえば、そこにはちゃんと理由がある。
前回エキブレがクロスと戦闘もできずに帰ってきたと報告を聞いた撃退士たちは、一様にこう感じていた。
使えない、と。
彼を自由にさせてしまえば、シュトラッサー相手に勝つことはできないだろう。そこで、自分たちが動きやすくなるようにエキブレを誘導しようという話になったのだ。
手法は、麦子とフェンリアのエキブレ加入である。内側からコントロールして上手く誘導できやしないだろうか、と。
人選ミスだった。今となってはそう判断せざるを得ない。
「奥の手だ。俺がやろう」
蒼桐 遼布(
jb2501)が荷台によじ登る。
エキブレへの説教はまだ続いていた。
「あっ、ネイビーだ!」
「誰がネイビーだ、おい」
遼布の登場に麦子が歓声を上げる。
いわば紺色の上着を着た彼を、麦子は勝手にネイビーに任命した。
その下から、やれやれと肩を竦めた黎らが姿を見せる。
総勢九人。ほう、とクロスは舌を巻いた。
「随分と数を揃えたな。お前らもエキセントリックブレイカーか」
「悪いけど違――」
「九人そろって――」
「いや違うからね?」
ソフィアは、レッドによって掻き消された否定の言葉を上書きする。
こんな連中と同列だとは、喩え敵であっても思われたくないのだろう。
不服そうな様子のレッドに、遼布が近づく。こうなったら口で指示するのが最も手っ取り早いはずだ。
「悪いけどまずはスカルの方からやってくれないか?」
「嫌だ。ヒーローは大物の敵とぶつかってこそだな」
「まぁ聞きな。セオリーだとまずは数の多い雑魚を倒してからボスを倒すだろう? だったらやっぱり、ヒーローである君らは最初はスカルのほうを華麗に倒しに行くべきだと思うんだ」
囁くように告げられた言葉に、レッドはむぅと考え込む。
シュトラッサーを華麗にかっこよく倒したいという我と、ヒーローとしての鉄則。
ぐらぐら揺れる思考の中、ようやく出した答えは遼布の言葉に逆らうことであった。
「いや、ここはザコを信頼できる仲間に任せ、俺たちはクロスを叩くぞ!」
悪魔の囁きには乗らなかったようである。
「そうか、そうか……。いや……しかし……災難だな、君も」
「お前は話ができそうだな、ネイビーといったか」
「違う違う、俺はあれだ、エキセントリックブレイカーじゃないから。蒼桐 遼布って名前あるから」
なぜかせんとうできない。
この後も、しばし敵同士でヒーローらしさを追求する妙な会話が続いた。
一方で、黎、ソフィア、アセリアの三人はスカルの掃討に当たっていた。
端からエキブレの戦力をアテにしていたわけではない三人。クロスの足止めをしていてくれるのならば、それはそれで結構なことだ。
「さ、先ずは前座だ」
「あんまり時間掛けたくもないしね。蹴散らさせてもらうよ」
敵の数は多い。包囲されないよう牽制射撃する黎の横では、ソフィアがスキル発動のタイミングを伺う。
可能な限り短期で片付け、横槍の心配なく対クロス戦に移りたいところだ。一度に多量のスカルを葬る術があるのならば、用いない手はない。
スカルたちが剣を掲げて駆ける。
「私の前に立たないでください。巻き込まれても文句は聞きませんよ」
「じゃ、前衛よろしく」
ダークブロウで直線状のスカルを撃ち抜くアセリアの後方から、黎が突出せんとしたスカルの足元を射撃する。
たたらを踏んだ数匹のスカルにはソフィアのFiamma Solareが炸裂した。
それでもなお抜けてくる敵には素早くアセリアが踏み込み、振り回された剣を屈伸で回避しつつ飛び上がる要領でパイルバンカーを打ち込む。
流石に密集するのは危険だと判断したスカルたちは散開。
どうにか包囲網を形成せんとしているが、黎による攻撃で回り込むに至らない。
正面をアセリアが、左翼を黎、右翼をソフィアが担当して迫りくるスカルを迎撃。
個々の能力が低いおかげで、大した苦労もなく残る敵はあと僅か。
初手で数を削ってしまえば、こんなものだろう。余裕も生まれる。すぐにクロスとの戦闘へシフトしなければ。
三人がちらりとトラックの方を見ると、漫才はまだ続いていた。
「だいたいな、身内のゴタゴタはどうなったんだ?」
「それでも親父の顔は……」
「見ろよ、見てきっちり話してこいよ、ヒーローやっててかっこ悪いと思わないのか」
いつまで経っても戦闘に移る気配のないエキブレに、遼布は最早呆れ顔。長々と説教を垂れるクロスに対しても、戦う気がないんじゃないのかと疑いの眼差しを向けたくもなる。
というか、正直飽きてきた。
「そんなことで追加メンバーまで入れて、もっとゴタゴタになるんじゃないのか」
「この二人は人畜無害の人材なんで……」
「そういうことを言ってんじゃない。って、お前は何を飲んでんだ!」
クロスが麦子に話の矛先を向ける。
彼女は少し退屈してきたのか、どこからか取り出した缶ジュースを呷っていた。
「し、しつれいね〜。ノンアルコールよ! ……ひっく」
訂正。ジュースではなく、ビールでした。
ノンアルコールを主張するも、やや足元がふらつきしゃっくりまでするその様子から、どうにも信用できない。
「そんなもの、どこから出したんだ」
「謎の小袋に……」
「謎ってなんだ、謎って」
「八十袋くらい……」
「多い、多すぎる」
「奥様も是非大事にお持ち帰りください」
「俺は男だ!」
しかしこの愉快なやりとりも、とうとう終わりを告げる。
スカルの方が片付いたのだ。
さらなるツッコミを入れんとしたクロスの背に、黎の放った弾丸が弾ける。
「むっ? くっ、お前ら、いつの間に!」
「や、いつまでもコントやってるからでしょ」
ソフィアの至極冷静かつ尤もな言葉がクロスの胸に突き刺さる。
本来ならばこんな漫才などせず、問答無用で戦えばそれで済む話。わざわざツッコミを入れ続けたのは完全にミスなのだが、しかし、エキブレに散々駄目だしをした上での再戦ということもあり、納得のいくまでエキブレのあるべき姿を追求することもまた半ば義務のようにクロスは感じていた。
とはいえ、飽く迄相手がエキブレだけであった場合の話。ある意味部外者とも言える面々がいるのならば、説教だけに注力する余裕などあるはずもない。
「ふっ、どうやら説教はこれまでのようだな」
ようやく頭を切り替えたクロスが戦闘態勢に移る。
戦ってもらえる。このことに歓喜したエキブレたちもようやくトラックを降りた。
そして……。
「レッド!」
シャキーン。
「ブルー!」
キュピーン。
「ピン――」
「それはもういいからな」
「バーサ――」
「だからもういいって」
「ミスタ――」
「……もう好きにしなよ」
エキブレの名乗りに待ったをかけんとする遼布、ソフィア、黎。
しかし、口にしてハッとした。
自分もツッコミを入れてしまった、と。
悔いている時間などない。もうさっさとやってしまおう。
「Spear active.Re-generete」
遼布が蛇矛を取り出し、地を蹴る。
踏み込みからの突きは軽いステップで避けられ、これを見越した払いは距離を詰められ刃が通らない。
クロスの膝が飛ぶ。
インパクトの間際、空いた肩へと黎の銃弾が線を引く。
回避せんとして態勢が崩れた隙に遼布が距離を取り、ソフィアの放つ花弁が渦を巻く。
「悪いけど、好きにはやらせないからね」
「小癪な……。お前かっ」
遼布からソフィアへと目標を変え、クロスが駆け出す。
拳。そう読んだソフィアは引きつけてからの回避を脳裏に浮かべた。
しかしクロスが拳を突き出したのは、距離がまだ数歩分残っているタイミングだった。
「油断したな!」
クロスの拳から光弾のようなものが飛び出す。
いつでもステップを踏めるよう身構えていたとはいえ、意識外の攻撃に面くらい、回避がワンテンポ遅れる。
腰部に食らった一撃に足がもつれ、倒れる。が、追撃はない。
クロスにとってみれば多勢に無勢。多少の隙を突いて攻撃されることは想定済みだ。
「うぉぉおおおっ!」
案の定、である。
突撃したのはエキブレの皆様。レッド、ブルー、ピンクは剣を手に、麦子は大太刀を、フェンリアは拳を掲げながら。
だが正面からの攻撃を素直に食らってくれるはずもない。
大ぶりな攻撃は軽いステップでかわされ、レッド、ブルー、ピンクはバランスを崩してすっ転ぶ。
麦子の大太刀はクロスをのけぞらせるに至ったが、フェンリアの拳は届かない。
スカスカと空を切る拳。
(いいですよ、そのまま……)
アセリアは狙いを澄ましていた。
「良い拳だ。だがまだ、踏み込みが甘いな!」
「ふははっ、楽しい、楽しいよ! この拳がてめぇの面を捉えるまでこうしていたい気分さ!」
バーサーカーブラックを名乗ったのは、ただの気まぐれでもないようだ。
連撃を繰り出すフェンリアの顔には、愉悦とも取れる狂笑が浮かんでいた。戦闘になると一変、戦うことに悦びを見出す様はまさにバーサーカーともいえる。
「悪いが裁きの時間だ。ジャッジメント――」
(見えた、そこっ!)
一瞬動きが止まった瞬間をアセリアは見逃さなかった。
目に見えぬ弾丸を撃ち、クロスの背を攻撃。
大技を繰り出そうとしたのであろうクロスは、隙を突かれてよろける。
ここに踏み込んだフェンリアの突きがクロスの鳩尾に食い込んだ。
ウッと声を上げたクロスは、堪らず飛び上がる。比喩ではなく、実際に空を飛んだ、浮遊したのだ。
「おやおや、随分と逃げ腰だねえ」
空へ逃げたとも取れる行為に、黎が嘲笑を浮かべる。
高所から攻撃されるのは何としても防ぎたい。黎はクロスの頭上を射撃し、高度を下げさせようと試みる。
降りてきたところを捉えんと、遼布がチタンワイヤーを構えた。
……が。
「逃げ腰? ふっ、逃げるのさ」
「もうクロスちゃんたら、散々ヒーローとはって言ってたのに、自分は逃げちゃうのね〜」
クスクスと麦子が笑む。しかし、クロスは挑発には乗らない。
「不利な状況で戦闘続行するほど、脳筋ではない。今日のところは引き上げだ。また会おう!」
「逃がさない!」
傷を抑えて立ち上がったソフィアが霊符を構えるが、クロスはあっという間に飛び去ってしまった。
状況を見て、危なければ逃げる。敵が慎重な性格だったおかげで大きな被害は出なかったものの、倒すことはできなかった。
成果としては御の字であるが、またここに彼が現れないとも限らない。
「これは、どう報告したものかな」
「また会おう、と言っていましたね。この辺りはまだ危険地区のままとするのが妥当でしょう」
す、と溜め息に似た息を吐きながら、黎がボヤく。
アセリアが言葉を口にすれば、そんなところだろうと黎が呟く。
しかし、こんな状況でも、エキブレのテンションは高かった。
「ハーッハッハッ! どうだ、敵が我々に恐れをなし、逃げていったぞ! 勝利のポーズだ」
レッドの号令に合わせ、麦子、フェンリアを加えた五人が並ぶ。
「五人そろって、エキセントリック――」
「だからもういいから」